帝王院高等学校
悪餓鬼とは古今東西自覚がないもんだ
「どうだ、見付かったか?」

苛立ちを滲ませた眉間の皺、不審げな表情でチラチラ視線を送ってくる通行人らを横目に男は腕を組んだ。

「いや、こっちには来ていないらしい。どうする?これ以上、あんな子供達に時間は割けない」
「っつーか、お前なんか明らかにモンゴロイドじゃないだろ〜?いきなりガイジンから話し掛けられたら、蹴り倒して逃げたくなるもんじゃない?」
「黙れコーカサス!俺は日本語で話し掛けたんだ。それをあの餓鬼共…!舐められたまま許せるかっ」

先天性の浅黒い肌、日本人とは異なるネグロイドである彼はギリギリ歯噛みする。

「子供だね〜ぇ?そんな余裕無くてどうすんの?三十路の癖に!ははっ♪」
「黙れ!」
「…好い加減にしろ。二人共やめないか、今は勤務中だ」
「アイアイサ〜♪」
「ちっ」

外傷こそないが、日本人の少年から受けた暴力によって、甚くプライドを傷つけられた様だ。気持ちは判らなくもないが、一般人相手に手を出せば失態だ。

「中央情報部が掴んだシグナルの発信源を、何としても組織内調査部より先に探り当てなければ…」
「ネルヴァ閣下の命令なら何でもやるけど?…表向きはマジェスティの勅命で動いてるんだけど、ね〜♪」
「…くだんねー!そんな事より餓鬼共だッ」

未だ子供らを見付けて土下座させると意気込んでいる仲間に息を吐き、二人を嗜めた男は辺りを見回す。

「居ないものは仕方ないだろう。これ以上愚図るなら、お前だけで行動しろ。始末書は出して貰うぞ」
「勤務中に私用で動くなんて、肌が黒い人種にはマナーもモラルってものもナッシング♪」
「はっ、何が勤務中だよ。こんな雑用、中央情報部にやらせれば良いだろうが」
「わざわざ日本に寄越すのか?彼らはセントラル所属のデスクワーカーだ」
「ま、判らなくもないけど。逃げる者を追うのは雄の性、っね。でもよ、うちら対外実働部のエリートですぜー♪」

始終鼻歌混じりの細身ながら長身、見た目は神経質そうな白人の男は指を立てる。目鼻立ちこそ日本人離れしているものの、黒髪に黄褐色肌の冷静なもう一人がそれに僅かながら頷いて見せた。

「我々は遊びを許された立場じゃない。判っているだろう、グレアムの名の元に我らステルスファクトリーは存在している」
「くそっ。…ドイツもコイツも、あのブラックシープにビビってんのかよ!」
「どんな失敗が命取りか知れた事じゃない、って事でしょー♪ルークはキングと違って、何でも簡単に切り捨てる」
「…俺はあんな餓鬼、ステルシリーの会長とは認めねぇ!」
「おい…」
「はぁ、マジェスティの悪口一つで国が滅ぶんだ♪気を付けなよ?スイス生まれのミスター♪」
「ファック!」

怒りを顕に掴み掛かってくる仲間から、ヒョイヒョイ逃げ回りながらケタケタ笑う。コーカサスとネグロイドの犬猿の仲は今に始まった事ではないが、余りにも悪目立ちしていた。

「フゥフゥ♪お前の母ちゃん、でーべそ♪」
「これだからスラム育ちの白人は嫌なんだ!見た目で得しやがって!」
「オー、誰か助けて下サーイ、ワタシこの人に犯されてしまいマース」
「わざとらしい言葉使ってんじゃねぇ!逃げるなこの野郎っ」

どちらも日本語で罵りあっていれば、同然だろう。取り残された大阪生まれの男が短い溜息を零した。

「ええ加減にせぇ、いてまぁぞワレ」
「「…すいません」」
「コホン。先程二班から連絡があった。ロシア側のクーデターを鎮圧したそうだ」

白と黒を黙らせた男は咳払い一つ、

「やりぃ、これで安心してキャビアが喰える♪で、やっぱ息子はシロ?」

頷きながら、辺りを見回している。

「ああ。主犯は前ドンの愛人らしい。まだ調査中の様だが、」
「はっ。大方、日本在学中の嫡男に濡れ衣着せて、自分の子供を跡継ぎにしたかったんだろ」
「ワォ、知ってる♪独眼竜だ♪大河ドラマ見ろよ、暇潰しにゃ最高だね♪」

だから見た目外国産の癖に、こうも流暢な日本人会話はやめて貰いたいものだ。言うだけ無駄と判っているからこそ、重苦しい溜息が零れる。

「無駄話はやめろ。とにかく、所定の場所に戻るぞ。…気になる事がある」
「何だ?この国で気になるもんなんざ、ブラックシープくらいだろうが」
「後は怖い怖いディアブロ様と、さっきお前を蹴り飛ばした餓鬼共くらい?アッハ♪」
「シャラップ!」
「違う。…いや、そう違わないか。先程の子供達、何か気付いた事はないか?何処かで見た覚えがある」
「え?目立つ奴ばっかだったよな。あ、ゲラゲラ笑ってた奴はあれじゃない?Jモデルの何とかって奴♪」
「俺は知らん。興味ない」

異国人達がそれぞれ首を傾げ、おもむろに去っていく。それを路上駐車中の車の影から眺めている人影があったが、どうやら彼らは気付かなかったらしい。


「…行ったみたいだねー」
「見るからに怪しい雰囲気でしたね。明らかに一般人離れしていましたが、その割りには雑魚い」
「つかカナメ、テメー本気で殺るつもりだったろ」
「さぁね」

安堵の息を吐いた太陽に、鼻を鳴らした要が腰に手を当てた。一目散に喧嘩を吹っかけたのは裕也だが、嬉々として飛び出すなり無抵抗の外国人を殴ったのは要だ。

「総長の髪を踏みそうでした、あの黒人。…腕一本へし折ってやれば良かった」
「ヤクザかよ」
「否定しませんけど。…嫌味ですか、ユーヤ」
「別に」
「ちょいと、何で二人が険悪なムード漂わせてるんだい。この非常時に…」
「カナメちゃん、キョーボーだもんねえ」

傍観していた隼人はともかく、流石にビビりながらも退避指示を出したのは太陽である。幾ら見るからに不審だろうと、先に手を出した方が加害者だ。裁判沙汰は勘弁して欲しい。

「ん?…俊、どうしたっけ?」
「は?」
「殿ならさっきまで山田の隣に居たぜ」
「ねえ。何かそこー、ボスの荷物が転げてるんだけどお?」

唐草模様の古風な風呂敷包みがぽつんと放置されている。沈黙した太陽が同じく沈黙した要を見やり、へらりと笑った隼人がポキッと首の骨を鳴らした。

「あは。ちょー嫌な予感がするのはー、ボクチンだけですかねえ?」

隼人の嫌な予感的中率は知らないが、太陽の背を駆け巡った悪い予感は、高い確率で当たりそうな気がする。

「…戻りましょう!さっきの奴らに見付かったら何をされるか!いえ、何をしでかすか!総長が!」
「総長が人殺しになる前に見付けるぜ」
「もーやだー、犬が凶暴なら飼い主は狂暴なんだもーん」
「凶暴な神崎君、頼むからお前さんだけは冷静でいてくんないかなー…」

手首の黄色いブレスレットを撫でた隼人が、一瞬で無表情に変わる。厭らしいニマ笑いがないと、垂れ目程度では最早フォローし切れない無愛想さだ。

「冷静?手を出すなってことお?」
「もし俊が捕まってたとして、悪いのは全面的にこっちな訳だし…」
「あっは!…無理だろ。片っ端から磨り潰してやる」


拝啓、イチお母さん。
カルマの面接基準は料理の腕でもイケメン度でもなく、凶暴具合なんですか?
とんでもないですね、お宅の息子さん達は。



「胃薬、買おっかな…」


太陽の目尻にキラリと光る、涙一粒。










さて。
君は今、何を考えているのだろうか?

例えば、俺の様な酷く面白味のない人間が仕掛けてきたつまらない企みに、君は幾つ気付いて、何度憤っただろう。


言っただろう?
この物語は始まったその瞬間に終わったも同然の、下らない後日談に過ぎない。

俺以上につまらない人間など存在しない。絶対に、だ。
何せそれは、この俺が仕掛けた一番最初の、とても細やかな悪戯なのだから。



結論から言おうか。
この物語に、始めからハッピーエンドなど用意されていない。



ただの一人として。











ああ、綺麗だ。



ミーンミーンミーンミーン



何度思い出しても、とても美しい人間だった。きっとあれは、この世の最も美しいものを人の形に固めて作り替えたに違いない。
そんな馬鹿らしい事を本気で考えて、自分にもまだこんな可愛らしい思考が残っていたかと腕を組む。

「つんくん、どこ行ってたの?」

あんなに綺麗な生き物が、この世界にも存在していたなんて。

「…俺はつんじゃない。とは言え、選択の余儀なく享受した名詞に然したる意味はないと言えばそれまでだが」
「またむずかしーことゆってるの?」

己の体と大差ない大振りの弓を抱え、礼から構えまで一連の動作を繰り返していた子供に笑い掛ける。ああ、健やかな気分だ。

「昨日の仮面ダレダーのお話しよーよ」
「至極容易に言わば、今もし俺が米を食べたいとしたら」
「またお腹すいたの?」
「食えと言われれば食うが、今は例え話だ」
「たべすぎは、メタボになるよ。おとーさんみたいな」

よっ、と弓を小脇に抱えた子供が遠慮なく腹を触って来る。これだから話が通じない子供は苦手なんだ、と腕を組んだ。

「ぶーちゃんになったら、60kgの弓になっちゃうよ。つんくん、馬鹿力なんだから」

弓道の欠点は、引っ張り過ぎて弦が切れてしまう所だろうか。矢を槍投げ宜しく投げ付けた方が、圧倒的に楽だと言えば大半の大人は沈黙する。
なんて住み難い世界だ。

「で、何の話だっけ?」
「俺は君のそう言う所を高く評価しているんだ。無邪気ながら、人に気を遣える天賦の才がある」
「てんぷらのサイ?」

蝉が鳴いている。
来月までは暫く騒がしい、と考えたのはつい先日の話だ。騒がしい所は嫌いではないが、好きだと言う程もない。全ては、時と場合だ。

「話を戻しても良いか。個の名詞に然したる意味がないと言う題材に対して、米が食いたいと言った場合だ」
「やっぱりお腹、すいてるんだね」
「その場合、君と違い俺の様に意地悪く性根が腐った陰険な人間はこう言う筈だ、『米は食べられないだろ馬っ鹿じゃーん?』」

こほん、と咳払い一つ。
知り合って数日目の子供はきょとりと首を傾げた。8オクターブは高く変わった声色に怯んだのか否か、

「おこめ、食べられないの?なんで?ぼく、食べられるよ」
「米は素材特有の名詞だろう。多くの場合、炊いていないものを指す」
「なんかよく判んないけど、じゃあ、つんくんはおこめ、きらい?」
「ご飯は食べる。炊いてあるからな」
「ふーん」

話の三割も理解していないだろう子供に、致し方ないかと己に与えられた大きな弓を構える。精神統一すると、蝉の鳴き声など最早聞こえない。

「動物は好きだ。が、人間と言う哺乳類に対しては実に様々な議論が交わされるだろう。単純に動物と言う名詞は、区分すればキリがない。動く生き物を指し示すなら、虫も動物だ」
「ぼく、ひ弱な都会っ子だから、虫はきらいだなぁ」
「改めて君を評価しよう。真からひ弱な人間は決して認めないものだ。君は強い」

矢。
恋の矢。

きりきりと引き絞った弦が頬を掠め、照れた様に頭を掻いていた子供が目を見開く。



「あっ、血!」


ひやり、頬に伝う冷たい何か。
忙しなく合唱を続ける蝉の旋律、照りつける陽光、ざわめく木々、揺らすのは生暖かい、風。


脳裏に浮かぶのは、美しい紅だ。




「─────皆中、か。」

あれはこの世界の何よりも美しかった。あれは頬を伝う血液よりも美しい紅だった。


靡びく銀糸も、熱で火照る白い肌も何も彼もが余りにも美しく。
的の中央に寸分の狂いなく突き刺さる矢を、皆が呆然と眺めている姿は他人事の様だ。



ミーンミーンミーン



ああ、今の自分はとても幸せだ。
頭の中はあの美しい生き物で生め尽くされて、あの、気位が高い猫の様な警戒心を滲ませていた白金一色。どんな色も宝石も、あの美しいプラチナとクリムゾンブラッドには叶わない、などと。



「次の満月は、明後日か」


恥ずかしげもなく、笑ってしまった。



「そろそろ弓道も飽きたな。…次を探そう」


余す所なく手に入れる為に何をすれば良いかばかり、考えている。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!