帝王院高等学校
風紀委員長の着信音は初期設定です
根っからの主人公気質、と言う選ばれた人間が存在しているなら。

「俺以上に馬鹿な男は居ない、ってね…」

早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く、最早待ちくたびれた。
(最初は楽しくて仕方なかった癖に)
(今ではこんなにも疲弊している)
(世界中、壊してやりたい気分だ)

悪趣味な魔法使いの仕掛けた魔法は余りにもくどすぎて、殺意すら芽生えてきた。
(過度の悲話はつまらない)
(ウィリアム=シェイクスピアの筆よりも無慈悲な声音で)
(あの、黒い魔法使いは囁いた)


「…駒を奪い尽くして囲んでから詰み、か。彼には血が通ってないね」

いつかの夏の日を思い出した。
きっと、魔法が解け掛けているからだ。

「一族の再興を宿命付けられた少年は、恨むべき男爵の息子と─────恋に落ちる。」

余りにも救われない悲劇を思い出した。シンデレラの元へやって来た心優しい魔法使いなど存在しない、悲しい恋の物語を。

(魔法使いの魔法に優しさなどない)
(与えたのは悲しみに満ちた未来への切符)
(絶望の果てに視るものは、全てが輝いている事だろう)


黒い魔法使いは悪趣味だ。
黒い騎士の顔をした、卑劣な棋士に違いない。盤上の駒を弄びながら、着実に相手を追い詰めている。
楽しくて仕方なかった癖に、過ぎた悲話だと苛立って仕方ない。ああ、これが葛藤か。


「可愛いネイキッド、愛しい二葉。恋に狂うピエロの為に、早く死んでくれないかな…遠野俊君。」






可愛い、可愛い、可愛くてならなかった。
あの日、あの場所へ、健気にも毎日通い詰めていた君を初めて見た日から。


「はー、あっついねー。温暖化のエーキョーでアキちゃんもとけちゃうよー」
「温暖化だけむやみやたら流暢だな。どんな番組見てんだ、お前さんはよ」
「アキちゃん、とろけたら、まっちゃ味ー」
「アイスなんかで人の味が決まるかド阿呆」
「そーだ!ネイちゃん、チューした事あるー?」

サラサラ風に靡びく黒髪も、左右非対称の双眸も、薄くて赤い、唇も。

「な」
「えへー」

口元を覆ったまま目を見開いた君は、とてつもなく美しい。可愛くて仕方なかったんだ。

「アキちゃんはねっ、はじめて!うれしー?ネイちゃんのお口、アンコ味ー」
「…マセガキ。何のテレビに影響されたか知らんが、お前さんにはまだ早ぇよ」
「ねーねー、はじめてじゃないのー?ねー」
「喧しい。重要機密だ、聞くな」
「ふーん。ネイちゃんは足軽なんだねー」
「惜しい、そりゃ尻軽…って、ンな言葉覚えんなっつってんだろうが。はぁ」

とてもね。
一目見た時からずっとね。愛しくてならないんだよ。

「触ったらセキニンとらなきゃダメなのー。あのね、お客さんがパパのお店のショーヒン触っちゃったら、ベンショーするんだよー」
「ふん?で、いまお前さんが俺の唇奪ったのと何の関係があるって?量り売りのバナナ扱いするつもりかよ、ああ?」

ああ、愛しい君が笑う姿を見ていた。君はきっと僕には『気付いていない』。

「ネイちゃんはアキちゃんのだから、他の人は触っちゃダメー」
「偉そうに、幼稚園児が所有権の誇示とはねぇ」

知っているかい、君は笑っていたね。僕にはとても眩しくて、まるで太陽の様に思えたよ。

「だから、ネイちゃんもアキちゃんしか触っちゃダメなの」
「面倒臭ぇな。それでどう生活しろっつーんだよ、阿呆、死ね、カス」
「もう!他の人はばっちいんだからっ、触っちゃダメなのっ。ダメなのーっ」
「あー、煩ぇえええ」

僕を知らない君は、君をとても愛しく思っている僕にはやはり気付かないまま、泣きそうな眼差しで笑っていた。

「アキちゃんしか触っちゃダメなのっ、ダメなのーっ!うう、ネイちゃんなんかハゲちゃえー!」
「…俺に触りたがる奴なんざ居やしねぇよ、バーカ」
「バカってゆったほーがバカなんだよっ、ネイちゃんのオタンコナス!」

可愛い。
可愛い。
可愛い、君は。


「だったら、」

綺麗に綺麗に微笑みを浮かべた、君は。

「手袋でもするか?それなら最低、直接皮膚は触れない」
「うーん。ダキョーですねー」
「そうそう、妥協も大切ですねぇ」
「あ、あと、アキちゃんがあげたご飯とおやつしか食べちゃダメだよー」
「じゃあ何食えっつーんだ。お菓子がなけりゃパンでも食えってか?どっかの馬鹿女じゃあるまいし…最終的にギロチンまっしぐらだ」
「パンおいしーよ。ネイちゃんはパンしか食べちゃダメー、決ーまりっ」
「俺の好物は肉だっつーの、肉。肉の無い生活なんざ考えらんねぇな」
「ダメ!アキちゃんがお肉あげるから、他の人から貰っちゃダメどすえー」

覚えているかい。
僕は今でもこんなにも鮮やかに覚えているよ、愛しい貴方。

「アキちゃんが大人になってセレブ公務員になったら、お嫁さんにしたげるからねー」
「金持ちなんだか貧乏なんだか、イマイチ判んね。然も何だよ、その上から目線。馬鹿アキ」

僕ではない他人に微笑む君はそれでもやはり美しく、

「奥さんはお父さんを呼び捨てしたらいけないんだよっ」
「へぇ、だったら山田太陽君とでも呼んでやろうか?あ?」
「えへー。照れますえー」
「…ほんまもんの馬鹿か」





食い尽くしてやりたくなったんだ。










「ご都合主義、自己中、減点50」

パチン、と閉じた携帯を何の感慨もなく見つめながら眼鏡を外す。暑苦しい事この上ないネクタイを解き、乱雑に前髪を掻き上げた。

「…野郎、いつか殺してやる」

出来もしない事を久し振りに考えた。従っているからと言って、ギブアップするつもりはない。飼い馴らされたつもりなど毛頭。

「この俺に命令しやがって、糞男爵が」

白銀の神?
笑わせる。ただの雇用関係だ、契約が切れれば何の関係もない。


「………」

無意識に噛んだ唇は、酷くかさついていた。
ギブアップしたのは人生でたった一度きり、哀れにも健気に人生でただ一度、命令染みた約束を交わし未だに忘れようとしない。


「長ぇな、畜生」

セレブな公務員とは何だ。
高校だけで三年間、大学へ進めば追加に四年、合計七年。この十年を思えばまだ可愛い方だろうか、ああ、もう、馬鹿馬鹿しい。

小踊りしたい気分だった。
公立の極一般の小学校へ進んだ少年が、中途入学で帝王院学園に進んだ事を知った日はもう、日向が呆れるほどスラム街の不良達を殴り倒した覚えがある。

日向の帰国を期に日本へ戻り、本校の中等部に入った。目立てば気付くかと、わざわざ面倒臭い中央委員会役員を引き受けたのだ。
大人げなく本気で受けたテストは帝君と言う、素晴らしい勲章を与えて。大っぴらに初等部を闊歩出来ると言う、余りにも個人的な希望から風紀委員長にも立候補した。


結果。
害虫を見る様な目で見つめられる関係、とは。ジーザス、無慈悲にも程がある。


「…俺と遠野とどう違うっつーんだ、糞が」

昔の言葉遣いに戻っている事には気付いているが、頭の中では未だにこんなものだ。日向の日本語の八割方が二葉の悪影響である事を知っている人間は、余り存在しない。

羨ましいのではなく、妬ましい。命令嫌いの殺戮兵器を自覚のないままに服従させておいて、恐らく本人は覚えてもいない。
覚えていたなら発狂するだろうと判っている癖に、覚えていない事を思い知らされて発狂したくなったのはいつだったのか。


全身白ければ、血を浴びる事も少なくなる。手袋を纏えば誰にも触らずに済む。女を抱く事が出来ても、好む事は出来ない。
他人は全部一種類だ。犬も猫も女も男も大差ない。壁を這う虫も喘ぐ女も同等、白銀の神さえ、同等。価値は皆、同じ。存在してもしなくても、同じ。

「どちらまで?」
「遠野総合病院」
「って事は、有料道使った方が早く着きますけど」
「…グダグタほざく暇があるなら走らせろ、カスが」

痙き攣るタクシー運転手になど目も向けず、窓に映る左目を覆い隠した。


「………」

なんて情けない顔をしているのだろうか、自分と言う生き物は。駄目だ、馬鹿馬鹿しくて泣けてくる。
余りにも馬鹿馬鹿しくて恥ずかしい。こんな事、誰にも言えやしない。

自分と言う生き物は、山田太陽と言う人間を中心に回っている。土星を軸に漂う氷の粒と大差ないだろう。
愛想笑いと言う素晴らしいポーカーフェイスのお陰で何度救われた事か。

面倒臭い集会に、サボり魔である神威の代理で向かっていた二年前。無意識に太陽の部屋のバルコニーを経由した己の『無意識』に小踊りしたい気分だった。


太陽を襲った人間は一人残らず処分した。過剰防衛は虐待だと嘲笑う日向に舌打ちを噛み殺し、弾む足取りで向かった風紀室。
飛んできたのは再会を喜ぶ笑顔でも美貌に見惚れる眼差しでもなく、ゲーム機。悪いのは誰ですかと言う設問があれば、たった一文字で済む筈だ。

『己』

子供の戯れ言染みた約束を健気に覚えていた愚かな、相手が忘れている可能性をただの一度も疑って居なかった哀れな、忘れられている上に毛嫌いされて尚、約束を破棄しようとしない脆弱な、自分自身。


「…金で買えねぇのか、なんて考えてる時点で阿呆確定」

生きる意味はもう、存在しない。
なのにまだ生きている。触れたら責任を取らねばならないと、言ったのは向こうだった筈だ。大好きだと毎日毎日、舌足らずでマイペースな声音で繰り返したのも、向こうだった筈だ。


『兄様をこんな島国に連れ出した罰、死んで償えよセカンド』

凄まじい稲光。
赤い悪魔は雨に打たれながら、殺意で淀んだ眼差しを向けてきた。背後に、黒服達を従えて。

『返して!それアキちゃんのだよっ、ネイちゃんから貰ったんだよっ、返してよー!』
『煩い!汚らわしい手で触るな…!』
『やっ、いたたっ、いたいよー』

凄まじい稲光。
赤い悪魔を殴り倒した直後に、黒服達が向けたのは殺意ではなく、冷たい凶器だった。

佑壱諸共殺されようとしていたに違いない。あの当時は、体が弱いルークよりもファーストを後継者に勧める幹部が多かったからだ。


『ネイちゃんっ』

真っ直ぐに。
銃口から弾き出た鉛の玉を受けたのは、誰。


「…あのぉ?」

腹の奥底から急速に全身を支配していった膨大な量のアドレナリン、吠え狂った喉から放たれたのは獣染みた雄叫びとして鼓膜を震わせた気がする。
全身が、痛かった。
吹き出した血液、構う暇などない。転がり落ちた小さな子供を庇うのに必死で、向けられた数多の銃口から、ただ、庇うのに必死で。

「お客さん、その、…大丈夫ですか?」

呆然、と。
立ち竦む赤い悪魔は、真っ赤な何かに染まっていた。彼が気を失うのと、誰かの笑い声が響いたのは同時だった様な気がする。

「…」
「あのぉ?バイパス乗りましたけど…良いんですよね…?」
「魔法、使い…」
「は?!」

何だ。
(頭が痛い)
あれは誰だ。
(痛みなどとうに忘れた筈なのに)
何が、あった?
(覚えていないのではなく、覚えているのに思い出せない様な)



突き刺さるサイレンサー。
異常な治癒力を誇る赤い王子様に、黒服の大人達が向けたのは刃と銃口。
裏切られるとは夢にも思って居なかった王子様は呆然、と。振り翳された刃を見つめていた筈だ。

「顔色が悪い様ですけど…大丈夫ですか?」
「…後ろ気にする余裕があるなら、目潰してやろうか」
「ひ、」
「次また無駄口叩いたら、消す」

助けるつもりはなかった。居なくなっても誰も困らないと思っていた。

「すっ、すいませ…」

あれを助けたのは想定外の人間だ。でなければ、あんな我儘な奴を身を挺してまで助けようとする物好きはいない。
次に目覚めたのは暗い暗い病院の一室だ。長時間陽光を浴びた白い王子様の顔中、焼け爛れていた。ブラッドアイは片方が失明寸前、一番確実な方法は移植しか残されていない。


蒼と碧の眼差し、片方は誰のもの。
背徳に近い手術の果て、失った右の視力など惜しくはない。


けれど、



「着きました…!遠野総合病院ですっ」


何故、あの状況で皆、生きていた?

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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