帝王院高等学校
フジヤマで眼鏡が煌めきます
『被害報告書の確認をするので、不服があれば申告する様に』

能面みたいに。
無機質な表情の先輩達は、揃って純白のブレザーを纏っていた。

『但し君は全く証言をしようとしない。あくまで目撃者の証言を元にした略式報告なので、申告するならもう一度始めから被害状況を口頭尋問する必要がある』

それが高等部の、風紀総局から派遣された役員である事に気付いたのは、彼らを引き連れていた先陣の男が『統率符』を名乗った直後。

『それを踏まえた上で、確認して貰う。中等部2年Sクラス山田太陽。被害報告、軽度の被傷、及び暴行未遂』

淡々と告げる役員の声。
悠然と笑みを湛えながらそれを聞いている美貌の閣下は、

『主犯、同中等部2年Aクラス生徒以下数名。主犯は退学処分、傷害に加わった数名には1ヶ月間の謹慎処分を課す。以上』

報告が終わるなり、まるで非の打ち所が無い愛想笑いのまま漸く口を開いた。

『恐かったでしょう?もう大丈夫ですよ。捕えた生徒は皆、処分が確定しています。退学処分の生徒以外、謹慎期間中は懲罰棟で反省して頂きますからねぇ』
『…』
『ふふ、二度と悪さする気が起きなくなる様に、私が少しだけお説教しておきます』

白い、ブレザー。
ネイビーグレーは中等部、パーフェクトホワイトは高等部。
シルバーのSバッジではなく、金のSバッジを胸元に煌めかせていた男は当時、一年生だった筈だ。

『宵月の銘に於いて、彼らに再犯を許しません。だからね?ふふ、もう怖くないでしょう、山田太陽君?』

二歳差。
中学生と高校生、なのに大人と子供。

『可哀想に。喋れなくなるほど恐かったんですね。彼らも酷い事をする』

きっと内心嘲笑っていた筈だ。
あの男は、非の打ち所が無い美貌の皮の下で、嘲笑っていたに違いない。


『こんなちびっこ襲って悦ぶ様な輩、私には到底理解出来ませんねぇ』

投げ付けたのは買ったばかりのゲーム機。頬を霞めても眉一つ動かさなかった男は、ひたすら笑っていた筈だ。




「なんか、肩が重いなー」

後部座席で小さく丸まった体躯の背中を見つめながら、左手で右肩を揉み解す。

「この年で肩凝りかぇ?(;´Д`)」
「ただのゲームし過ぎに決まってらー」
「神崎、君は俺を判ってるね。この間貸したソフト、続きあるけど」
「もーよい、開始3分で飽きたもんねえ。何でオープニングあんな長いのー、眠たくなっちゃうにょー」

街中を走るバスは対面車線の罠に掛かり、どことなく進みが遅い気がした。

「神崎にはゲームの才能がないみたいだねー」
「集中力の問題だぜ。ハヤトは瞬発力勝負だかんな」
「隼人君を早漏扱いすんなー、ユーヤの癖にー」
「もうすぐ終点ですね。猊下、気分は良くなりましたか?」
「ふわぁ。何、珍しくケータイがん見してっと思ったら、路線図調べてたん?(Тωヽ)」

欠伸を発てた立ったままの健吾が、傍らの要を覗き込む。殆ど携帯を使わない要が暫く携帯を睨んでいたのは、どうやらそう言う理由らしい。

「市バスに乗った事がないのは、お前もだろう」
「馬っ鹿、地下鉄なら二回あんぜ(´∀`) 内一回はカナメが携帯置き忘れてきて大変だったっしょ」
「…嫌な事ばかり覚えやがって」
「やだー、錦鯉きゅん怖ーい(//∀//)」
「誰が錦鯉ですか!」

珍しく、の台詞で片眉を跳ねた要も、普段平気で携帯を置き忘れてくる性格故にあまり言い返せない様だ。

「ふぇ。錦鯉きゅん…言ったら、めー?」
「いいえ、遠野会長は良いんです。ケンゴだけが駄目なんです」
「苛め駄目!絶対!(*´∇`)」

ケラケラ笑う健吾と然程体格が変わらない要が鼻に皺を寄せ、近場の隼人の頭を殴る。
八つ当たりにしては痛そうな音だが、やはり手加減していたらしく隼人のリアクションは皆無だ。

「思い切りいい音したねー、今。神崎、ザオリク」
「ふわぁ。なーんか、眠いなあ。おいチビ、膝貸しやが…すいません、お膝貸して貰えませんか」
「ハヤトが敬語?!Σ( ̄□ ̄;) カナメのケータイ並みに珍しっ」
「俺はそこまで酷くない」

佑壱と付き合う様になって随分改善されたらしいが、未だに外出先で携帯を置き忘れてくる要の口が重くなる。笑顔で隼人を黙らせた太陽が手招き一つ、ぶんぶん首を振る隼人に笑みを深めた。

「あはは。可愛いハヤちゃん、パパの膝で寝てもいいんだよー」
「ほんとにすいませんでした。隼人君ちょー反省してます」
「慎ましい子だねー、遠慮しなくていいんだ。子供が遠慮するとハゲちゃうよ」
「…なんにもしない?」
「うん。むしるだけ

親指を立てた晴れやかな笑みの太陽に、隼人は勿論、何処となく二葉も青冷めた。無意識に髪を隠した隼人に他意はない。

「むにょ。うーん、うーん」
「俊、大丈夫?寝てた方がいいよ」

賑やかさに興味を擽られたらしい俊が起き上がるのを認め、殆ど貸し切り状態の車内の窓を開く。少し前からポツポツ降り始めた雨は、まだそれほど強くない。

「ふぇ。ぉ喉、渇いた、にょ」
「もうちょいだから、我慢できる?」
「うぇ、タイヨーちゃん」
「どした?」

俊に膝枕してやりながら、サイズが合わないブレザーを羽織っただけの太陽が首を傾げる。俊が太陽をちゃん付けで呼ぶ時は、まず間違いなく何かしら甘えている証拠だ。

「モテキングさんか、二葉先生と、チューして欲しい、にょ」

スルーしたら期待に満ちた眼鏡が煌めいた。全員が明後日の方向を見ているのは、勘違いではなかろう。他人の振りをしているに違いない。

「ペロペロしたり、はむはむしたり、ハァ、ハァ、お膝の間に座って、背中から抱き締められて欲しい、にょ」

まだ前の座席には幾らか乗客が見える。やはり目立つのか、ちらちら振り返っているのは女性ばかりだ。恐らく太陽と俊など眼中にないだろうが、視線を浴びたら誰でも気になると言うものである。

「俊ちゃん、君の頭の中はどうなってますか?表現が生々しいにも程があるんだけどー」
「小説の挿し絵じゃ判んないにょ!ふぇ、BLアニメはエッチシーンになると声優さんの声がエロ過ぎて直視出来ないにょ!うっうっ、生ホモォオオオ!ホモォオオオ!」
「ちょ、ばっ、バスの中で何を叫ぶか!落ち着けっ、皆が凄い目で見てる!あっちのお姉さんがキラキラした目で見てるからー」
「ふぇ。だ、って、うぇ、タイヨーが二葉先生とチューなんかするから!」

ぶっ、と吹き出したのは要だ。何せ自動販売機事件を目撃している為、頭の中に当時のシチュエーションが再現されてしまっているらしい。

「ハァハァ、タイヨーのファーストチューが二葉先生に奪われちゃうから!僕の妄想がもうとんでもない事になってるにょ!」
「おや、確か遠野君が見たのはファーストキスでは、」
「わーっ、わーっ、わーっ!!!」
「王道だったら腹黒副会長と!初対面の森の中で!愛想笑いを見抜いてラブフラグ!なのに何で腹黒風紀委員長なんですか!」
「うふふ。誉めても何も出ませんよ、天の君」
「いや、誉めてない誉めてない」
「何で僕の眼鏡の前で婚約なんか…っ!お父さんは眼鏡から鼻血を吹くかと!鼻から涙が出るかと!ケツからいやらしいものが溢れるかと!」

しゅばっと座席に立ち上がった俊が天井で頭を打ち付けるのと同時に、停車したバスから前方座席全ての人間が降りていった。何故か猛ダッシュだった所を見ると、恐らく逃げたに違いない。

「うん、尻からは食べたもんしか出ないからね、俊。ほら、ちゃんと座ってなよ」
「大変けしからんグッジョブ、でも本心はまだまだ清い関係で居て欲しいんですっ!ちゃんと交際してから合体して欲しいんですっ!」

現実逃避を選んだ太陽が、スルーしようと試みたが失敗したらしい。遂には噎び泣き出したオタクが窓から身を乗り出し、ゆるゆる走り始めたバスの車窓から萌を叫んでいる。
被害者は運転手だけだ。カルマはとっくに現実逃避している。

「…鎮まりたまえー」
「何で!いつの間に二葉先生とそんな18禁フラグ立てたんですかっ!ちょっと前までツンデレだった癖にっ」
「ちょい待った、誰がツンデレだって?誰がデレたって?…白百合相手にっ?!」

益々体を丸め、顔を両手で覆った俊が噎び泣いた。目を吊り上げた太陽が怒鳴るが、短い溜息を吐いた裕也によって固めた拳は封じられる。

「おい、想像に罪はねーぜ。妄想くらい許してやれよ、山田」
「藤倉…っ、君には害がないから言えるんだ!」
「オレは別に、殿の頭ん中で犯されてても構わねー」
「もし君が受けだったら?!然も相手が白百合っ」
「現実に有り得ねーから、構わねー」

それがどうした、と言わんばかりの裕也に口を閉ざす。自分なら有り得るんだ、などと言えば完全なる自滅だ。

「要は、自分がどう思うかだろ」
「うう…。何だよ藤倉、お前さん男らしいぜ」
「誉めても母乳しか出ねーぜ」
「お母さんんん!!!」

いつの間にか前方の吊り革に掴まっている二葉が肩を震わせている。会話に加わるつもりはないが、これだけ声が大きかったら聞こえるだろう。

「どうしましょセクシー隊長、フジヤマですわよー!」
「藤倉×山田っスか。BLの略称テク、ぱねぇ(●´mn`)」
「二人並んだら萌える身長差。ユーヤンってば彼女居る癖にさりげなく口説いてるにょ」
「ホシは意外とアウトドアな奴なんで、デートのバリエーション半端ねぇっスよ(´Д`) ウッズ連れ込むつもりっしょ(//∀//)」
「おい、何でオメーがオレの行き付け知ってんだ」
「ウッズって、なァに?」
「露天風呂があるラブホじゃないかなあ。隼人君も行った事あるよー、50回くらい」

一瞬で沈黙した俊に、欠伸を発てた隼人が飛び起きた。これを人は自滅と言うのだろう。

「50回…」
「流石、神崎隼人。しょっちゅうスポーツ新聞のゴシップ欄飾ってるだけあるねー。やっぱ相手って業界人なわけ?」
「お黙りなさいサブボスめ!じょ、冗談だから。あは。ボスー、可愛い隼人君はユーヤみたいなヤリチンとは違うんだからねえ?」
「…」
「え、なにその目。何でそんなに曇ってんの、つかマジ眼鏡曇り過ぎだから、ちょ、何で離れるのー?あは、あは」

あのー、と控え目な声が聞こえてきた。

「ハヤト、因果応報だぜ」
「猊下、バイ菌が移りますよ。ハヤトに近付くと病気が移りますよ」
「高1でラブホ50回以上とかバリ不埒!(*/ω\*)」
「テメーら同類だろーが!」
「「「一緒にすんな」」」
「パヤちゃん…」
「やだ、何で離れようとすんの、ちょ、こんなん嘘だからー。嵌められたの、隼人君は嵌められたのー!」
「神崎、マジで泣きそうな勢いだねー」

つつつ、と遠ざかる俊に痙き攣った隼人が手を伸ばすが、もう一度掛けられた声に振り返れば、


「終点です…」

今にも泣きそうな運転手が、酷く疲れた表情で御乗車有難うございましたと呟いた。












『バイトする気があるなら、手を貸してやろうか』

何の力もなかった。
日毎暗い顔になっていく彼を眺めているだけの現実に嫌気が差し、悪魔の誘惑に耳を貸した。

『…何のバイトだよ』
『たった30ccの液体を飲むだけだ』
『…』
『新薬のモニターみてぇなもんか。たった一回、30cc舐めるだけで終わりだ。報酬はお前の望み通りに』

しがらみ。
大人が作った勝手な檻の中で、このまま、このまま。身動き出来ず、飼い殺されて死ぬのは我慢ならない。

『後は、そうだな。ある程度の地位をやろう。お前の父親は前ノアに付いていったから、事実上キングダムとは何の関係もない』
『親父の力なんざ端から当てにしてねぇ』
『でも、お前にゃ何の力もねぇだろ?ただ少しばかり英才教育を受けた、僅かに秀でた子供ってだけだ』

この手で掴めるものくらい、守る力が欲しかった。此処ではない何処かに行けるだけの、力が。

『一回、飲めば良いのか。本当に』
『ああ、保証する。何せこの俺も被験者だ』
『期間は』


権利が。
(それに付随する義務が)
(権利と義務の違いも知らない癖に)
(力と言う名の権利に目が眩んで)
(義務の課す柵の重さを知ろうともしない)



『たった一回の投薬で、結果が出るまでの期間。…報酬にしちゃ、リスクが軽過ぎる』
『おや、想像以上に賢いな。



  ─────一生だよ、藤倉裕也君。』

←いやん(*)(#)ばかん→
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