帝王院高等学校
世間知らずとお兄様とオムライス
『ふはっ!意気がってるだけあんな、先輩方』
『どっちが意気がってんだ糞餓鬼。テメェのお陰でこの馬鹿犬から濡れ衣着せられてんだぞ、こっちはよ』
『テメーの場合、因果応報だろーがコラァ』
『うふふ。これは一本取られましたねぇ、サブマジェスティ』
『取られてねぇよ!』

振り払われた腕に揶揄めいた笑みを浮かべた男は、幼さの残る美貌に猟奇的な笑みを浮かべている。


『…威勢が良い奴らだ』

スポーツタイプの外国車の中で、ハンドルに凭れ掛かったまま紫煙を吐き出した男は、

『なーに、あの子ばっか見て。子供じゃない』
『…ただの後輩だよ』
『何の後輩なんだか』

サイドシートから擦り寄ってくる女の細い腰を抱き寄せ、面倒臭げに煙草を揉み消す。何が面白いのか、にやにや笑みを浮かべている女の目には、肉欲の色。

『学校以外、何があんだ』
『真面目に学校なんか行ってたっけ、アンタ。ねぇ、いいの?あっち揉めてるみたいだけど』
『…だったらやめっか。俺は別にどっちでも構わしねぇよ、勝手に人の車乗って来たのはそっちだ』
『冗談でしょ、………何だ、ちゃんと大きくなってる。ふふっ』
『…女の方が欲深いっつーありゃ、マジだな』
『やっぱり、弟君が居るとその気になんない?』

遠慮がちな台詞は笑みを帯び、細い手は無遠慮に太股を這った。面倒臭い女だと目を細めながら、

『ヤるなら早くしろ。煙草吸ったら動かねぇぞ俺ぁ』
『カルマが来るって言うから見物してたけど、やっぱり子供ね。兄弟そっくりでも、弟君とはシたい気になんない』

それはあっちも同感だろうよ、と。呟いた台詞は掻き消える。面倒臭い女だ。久し振りの行為でなければ、近付きたくもないタイプの。

『ねぇ、舐めてあげよっか。うまいのよ、私』

これではまだ、数字と六法全書を愛する堅物な女達の方が大分マシだ。必要がない限り近付いてくる事もなければ、例え惚れられたとしても、処女特有の奥床しさで控えめに見つめてくるだけ。
化粧と香水で覆われた女よりも、まだ。マシだ。

『従兄弟、呼んであんだよ。俺が呼んだ訳じゃねぇけどな、たまたま日本に来てるらしい』
『へぇ、従兄弟なんか居たの?留学中とか?』
『俺はアメリカなんざ行きたくもねぇが、』
『きゃっ』

倒したサイドシート、擽る様に笑う女の唇が近付いてくるのを眺めながら、ひそりと。油断すれば今にも煙草を求めてしまいそうな口を騙す為に、

『…敵を欺くにはまず身内から、ってな』

息が詰まる。面倒臭いキスも車内を漂う白煙も、何も彼も。



『逃げるとこなんざ、ありゃしねぇんだからよ』


化粧と香水で自分を偽る女を貪る自分こそ、本当の自分を偽っている癖に。











「うまいっ!」

休日のサービスエリアのフードコートは、デパート以上に混んでいる。空っぽの煙草を握り潰し、向かい側で幸せそうな笑みを浮かべている少年を見やった。

「悪くねぇだろ、此処のデミグラ。ま、俺様のオススメだから当然だな」
「うま!うま!おれっ、オムライスはケチャップが一番美味しいって思ってたよ!」
「ふ、世間知らずめ。世間は斯様にも広いのさ」
「うちのコックさんもデミグラスソースだったんだけど」
「知ってるか、庶民の家にはコックなんざ居ないんだよ。俺の家には居るけどな、母親が料理しねぇからよ」

美味そうに喰うな、と父親の心境めいた感想一つ。ちらほら突き刺さる不特定多数の視線、ビール代わりのジンジャーエールを啜りながら見ればカップルや家族連ればかりだ。

「ユーさんのオムライスはケチャップなんだよっ。おれ、ケチャップのオムライス初めてだったんだ!」
「佑壱の料理好きは父親似だ。うちの親父は家事全般が趣味だかんな…その内うっかり嫁に行きそうな気がしねぇ事もない」
「ここのオムライスも美味しいけど、ユーさんのオムライスもちょー美味しかったよ!でね、でね、総長が居ると唐揚げが一個ずつ付いてる!」
「ふーん」
「ユーさんの唐揚げはあれだね、美味し過ぎて行列出来ちゃうよね。冷めても美味しいの。でもね、片栗粉と塩胡椒だけなんだよ。ニンニクとか余計な調味料入れないの」
「ふーん」
「おれ、ユーさんちの子になりたい。そしたら毎日オムライスと唐揚げ食べられるのに…」

職業不詳の男が二人、顔を突き合わせてデミオムライスを食べる姿はそんなに浮いているのか、と庶民離れした零人の意見は甚だ的違いと言えよう。

「とりあえず、夜はひつまぶし喰わせてやるぜ。鰻だ鰻、まさか嫌いじゃあるめぇな」
「うなちゃん?好きだよ!」

きょとりと首を傾げた獅楼が、唇の端にソースを付けながら晴れやかに笑った。見た目と反し、言動や仕草が余りにも可愛らしい。

「…うなちゃんってお前、うっかり勃起すっかと思ったろ。巫山戯けんな犯すぞ」
「な、何、何の話だよ!もう本当に死ねば良いのに…」
「テメェ、俺様に死ねとは好い度胸だ。大楽ほざく前にソース付いてんの気付け」

ついつい揶揄ってしまう心情を察してくれ、と誰ともなく遠い目をしつつ、持ち歩いているハンカチで獅楼の唇を拭ってやった。

「あ、ありがと…」
「ねっとり舐め取ってやっても良いけどな」
「消え去れば良いのに」
「加賀城のパーティー、呼ばれてねぇのか?」

唐突に言えば、烏龍茶を啜った獅楼がぱちぱち瞬く。何の話か判っていないらしいと、半分残したオムライスを見やりスプーンを握り直しながら、

「今日、名古屋で大手ゼネコン集めたパーティーあんだろ。今の時間くらいから、昼の部が始まってる筈だ」
「知らない。父さんとはあんまそう言う話しないから、おれ」
「企業プレゼンが終わった後が本題だ。夜の部から、親睦会とは名ばかりの見合い会場に擦り変わる」
「お見合い?…あ、何か思い出した。母さんがそんな事言ってたかも…」

反抗期の獅楼に、母親が快く思っていない事は知っている。ステレオタイプの父親は反抗期を応援しているらしいが、天下の加賀城財閥総帥だ。本心は判らない。

「お前の母ちゃんが主催者だ。表向きは加賀城会長の名前になってるけどな、結構頻繁にやってんだろ」
「お見合いって言うか、コンパみたいな感じなんだって。皆の出会いの場を提供してるんだって言ってた」

加賀城財閥と言えば、五本指に入る名門だ。一人息子である獅楼もいずれ家督を継ぐのだろうが、そうなれば零人と二人でランチをする事などなくなるだろう。

「毎年、夏と冬の二回。頻繁にプレゼンしたがる物好きは居ねぇからな。前にあったのは2月だ」
「2月と8月の二回だよ。おれが生まれた頃くらいから、毎年やってるし」
「なのに今日は早過ぎる。開催連絡も何か慌しかった。お前、何か聞いてねぇか?」
「うーん?」

加賀城が慌てる様な事態。
誰かからの圧力だとすれば、加賀城よりもまだ上の家が絡んでいる筈だ。帝王院財閥の様な、有無言えぬ誰かが。

「あ、でも、確かそれって東雲財閥の次男の為じゃなかったっけ?」
「東雲?次男なんか居たのか?」
「え?居なかったっけ?何か、そんなこと聞いた様な気がする」

東雲の跡取りである東雲村崎は、長い長い反抗期継続中だ。一昔前は神童と崇められ、日本経済の幸先は明るいとまで謳われていたと言う。
彼が唯一心を許した他人、今も尚、無条件で従うのは帝王院財閥の皇子だけ。

「東雲が黒幕なら考え得る、か…」
「ねー、さっきから何の話してんの?」

食べ終わった獅楼が食器を返却口に戻し、キョロキョロ物珍しそうに辺りを窺いながら尋ねてきた。

「おれ、今日は本当に用事があるんだ。帰らないと困るんだよ」
「ひつまぶし喰わせてやるっつったろ」
「ひつまぶしは気になるけど、このまま静岡方面に行くんだろ?東京はあっちだよ」

サービスエリアが余程珍しいらしい。口では何とか言いながら、目は輝いている。楽しくて仕方ないと言った表情で、帰りたいの言葉に説得力がなかった。

「せめてさー、理由?説明?とか、ないの?」
「説明したら付いてくんのか?」
「時と場合」
「偉そうな奴め」

確かに、御神木を祭っている山を丸々改造し、元々は神社だった屋敷の敷地内に学園を建てた帝王院財閥も随分エキセントリックだが、加賀城も負けていない。

「偉そうってのはそっちの事を言うんだよ。失礼しちゃうなー、もー…あ、外に屋台がある!」
「外?…ちっ、降ってきやがったな。そろそろ出るか」

オムライスを掻き込み、返却口に返してから自動ドアを抜けた。ぽつぽつ落ち始めた雨粒を避けながら、串カツの屋台に目を奪われている獅楼を振り返る。

「んなに珍しいかよ。欲しいなら買ってやろうか?ただの串カツだぞ?」
「ん、食べたい。車の中で食べたら駄目?」
「んな珍しいもんじゃねぇんだけどな、串カツの一本や二本」
「だって…おれんち、車じゃ帰れないし」
「…家っつーより、島だもんな」

加賀城財閥の総本山は、沖縄県に属されるとある無人島だ。いや、今でこそ無人ではないが島としては然程大きくはない、家としては余りにも巨大な、島。
獅楼が帰宅するにはヘリコプターか家庭用ジェット機を用いるしかない、初めて聞いた時は呆れた覚えがある。

「俺だったらとっとと家出してんな。糞暑い島なんざ、冗談じゃねぇ」
「そんな悪いもんじゃないってば。家の回り海しかないけど、カルマの皆は楽しいって言ってくれるんだ。一週間くらい泊まった事もあるよ」
「リゾートかよ」
「ハヤトさんがマダムから貰った無人島が近くにあって、あのまま野放しも勿体ないからってさ、最近じゃ農家の管理人雇って無農薬野菜作ってるみたい」

佑壱の提案だとは夢にも思わない零人が塩っぱい顔を晒しているが、何の疑問にも思っていないらしい獅楼は誇らしげだ。

「無農薬野菜ぃ?オーガニック何とかって奴か」
「ユーヤさんが作ったホームページで通販もやってて、カナメさんがマネージメントしてるって」
「はー、適材適所たぁ良く言った。元手は愛人からの贈り物ってか。…侮れねぇ奴だな、神崎隼人」
「カフェの野菜、全部無農薬なんだって榊の兄ちゃんが言ってた。サラダちょー美味しいよ」
「榊、か。確か前へまやらかして、高坂に追われてた奴だろ。アイツ自身、全く無関係だったけどな。俺とあんま年変わんねぇんじゃねぇか?」
「んー…22歳、じゃなかったっけ?あっ、榊の兄ちゃんは最近調理師の免許取ったんだけど、引退した仲間に管理士とか栄養士の免許持ってる人が居て、助かってるんだって」

同じ跡取り同士ながら、こうも真っ直ぐに育つものかと息を吐く。カルマのメンバーは基本的にお祭り好きなステレオタイプばかりだ。幹部の大多数が金持ちなら尚更、物事に対する抵抗観念が薄い。
不良の癖に警察から感謝状を二枚も三枚も貰っているのは、後にも先にもカルマくらいだ。率先して8区の治安維持活動に精を出す下っ端カルマが、ボランティアで祭りの警備や商店街のパトロール、朝夕の通学補導をしていると言う話は余りにも有名である。

「引退した奴ら、か。佑壱が拾った初期メンバーって事だな」
「うん。お巡りさんになった人も居るみたい。昔はとんでもないワルだったって言ってた」
「…年寄りかよ」

だからこそ少々喧嘩をしていようが、近隣住民や警察がカルマを咎める事はない。私設ファンクラブがポスターやらグッズやらを販売していると言う、根も葉もない噂も信憑性が確立していた。

「カルマはいつから事業化したんだ。…ちゃんと申告して、脱税すんなよ」
「カナメさんは節税なら罪じゃないって言ってたなぁ」
「錦織か…アイツなら相当えげつない商売やりそうだ」
「大丈夫だよ、あくどい商売は総長の方が得意なんだから!」

にこにこ叫んだ獅楼に、何とか話を擦り替える事に成功した零人はついに沈黙した。本題とはまるで掛け離れてしまった事には気付いていたが、串カツに目を輝かせながら語る獅楼の可愛さを差し引いたとして、誰か翻訳してくれ。



「総長、中学の頃からホストのバイトやってたんだよっ」


誰が、─────ホストだと?

←いやん(*)(#)ばかん→
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