帝王院高等学校
愛の逃避行は普通ワンマンで
「へぇ、楽しくやってるみたいだね」

クリーニング業者を手配していたらしい男が、片付けられていくリビングを横目に、玄関側からは見えない広い中庭で朗らかに笑った。

「小学生の頃から中途編入で、それも親元から離して生活させてたから父親として心配してたんだよ」

会話主は主にこの男であり、相手の心の底を見透かす様な雰囲気が何処となく相手を威嚇している。例え相手が20歳年下の高校生だろうが、全く手加減するつもりはないらしい。

「何はともあれ、良い友達に囲まれてるみたいで安心したよ。高野君と藤倉はともかく、…神崎君と錦織君だったかな。くれぐれも、太陽を宜しくねー」
「「はい」」

太陽とはクラスが違う健吾と、中庭の家庭菜園に夢中の裕也は眼中にないらしいムスコン父は、可愛い系の健吾よりも如何にも遊んでそうな隼人と自分と同じ匂いがする要に釘を刺した。隼人は勿論、美人顔だからと言って男は狼だ。
可愛い息子が雄の巣窟で襲われたるなんて万一、億万一、そんな恐ろしい状況になれば学園にロンギヌスの槍を落とすだろう。

そしてATフィールド全開だ。
暴走モード突入につき強制バッドエンドで連載終了、悲劇なのか喜劇なのか判断が難しいエンドロールである。某ミレニアム国民的アニメ宜しく、僕をエ●ァに乗せなさいと上から目線で詰め寄るだろう。

「俊君が親友なら安心も一塩だよ。…何せ一発目の捨て牌並みに安全牌」
「タイヨーは皆の人気者で、左席委員会の副会長で、僕みたいな地味平凡根暗ウジ虫オタクダニと友達になってくれたご主人公様なんです!」
「はは、相変わらず前向きなネガティブだねー」

二葉を牽制しながら、大惨事のリビングから皆を避難させた父は、正午を回っていた事もあり昼食を誘い掛けてきた。
デリバリーを頼むつもりだったらしい彼は財布を取り出すなり沈黙し、妻の財布と間違えていた事に気付く。中身は三千円と小銭。食べ盛りの高校生6人(二葉は含まれないのかも知れない)にこれでは足りず、かと言ってカードの類はポイントカードだけ。お手上げ状態で、謙虚な遠慮を見せた二葉に笑顔を向けた男は笑顔のままキッチンに消えると、

『バーベキューなんかどうかな?』

ありったけの肉と、何故か蟹をわんさか持ってきた。蟹はビニール手袋装備で嫌々運んできた様な雰囲気だ。
蟹と言う高級美食素材に食い付かない高校生は居ない。特に分厚い眼鏡から花を撒き散らしたオタクと言えば、自宅ではまず見る事が出来ない巨大な蟹7杯を写メに収め、拝み、崇め、オタクらしからぬ手付きの良さでバーベキューセットを組み立てた。

「あっ、こっちのお肉焼けて来たかもっ」
「いやまだ生っしょ(*´∇`)」
「野菜は生のがうまいぜ」
「血塗れの時代劇ばっか見るからさあ、お肉が駄目になんだよヘタレー」

要以上の腹黒さ、いや、二重人格さを山田父から敏感に感じ取った犬共は、二葉と山田父を交互に見やっては痙き攣っている。
炭に火を起こした要も、家庭菜園から必要な野菜をもぎ取ってきた裕也も、セットの組み立てを手伝っていた健吾も、四天王の中では一番料理の手際が良い隼人も、麗しの微笑を浮かべ見つめあっている癖に一切会話が無い佐渡島二匹を遠巻きだ。

「二葉先生っ、蟹さんはもじゃもじゃ食べたらめーですにょ!ぽんぽん壊すんですって」

かと言って、他人だからこそ他人の振りが許されるのである。サドの息子である平凡な太陽は、ひっそり胃を痛めていた。また吐血しそうだ。

「おや、ガニの事ですか。エラや褌と呼ばれますが、迷信の様に食べてもお腹を壊したりはしませんよ。美味しくないだけです」
「ふぇ。そーなんですか、じゃ食べてもイイにょ」
「ええ、特に問題はありません。衛生面からあまりお薦めしませんが」
「ん、大体焼けてきたんじゃないかなー。皆、紙皿と割り箸回ってる?」

二葉が喋る度に息子にしか判らない父の不機嫌さを感じ、痙き攣りながら空気が読めない俊に張り付く。わざとらしく二葉以外に麦茶を淹れてやる父はこの際、無視だ。

「俊君は良い子だねー。お小遣いあげよう」
「3500円もっ?!僕の月のお小遣いを軽々越えてるにょ!」
「あ、やっぱりお小遣い3300円なんだ?秀隆のお小遣いが5500円だったからねー」
「ありがとー、ピロキおじちゃま」
「本当はもうちょっとあげたいくらいなんだけど、ごめんね」

俊の余計な一言のお陰で、春の陽だまりの様な笑顔から吹雪を巻き起こしている父親は、太陽からすれば面倒臭いだけである。余り親子の交流がないから尚更だが、太陽は口煩い母親よりもこの得体が知れない父親の方が苦手だ。

「今時、月3300円って…」
「携帯の基本料金より少ねーぜ」
「確かに。俺なんか一万円貰ってても足りないのになー…」

ピトっと父に張り付くオタクに息を吐きつつ、野菜奉行の裕也からこんがり焼けた野菜が乗った皿を渡される。

「うちのガッコじゃ、十万単位の小遣い貰ってる奴なんざザラだかんな」
「ちょっと前まで溝江と宰庄司、毎月何日か授業休んで海外旅行行ってたもんね。降格圏内から遠い奴らは気楽なもんだって思ってたけど」
「宰庄司?」
「あのねー、藤倉の後ろの席に居ただろ。少女漫画の王子様みたいな奴」

首を傾げる他人には全く興味がない裕也に肩を落とす。健吾と裕也は毎回同じ様な成績で同率3位だったが、五十音順で裕也が健吾の後ろの席だったのだ。
その後ろに溝江、宰庄司と言うメガネーズが進学科の上位レギュラー陣だった。

「最近風紀に入った奴らだよねえ。もっさい赤眼鏡掛けてる、ジミーな」
「そりゃ、神崎から見たら誰でも地味に見えるよ」
「あ、何かいっつも三人でつるんでた奴らっしょ?(゜-゜) 俺らの総長のファンでさー、昔いっぺん執拗く総長のサイン強請られた事あんなー(´◇`;)」

自称貧乏旧家の宰庄司もゲームセンターやエンターテイメントリゾートを経営している溝江も、普段こそ目立たない存在だが実にステレオタイプな所がある。恐らく二人から迫られたのだろう健吾の塩っぱい顔を横目に、生焼けの肉をもりもり貪る黒縁眼鏡へ振り返った。

「総長?」
「あ、えっと、俊と叶先輩以外の皆が所属してるサークルのリーダーって言うか…」
「アキちゃん、父さんだって地元で有名な不良くらい知ってるんだからね?」
「不良って、何で…」
「ハヤトにカナメ、ケンゴとユーヤ。ローカルだったけど、クーポンのフリーペーパー誌の表紙飾った事あるんじゃない?」

悪戯めいた笑みを浮かべた男が隼人にウィンク一つ、微かに眉を跳ねた隼人の隣で健吾が目を丸めた。

「あ、もしかしてブラックペッパー?ほら、ハヤトのロケ先に押し掛けた事あったじゃんよ(*´∇`)」
「覚えてねーぜ」
「総長が全身真っ赤だった時だって(`ε´)」
「あ、思い出したぜ」

全身真っ赤とは何事だと瞬いた太陽の隣で、オタクがもじもじ尻を振る。

「蟹さん、もーイイにょ?まーだだよ?」
「あ、そろそろいいんじゃないかなー。先輩、」
「もう良いんじゃないかなー。俊君、蟹を食うなら手を汚せって言うだろ。豪快に食べなさい」

焼き係に回っていた二葉へ振り返った瞬間、笑顔で割り込んで来た父親がトングで二葉の目の前の蟹を掴み上げた。
晴れやかな笑顔でぽいっと蟹を放った父親は、スススと蟹から距離を取りながらも笑みを絶やさない。

「おや、こちらも良い塩梅に焼き上がりましたね。お父様、どうぞ召し上がって下さい」
「はは、謙虚は美徳だけど君まだ高校生だろう?遠慮は要らないよ、どんどん食べなさい」
「いえ、私が先に頂いては申し訳ない。お父様からどうぞ」
「いやー、おじさんは昼食を済ませて来たから。遠慮無く君が蟹を食しなさい叶君」
「お心遣い有難うございます。どうか私の事は二葉と呼んで下さい、お父様」
「いやいや、アキちゃんがお世話になってる先輩にそんな失礼は出来ないよ。叶君も他人行儀にならず、気軽に山田さんと呼んでくれて良いからねー」

何と白々しい会話だろう。
腹黒にして聡明である二人の鬼畜は早々と互いの嫌がるポイントを読み取り、片やわざとらしく『お父様』、片や矛盾した台詞をそうと悟らせない晴れやかな笑顔でのたまう中年だ。

「…消化に悪いぞぇ(;´Д`)」
「心頭滅却。帰るまでは心を無にしなさい、ユーヤの様に」
「無農薬野菜、うめー」
「サブボスは絶対ママ似」

蟹効果を装い一心不乱に蟹を貪る犬達は、こそこそ囁き合う。唯一、心の底、いや、眼鏡の底から食べる事に没頭している俊だけが本来の意味での蟹効果を発揮していた。
喋らないともう全く存在感がないのが主人公のチャームポイントである。

「そう言やさっき、榊の兄貴からメール着てた(*´∇`) 超テンション上がってるみたいっしょ、あの人のメールに『!』があんの初めて見たぞぃ(´艸`)」
「この調子じゃー、着くのは夜っぽいよねえ。カナメちゃん、ポン酢取ってー」
「ファザコン度合いじゃ副長に並ぶかんな。今頃うきうき準備してそうだぜ」
「ユウさんが何回駄目だって言っても、無制限で総長にアイス食べさせますからね、あの人は…」

昔、カフェのマスターにしてカルマの兄貴分でもある雇われ店長に、ツンデレと呟いた男が居た。勿論俊の事だが、元ホストを匂わせない魔性のマスターをツンデレとほざけるのは後にも先にも俊だけだ。
ご飯を作ってくれる人には優しくしろ、カルマの教訓に忠実な佑壱も、カフェを任せている榊には強く出られない。佑壱が厨房を仕切っている時には補助要員に撤するが、医学部に通いながら調理師免許を取得した通労な彼の料理は、カルマ内部だけに留まらず近隣の舌を唸らせている。

マメでオカンな佑壱がカフェのメニューを決定しているものの、近年は榊の提案したメニューに可否を付けているだけだ。実質、佑壱が出資者ではあるがカフェの実権はマスターにある。

「カーペットの張り替えが終わったみたいだね。ちょっと業者さんと話があるから、ゆっくりしてて」

山田父が席を外した途端、二葉が居るにも関わらず安堵の息を吐いた俊以外のカルマと太陽が、疲れた様に箸を下ろした。

「ごめん、うざいだろうちの父親。今の内に行こっか、片付けはアイツにやらせればいいんだし。この年になって母親の見舞いもないだろうし」

財布の中身を俊にくれてやった父親と、銀行口座への小遣い入金の約束を抜け目なく取り付けていた太陽が無表情で宣った。リビングの大惨事を巻き起こした張本人である、母親の怪我には全く興味がないらしい。

「盲腸末期でも『最近胃の調子が悪いんだわ』なんて首傾げてた母さんには、5針縫った程度じゃ蚊が刺した様なもんだし」
「タイヨウ君、身内にすら情け容赦ない君が健吾君は大好きだよ(*´Д`)」
「隼人君はサブボスにパパの血の鱗片を見たにょ」

一致団結して早々に裏口から抜け出した一同は、火が消えた金網の上に放置された蟹を名残惜しげに何度も振り返る俊を引き摺り、佐渡島から離脱したらしい。

「蟹しゃん…」
「俊っ、早く早く」
「ふぇん。蟹しゃんがまだあそこに、」
「そんなコト忘れなさい!ただでさえうざいんだから、うちの親父は」
「ピロキおじちゃまはイイ人なり。足長おじちゃまで、美形で、社長で、ハァハァ、小悪魔受けが似合いそうっ」
「中年の小悪魔受けと俺のどっちが大切なんだよっ」
「うぇ。え、選べないにょ!」
「もう一緒にトイレの個室入ってやんないっ」
「うぇん、タイヨーが一番なり!タイヨーが一番大切な普通で平凡で男前受けですっ」
「畜生、そんな俊を愛してるよ!」
「ダーリィイイン」

つか個室まで付き添ってんのかよ、と言う皆の目には気付かない二人だ。すばしっこい先頭の太陽の手が俊の手を掴んでいる為、鼻血を軽やかに垂れ流している腐男子がうっかり喘いだ。

「僕を好きにしてぇ、ロミオ様ァ!」
「急ぐんだジュリエット!取り急ぎ鼻血を止めたまえ!」

根が漫才気質の太陽は、ちっこいロミオ役に乗っかっていた。

「ふむ、遠野君がジュリエットですか」

涼しい顔でそれを追い掛ける二葉はともかく、健吾以外の三人にはやや辛い。

「うえー、禁煙したのにい」
「ヘビースモーカーの杵柄だぜ、おぇ。…やべ、さっき食ったカルビが出る」
「タクシーを呼びます」

要が携帯を開き掛けるより早く、プシューと言う軽快な音。迷わず先頭の二匹が乗り込んだのは、市バスだ。


「「「「…」」」」

普通ワンマンと言う表記が【平凡】ワンマンに見えたのは、二葉以外に違いないだろう。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!