帝王院高等学校
眼鏡吹き飛ぶどっきり大作戦なり!
「理事長」

静かに部屋から出て来た男が、ふらりと壁に手を付いた。顔こそ無表情だが、だからこそ余りにも不自然だと言えよう。

「御気分が?」
「何でもない。…少し疲れた。用があるまで、部屋に戻る」
「判りました」

一礼して去っていく秘書を目で追い、沈黙した男の乱れた金糸へ手を伸ばした。

「彼は、」
「そなたが施した鎮静剤が、漸く効いたらしい。今は眠っている」
「一般成人量の三倍投与したんじゃ。効いて貰わねば、ちと困りましょう」

無抵抗で連行された男は固く口を閉ざし、ただただ優雅な笑みを浮かべた。ムキになった警備員達が僅かばかり痛め付けた様だが、何の痛みも感じないかの如く表情を変えなかったのだ。

「…鎮静剤投与時に抜き取った血液と、毛髪を調べさせております」

気になる所があった。もしやと言う思いは、彼の義兄に当たる男にも生まれたのだろう。

「現実判明しているのは、それが酷く珍しい型である事のみ。AB型RHマイナス、然し血糖質は非常にO型と酷似している」
「…グレアム招待セレモニーへ、帝王院財閥を招いた最大の理由だ」
「覚えておりますとも。儂が関わった、最後の研究題材でしたからな。…あの男はつまり、間違いなく帝王院秀皇でしょう。だが、一つ気になる点がある」
「シンフォニア」

緩やかに目を上げた男の囁きに、背筋が震えた。無機質な双眸、宝石染みたダークサファイアが静かに見つめてくる。

「まだ、定かではないのう」
「…」
「あの言葉が真実ならば、19年前サラが儂の元へ届けたDNAは、紛れもなく帝王院秀皇のものじゃ。ではなければ、A型のサラからルーク坊っちゃんの有するAB型は生まれない」
「ロードは誠O型だったのか?」
「血糖質に於いても世論で言う血液型に於いても、恐らく。儂はサラの体外受精を請け負っただけで、ロードのシンフォニア計画には一切関与しておらん。確証はないが…」
「全て、私の責任だと」
「そんな事は…」
「カイルークは私にそっくりだと。言うんだ。皆が」
「…須く。何も知らぬサラに、ロードとキングの違いなど判らん」
「そもそもあれは、…遺伝子的に脆弱だったグレアムが生み出した倫理に反する行為だった」
「陛下、」
「優秀な細胞を改造繁殖し、神に近い人間を生み出す、などと。…我が父レヴィ=グレアムは、何と重い罪を犯したのだろうか」

彼は美しい美貌を片手で覆った。俯いた肩が微かに震えているのに気付いて、何が言えただろう。

「それに縋った私が言えたものではないか」
「あの計画は、兄上が残した最後の研究題材じゃ」
「私とまるで同じ遺伝子を有する、双子でも兄弟でもない別人。…その答えは、クローン」
「…」
「己の遺伝子と秀皇の遺伝子を掛け合わせる事で、…己の存在証明を果たしたのだろうか」

ああ。
何と美しい生き物だろう。あの厳格にして誰よりも凛と気高く在った男が、平常心と自尊心を擲ってまで幸福を願った、美しい生き物。

「死んだ者の意志を知る術など、何処にも存在せん。…コピーがオリジナルに憧れただけじゃ」
「複製だろうが、命が在れば最早それは複製ではなく、一個体だ。私とは別の、生命」
「儂はコピーにコピー以上の価値はないと思っておる。…ただの肉片だと思わねば、司法解剖など出来んからのう」
「龍一郎は私の所為で人を殺し、抉り出した目を移植した。…私と同じ顔をした、それが例え何の知恵もない赤子同然だとしてもだ」

双子の兄はその直後に姿を消した。
友を守る為に倫理に反した行為を行い、だからこそ己の罪を許せず研究者としての全てを失って。

「それの何が悪いと仰せか?角膜移植は正当な医律に則った手段じゃ」
「可哀想な、龍一郎。カイルークの為に自ら望んだエデンも、セカンドも、…ネルヴァもだ。全ては私の責任であるのに」
「それでも儂は」

ああ。
昔から全く変わらない、美しい生き物。二十代から時を止めた、大切な親友。

「生きていて欲しかった」

人の手から生み出された神の遺伝子には、子を成す機能など備わっていない。

「他人の命を弄ぶ行為だとしても、生きていて欲しかった。それが罪だと判っていても、儂らは。…お前に光を見せてやりたかったんだ、ハーヴィ」

顔を覆ったまま足に力を込めた長身が、何処か力なく去っていく。

「…龍一郎、何処かで見ておるか。儂はのう、隼人を守る為なら鬼になる覚悟があった」

誰が悪い訳ではない。
誰もが誰かの幸せを祈り、誰もが己の幸せを求めて生きているだけだ。


「けれど兄上は、修羅の途を歩いたか」


それが例え。
それが例え、背徳に近い、仏に反した行為だろうが。



「何故、儂らを置いて死んだんじゃ…」












「遠野君」
「ふにょ」

蹴り破る勢いでドアを開けた男が、先程まで着ていたブレザーを何故か脱いでいる事に気付いた。
本棚から勝手に失敬した漫画を読んでいた健吾と裕也はベッドの上、珍しく黙っている隼人はバルコニーで黄昏ている様だ。眉を潜めたのは要だけ。

「二葉先生?何と凛々しいお姿でしょう、是非とも一枚っ!」
「そんな事は後になさい。とにかく、すぐにリビングへ」
「ふぇ?」

グラス7つ、麦茶らしい液体が中途半端に注がれたトレイを要へ押し付け、デジカメで二葉をパパラッチしようと眼鏡を輝かせる俊を遮る。

「どーしたんですにょ?あらん?僕らの可愛いタイヨーは?まさか誘拐ですか?」
「いいえ、リビングに居ます」
「二葉先生…!まさかうっかりタイヨーに非道な行為を?!この僕に事前連絡もなく!ハァハァ」
「非道な行為の内容までは聞きませんが、何と説明するべきか判断に窮する事態ではあります」
「早い話がホモの濡れ場っしょ(`´) 相手の実家に初訪問初強姦かぇ?(*/ω\*)」
「鬼畜だぜ」

眼鏡を押し上げハァハァ喘ぐ俊を横目に、同じく眼鏡を押し上げ何とも言えない表情を晒した二葉の背後から健吾と裕也も付いてきていた様だ。

「どうしましょ!タイヨーがほんのりピンクのほっぺだったら…!ハァハァ、僕うっかり狼なオタクになってしまいますにょハァハァ」
「どうせなら女と間違うくらい可愛い奴のが良いに決まってんじゃんか(´∀`) BLなんか結局エッチしてる話しかねぇんだしよ(`ε´)」
「だったらテメーが実演する気かよ。でも歴史もののBLは結構設定が深いぜ」

最早取り返しが付かない所までやおい菌に冒されつつある二人の背後、不機嫌な要と面倒臭げな隼人が続いている。
デジカメを無意識で握る要はともかく、男女構わず遊び歩いてきた隼人は幾分余裕だ。

「俺らは人様のお宅で何をしているんでしょうね」
「カナメちゃんが一番危ないよねえ。その内マジでボス喰いそー」
「人聞きの悪い事を言うな!それはお前だろうが」
「知ってるんだよお?最近ボスの宿題手伝う振りして、ちょくちょく部屋行ってるでしょー」

火花を撒き散らす二人を余所に、跳ねながらリビングに飛び込んだ俊と言えば、


「きゃー!」

飛び込むなり眼鏡を吹き飛ばし、転がらんばかりの勢いでカーペットに転がる太陽へ駆け寄った。
ベージュの絨毯の一部分だけ色が変わっている。黒ずんだそれが血液である事に皆がすぐ気付き、表情を引き締めた。

「タイヨー?!タイヨータイヨー、タイヨー!」
「タイヨウ君、生きてっか?!Σ( ̄□ ̄;)」
「…凄ぇ血だぜ、やべぇんじゃねーか?」

二葉のブレザーを掛けられた太陽は死んだ様に動かない。無言で近付いてきた隼人が太陽の喉元に指を当て、脈を測る。

「起きてタイヨー!そんなに二葉先生は激しかったんですかっ?うっうっ」
「息はあるねえ」
「不謹慎な事を言ってる場合ですか!ユーヤ、そこのソファに寝かせましょう」
「何処怪我してっか判んねー。下手に動かさねー方が良いぜ」
「確かめましたが、それらしい怪我は見当たりません」
「貴様…!」
「処女には優しくしてぇえええ!」

遂にはおいおい噎び泣き出した俊に、二葉へ手を伸ばした要の気が反れる。余りにも見当違い甚だしいオタクの悲しみっぷりに、それまで死んだ様に動かなかった太陽がプルプル震え始めた。

「っ、…あはは!何だよそれ!」
「ぇ」
「おや、もう種明かしですか?」

要から胸ぐらを掴まれたまま首を傾げた二葉に、二葉以外の皆が沈黙する。よっと身を起こした太陽と言えば、真っ赤に染まった右手を笑いながら掲げた。

「タイヨー?お怪我は…?」
「無傷無傷。あはは、神崎と藤倉は冷静だったねー」
「どーゆーことー」
「どっきりかよ」
「何か元々こうなってたんだよねー。足滑らせてさ、先輩があんま心配するから皆でも試したくなったっていうか」
「タイヨーちゃん!…いけない子!」

ぱちん。
蚊も殺せないだろう力で太陽の頬を叩いたオタクが、ズレた眼鏡をそのままに垂れた鼻水を盛大に啜った。
ひくひく喉を痙き攣らせ、神帝を足下にした時の凛々しさなど微塵もない。

「しゅ、俊…」
「うっうっ、ほ、本当にし、死んじゃったかと、うぇっ、うっうっ」
「ご…ごめん、ほんとに、ごめん」
「ひっくひっく、うっうっ、うぇぇぇん!」

ビトっと張り付いてきた俊を呆然と抱き返し、皆の呆れ顔を見上げた太陽は目を伏せた。

「何かもう、大変なご迷惑をお掛けしました」
「しょうもない悪戯すんじゃないにょー」
「マジで超ビビったっしょ(ノД`)゚。」
「無事ならどうでも良いぜ」
「全く、馬鹿馬鹿しい事を…」

ぐりぐり頬擦りしてくる俊にじわじわ笑みを滲ませながら、どっきり計画の共犯者を見やる。
冗談抜きに、二葉の狼狽っ振りは面白かった。全身隈無く触られて、怪我がない事を入念に調べ上げるまで離してくれなかったのだ。

二葉すらこれなら、皆はどう言う態度を見せるだろうかと興味が湧いた。俊は心配してくれるかも知れないけれど、元々カルマからは目の敵にされていたからだ。
左席委員と言う繋がりだけで、友達と言うには曖昧な関係がどのレベルにあるのか、なんて。つまらない事を試したくなった。

「うっうっ」
「俊、…ごめんね」
「ずび、ほ、本当に、お怪我なァい?うぇっ、痛い痛い、してなァい?ひっく」
「うん、平気。ホントに何ともないんだ。何でこんな事になってんのか判らないくらいで」
「あれー?」

随分間延びした声が割り込んだ。
皆が弾かれた様に振り返ったのは、全く気配がなかったからに他ならない。

「お帰りアキちゃん。お客様も居たんだねー」

百合の幻覚を見た一同が沈黙したまま、現れた男を見つめている。ティッシュを掴んだ太陽から鼻水を拭って貰いながら、首を傾げた男がピッと指を差す。


「ピロキおじちゃん?」

皆の目はそれだけで俊に注がれた。目を見開いた太陽と言えば、何故俊が父親の名前を知っているのかで混乱しているらしい。

「ん?あらま、驚いた。誰かと思ったら、俊君じゃないか」
「え?ちょ、待って、何で俊が父さんのコト…え?何で父さんが俊のコト知って…ええ?」
「アキちゃんと友達だったんだねー?ほら、お前も知ってるだろう、遠野課長」
「あ、ああ、あの物凄い美形な、確か父さんの幼馴染み………って、─────遠野?」

にこやかな美貌を前に、全く似ていない息子が沈黙した。

「随分汚れてるねー、アキちゃん。母さんが怪我しちゃって、そのまま出たから。びっくりしたでしょ?」

完全に機能停止したらしい息子へ近付いた彼は、やはりにこやかに小柄な息子を抱え上げる。何故かお姫様抱っこだ。

「改めまして、いらっしゃい。太陽の父、山田大空です。宜しくね」

テメェら、うちの太陽に手ぇ出したら判ってんだろうなぁ?
と言う、どす黒い副音声を聞いたカルマが揃って二葉と山田父を見比べた。

「これはご丁寧に。太陽君には大変お世話になっています、叶二葉と申します」
「叶二葉君、ね。何だろう、初めて会った気がしないなー」
「そうですか?」
「ピロキおじちゃんっ、こちらの二葉先生はタイヨーの婚約者なのょ!」

世界が凍る音と言うのは、眼鏡がヒビ割れる音に良く似ている。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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