帝王院高等学校
ワンコは基本的に自由業なり
「やっぱ誰も居ない」

モノトーンの煉瓦を積み上げた外壁の中央、不規則な鉄組の門を潜り抜けると、右側にシャッターで覆われた車庫、左側に然程大きくはないが蕾のサルビアが赤々窺える庭がある。

「玄関はこっちだよー」

指差す太陽に頷いたのは要だけだ。キョロキョロ、挙動不審な俊と健吾が門を潜り抜けた所で腕を組む。

「何か想像と違ぇ(´∀`)」
「お金持ちのおうちですわよ!テレビに出てきそうなりっ」
「すげー、庭に胡瓜生えてるぜ」
「えー、ふっつーじゃん。隼人君の実家なんか松茸取れるしー、なすびも食べ放題ー」
「一企業の社長邸宅をド田舎と一緒にするなハヤト」

要の一言で、パーカーで隠れた隼人の顔が俯いた。どうやら田舎と言う言葉は、晴れやかな芸能人には禁句らしい。

「大した家じゃないけど、いらっしゃいませ、どーぞ。っつっても、小学生の時に大分改装したんだけど」
「お、お邪魔しますっ」
「お邪魔しまーす(*´∇`)」
「っス」

両手両足がぎこちなく同時に動いている俊、尻ポケットに両手を突っ込んだままの健吾と庭先の胡瓜を凝視している裕也が、太陽が開けたドアに消える。

「御三家様におこがましいとは思いますが、良かったらどうぞ」

何でこんな所に居るのかと無表情で眼鏡を押し上げた二葉と言えば、何でこんな所に居るんだと無表情で睨んでくる要に気付くなり晴れやかな笑みを浮かべた。

「ではお邪魔します。手ぶらで申し訳ありません」
「何ですか、いきなり殊勝なお言葉ですねー」
「おや、婚約のお願いに手ぶらなど私の美学に反しますからねぇ」
「頼みますからホント普通にしてて下さい叶先輩」

要に対する嫌がらせが己の首を絞めている事に気付いているらしく、晴れやかに玄関へ入っていった男が微かに舌打ちしている事には疲れ果てた太陽は気付かない。

「ちっ。忌々しい…」
「カナメちゃん、減点」
「…はぁ」

舌打ち厳禁のカルマ教訓を思い出し、佑壱が居なくて良かったと肩を落とす。面倒臭げに扉を潜った隼人に続き、最後に要が頭を下げた。

「おぉ、大理石ー(_´Д`)ノ」
「はふん。ねね、ユーヤン。あの壺、薬草が出てきそうなりん」
「殿、何も入ってねース」
「隼人君のスリッパどこー。あ、あったー」
「こじんまりした庶民的なお宅ですねぇ。言わばアットホーム、悪く言えば犬小屋」
「日本建築に文句があるなら香港に帰れ腹黒」

最後にドアを閉めた太陽が玄関に入るなり、早速マイペースな奴らは好き勝手だ。取引先の骨董好きな社長から頂いたと言う有名な青磁の壺を覗き込む裕也と俊、シューズクロークを勝手に開けてスリッパを取り出す隼人、睨み合う腹黒美人二人。
この素晴らしくカオスな状況は何だと息を吐き、もう一度父親へ連絡しようと靴を脱いだ。

「とりあえず、リビングはこっち」
「タイヨー副会長っ!会長はタイヨーのお部屋が見たいですっ」
「あ、家捜しっしょ(*´∇`) ベッドの下のエロ本探し(・∀・)」
「んなベタな所に隠すかよ」
「じゃ、ユーヤは何処に隠してんのお?」
「出しっ放しだぜ。隠す意味が判んねー」

きゃー、と騒ぐ俊と健吾と隼人が二階への階段に真っ直ぐ向かう。何で二階に太陽の部屋がある事を知っているのか、断る隙を与えない皆に眩暈を覚えた太陽は半ば現実逃避中だ。

「別にいいけど、俺は皆と同じで寮生だよ?エロ本なんか実家に置いてく筈ないだろ」
「タイヨーちゃん、えっちぃ本持ってるにょ?」
「そりゃ、グラビアの一冊や二冊持ってるさ。健全な高校生だもん」
「グラビアかよ」
「たぎる性欲持て余し(*/ω\*)」
「夜な夜なシコるサブボスだった」
「あはは、二人とも後で覚えとけよ」

清々しく開き直った太陽の微笑に、痙き攣った健吾と隼人が抱き合う。抱き合ってから見つめあい、二人のゴングが鳴った。

「何であの二人あんなに仲悪いの」
「似た者同士だぜ」
「ユーヤぁ!助太刀カモーン!(´Д`*)」
「いやいや、藤倉と高野も似た様なもんやないかい」
「潔く死ぬがよい馬鹿猿が!」
「健吾は最後まで隼人の入隊に否定的でしたから」

にこやかな二葉をジトっと睨んだままの要に、階段を登りながら太陽が振り返る。
騒がしい4人はとっとと二階に上がり、喧嘩する隼人と健吾を余所にオタクと言えば初めて見る山田宅にフラッシュを瞬かせていた。

「神崎が一番新しいメンバーなんだっけ?」
「実際は獅楼が一番新しいんですけどね。あれの場合、状況が状況でしたから」
「状況?」
「神崎隼人君はねぇ、いわゆる族狩りだったんですよ」

小さく笑う二葉に、ぱちぱち瞬いた。横目で睨んだ要が息を吐き、爆弾を落とした癖に肩を竦め知らんぷりをする二葉の言葉を引き継ぐ。

「最初は確か、我々の総会途中でした。傘下と言う訳ではありませんが我々を慕ってくれるチームと言うか、とにかく他の人間が結構やられてまして…」
「あ、エルドラド、だっけ?フォンナート先輩みたいな?」
「ええ。レジストと言う、Fクラスにそのチームの頭が居ますが、彼の双子の弟も被害に遭いました。レジスト副長、となれば、うちで言うユウさんがやられた様なものですから」
「ああ、仲間が怒ったんだ?」
「はい。集会途中に騒ぎ始めて、ユウさんが仲裁に、」
「嘘を教えてはいけませんよ」

嘲笑。
背を駆け登る寒気、視界には眼鏡を押し上げる長い指。

「過去話には事実だけを。それでは最早、フィクション甚だしい」
「何を偉そうに。俺は事実を、」
「何が事実ですか。被害者、レジストの平田洋二を暴行したのが高坂君だと、難癖付けて殴り込んできたのは嵯峨崎君ですよ」
「え」
「目撃証言がありましてねぇ。犯人が金髪だったと言う理由で、怒り狂った嵯峨崎君は我々の元にやって来ました。ただでさえあの二人は犬猿の仲でしたから、酷い有様でしたよ」
「おーい(´Д`*)」

二階から健吾が覗き込んできた。
いつまでも上がって来ない三人に訝しげな表情だ。

「何やってんの?(`ε´)」
「山田の部屋見付けたぜ」
「お日様のお写真のルームプレートがあるにょ。こっちは夕暮れのお写真なり」
「もー、勝手に入っちゃうよお」

続けて裕也、俊、最後に、俊の背中に抱き付きながら覗き込んできた隼人。
パーカーの下で笑う唇と、その真上の眼差しの冷たさが余りにも不似合いで。無意識に肌を走った悪寒が皮膚を粟立たせた。

「サブボスー、早くおいでよー」

恐らく聞こえていたに違いない。
俊と裕也は不明だが、恐らく健吾にも聞こえていたのだろう。覗き込んできたタイミング、それまで隼人と喧嘩していた筈の健吾がいつものヘラヘラした笑みを浮かべている矛盾。

「あ、ああ、うん。今行くから、家捜しはやめて。ほんと」
「人様のうちで騒いでは、」
「一触即発の最中、現われたのは確かに金髪の、けれど高坂君より大分背が高い少年でした」

嫌な予感がする。
駆け出した太陽に続き、足を動かした要が苛立たしげに舌打ちする、音。

「何を勘違いしていたのでしょうねぇ、彼は。中等部昇校生は確かに例外中の特例でしたよ。系列から進学科に入学する者は居ても、帝君にはまず届かない。つまり神崎隼人君は、君に続く第二の特例でした」

二葉の目が一瞬、太陽に向けられた。騒がしかった二階は沈黙し、二葉の声だけが全て。

「それが全て己の実力だとでも思いましたか?もし君が『中等部昇校生』でなかったら、君が帝君になる事など有り得なかったのですよ、神崎隼人君」
「ちょっと、」
「遠野君と言う、正に神掛かり的特例が存在する高等部昇校生だったなら。君はただの一般生でしかない。学年次席と言うだけの」
「叶先輩っ」
「自分だけは特別だとでも思いましたか?小学校入学間際に保護者を失い、養護施設送り寸前で我が学園に入学した貴方は。己がまるで悲劇の主人公だとでも思いましたか?」

胸ぐらを掴もうとした。
凄まじい嫌な予感が背中を駆け抜ける。こんなに恐怖を感じたのは初めてだったから、それが何に対する予感なのかも判らない癖に、ただ。二葉を沈黙させようと、腕を。

「ぁ、」
「目障りだったのでしょう」

伸ばした時に、段差を忘れ足場を失った体が傾いた。何の事もなく、二葉が広げた腕に助けられる。

「耳障りだったのでしょう。目に見える全て、耳に入る全て、取り除けば救われるとでも思いましたか?」
「…何ゆってんのか、判んないんだけどお」
「ならば貴方は、おめでたい子供ですねぇ。世間知らずで箱入り、筋金入りの愚かな人間だ」
「貴様、」
「退いてカナメちゃん」

手摺りに乗り上がった隼人が見えた。自分の事の様に怒りを顕にした要がまた、舌打ちするのを聞きながら。

「そいつ、」

灰色の瞳が笑みを描くのを。
嫌な予感が今にも爆発しそうなのを。



「殺してやる」











時速80kmのタコメーターに眩暈がした。首に引っ掛かっているだけのハーフメットなど、最早護身具ではなくただの飾りだ。

「ヒャッホー!退けやコラァ!轢き潰すぞ団子虫がぁ!」
「おい」
「ハローありんこ!危ねぇから車道で砂糖拾ってんじゃねぇぞ!」
「おい」
「イエローシグナル如きがこの嵯峨崎佑壱様を止められっと思ってんのかコラァ!」
「…おい」
「赤信号の言う事は聞いてやらぁ!赤いモン同士だかんな!」

ケラケラ笑いながら急ブレーキを踏んだ佑壱に、背後の日向が拳を固める。

「痛ってぇえええ!!!」
「じゃかましいんじゃこの糞餓鬼ぁ!テメェ静かに運転出来ねぇんなら息の根引っこ抜くぞゴルァ!」
「…こぁい。総長ぉ、ヤクザ怖いっスよー。スカウト断って良かったっス」
「人の話を、」
「あ、青になった。ヒャッホー!」

ぶるん、と唸ったマフラー、引っ張られる感覚に痙き攣った。
まさか天下のABSOLUTELY副総帥である自分が、バイク処女だなんて言える訳がない。アクセルを捻るなり人格が変わった佑壱はともかく、バイクを運転した事もなければいわゆる『ニケツ』の経験もない日向は、未経験のもたらす恐怖と孤独に戦っていた。

「風よ〜、大地よ〜。俺の燃える魂を聞いてるか〜ぁ♪」
「…」
「目的地は何処ですか〜、榊店長のカフェですか〜♪」
「…」
「総長、総長、総長だらけの夢が見た〜い♪」
「…」
「コラァ!何処見て運転してんだそこのワゴンRっ!左折すんならウィンカー押し上げろコラァ!」
「…」
「指示器♪指示器♪押し下げてー、左折かぁ!右折表示で左折かコラァ!ぶっ殺すぞテメェエエエ!」

携帯がバイブレーションしている事には気付いていた。無理矢理ハーフメットを被らされて、無理矢理乗せられたバイクが走り始めた瞬間から気付いていた。
但し、ピストルを向けられても動じない極道の後継ぎは、座り心地最悪の後部座席…いや、座席ですらない。そんな所で携帯を扱えるほど、肝が座っていなかった。

最早、襲われる生娘の様な有様だ。青冷めた表情は余りにも強ばり過ぎていて、哀れにも程がある。

「ん?総長に仕込んだGPSが4区で点滅してやがる。どう言う事だ?」

ピコン、と言う音に、佑壱のシャツを全力で掴んだ日向が覗き込んだ。運転席に取り外し可能な携帯ナビが吊されている。

「テメェ、は、シュンにんなモン仕込んでんの、か、よ」
「あー、何か言ったかー?然しどうすっかな、ナビの操作の仕方が判んねぇ」
「前…、前見て運転しやがれテメェ!」
「危ねー危ねー、うっかり川に落ちてたぜ。おい高坂、お前ナビ使えんだろ?どうにかしろ」
「お、いっ」

ぽいっと飛んできた機械を慌てて受け止め、両手を離してしまった日向が蒼白な表情で何とか落下を防ぐ。

「総長のたーめなら、えんやーこーら♪」
「…マジ、落ち掛けた、今」

相変わらず法定速度を無視したスピード狂いと言えば、ぐーっと音を発てた腹をさすりさすり、

「もう朝マック終わってんな。畜生、チキンナゲットでも喰うか」
「………」
「高坂ぁ、奢ってやんぜ。ハッピーセット」

ドライブスルーに飛び込むなり、スマイル〇円のアナウンスと同時に赤毛を思いっきり殴り付けた。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!