帝王院高等学校
恋愛ネタは修学旅行のお供です
「あ、クレープ屋さん!」
「チョコの匂いがするぞぇ(*´∇`)」

広いとは言え緊張の連続だった車内から降り立てば、やはり休日の昼間だ。女子高生と思われる集団で賑わう店先を見やり、鼻を鳴らす俊と健吾に要が取り出したのは財布である。

「召し上がられますか?」
「ふぇ。あんまりお小遣いないから我慢するにょ」
「そんくらいカナメが奢ってくれっから大丈夫だって(∀) 何なら俺が買ったげよっか」
「ケンゴ、何でテメーがオレの財布持ってんだコラ」
「きゃーヽ(´▽`)/」

まだ寝足りないらしい裕也が健吾の首に腕を巻き付けた。そのままギリギリ締め上げたらしい。悲鳴を上げた健吾が、くたりと崩れ落ちる。

「あは、猿死亡なう」
「笑い事かい」

続いて降り立った隼人に、裕也と要が集めていた視線に黄色い悲鳴が混じった。
四区五区の境と言えば比較的住宅街でありながら、近くに公立学校があるので人通りが多い。小さいながらも昭和から続く商店街が区画整理され、今ではちょっとしたウィンドウショッピングが楽しめる富豪街である。

「あ、あれ!ハヤトじゃない?!」
「嘘でしょ、似てる…!本人?!」
「やだぁ、格好良い!マジイケメン!」
「でもあの緑の人も格好良いよ!」
「あの綺麗な人っ、男?!」

きゃあきゃあ騒ぐ女子高生達は制服姿だ。ぽいっと健吾を放り捨てた裕也が面倒臭げに俊の荷物を掴み、聞こえない振りをしている要を見やる。

「女だと思われてんな」
「喧しい」
「カナちゃんは狂暴だぜ」

不機嫌な視線にも構わず、いつの間にか死んだ振りから復活した健吾がクレープ屋の店員をナンパしている光景を見た。

「君かわいーねぇ(´∀`) 彼氏何人居んの?」
「えー、そんなぁ、居ませんよぉ。そっちはお友達なんですかぁ?キャラ違うけどぉ」
「あにょ」
「オトコ居ないんだってさ('∀'●) こんな可愛いのに勿体ねぇと思わね?」
「は、はい、とってもお美しいと思います…カニマヨ…」

その隣にはもじもじしている俊が立っているが、財布は奪い返したので健吾の自腹だろう。

「…つか、殿あんな女が好みなんか?」
「尻軽そーだよねえ」
「猊下!俺が買ってあげますから、そんな女と喋ったらいけませんっ!」

いつの間にかクレープ屋の前は何処からか集まってきた女性で溢れ返っている。
車から降りたままそれを見守っていた男は塩っぱい表情を晒し、右手に何かを掴んでいる事に気付いた。

「何だい、これ…」
「いい加減、離して頂けませんか」

頭上から呆れ混じりに吐き捨てられた声音。聞き覚えがあり過ぎると目を上げて、うっかり叫んだ。

「ぎゃー!何でアンタまで車から降りてんの?!」
「煩い人ですね。貴方が私の手を掴んだのでしょう?こちらは迷惑この上ありませんよ」

たった一人、白いブレザーに金バッジ。帝王院学園高等部進学科を示す出で立ちの男が、お得意の仕草で眼鏡を押し上げた。
太陽の悲鳴が原因か否か、背後で凄まじい悲鳴。

「きゃ、きゃあああ」
「いやーっ、誰あの人ぉお!」
「イケメンってゆーか、あれ生きてんの?!」
「やだーっ、写メ撮って拡散しなきゃー!」
「携帯どこーっ」

健吾を蹴り飛ばす裕也、その健吾の襟を掴み弾き飛ばす隼人に、店員を睨みながら財布を開く要、差し出されたカニマヨクレープで眼鏡から花を撒き散らすオタク。
彼らには最早目も向けないギャラリーは、走り去っていった黒塗りの車と白ブレザーを交互に見やり、鼻息を荒げている。

「もうやだ、何でこんなに目立ってんだろ…」
「残念ながら貴方は全く目立っていませんよ、相変わらず塵以下の存在感です」
「スポットライトお断り…」
「美しい存在へ心を奪われるのは、至極自然の摂理ですよ」

いつもの壮絶なまでに麗しい微笑を浮かべ、パシャパシャ撮影されている男はにこやかに手を振った。


「…目障りこの上ない」

が、然しその足元では白い革靴でタンタンアスファルトを蹴っている。苛立った時の様な仕草に見えるが、相変わらず愛想笑いは崩れていない。

「タイヨー、特製マヨスペシャルにょ!はいっ、お裾分けなりん」
「あ、ありがとー」

タップダンスだろうかと首を傾げながら、小走りにやってきた俊から分厚いクレープを受け取った。どうやら隼人の奢りらしいが、俊の手には計3つのクレープがある。

「…そんなに食べるの?本当にどうなってんだろ、俊の胃の中」
「カニマヨとツナマヨとコールスローとメンタイマヨで悩んだにょ。全部トッピングしよってモテキングさんが言ったから、お一つ1200円なりん」
「高っ!今にも生地破れそうな詰め込み具合だねー」
「錦鯉きゅんとユーヤンとケンゴンも買ってくれたにょ」

つまり4人から奢って貰ったらしい。流石カルマ総長、貢がれ慣れている。

「だからマヨスペシャルなり!」
「マヨ尽くしかー。俺、あんまマヨネーズ好きじゃないんだよなー」
「あらん?マヨネーズお嫌い?」
「いや、好きじゃないだけ。食べれるよ、って、あ」

横から伸びてきた手に、噛ろうとしたクレープを奪われる。つられるまま目を向けると、無駄のない動作の、然し目では追えない早さでそれを完食した唇が見えた。
胸元からハンカチを取り出したその唇と言えば、

「庶民的なお味ですねぇ。おや山田太陽君、どうなさいましたか?」
「ぉ、俺のクレープ…」
「苦手でらっしゃるんでしょう?代わりに食べて差し上げました、感謝なさい」
「1200円のクレープ…」
「ふむ、それにしても食べ応えがありませんね」
「1200円…」
「お代わりする事にします」

肩を落とした太陽を、あっさり完食した俊がマヨネーズだらけの唇をそのままに覗き込んでくる。

「…」
「ぼ、僕が買ってあげるから元気お出しになって!ほーら、お財布持って来てるにょ。おじちゃんが買ってあげるからねィ」

言動がイチイチ変態臭いが、優しさだと言うのは判る。

「いいって俊、自分で買えるから。ま、クレープなんかまず買わないけど」

奢りこその喜びを易々奪っていった男は優雅にクレープ屋を覗き、女性達を虜にしている。

「珍しいものを見ました」

両手にクレープを掲げ、晴れやかな笑顔で近寄ってきた。嫌な予感しかしない。

「この辺りでは福岡県産は余り見ませんからねぇ。宇治ならともかく」
「…」
「八女茶の抹茶金時だそうですよ。白餡と抹茶クリームのコラボレーションも珍しいと思われませんか」

勝ち誇った表情で右手のクレープを齧った男に、ぶるぶる震えながら拳を握る。
今日発売のゲームを予約している身の太陽は、ざざっと財布の中身を計算した。先々週も通販で新作ゲームを購入したばかりだ。預金通帳のお年玉貯金も、月々のゲームダウンロードで底を付いている頃合いだろう。

「八女茶…」
「庶民的なお味ですが悪くない」

憎たらしい唇がグリーンの生クリームを頬張っていく。左手にも同じものが見えたが、この距離からでも見えるほど大きな看板に八女金時1200円の表記。
明らかに成人を対象にした値段設定だ。曰く、俊の編み出したマヨスペシャルなど敵にならない。

お茶は意外と高いのだ。


「…俊、とりあえず行こっか。俺の家はあっちの坂を登った先だから」

ふらふらとクレープ屋に背を向けた太陽が歩いていく。女子高生の撮影攻めに遭っていたらしい隼人達が駆け寄って、俊だけが首を傾げたらしい。

声なく笑っているのは、誰。


「山田太陽君」
「…何ですか?」
「一つ残っているのですが、飽きてしまったので代わりに食べて頂けませんか」

目を丸くした太陽がクレープを受け取るなり顔一杯に笑みを浮かべた。

「捨てるのは勿体ないよねー」
「そうでしょう?」

眼鏡を吹き飛ばしたオタクが桃色のフラッシュを瞬かせたが、

「…眼鏡のひと、判り易いくらいサブボスに甘いよねえ」
「ちっ、あっちのDカップ上げ底っしょ(`´) あっちはB…ショボ!」
「独り言が最低だぜ」
「猊下、あそこに新規オープンのカラオケボックスがありますよ」

犬共はやはりマイペースである。
スキップ気分で緩やかな坂を登っていく太陽と俊に、Tシャツとカーゴパンツと言うカジュアルな裕也が続き、その隣で車道との境にあるブロックを歩きながら溜息を零す健吾が続く。

「やっぱ8区のがレベル高いよなー(´`) キャバクラある癖に、4区のJKはブスとガリばっかっしょ(;´Д`)」
「面食いな癖に巨乳求めっからだろ」
「だってよー、妥協したら負けじゃん?お前のカノジョなんか最悪だよな、桜ヶ丘女子っつったら処女ばっかだろ(Тωヽ)」

白に赤いラインが入ったヘアバンドで前髪を上げ、デコを晒している健吾は黒いタンクトップとワーカーパンツだ。ふらふら心許ない足場を歩いていく内に、健康サンダルをポロリと脱ぎ落としたらしい。

「処女なんか面倒臭ぇじゃん」

片足でケンケン弾みながら、車道脇に落ちたサンダルを拾っている。

「カナメなんか処女食った後に『知ってたら相手にしなかった』っつったんだよな(*´∇`)」
「品のない会話はやめなさい」

睨まれた健吾がキャーキャー騒ぎながら、拾ったサンダル片手に太陽の隣まで駆け寄った。
相変わらずブロックの上で身軽い事だ。

「いやん、図星刺されたからって大人げなーい(*゜ロ゜)」
「錦織って、ワルだなー」
「カナメちゃんはー、男にも女にも容赦ないんだよお」
「ユーヤはバージンキラー、ゲフ(´Д`)」
「バージンキラーってなァに?」
「処女としかエッチしないクソヤローの事だよお」
「ぇ」
「然も付き合ってる彼女居る癖に、平気で浮気すんの。最低だよねえ?」
「ユーヤンが…浮気攻め…」

フード付きのパーカーにラメ眼鏡、スリムタイプのローライズジーンズ。無駄のないスタイルを存分に発揮した隼人が宣えば、カーゴパンツのポケットに手を突っ込んでいた裕也がくるりと振り返る。

「ほざけ。男も女も見境ないヤリチンはテメーだろ、ハヤト」
「えー、聞こえなーい」
「ハヤちゃん…」
「え、待って、誤解、誤解だから!」

すすす、と隼人から離れていく俊に痙き攣った隼人が手を伸ばす。

「うひゃひゃ、慌ててやんの、だっせ!(^m^ )」

ゲラゲラ腹を抱える健吾に隼人の蹴りが決まり、転げ落ちた健吾は裕也から踏み潰されたらしい。
全ての元凶は健吾である。無理もない。

「不良は夜遊びするから不良なんだねー。ま、結婚してる訳でもなし、彼女が居るからって操立てる必要はないと思うけど」
「タイヨー、浮気はいけない事ですにょ。好きになったら、その人しか見ちゃめーなのよ」
「だってさ、彼女っつったって、いつ別れるか判んない訳だろ?一緒に暮らしてたり、結婚するつもりなら話は別だけど。離れてたら、やっぱ他に目が行くって」
「で、でも、浮気はいけないのょ」
「浮気しても何しても傍に居たいと思えたら、その相手が運命の相手なんじゃない?」

此処がうち、と坂を登り詰めた先の一軒を指差し、くるりと振り返った太陽が瞬いた。
眼鏡を光らせている俊はともかく、健吾も裕也も隼人も要も、揃って同じ顔をしている。何とも言えない表情だ。

「な、なに?」
「想定外でしょうね」
「え?」
「特に秀でた所のない貴方が、哲学めいた恋愛論を口にされましたから」
「れ、恋愛論って…」

一人だけ、表情が変わらない二葉が口にした台詞に今更ながら頬を染めた。

「そんな大層なコト言いましたかね、俺」
「だから言ったでしょう、想定外と。貴方には不似合いな台詞だっただけ」

長閑な住宅街の中でも大きい方に入る煉瓦造りの門へ近付き、インターフォンを鳴らしてみる。暫く待っても返事がない所を見ると、出掛けているらしい。

「不似合いってね」
「少なくとも、彼らは勘違いしていた筈だ。貴方はありふれた世論を言うとねぇ」

父親専属の運転手も見当たらなければ、車も見当たらない。あるのは母親が買い物で使う軽ワゴンと、父のサブカーだけだ。


「ふーん?ありふれた世論のつもりだったんですけどね、こっちは」

しゃらん、と。
取り出したキーホルダーが鳴いた。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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