帝王院高等学校
ご主人公様のアレコレに敏感です
彼は言った。
疑うべくもないと語る瞳で、それが唯一だとでも言う様にはっきりと。

『俺の世界には、アンタしか必要ない』

望んだ訳ではない。なのに与えられるのは、真っ直ぐな慕情。従う事に疑問を持たない真っ直ぐな瞳は酷く無垢で、

『随分、退廃的だな』
『…何だ、と?』

従順過ぎたから。
傷付けて汚して、ぐちゃぐちゃにしてやりたくなったのだ。余りにも愚かしいその無知にして無恥な、愛すべき幼さを。

『お前は前向き過ぎて、自分の足元にすら気付かない。常に誰かの背を追って、死ぬまでそのままのつもりか?』
『俺は…っ、』
『それじゃあ、前を向いていても。常に誰かの背が邪魔をして、お前は本当の意味での【前】を知らないままだ』

口籠もった生き物の、無垢な双眸に様々な感情が宿るのを見た。憎しみ、悲しみ、そして、慕う心。

『そして後ろを振り向く事もないのだろう。それは素晴らしく潔い様で、酷く退廃的だ。積み立ててきたドミノが一枚目から崩れていても、気付かない』

何故まだ嫌わない。
言い返したい癖に、何故まだ。何かを期待しようとするのだろう。

『可哀想に』
『なっ。俺は可哀想なんかじゃ、』
『いつも自分だけが悲劇の主人公か?お前は何か勘違いしている、可哀想なのはお前じゃない』
『っ、』
『俺には』

ああ、憎悪で目が眩む。
期待に応えてやれば良いのだと判っていて、けれど。応えて貰えるのだと信じ疑わない余りにも憎々しい双眸が、



『お前など、必要あるのか?』



余りにも可哀想だ。
美化された空想上の自分には勝てないと、知っていたから。











「えーと…」
「ふんふーん♪はい、ポテチお食べになる?」

何でこうなったのかと頭を働かせても、それに対する回答は残念ながら誰からも与えられない。与えられたのは右隣の親友からバーベキュー味。何とも腹持ち良さげである。
ニンニクが余り好きではない山田太陽は、無意識に一枚頬張って焼き肉味じゃなかった事に何処となく安堵した。

「や、問題はそこじゃないから!」
「なに一人で騒いでんのー?」
「春ですからね」
「一足先の五月病かぇ?(;´Д`)」

一人ツッコミに賛同は得られないらしい。向かい側に腰掛けた隼人と要、健吾からも痛々しげな眼差しを向けられて肩を落とす。
その背後、隼人達と背中合わせの座席に腰掛けた桜が心配げに振り返った。そう言う桜からも何でこうなったのかと言う目線を受け、二人揃って諦めの溜息だ。

「二葉先生、ポテチお食べになりませんにょ?」
「私は結構です」

太陽の真後ろから返事を右隣に送ったのは、紛れもなく二葉だった。先程から山田太陽の頭を悩ませている最大の原因、ではないが、間違いなくナンバー2の要因である。

「ちょいと俊ちゃん?」
「なァにダーリン」
「なんで俺だけこの座席?」
「ふ、愚問なり」

キランと光る親友の眼鏡が、心持ちピンクに煌めいた。いや、ピンクのレンズだった。
最近の眼鏡バリエーションはどうなっているのか本気で気になる。が、それはまた違う機会に問い詰めるべきだろう。

「平凡受けのデートと言えば!いっちゃいちゃ100%萌え∞%のアレやコレ!これはまだ第一弾に過ぎませんにょ!あっ、運転手さんその道を左でお願いしますっ」

しゅばっと立ち上がり、車の天井で華麗に頭を打ったオタクが運転席へ叫ぶ。
太陽の真後ろから微かな溜息が落ちた。それもそうだろう、誰も突っ込まないので耐えてきたが。

「お、重くないデスカ」
「いえ」
「あの、何ならやっぱり俺、床に…」

後部座席3つ、向かい側に3つ、そのまた背中合わせに2つ。最後に運転席と助手席、計10人乗りのロールスロイスにぎっちり11人。
運転手と秘書めいたスーツ姿の男は元々乗り込んでいたメンツなので、ツッコミ所はない。

運転手の真後ろに桜、その隣にどうやら寝ているらしい裕也、その背後に進行方向逆向きに腰掛けている隼人以下三名。
一般的に逆向きに乗ると酔い易いと言われているので、比較的酔い易い太陽は乗れない席だ。それを口にした所、後部座席を陣取った遠足気分の俊が何かに目覚めたのだと思う。

遠慮なく傷一つないロールスロイスへ乗り込み、上座と呼ばれる右奥をゲットした男は問答無用で二葉の腕を引っ張り、ついでに太陽のハーフパンツを引っ張った。
チラリと覗いた肉付きの薄い腹を見るなり鼻血を吹いた変態は、ティッシュを丸めながら晴れやかにほざいたのだ。

『定員オーバーですし、タイヨーは二葉先生と言う名のチャイルドシートにお座りなさい』
『誰がチビだと!』
『太陽君っ、怒る所はそこなのぉ?』

桜のツッコミに気付いた時には、11人目が二葉の左隣に腰掛けたため為す術なかった訳だ。
つまり、太陽の頭を悩ませている最大の原因、である。

「あ、かいちょ。かいちょにもポテチあげますにょ。はい、どーぞ」

笑顔で太陽の前までポテトチップスの袋を差し出した男へ、太陽の左隣に腰掛けた男が優雅に手を伸ばした。
神帝がスナックなど食べるのかと皆が目を見開いたが、仮面の下で袋の中身を覗いたらしい銀髪は無言で何故か肩を落とした気がする。

「ひょーっひょっひょっ、あ〜ら、ごめんあそばせェイ!まだ入ってたつもりでしたのに、もしかして空っぽでしたかしらァ?」
「「「うわ…」」」

向かいの3人が痙き攣ったが、太陽の右側で奇妙な笑い声を響かせた男は新しい菓子のパッケージを取り出し、バリッと袋を破りながらニマニマ唇を吊り上げていた。
なんて大人げない嫌がらせだろうと太陽も痙き攣っているが、太陽の尻の下が微かに震えている。ロールスロイスの滑らかなステアリングはホイールの振動さえ伝えて来ないので、これは二葉が震えているに違いない。

「ちょ、」
「かいちょ。さっきのお詫びにポッキーあげますにょ。はい、どーぞ」
「「ぶ!」」

隼人と要が同時に吹き出し、口を押さえてそっぽ向いた。二葉を振り返ろうとした太陽の視界に、ポッキーのクラッカー部分だけ摘んだ指が見える。どうやら折れていたらしいそれは、残念ながら黒い部分がない。
チョコレートがメインだろう有名菓子の茶色部分を見つめ、最早太陽は左隣が見れなかった。恐ろしくて体ごと右向けば、尻の下の揺れが増す。

「ははは、あははははは!猊下、それ以上陛下をお苛めにならないでく、下さい!ははは、ははははは」

太陽の耳元に凄まじい爆笑。
ちっ、と舌打ちしながら指をパチンと弾いた男はピンクレンズの黒縁眼鏡を押し上げ、ぽいっと向かいの隼人へポッキーを投げた。
当の神帝と言えば、すでに頬杖付いて窓の外に顔を向けている。余りにも不憫だが、どうやらお咎めはないらしいと息を吐いた。

「ちょいと俊、ご迷惑掛けてるのはこっちなんだからねー…」
「ぷんっ」
「俊、」
「すかしてんじゃねェにょ、ば会長め。毛根絶滅しろ!」
「俊っ」
「あははははは」
「アンタも笑ってないで、」
「ヘタレめ!それで本当に会長ですか!とりあえずタイヨーの唇くらい奪ってから俺様攻めを語りなさいっ」

ダンッ、と地団駄を踏んだ俊に涙が出た。結局そこかと眉間を押さえ、タンタン苛立たしげに足踏みしている俊の左足を踏んでやろうと足を振り上げれば、

「へ、」

左から伸びてきた手が、頭を掴んだ。
ぐいっと凄まじい力で押さえ付けられて、何事かと瞬いた瞬間、ぱりんっと何かが割れる男を聞いた。余りにも聞き慣れた、俊の眼鏡が割れる音だ、と。

押し付けられた衝撃で要の足元に崩れ落ちた太陽が顔を上げれば、要は勿論隼人も健吾も、太陽の背後を無言で凝視している。
恐る恐る振り返った太陽が見たと言えば、

「!」

後部座席中央の二葉をシートに押し付け、覆い被さる長い銀糸だった。
その隣で割れた眼鏡をそのままに、滝の如く鼻血を垂らしている親友の姿。


「んな、な、な…っ」
「ん…っ、ん!…ぃ、好い加減、に、…しやがれ!」

二葉の右手が凄まじい勢いで殴り付けた。ように見えた。
が、実際は覆い被さる男の左手で易々止められている。何事かと、今目にした光景が未だに信じられず硬直している太陽に、鼻血を垂らしたまま胸元で十字を切った俊が真新しい眼鏡を押し上げながら手を伸ばしてきた。

「和解しました。僕は帝王院会長を誤解していた地味平凡ウジ虫お馬鹿オタクですにょ」
「しゅ、俊、鼻血…」
「そしてごめんにょタイヨーちゃん、会長×会計はテラ王道。萌えを噛み締めてる浮気者を許して欲しいにょ。本命はフタイヨーだから!いつでも本命はフタイヨーだから!でも会長×会計も好きですよー!って言うか会長が好きじゃア゛アァアアアァ!!!ハァハァハァハァハァハァ」

もう何を言っているのか判らない、などとカマトト振れない左席一同が遠い何処かを眺めた。

「うひゃ、…俺、つい三枚も(´`)」
「ふ、こっちなんかSDカードに保存したからねえ…」

不良なのにホモ漬けにされつつある隼人と健吾の手には、恐らく無意識だろうが携帯がある。うっかり撮影してしまった自分に呆然としている様だ。
ぴろり〜ん、と音を発てた要に至っては、握り締めたデジカメを無表情で床に叩きつけていた。


「随分初々しい反応だな、セカンド」

何の感慨もない声音が囁き、眼鏡を左手で外した二葉の右手が左側に伸びる。
隼人達ではないが、無意識にその手を掴んでしまった太陽に何の意志もない。


ただ、無意識に。
何故か、無意識に。


「喧嘩は、駄目です。そもそもあんな簡単に奪われたのは貴方でしょーが。ちょいと無防備過ぎ、…じゃなくて」
「…」
「折角の綺麗な手が汚れますよ」
「アキ」

瞬いた。
二日に一度は絡みにやってくる、紫メッシュの金髪チャラ男を思い出したのとほぼ同時に、ふわり、と。

浮いた体、両頬を柔らかく挟まれて、屈み込んできた青い蒼い、


「ぅ、ん!」

ぴちゃり、と。湿った音を聞いた。
左側、隼人の向かいから黄色い悲鳴、床に座り込んだまま、進行方向逆向きで、また、ぴちゃり、と。
舌先を吸われる感触、水音、急速に熱が全身を駆け抜けた。

「ほら、貴方も同じではありませんか。四六時中、己の貞操を案じ構える人間など存在しない」
「へ、屁理屈言うな!みっ、皆が居るのに…っ」
「おや?それでは、誰も居なければ良かった訳ですか」

濡れた唇を拭う指先。
二葉の背後に光輝くサンシャイン、青い空が見えた。
柔らかく笑っている気がするのに逆光が邪魔をする。もっと何か効果的な文句を言うつもりだったのに、



「下らん」

凍る様な囁きが落ちた。
逆光が邪魔をしようが、白い手が二葉の顔面を掴んだのは判る。凄まじい力で押し付けられたらしい人が、今度は真っ直ぐ落ちてくる。
無意識に両腕を広げた。叩きつけられる二葉を庇おうと、無意識で。

けれどその一瞬早く伸びてきた手が、髪を鷲掴んだから。
毛根ごと引き抜かれそうな痛みに声も出なかった。顰めた視界に、太陽の光を反射させた、白銀の仮面。
きらきらと硬質的な光を帯びたその下で、無機質な唇が嘲笑った気がする。


恐怖。
こんな恐ろしい人間を、見た事があるだろうか。まるで死ぬ間際の走馬灯の様に様々な事を考えた。

怖い。
寒い。
何で近付いてくるのだろう。
頭が痛い。
頭皮が悲鳴を上げている。

嫌だ、怖い。


「  」


本当に怖い時は声も出ないのだ。
皆が跪く神の恐ろしさが全身に、魂までも食い尽さんばかりに圧し掛かってくる。



「ゃ」


助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて、誰か。


(誰が?)




「和解撤回」

がつん、と。
凄まじい音を聞いた。髪を引っ張る力がなくなり、見やれば防弾ガラスに神の頭を押し付けながらシートに乗り上がっている親友の姿。

「気安く触んなカスが」
「勇ましいものだ」
「ぶっ殺されてェかァ」
「不可能を易々口にするものではない」

凄まじい殺気はどちらからだろう。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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