帝王院高等学校
漫画好きに悪い奴はたまに居るかも
風紀委員達にチワワを奪われ、事情聴取を受けている太陽と二葉を寂しく「タイヨーの背中ハァハァ」と眺めていた腐り果てたオタクは、普段目の敵にされている風紀委員達から睨まれた。

『ちわにちわ、風紀委員さま』
『また貴方ですか天の君っ!』
『いい加減、懲罰棟に叩き込みますよ!』
『ふぇ』

太陽が居るのでいつになく強気の風紀委員に、しまいには理事長にチクってやるとまで言われたオタクは逃げる事にした。
夢にまで見た美形理事長との記念すべき初対面が、説教だなんてそんなの駄目だ。


ハァハァが止まらなくなり、


もっと僕をっ、この豚を虐めて下さいご主人様ァ!ハァン!

などと、うっかりおねだりしてしまったら、キモいから退学と言われてしまうかも知れない。


「…それもこれも馬鹿親父が悪い」

おぞましきドエムの血は明らかに父から受け継いだものだ。母も祖父もサドの匂いしかしない。
いや、叔父はエムかも知れないが。とにかく、全ては息子のプレステを勝手に借りパクするあのぐうたら親父が悪いのだ。

曰く、子供の頃は勉強ばかりしていたのでテレビゲームをやった事が無いらしい。
18歳で親になった若い父親は、昔の話を余りしないのでそこだけしか知らないが。

「はふん。迷っちゃったにょ」

読み更けた入学案内で記憶した地図が、何故か全く当てにならない。この間は購買までの道で迷った程だ。
それもこれも、校舎や寮が変身するからだと知ったばかりだが、だからと言って知らない内にリフォームされている敷地内に順応は出来まい。

「ぽんぽん空いたなりん」

何せ、たこ焼き3パックとお握りとトロピカルカボチャ焼きそば(太陽の手作り)しか食べていない。アイスなど論外だ。朝食べたカップ麺など五分で消化済み、トイレから大海原(?)へ旅立って行っている。
いつもなら佑壱が朝食の用意をしている筈なのに、何故か今朝はサボりやがった。お仕置きが必要だろうか?

「クソワンコめ、僕を飢え死にさせるつもりなり!二日で死んでしまうにょ!めそん」

因みに、俊の平均摂取カロリーは12000キロカロリーである。一日で、だ。
遠野家では比較的少食の部類であり、両親であるタカトシは二人合わせて30000キロカロリーは食っている。冗談ではなく、立ち寄ったバイキングや食い放題の店からは入店拒否される程だ。

遠野家では食費が月に10万前後掛かる為、父の小遣いも息子の小遣いも大差ない。
因みに繰り返す様だが、俊の小遣いは月に3300円だ。

「ぽんぽん、空いたにょ…」

何だか悲しくなってきたオタクが眼鏡を外し胸ポケットに忍ばせ、人気のない裏庭でめそりと目元を拭う。

ああ。
太陽は未だ二葉とキス止まりだし(色々見逃している所為で)、佑壱はサボりやがるし(昨日の出来事は俊の中で無かった事になっているため)、バスの時間を調べ忘れるし、お腹空いたし、何だか未だに中央委員会はカルマの総長を探しているらしいし。

「探してるって言うから何回も変装したのに、まだ探されてるなんて…!そんなに恨んでやがるのか神帝の美形野郎!平凡地味ウジ虫オタクをそこまで痛め付けたいとは何てドエス野郎でしょう!ハァハァ」

いや、神帝の素顔は知らない。
けれど溢れ出る気品と勝ち組オーラが「あれ美形じゃーん」「俺様攻めじゃなーい?」「総長攻めじゃーん」「萌えぇえ」と囁き掛けてくる。それはもう囁きではない。
美形なんか滅びるがイイと、膝を抱えたオタクが凄まじい人相で呟き、いや滅びたら平凡受けが悲しむと頭を掻き乱して、近場の壁にガンガン頭突きをしていると、ガサガサ音を発てた植え込みの向こうからとんでもない美形が現われた。


「「………」」

見つめあう。
片や極道顔負けのマフィア顔、片や煌びやかな短く切り揃えた金髪を美しく乱した長身。共通点は皆無だ。

「…」
「─────週刊一年S組?」

先に沈黙を破ったのは俊だった。美形が後生大事そうに抱えている小冊子に見覚えがあったからだが、びくっと後退られて今更ながら気付く。


やべ、眼鏡付けてねェ。


未だに昔のヤンキー語が抜けていない俊の胸中は「どうしましょ大変にょハプニングですわよー!」である。
睨んだつもりがなくとも相手が睨まれたと感じたら、それは暴力だ。生まれつき目付きが悪いなど何の言い訳にもならないのだ。裁判なら負ける。

そう、殺すつもりは無かったと言った所で、人を殺せば殺人犯であるのと同じ様に。恋に落ちるつもりはなかったと強がる浮気攻めが、ラストで溺愛攻めと化す様に。

「あ、あの…」
「!」
「めそり」

びくっと震えた美形がまた一歩下がる。睨んだつもりはないのだと言いたかったのだが、何せ空腹やら何やらでセンチメンタルになっていた所だ。
また泣きそうになった俊の表情は、最早大量虐殺犯のそれである。余りにも哀れだが、生まれたての子馬も時速200キロでフェラーリと化すだろう。逃げる為に。

「………誰にも、言うな…」
「は?」
「この事を口外するなら、生かしてはおかない」

ギッと睨んできた美形に飛び上がる。凄まじい睨みだ。エセヤンキーの俊などまるで歯が立たない、正に俺様ヤンキーの睨みだ。ハァハァが止まらない、期待がうなぎ登りで思わず喘ぎそうになった。「ハァン!」と。

「まっ、まさか…!まさか君が噂のスゥたん、いや、大河朱雀きゅんか!幻の一年Sクラス!」
「…何?」
「金髪っ、緑掛かった青い目!君が風紀委員長に襲い掛かって返り討ちにされた挙げ句謹慎処分を受けて、華麗に脱走した大河朱雀君に違いなかろう!待っていたぞ俺様ヤンキー君、タイヨーは既に用意万端だ」
「大河朱雀は俺ではない。ジュチェは脱走したのではなく、奈良で療養中だ」

小冊子を抱え警戒しながらも、じりじり近付いてくる怪しい息遣いの俊に訂正を口にした彼はキョロキョロと周囲を見回した。

「誰も居ないのか」
「俺の心の天使はタイヨーしか居ない。因みに桜餅はマフィアとラブフラグの匂いがするから、総受けは諦めた。
  だが全てを諦めた訳ではない、腐男子の執拗さは納豆の88倍だ。
  愛のないセックスは寛容しないが、誰からも愛されてこそ主人公の醍醐味だろう。そう、新たなるライバルが現れ二人の前に危機が訪れてこそ読み手の手を早めさせるものなのだ」

オタクによるオタクと言うには腐り果てた発言に、カッと目を見開いた美形が一歩踏み出してきた。

「そう、憧れの先輩に例え恋人が居ようと健気に想い続けた結果結ばれる所で幕が下がろうと、俺は読後の余韻に浸りながら実にあらゆる妄想を重ね続けてきた。
  もし二人に新たなライバルが現れたなら、それは男か女か?
  いや、もし先輩が卒業し一人残されたら、万が一遠距離と言う姿無き敵が現われたなら。二人はどう切り抜けるのか…」
「何だと!」

カッと目を見開いた俊が、カッと目を見開いた美形とじりじり間を詰め、暫し睨み合ってからガシッと手を握り合う。


…デジャブ。
太陽と出会った時と同じ様な光景だが、片やマフィアに片や美形だ。間違いは何処だ。


「ふ、中々にラブストーリーが判る男だねィ、憎いあんちきしょうめ!因みに一年S組は非売品だが、君は愛読者かね?」

むふむふ鼻息荒い主人公、お前のキャラ設定はどうなっているんだ。

「今日、初めて手に取った。当初は双方男同士と言うシチュエーションに暫し悩まされたが、敢えて暴露するなら俺も男に惚れているので抵抗は無かった」
「ああ…、帝王院に入学して本当に良かった!半年前の俺、グッジョブ!安西先生!俺っ俺っ、帝王院が好きです…!」

遂には感動の涙で芝を叩いた俊に、何やら訳は判らないながらも屈み込んだ美形が背中を撫でてやる。
因みに帝王院学園に安西と言う教師は居ない。湘北高校には居たとしても。

「健気受けの読み切りが好きだ。小悪魔受けは余り好めない」
「俺も健気受けが好きじゃア!タイヨーも好きじゃアアア!!!結婚してくれェエエエ苛めてくれェエエエ!はふん」
「タイヨウと言うのは貴様の恋人か?」
「恋とか愛とか、その様なもので俺達を計る事は神にも出来まい」

遠野俊、ある意味絶対的ピンチは胸元に収まった黒縁眼鏡のお蔭で、事無きを得たらしい。
もしも背を撫でてくれている美形、中華マフィアの李上香に素性がバレていたなら、美月に近付いた不埒者としてあっさり首を絞められていただろう。

「真の愛なんだな」
「良かろう、君にとっておきの愛蔵書を譲ろう。時間はあるか…いや、駄目だ。俺が今から出掛けるんだった」
「俺も、駄目だ。護るべき者を一人置いてきてしまった。…戻らねばならない」
「明日は?」
「外出の用がある」
「月曜は?」
「この時間ならば自由が許される」
「昼飯時か。判った、暇な時に此処に来てくれ」

まともな物が一切入っていないウェストポーチからメモ帳を取り出し、顔に似合わない流暢な字で地図を書いた俊に、真面目な表情で「達筆だな」と呟いた美形。

「健気受けから平凡受けまで、あらゆる本を用意しておこう。ああ、月曜の新刊も」
「新刊が手に入るのか?!」

初めて声を荒立てた美形に、ふっとニヒルな笑みを浮かべたオタクは勝ち誇った表情で親指を立てる。

「ならばこれの8号も手に入るのか?」
「ふ、それの編集長は何を隠そう…」
「天の君だろう?」

そうだったと、自慢げだった俊が一瞬で無表情になる。うっかり正体をバラす所だったが、どうやら目の前の美形はカルマを知らないらしいので沈黙するに留まった。
何処から神帝にバレるか判らないのだ。太陽が知ったら頭突きされるだろう、秘密にしなければ。

「…こほん、とりあえず大丈夫だから、今度一緒にお渡ししましょう」
「恩に着る。俺も愛読している少女漫画を持ち寄ろう」

もう一度固い握手を交わせば、忍者のように美形は去っていった。
あんな美形でも少女漫画を読むのかと無表情で悶えていた男はと言えば、この事をブログ更新しようとして取り出した携帯が消えている事に気付き、眼鏡を掛けながら電池式充電器を取り出した。


「………タイヨーから五回も掛かって来てるなりん」

電話嫌いな太陽から、この数字は考えられない。新着を告げるメールマークにも気付いたが、余りに恐ろしくて開けないと震えながら植え込みを突っ切れば、見慣れた並木道に辿り着いた。

「むにょ」
「そ……………遠野…」
「何処から出て来たんだよ、テメェ」

何故か目を見開く佑壱と呆れ混じりの日向、野菜を袋に詰め込む怪しげなサングラス作業着が見える。一瞬で村崎だと判ったのは、ズボンの端からダサいトランクスが窺えたからだ。後で吊さねばなるまい。
そして、ヴァルゴ庭園の植え込みから頭を覗かせる青冷めたワンコ達も見えた。隼人が眉間を抑える姿は余りにも珍しい。


が、植え込みを突っ切った瞬間、誰かの胸元に体当たりしてしまったらしいオタクにはそれを構う余裕がない。

派手に打ち付けた鼻を押さえながら見上げれば、サラサラ風に靡びくキラキラした何かが視界を覆った。


「…そなたは、余りにも落ち着きがない」

世界を従える静かな声音、太陽を逆光に、煌びやかな白銀の仮面。
肩に置かれた誰かの白い手を眺めながら、先程の美形が誰かに似ていた気がするなどと考えた。



ああ、そうか。
今日はまだ会っていない、あの猫の様な人に酷く似ていた気がする。金の髪も、眼差しも。
ただ、あそこまで無表情ではなかった。少女漫画をこよなく愛しているのが判る、表情豊かに語っている姿は。


無表情、なら。
心当たりがある筈だ。いや、目元で笑ったり、相手にしなければ拗ねたり、甘えてきたりするから、違う。
でも、似ているのではないか?


誰かが、誰かに。
似ているのではないか?



「カイちゃん」


呟いただけだ。
肩に置かれた誰かの白い手が。微かに震えた事には気付かずに、ただ、呟いただけだ。



「みーちゃんに、似てるにょ」

それが何を意味するのかなんて、知らなかったから。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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