帝王院高等学校
踊るむらぱち先生の大捜査線
『汚ぇ格好』

燕尾服、黒のリボンを揺らした少年は、たどたどしさを残しながらも傲慢に吐き捨てた。

『ほっぺに土、付いてる』

異国の広い洋館を背景に、芝生の上で寝ていた自分はひたすら目を見開いていたと思う。

『…』
『あ?通じてねぇのかな、可笑しいな。なぁ、お前チャイニーズ?ジャパニーズ?』
『じゃ、じゃぱん』
『ふーん』
『英語、ちょっとしか、判んない』
『そいだけ判れば充分なんじゃねぇの?知らんけど』

膝の上には、つい先程まで泣いていた友達。泣き疲れて眠った彼を眺めている内に、眠ってしまったのだろう。
遠くで、賑やかな大人達の声。

『そっちはジャーマニーだろ?さっき、ジジイ共が噂してた』
『あ』
『何だ、寝てんのか。さっき遠くから見た時、コイツの目がエメラルドだった気がすんだけど』

ホールには沢山の楽団が集まっている。
自分の保護者はあの人混みの何処かで悠々自適に物見遊山だろうが、膝の上ですやすや寝息を発てている親友の父親は、連れてきた子供を置き去りにしてずっと仕事に掛かりきりだ。

滞在三日目のロサンゼルス、初めてのアメリカで出会った一週間目の友達と。
明日はヒューストンのロケットを見に行こうと約束したばかり。

ロケットで宇宙まで行きたいと言ったから。


『ひ、ひーちゃんに、用事?』
『お前さ、英語へったくそだなぁ』
『…っ』
『日本語でも良いぞ。俺も日本人だかんな』

黒髪、黒目の少年は黒いリボンを解きながら隣に腰掛けた。人見知りの上に急激に変わった生活に馴染めなかった自分は、びくびくそれを窺いながら、ただ、膝の上の友達を守らなければいけない・と。
そんな事ばかり考えていた筈だ。

『本当はドイツ語が一番得意なんだけどな。婆ちゃんがドイツのハーフだったからよ』

生まれつき紺色の目を、日本の子供達は皆、揶揄ってきたから。大人達は遠巻きに窺ってくるばかりで、虐められているのに助けてくれなかったから。
黒髪、黒目、日本人は皆、怖い。黒髪で黒い目の保護者は、毎日毎日蹴ったり殴ったり髪を掴んで引き摺り回したりしてくるから。

『日本人、なの』
『ああ。一緒だろ』
『…違う、もん。ぼくは中国と半分こだって、言ってたもん』
『知ってるよ。ユエの庶子なんだろ?お前。俺はこう見えて情報通だかんな。…っつっても、お喋り好きな奴らがペラペラ喋ってんの聞いてるだけだけど』
『しょし…?』
『愛人の子供って意味だよ、ばっかだなぁ』
『ぼくのお母さんが、お父さんの愛人だったんだって、言ってた…』

意地悪な保護者が毎回毎回、酷く愉快げに語り聞かせてきた。
お前の母親は父親を裏切って、組織の若い男と逃げたのだと。お前の母親は見付かったらきっと殺されるぞ、と。お前を捨てた馬鹿な女は、と。

毎日、毎日。

『ぼくのお母さん、悪いこと、したんだって』
『ふーん』
『ぼくのことオトートって呼ぶ外人がアジサイ園に来て、香港に連れてったの。えっと、クリスマスの日』
『俺は、ババァの自慢で連れられてきたんだぜ。こっちに着いたのは昨日だってのに、今からリサイタルだとよ。マジ面倒臭ぇ』

もぞり、と。
膝の上で寝返りを打った友達が、ぱちりと目を開けた。

『ん…?』
『ひーちゃん』
『やっと起きたかよ、【神騎士】の息子』

飛び起きた友達にぎゅっと抱き締められて、驚いた瞬間、その表情を見てまた驚いた。

『お前、IQ160だって?親が天才だと遺伝すんのかね』
『…何だ、テメー』
『おー、怖い怖い。同じドイツの血が流れた同志じゃねぇか、仲良くしようぜ』
『失せろ。…目障りだ』
『ひーちゃん?』

聞き慣れない異国の言葉でタキシードの少年を睨み据える友達はまるで別人の様で、抱き締められながらニヤニヤ笑う少年と睨む友達を交互に見守る。

『ユエのお荷物を押し付けられたんだろ?ジジイ共がお前の父親にヘラヘラしながら言ってたぜ』
『黙れ』
『影じゃ、お前の事も「グレアムのお荷物」って言ってる癖になぁ』
『んの、野郎…!』
『ひーちゃんっ』

殴り掛かる緑の瞳の友達と、ひたすらニヤニヤしている黒髪の少年を前に、その険悪な雰囲気から泣いてしまった気がする。


『うっ、うっ、うぇぇぇん、ひっひっ、うぇん』

おろおろと謝ってくる芝だらけの友達と、

『かなちゃん、かなちゃん、ごめんね、泣かないで、かなちゃん…』

呆れたのか飽きたのか、取っ組み合いの喧嘩を果たしよれよれのタキシードを脱ぎ捨てた少年が、

『あーあ、五歳にもなって泣くなよな弱虫』
『煩ぇ!テメーも謝れ!』
『んだよ、ナイト気取りやがって。そんなんで「誰も居ないところ」なんかで暮らせんのかよ』

ぽつり、と。
呟いた台詞、しまったと言わんばかりに口を覆った少年を呆然と見つめれば、一気に表情を失った「ひーちゃん」が少年の喉元に手を伸ばした。

『…聞いてたのか、全部』
『わ、悪かったよ。そんな怒る事じゃねぇっしょ?』
『殺してやる』
『ひーちゃん!ダメだよ、喧嘩はいけないよっ』
『でもかなちゃん、誰かにバレたら、きっと邪魔される。また、母さんみたいに、かなちゃんも居なくなったら、オレは…』
『ひーちゃん…』

遠くで誰かが大きな声を出している。日本語の様だと、肩を落とす友達に抱き付きながら瞬けば、よろよろ立ち上がった少年が親指を立てた。

『ちっ、あれうちの親父の声だ。お呼びが掛かっちまったか、面倒臭ぇ』
『さっさと失せろ』

今にも殴り掛かりそうな友達が唸ったが、どう言う心臓をしているのか、タキシードの埃を叩いている少年は全く表情を変えない。

『なぁ、ユエの新入り。お前も確か、ピアノやってんだろ?』
『え、あ、うん。メーユエはお歌が上手だから、ぼくも音楽やらなきゃいけないって、ヨーランが』
『あーさっき歌ってたな、結構上手かった。その美月の声も聞こえるぞ、「セーラン」ってお前の事か?かなちゃんじゃなくて?』
『カンブがお花の名前で、シャチョーはお月様の名前が付くからって、ヨーランが…』
『かなちゃん、こんな奴と喋ったら、駄目』

出会ってからそう経っていない友達は、けれど毎日一緒にいるから大体知っている。とても頭が良くて、オカリナが上手くて、足が速くて、結構な面倒臭がりだ。
お風呂だって一緒に入らないと入ろうとしないし、寝る時は横に居ないとずっと起きている。

一人で眠ると悪夢を見るんだと、一度だけ呟いたから。


『でも、ひーちゃんはオカリナが上手だよ。えっと、ラピュタも吹けるんだよ』
『何だ、お前もイケる口かよ。だったら、皆で一緒にやろうぜ』
『え?』
『絶っ対ぇ、嫌だ』
『はは!ひーちゃんは怖いでちゅねー、かなちゃんはけんちゃんに優しくしてね』

たたっと走り出した少年がくるりと振り返り、結び直していないリボンを握った手を伸ばした。


『あ、忘れてたっしょ。俺はコーヤ、高野健吾!今からピアノとサックスやるから、聞きに来いよ!』
『行く訳、』
『う、うん、判った!けんちゃん、頑張ってねっ』
『かなちゃん…』
『ぷ。尻に敷かれてやんの、だっせ』
『テメっ、』



太陽を背後に彼はまるで指揮者の様に掲げた腕を振るって、笑ったのだ。





『知ってっか?日本の種子島にもロケット基地あんだぜ』











「ちょ、あれ、どゆ事?Σ( ̄□ ̄;)」
「俺が知る筈ないだろ」

いつもの丁寧語をすっかりさっぱり忘れ去った要と、面白がる隼人と東雲に引き摺られて、無人の屋台の一角に身を潜ませた。
フォンナートや隼人達にビビって逃げていた作業着達がチラホラ戻って来るのを横目に、たこ焼きを頬張りながらデカイ図体を丸めて居る隼人がモゴモゴ頬を蠢かせる。

「めぇほむはいはへぇ」
「何言ってっか全く判んねーぜ、ハヤト」
「どんだけ食や気が済むんだよ(;´Д`)」
「ぷはっ。デートみたいだよねえ、あれ」

桜が差し出す杜仲茶を一気に飲み干し、些か眉を寄せた隼人がもう一度宣った。近場の生徒から作業着を剥ぎ取った男と言えば、晴れやかな笑顔で素早くそれを身に纏い、

「普段犬猿の二人が色違いの浴衣で土曜の並木道を闊歩、然も仲睦まじげ。これはあかん、間近でじっとりねっとり見てこな、男が廃るっちゅーもんや!」
「明らかに楽しんでますね、アンタ」
「東雲先生っ、工業科の人が泣いてますよぅ!」

桜がビシッと指差す方向に、トランクス一丁で膝を抱える生徒が見えた。

「うっうっ、どうせ俺は見た目だけのエセヤンキー、うっうっ、見た目からカッコ付けてないと周りの奴らからも他のクラスの奴らからも舐められる、跳び箱5段しか飛べない見た目騙しなんだ。うっうっ」

要と隼人がたこ焼きを頬張りながら沈黙し、健吾と裕也が空を見上げる。

「Eクラスにも色んな奴が居るんだなァ(´`)」
「一番人数多いからな」
「エビフライ食べたいなあ」
「東雲先生、二人の様子を窺うなら、ユウさんが光王子に何の弱みを握られているのか調べて来て下さい」
「任しとき」
「みんな…」

未だ絶望オーラを漂わせている半裸の生徒の肩を叩き、東雲が脱ぎ捨てたピンクの甚平を羽織ってやる桜だけが善人だったのかも知れない。
但し、振り向いた半泣きの生徒はふるふると頭を振り、ハート柄の甚平をそっと畳んだ。余りにもダサ過ぎてパンツ一丁の方がマシだったらしい。



所変わって、スヌーピーとチャラ三匹が脅し店主が逃げた為、ラララ無人君と化した綿飴屋台の前に二人の長身が見える。

「うぉ!出来た。おい高坂、そっちの方がデケェじゃねーか、寄越せ」
「煩ぇ、ガタガタ文句抜かすな。そっちの方が形が綺麗じゃねぇか」
「ケチ淫乱が、ケチケチすっからハゲんだぜ」
「マジで一回犯すぞテメェ」
「ちょっとベロチュー覚えたからって図に乗んな。返り討ちだコラァ」

言い合っては居るものの、いつもの剣呑ムードではないらしい二人が、まるで縁日を歩くカップルの様に揃ってふわふわな綿飴を携えていた。
そのまま並木道を逆走していく二人を背後で尾行している作業着、途中通り掛かった中等部の教師から老眼鏡と、零れ球を追い掛けてきた野球部からキャップを強奪し次々に変装をレベルアップしている。

帝王院中の教師から息子又は弟の様に可愛がられている「見た目だけ俺様ホスト」な中身凡人は、やはり腐ってもABSOLUTELYの総帥だっただけあるらしい。
快く貸して貰った老眼鏡のレンズを遠慮なく二枚共ぶち抜き、半ば脅して取り上げたキャップを被り「汗臭い」と宣っている。


「ん?おっ、園芸部の土日市じゃねーか。ちょっと寄ってく」
「園芸部に何の用があんだよ」
「無農薬の有機野菜安いんだよ、んな事も知らんのかお前」

並木道を暫く進み、庭園の入り口に面した芝生の上でビニールシートを広げている生徒を窺う。あれはどうやら、Eクラスの中でも工業科と呼ばれている不良ではなく、優等生だ。
一般生徒らは、名が知れた不良達を総じて「工業科」と呼んでいるのだが、中には真剣に学んでいる生徒も大人しい生徒も存在している。目立たないだけで。

「あっ、紅蓮の君!いつも有難うございます」
「よう。幾つか増えてんな、椎茸も栽培してんのか?」

大学の様にEクラスだけが複数のコースに別れてあり、Eクラスの名ばかりで実際教室は5つほど存在している。電子技能、生体工学、情報処理など、Eクラスとひと括りにするには雑多だ。
興奮げな生徒に話し掛けられた佑壱が、端から商品を手に取り真剣な表情を晒している。どうやら常連らしい。

「まだかよ」
「待て、野菜に妥協は出来ん」
「ピーマンなんざどれも一緒じゃねぇか」
「ぐ、紅蓮の君…あのぅ?」

庭園側の植え込みからズボッと頭を覗かせた隼人らが見えた。狼狽える園芸部員が佑壱と日向を交互に見やり、青冷めている。
気持ちは判るが、屈み込んで吟味している佑壱を背後で素直に待っている日向が恐怖だ。


「何事やの、ほんまに」

晴れやかな健吾と隼人が、葉っぱ塗れで親指を立てた。
さっさと突入しろと4つの目が語り掛けてくる。


鬼だ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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