帝王院高等学校
ゴーイングマイウェイ東西南北
「桜餅は好青年風健気受けだから、無口溺愛攻めがイイと思うにょ。例えば不良幹部書記とか」
「つまり、ユウさんと安部河君が所謂王道なんですか?」
「ふぇ。何かしっくり来ないにょ」
「実際さあ、不良なんて社会のゴミみたいなもんなんだからー、迂闊に近寄ったらいけないんだよお?」
「どの面下げてほざいたハヤト」
「隼人君はー、その辺のバカとは違うんですー。カナメちゃん、判ってないなあ」

園芸部と料理愛好会による共同運営の露店で仕入れたらしいサンドイッチを頬張り、肩を竦める隼人と目を眇める要を交互に見やる。

「でも、不良×平凡は腐世界の唐揚げ付きオムライスみたいなものですのょ」
「オムライスですか。俺は春巻の方が好きなんですけど、昨日読んだネット小説は腐男子受けでしたよ」
「でもさあ、昨日読んだ奴は俺様溺愛系風紀委員チョーとビビり平凡だったよー」

焼きそばと割り箸を凝視している二葉を横目に、たらりと垂れた涎を拭う。袖元で拭えば要が破顔し、隼人が沈黙した。

「ボスってば、たまにかわゆいよねえ」
「…腐男子フラグ殲滅」
「二葉先生が副会長だったら王道だったなりん。そして俺様会長とラブフラグ起立したり王道転校生と初対面イベント突入したり、ハァハァ、そんなのを楽しみにしてました!お受験中も頭の中はそれでいっぱいでした!」
「そ、そうですか。お疲れ様でした」
「ボスの頭の中で隼人君はどんな辱めを受けてんだろーねえ」
「ぷにょ」

ざわり、と。
首筋を撫でた生暖かい風に顔を上げれば、ゲームディスプレイを見つめたままの男が短い息を吐くなり呟いた。コキコキ凝り固まった首の骨を鳴らし、

「…あーあ、選択肢間違えちまった。保健委員の好感度上がってない」

伏せられた横顔を一瞥すれば、丸められた猫背が面倒臭そうな表情で伸ばされる。ぽいっと、耳を穿っている隼人へ携帯ゲームを投げ付けた彼は、立ち上がり掛けていた俊の腕を掴んで重い腰を上げた。

「絶対うまく行ってたのに。操作ミスだ、お前さんの所為」
「僕の本命は生徒会長ですにょ。保健委員はバイバイキン」
「いつから俺のPSPまで改造してたのさ」
「だってェ、携帯は落とす癖にゲームは無くさないんですものォ」
「はぁ。仕方ないと言えば、仕方ない、か。当番だしなー。…ちっ、こんな明るい内から勘弁してくれよって話」

ちらりと隼人達へ目を向けた太陽は、目を逸らした二人に舌打ち一つ。キラキラ眼鏡を輝かせそわそわしている傍らを見やり、また息を吐いた。

「認めたくないけど、世界一カツアゲされそうな会長と副会長だよねー」
「ささ、可愛いお顔でドSな舌打ちなんかなさらず!いざ参りましょう!まだ見ぬ萌えの頂きへっ」

太陽のゲーム機を要に押し付けた隼人が、かき氷の屋台を見付けるなり駆けていった。校門方面からやって来る健吾の姿を見付けたらしい要は押し付けられた機械を今度は二葉に押し付け、素知らぬ顔で歩き出す。
渡された機械を手に片眉を跳ね上げた男と言えば、

「ハヤ美たん、カナ子たん、カイちゃんが来たらそこの焼きそば渡してちょーだいね!じゃ、二葉先生っ、行きましょうか!」
「は?」

しゅばっと右太股に縋り付いてきた黒縁眼鏡に痙き攣り、

「腹黒会計様、アンタ確か俺の婚約者でしたよねー?お陰様で朝っぱらから靴箱の掃除やってんですよ、こっちは。この落とし前どう付けてくれますか?え?」
「や、山田太陽君?」
「か弱い後輩苛めて喜んでる場合じゃないでしょうが腐れサド野郎、風紀なら風紀らしく学園の隅から隅まで掃除しやがりなさいよねー、弱いもの苛めという名のカス共をさー」

未だ口を付けていない二葉の膝の上の焼きそばに、トロピカルカボチャジュースを笑顔で注いだ太陽が凄まじい早口で宣う。

「ヒィイイイ!ハァハァ、タイヨーが二葉先生を見つめながらっ、はふはふ、愛の告白をっ!」
「その眼鏡曇り過ぎだよねー、俊。腐った無駄口叩いてないで俺の手作りトロピカル焼きそば食べろそして黙れ」

しゅばっと正座した俊がずるると焼きそばを完食し、光の速さで太陽の足元に縋り付いた。

「いいかい、腐れ眼鏡共。眼鏡掛けてたらモテると思うなよ」

たらりと鼻水を垂らした腐男子が真顔で震えているが、口を開く余裕すらない二葉も珍しい真顔である。

「2チャンネルに写真付きの実名公表で若ハゲ童貞って書かれたくなけりゃ、全速力で行け。」

オリンピック選手真っ青なスピードで遊歩道を駆け抜ける一年帝君と、並走する青冷めた御三家の一人がそこそこの人数に目撃されたらしい。













へばりつく様に背凭れを抱き締めながら、身を捻る様にしてフロントガラスの向こう側を眺めた。シートベルトが食い込む脇腹に涙目で、大音量の洋楽にも運転席から漏れる鼻歌にも構う余裕がない。

「と、東名高速、って?!」

緑の道路標識を見た。
書かれていた文字を理解したのはその数秒後だ。跳ね起きる様に横座りしていたシートから起き上がり、びたんっと頬に引っ掛かったシートベルトを引っ掴む。

「東京・名古屋間の高速自動車道だな」
「何処に連れてくつもりだよっ!」
「昔さぁ」
「ああ?!」
「何かに透明高速って書いて貼り出された奴が居たんだよ。ま、俺様が貼り出したんだけどよ」

長い左腕がオーディオのボリュームを下げる。睨んだつもりが見当違いの返答に沈黙し、ついつい運転席の横顔を見つめてしまった。

「実は俺も、昔は透明高速だと思ってたんだよな。餓鬼の頃の話だけどな」

ああ、不味い。
烈火親衛隊の気持ちが少し理解出来た。佑壱に似ている似ていないの問題ではなく、溢れる自信の中に大人の余裕が見え隠れしていて。

「ニュースとかあれだろ、字幕ねぇと判らん言葉あんじゃねぇか。アナウンサーの乳ばっか見てても仕方ねぇしな」
「死ねばいいのにと思うよ」
「サービスエリアにうまいデミソース出す店があんだとよ。ゼミの女共が騒いでたんだけど」

恋愛感情云々を抜きに、憧れてしまいそうだ。

「…やっぱ、大学には女の人も居るんだ。見た事ないけど」

基本的に、高等部終業と同時に親衛隊は解散される。歴代中央委員会長の中でもトップ5に入るくらい人気だった零人の親衛隊も、3年前に零人が最高学部へ入るのと同時に解散した筈だ。

「そら、雄の群れに雌放り込むんだかんな。基本的に、大学の女は地下から直接エレベーターで上がる」

が、やはりファン精神は中々な鎮火しないらしい。職員棟に毎日毎日差し入れを持ち込む生徒が後を絶たない様だ。舎弟から聞いた話だが。

「ご飯とかは?ラウンジとか外のカフェとかにも行ったらいけないわけ?」
「エリア内にレストランがある。男はともかく女は通学しか許可されねぇから、弁当持参が多いみてぇだな」
「じゃ、お昼に女の子達が集まってわいわいするの?なんか、想像出来ない」
「元々、女なんかキャノンの中にゃ殆ど居ねぇよ。俺みてぇな総合コースはともかく、単課にゃ経済と法曹しか置いてねぇかんな。女が多い文系と医学部は、街の中にある」
「あ、そっか。6区にあった気がする。でもさ、少しは居るんでしょ?女の人。売店のおばちゃんしか居ないと思ってたんだけど、おれ」
「数字と六法全書に子宮ときめかす女なんか、相手すっかよ」

肩を竦めた零人の手が、ステアリングから離れた。ああ、どうやら渋滞しているらしいと気付いたのは、凝視していた横顔から目を離した瞬間だ。
恥ずかし過ぎる。佑壱に似ているからと言って、見つめ過ぎた。

「もー。本当に何処行くつもりなんだよ。今日はおれ、マジで忙しいのに」
「どうせいつもの集会だろーが。行方不明だった愛しの総長が見付かって、浮かれてんだろ」
「あのなっ、」
「お前んトコのヘッドは、何考えてんだろうなぁ」

とんとん、ハンドルを人差し指で叩きながら息を吐いた零人の目が、こちらに向いた。佑壱とは違い漆黒の目が、真っすぐ。

「神帝舐めてんのか、眼中にねぇのか。二十歳だか何だか、間違った世論がのび太を庇おうがな、いつかバレんぞ」
「どうゆー事?つーか、総長の悪口やめてくんない。蹴るよ」
「正体隠す気のねぇお前らの皇帝に聞け。ああ、…お前は見てねぇのか。知らないんだな」
「?何が?」
「俺の時代に、お前らの王様が魔王を倒したんだ。ほぼ一撃で」
「魔王?一撃?」

きょとりと首を傾げた獅楼も、徐々に理解したらしい。さっと青冷め、パクパクと口を開閉させた。

「ま、待って、兄貴達が言ってたけどっ、あれ本当なの?!じゃっ、そ、総長って白百合に勝ったの?!総長ってそんなに強いの?!オタクなのに!」
「…っつか、自分の頭をオタク言うな。佑壱から怒られんぞ」
「チクったらつねる」
「地味に痛そうだな…。のび太が勝ったっつーのは語弊があんぜ。叶が本気じゃなかったのは当然の事、油断もあったろうが。俺が割り込んだかんな」
「わ、割り込んだって…」
「ちょっとした大人の事情があんだよ。あの頃は、俺も色々必死だったかんな」

獅楼から目を離した零人の眼差しが、きつい色を滲ませた気がする。
昨日までの色とは違う明るい赤へ何となく手を伸ばし、さらりとした感覚に瞬いて気が付いた。

何をしたんだ、今。


「不細工な面で見惚れてんなよ。犯すぞ」
「な、なっなっ」
「せめて人気がねぇ所で誘え。俺の感覚は日本人だからな、公開セックスは御免だ」
「せっせっせっ」
「つか、シートベルトちゃんとしとけ。交通課に反則金振り込むほど無駄な事ぁねぇ」

腹に引っ掛かっているだけだったシートベルトを見やり、背中側に回した残りのベルトを絞め直す。緩やかに走り出したホイールの感覚に何ともなく口を閉ざせば、伸びてきた左手が頬を撫でた。

「なに、」
「いきなり黙んな。何か喋れ」
「何かって言われても…。つか大体そっちが勝手に連れてきたんだろ!おれは嫌だったのにっ」
「悲しい事ゆーな。大好きな零人先生と一緒にランチ出来るなんて幸せですくらい言え。可愛く」
「やだよもうこのおっさん、死ねばいいのに」
「可愛くねぇなぁ。やっぱ後で犯す」
「変態っ。おれより可愛い子いっぱい居るじゃん!そっちにしろよ!モテる癖に!」
「俺様はあっちこっちにこの優秀な遺伝子を振りまいたりしねぇんだよ。つーか、野郎の尻に勃起して堪るか」

歯に衣を着せない男に撃沈し、ことりとウィンドウに側頭部を預けた。緩やかに緩やかに車の波を走るホイールは、緩やかなスロープを登っていく。

「おれも男なんですけど…」
「お前苛めんのが俺の数少ない趣味なんだ。知らんかったんか?」

ああ、空が近い。

「幾ら払ったら飽きてくれますか」
「カツアゲなんかすっか、俺ぁ一応金持ちだぞ。ま、加賀城には劣るだろうがな」
「おれじゃないもん。パパ………父さんが稼いだお金だもん」
「パパなんて言ってんのかよ、お前」
「うっさいな!誰かに言ったら飛び降りるからっ!」
「言い触らされたくなけりゃ、俺をにぃにって呼べ」
「やだよもうこの変態、顔が不細工だったら頭突きしてやったのに…」

からからと笑う声にまた息を吐いた。幸せが逃げていく気がする。

「なんか、混んでるね。あんま高速とか使わないから知らないんだけど、いっつもこんなん?」
「ETCでノンストレスってあら嘘だな。首都圏にストレスフリーの国道なんざ存在しねぇ」
「ユーさんは車よりバイクが好きだって言ってた。全身に、痛いくらいの空気抵抗受けてる時が快感なんだって」
「馬鹿佑壱はマゾなんだよ。弱ぇ癖に喧嘩売りたがる」
「ユーさんは弱くないし!強いし格好良いし!」
「弱ぇよ。…弱ぇから逃げ出したんだ」
「ぅ、わ!」

スピードが速まった。
ぐっと重力だか引力だか判らない力に圧されて牽かれて、背凭れに全身を預ける。



「─────俺も同類か。」

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!