帝王院高等学校
春一番とお祭り騒ぎ
助けて、と。


叫んだ音の塊は塞がれた唇のずっと奥、喉元で塊のまま消え果てた。


「漸く静かになったかよ」


ニヤニヤ下卑た笑みを浮かべた男達に組み伏せられたまま、身体中を這う節張った指の感触に声無く泣くしか出来ない。
誰も助けてなどくれない事は知っている。こんな事、初めてじゃないのだから。

少し耐えれば解放される。
それまで、ほんの少し我慢すれば良いだけだ。


「かっわいそー、震えてんじゃんよ」
「ちっ、このガキ俺の腹蹴りやがった。慰謝料しっかり払えよ!」
「身体で、ってか。ぎゃははっ、スケベ親父じゃねーか!えげつねぇ、脱がして速攻本番かよ」
「テメー、Fクラスの奴らに輪姦されたんだろ?おらっ、とっとと口も開けや!後が支えてんだよ!」
「このケツに何人咥え込んだんかなー、ゆるゆるレベル調べてやっから感謝しなさいね、なんてな」
「アンタらの頭のがゆるゆるだっつーの」

飛んできた小石が、小柄な生徒を組み伏せていた一人の高等部に当たった。振り返ろうとした他の二人にも間を空けず小石が飛び、一人は何とか避けたものの一人の額に当たった様だ。

「クソ汚いもんを他人の口に突っ込んでんじゃねーよ、低能共」
「んだテメェ、正義の味方気取りか!ああ?!」
「ぶっ殺すぞコルァ!」
「チビがしゃしゃってんじゃねぇよ!」
「はいはい、弱い奴ほどよく吠える。とっととその粗末なもんしまってくんない?いっとくけど猥褻物陳列は軽犯罪でも、暴行凌辱は立派な重罪だよ」
「なっ、」

ぱしゃぱしゃ、背後からシャッターの音が聞こえるなりいきり立った彼らは素早く振り返る。

「確かにエッチのないBL漫画ほど悲しい事はありません。でも愛のないエッチは駄目なんです、そこは譲れないんです!」
「て、てめっ」
「あらん?真っ黒くろすけ、カイちゃんの半分しかない?」
「俊、それ会心の一撃」
「はふん。なんてお粗末様でしょ、然もチワワのお口に来店なさってた狼さん、お帽子被ってるにょ」
「うーん。勃起してても被ってるってコトは、真性だよねー」
「ぼぼぼっ?!そそそんなアダルトな台詞言ったらめーでしょ、タイヨーのエロちん!」
「なに照れてんの?こんくらいの猥談普通だろ、別に。俺、剥けてるし」
「キャアァアアア!!!」

涙顔のチワワに抜け目無く抱き付きながら、脱がされたらしいブレザーを羽織らせてやる腐男子は耳まで真っ赤である。

「きゃー!きゃー!きゃー!」
「て、天の君…?」
僕のタイヨーが!タイヨーが!反抗期ですかお母さァアアアんチワワが背中を撫でてくれてますよ神様ァアアア!!!」

襲われていた筈のチワワがよしよしと背中を宥めてやり、オタクの鼻息が加速した。

「君、軽々しく天の君に触ると後悔しますよー。人畜無害そうな顔してスケベな奴だからねー」
「スケベはタイヨーちゃんでしょ!ひひひ一人エッチなんかしたら駄目なのょー!平凡主人公は一人エッチなんかしたら駄目なのょー!めそり」
「て、天の君、落ち着いて下さい」
「なに泣いてんの、俊。生々しい話、仕方ない場合もあんだろ。そしてさり気なくセクハラすんな」
「いやー!タイヨーはそんな事しないにょ!タイヨーは俺様会長としかしないにょ!ぐすっ、タイヨーは俺様総長としかしないにょ!ひっく」
「何だよコイツら…!」
「確か二人共左席だろっ?!」
「ただのチビとキモいオタクじゃねぇか!叶じゃねぇんだ、怯むな!」

沸騰寸前の三人、羞恥と怒りで臨界点に達したらしい『真性』少年が慌ててジーンズのファスナーを引き上げ、脇目も振らず一番弱そうな太陽目がけて駆け出し、

「きゃー!タイヨー様がァ!危なァアアアいっ、逃げなさい三人共ーっ!」
「え?!逃げなさいって…」
「ハァハァハァハァ」
「対ゆるゆる必殺技、




  ゆりゆり



後悔したのは。
叩きつけられたコンクリートの上で鼻の骨が砕ける音を聞いた後、だろうか。


「「「!!!」」」
「ふ、つまらないものを切ってしまったゼ」
「きゃー!タイヨー様ァアアア!」

悶える俊の目前、今正に蹴り飛ばした長い足の持ち主は呆れ顔で眼鏡を押し上げ、

「…誰がゆりゆりですか」
「きゃー!白百合様ァアアア!」
「韻がよかったんで、つい。ゆるゆるよりマシでしょ。いやー助かったなー、もうちょっとで殴られてたかもー」
「弱い癖に飛び込んで行った勇気だけは認めましょう。弱いなら弱いなりに大人しくなさい」
「その長い足で踵落としなんて流石ゆりゆり閣下、手加減って言葉ご存じですかアンタ」
「ふっふっふっフタイヨー万歳!痴話喧嘩万歳!見つめ愛万歳!ブログ更新しなきゃ…!ハァハァ」
「俊、黙れ」
「はいすいません」

パクパク唇を震わせる少年を余所に、ちょもりと唇を閉ざした俊が膝を抱える。

「加減など片腹痛い」
「無慈悲なご意見ですね」
「不純同性交遊は非常に目障り極まりなく、懲罰棟にも限界がありますからねぇ」
「名付けてデスペナルティー、とか?」

この中では一番派手な服装ながら、相変わらず存在感がないらしい。

「私はあくまで下院役員でしかない。処分裁決は上院、…理事会が下すものです」
「ふーん」
「但し、中央委員会並びに左席委員会双方の合意が認められた場合、双方の間で承認された全議決が上院同等の権利を与えられます」

腕を組み眼鏡を押し上げた二葉に、残る二人の少年が青冷めながら後退っていく。最も会いたくなかった風紀委員長を前に、先程までの威勢の良さは皆無だ。

「双方の合意ってコトは、俊と神帝陛下が認めたら理事会権限になるんですか?」
「ええ。正しくは同等の権利を与えられるだけで、理事会議等の出席権限はありません」
「ややこしい。手っ取り早くコイツら退学にする方法ないんですか?」

滴る鼻血を押さえ震えながら尻這いで逃げる生徒を、冷めた目で見下した太陽が吐き捨てる。驚いた様に顔を上げた俊には構わず、太陽の横顔を一瞥した男は片手を上げ、

「おや、…それでは我が左席副会長殿は彼らを退学にさせたい訳ですか」
「自分より弱い相手に暴行する奴なんか、生きる価値もない」

震えている被害者生徒の背中を撫でている俊の眼鏡が曇り、太陽が微かな笑みを滲ませた。

「目障りな馬鹿はさっさと追い出せばいいんですよ。居るだけで煩わしいなら、消せばいい。何か間違ってますか?だってそしたらほら、貴方の手を煩わせる必要もないでしょ?ね、叶先輩」
「とても…貴方の台詞とは思えませんね」
「あはは、俺の聖人君子説?何かそれ、馬鹿みたいだなー」

何だろう。
嫌な予感がすると酷い頭痛に襲われて、正常な判断が出来ない。

「CPUは右と左しかないんですよ、俺らには。言葉を理解しようとする右脳がオートマチックなら、人間、マニュアルの左側で合理的に考えて何が悪いんですか?まさか人情重視とか言わないで下さいよ、進学科の分際で」
「悪いとは言ってません」
「だったらとっととコイツら追い出して下さいよ。アンタ中央委員だろ、出来ないなんて言わせない」
「何を焦ってらっしゃいますか」
「焦る?─────俺が?まさか」

思い出すのは夜のバルコニー、血走った眼差しの元クラスメートと白く光る刃、下卑た笑い声、服を剥ぎ取ろうとする複数の手、弾き跳んだボタン。

「猊下…遠野君が、心配していますよ」
「…あ」

闇に乗じて現われたのは、青い何か。
心配そうに眺めてくる分厚い眼鏡を見やり、いつの間にか凝り固まっていたらしい肩から力を抜いた。


「タイヨー」

ああ、随分物騒な顔をしていたらしい。
被害者の生徒は勿論、腰が抜けたらしい三人までもが蒼白な表情で見上げてくるのが判った。

「悲しいのも恐かったのもきっと、…僕らじゃないと思うなり」

ああ、正論だ。
被害者は太陽ではない。太陽はあくまで第三者でしかない、他人だ。怒りたいのも泣きたいのも太陽ではない。どんなに腹が立っても、その権利はない。
その権利があると思っているのか傲慢だな、と。親友の声が聞こえた気がする。時々、俊は二葉以上に容赦がない。

「八つ当たりに権利はあっても義務はないと。言う事ですかねぇ」
「…物は言い様ってね」
「厚顔無恥、面厚かましいとでも言いましょうか?」
「眼鏡掛けた奴に悪くない奴は居ないって事ですか」
「おや、失敬な」

ぎゅむっとチワワを抱き締めた俊が、曇ったレンズの向こう側でどんな眼差しをしているのか気になった。抱き締められた生徒が、漸く気が抜けたのか小さく漏らした嗚咽に息を吐く。

「でも、悪いのは悪いって、教える必要も罰を与える必要もある。特にお祭り気分で他人を傷付ける奴らには、絶対的な罰が。だから風紀があって、俺達があるんでしょ」
「ええ、仰る通りですよ。例外的に今回は貴方のご意見を参考にしましょう。彼らへの処分は如何なさいましょうか、サブクロノス」

恭しくお辞儀した二葉に痙き攣り、もう一度息を吐いた。厭らしい男だ。此処で無慈悲を貫く勇気があれば、魔王と呼ばれるのだろうが。
だから、人間には不可能な事もある。


「死刑…な〜んてね。
  こんな奴ら退学にした所で俺の方がいじめっこかなー」
















「何かあったん?」


オレンジ色のアイスキャンディーをボリボリ貪りながらやって来た男に、迂闊にも馬を思い浮べてしまった錦織要は沈黙する。
パキン、と歯切れ良く割れたアイスキャンディーの音と、皆が遠巻きに見つめてくる不特定多数の眼差し。

「緊急要請だって。朝っぱらからご苦労なことだよねえ」
「今日の当番って誰だっけ?(´`)」
「殿と山田だぜ」
「つか馬鹿猿、それ何味」
「キャロットオレンジ味。何だかファイブミニちっく(*´∇`)」
「やっぱ馬決定、猿の癖に」
「殺すぞハヤト(`´)」

ぬぼーっと胡瓜を貪っている裕也が、バトルに発展した二人をぬぼーっと見守っている。いや、半分寝ているのだろうか。

「もう11時になるな。いつ出発するつもりでしょうか…」
「要くぅん、遅れてごめんねぇ」

二人を止める気もない要の元に、随分疲れた表情の桜がやって来た。背後に担任を引っ付けて、だ。

「何故、東雲先生?」
「実はぁ」
「そこの露店でカツアゲされそうになっとってん、安部河が。私服やき仕方ないけども」
「ああ、クラス章がないからですか。で、怪我は?」
「なぃです。ごめんなさぁい」
「気ぃ落とすなや?錦織みたいなド不良より、安部河みたいな子の方がセンセは大好きやでな」
「ああ、セクハラで捕まれば良いと思いますよ」

真っ赤になった桜を撫で撫で、癒されるーと宣う村崎から目を逸らした要が、ジーンズから携帯を取り出す。

「ぁ。佑壱先輩に連絡付いたぁ?」
「いえ、まだ。メールの返事もありません。やはり先に出たんでしょうか…」
「嵯峨崎かいな?嵯峨崎やったらさっきヴァルゴで見たで?」

はぁ?と片眉を跳ね上げた要の隣で、遥か遠くを見やった桜が驚いた様に目を見開いた。

「ぁ、ぁれ…」
「いつの話ですか?」
「定例寮長会議が終わった頃やから、ほんの20分くらい前か」
「ぁれ!ぁそこに佑壱先輩が居るよぅ!」
「は?」
「んぁ?」

控え目な桜の大声に、皆が無意識で振り返るなり破顔した。


「なーなー、俺さぁ、金魚すくいやってみてぇ。出目金掬いたい」
「縁日じゃねぇんっつってんだろ、おい、食べカス付いてんぞ」
「んだよ、看板ある癖に店主留守じゃねぇか。綿飴屋何処行きやがったんだコラァ」
「ご自由にご利用下さいって書いてあんぞ。セルフサービスなんじゃねぇのか?」
「ふん、僕はー先輩と違ってー綿飴なんか作った事ないんですー」
「阿呆か」


何だ。
あの浴衣カップルは。

←いやん(*)(#)ばかん→
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