帝王院高等学校
皆さん清く正しくセコムしてますか
「ちょ〜っと、待った」

眉間を押さえ深く屈み込んだ人はソファーの上で長い溜息を一つ、続いて大きく息を吸い込んだ。

「もっかい整理させて貰うぜ。アンタは帝王院財閥の会長で、つまりうちがお世話になってるスポンサー頭だってんだな?」
「今は違う。十年程前から、実質の経営権は帝都に移された。私が病床に就いた頃だ」
「ああ、そうだった。高々胃癌で手術成功してんのに、仮病を使ってたんだったな」
「端的に言えば、そうなるな」

無愛想、と言うよりは感情を表に出すのが下手なのだろう。顎に手を当てて首を傾げた男の、威圧感を帯びた外見を睨みつつ、何処か天然染みた気配にまた息を吐いた。

「昔からの知り合いだったアンタの事情を汲んで、親父が手を貸した。だからアンタがぴんぴんしてるって事は、此処に居る部下達しか知らない。オッケー?」
「オッケーだ」

厳しい外見に似合わず、グッと親指を立てた男の相変わらず無愛想さにカクリと肩を落としながら、こんな風に涼しい顔で冗談飛ばす人が居た様な気がすると目を細める。
誰だっただろう。とても良く知っている気がするのに、全く思い出さない。

「で、そのミカドって奴がアンタの義理の息子で、アンタの本当の息子は消息不明。なのに最近、その息子に子供が居る事を知った、と」
「幾ら探しても見付からん筈だ。他人の戸籍を隠れ蓑に、名を変えていた」
「はー。金持ちのやる事は凄ェなァ、戸籍の売り買いとかマジであんのかよ。映画みてェ」
「いや、犬が」
「犬?」
「20年程前になるか。息子が犬を拾ってきた。あれが、中等部に進級した頃だ」
「金持ちも犬拾ったりすんの?優しー」
「黒い毛並みのシェパードだった。年甲斐もなく、私も隆子…妻も可愛がったものだ」

シェパードと言えば血統書付きの、警察犬として有名な犬ではないかと瞬いた。可愛がったと言う割にはポケーっと天井を見つめている風にしか見えない相手に、感情の吐露を求めても無駄らしい。
何度目かの溜息を噛み殺しながら、深く座り直す。

「話が脱線してんじゃねーかィ」
「いや、逸れてはいない。その犬にはドッグダグが付いていたのだ。秀隆と言う刻印入りで」
「犬の飼い主の名前か?」
「とある老夫婦の、息子代わりだったと言う」
「ちょっと待った、じゃ、その名前って…」
「ワンコの名前だ」

滑り落ちた人が大股開きでパンツ丸見えを晒したが、全く動じない男はパチンと柏手を打ち、指を二本立ててから親指と人差し指で円を作り、遠くを眺める様に瞼の上で手を翳した。

ぱん、つー、まる、みえ。
今時、中学生でもやらないネタだ。

「お股、セコムしてますか」
「…顔と性格が合ってねェよ」
「今の妻はこのギャップでゲットした。どうやら私は、所謂人相が悪い部類に当たるらしい。初対面の子供はまず泣く」
「そ、そうかィ」
「悲しい事だ」

無愛想で悲しいと言われても説得力がない。セレブと言うのは皆この様にマイペースなのだろうかと痙き攣りながら、ソファーの上で胡坐を掻いた。
何故スカートなど穿いているのかは謎だが、記憶喪失しているらしい自分はジーンズ以外穿かない主義だ。少なくとも、24歳までは。

「は、話を戻すぜ。で、アンタの息子はつまり、犬の名前をパクったっつー訳か?」
「正確には違うが、端的に言えばそうなるだろう。私は口下手らしく、妻以外の人間は私の話を聞いても八割方理解しない」
「痛い程よく判る」
「秀皇が秀隆と言う別人だと知ったのはほんの数年前、その時に孫の存在を知った」
「ややこしいなァもう、ヒデタカがヒデタカで、孫は何だって?タカヒデか?」
「俊と言う。一度面識があるが、可愛らしい子だった。気がしない事もない」
「どっちだよ」
「龍一郎が連れてきた」

呆れの息を吐いてから緩やかに顔を上げ、目だけで「判るか」と問い掛けてくる男を見つめる。龍一郎と言えば、自分の父親だ。記憶ではまだ生きている筈だが、数年前に亡くなったらしい、父親。

「ちょっと、待てよ。遠野ヒデタカの子供を、うちの親父が連れてきたって…そんじゃ、つまり、」
「君が、産んだんだ。私の孫を」
「な、にを」
「秀皇の子を。サラ=フェインではなく、君が」
「ちょっと待て、待った、人が記憶喪失だからってガセ吹っ掛けんなよ?!アンタなァ、俺ァ自慢じゃねェが産まれてこの方、一度も台所に立った事がねェんだぞ?!」
「確かに、自慢にはなるまい。たが然し、我が妻も嫁ぐまでは冷蔵庫の存在を知らなかったと言う」

冷蔵庫を知らない程のセレブと比べられたかない、と遠い目で外を見やれば、サイレンの音が近付いてきた。何ともなく立ち上がり、窓辺に近づく。
この部屋の真下が緊急搬送用の駐車場であり、救急外来の玄関だ。今日は土曜日だから朝から賑わっていた階下を見やれば、滑り込んできた救急車から夥しい血液を滴らせる担架が下ろされたのを見た。

「わァ、ありゃ出血やべェな」

患者は女性の様だ。
旦那らしき男が笑えるくらい狼狽えながら救急車から降り立ち、躓いてすっ転びながら担架を押す救急隊員に付いていく。

「悪ィ。話の途中だけど、二時間くらい席立たせて貰います」
「君はもう医者ではないだろう?」
「研修生だったのは今の俺の記憶、本当に記憶喪失だってんなら、体が覚えてる筈だ。外科の全てを」
「勇ましいな」
「親父がマジで死んでんなら、あのクソ情けねェ弟にだけ負担掛けらんねェでしょ」

入り口を塞いでいた黒服達を睨めば、背後で笑った気がする男が何かしたのか、慌てて黒服達が扉を開けた。廊下で話を聞いていたらしい和服の男から白衣を渡され、一瞬驚いてからそれを纏う。
そのまま真っ直ぐに駆け出そうとして、もう一度、病室の中へ振り返った。

「後でまた話し聞きに来るから、もうちょい判り易く纏めててちょーだい」
「考慮しておこう」
「頼むぜ、─────お義父さん?」

初めて、目を見開いた様な気がしたけれど。



「冬臣。聞いたか」
「はい、ばっちり」
「録音はどうだ」
「叶セコムしてました」
「鼻血が出そうだ。いつか秀皇に自慢してやろう」
「おや会長、赤いものが出てらっしゃいますねぇ」












「次のバスの時間、正午だって」
「北緯さん、カナメさんからメールで連絡付かないそうです」
「そう」

校門とは到底思えない煉瓦造りのアーチを越えて、なだらかな煉瓦階段を降りた先。洋風の景色は唯一の古びたバス停から、漸く日本らしさを匂わせ始めた。
ガサガサと公道まで続く雑木林に踏み込んでいった少年らが、各々のバイクを手に戻って来るのを眺めながら、携帯を取り出した北緯が小さく息を吐く。

「こっちにも返信無いね。何してんだろ、副長」
「俺は昨夜から会ってないっス。昨日の6時に俺ら工業のメンツと獅楼交えてミーティングがあったんスけど、先輩トリオもそれから見てねぇそうっス」
「俺もそんな所だよ。風呂までは一緒だったんだけど、昨夜は左席の見回りだったから、副長」

学園の駐車場から出ているバスは長期休み限定の予約制なので、この中途半端な時期にはそもそも出ていない。
その為、校門から暫し下った先にある峠沿いのバス停まで降りてきたのだが、やはりと言うか何と言うか、学生課で聞いた通り、土日の時間帯は本数が少ない様だ。9時に一本、次は一時間後の正午、それ以降は夕方まで通らない。

「トリオ先輩の一人だけ免許持ってるっつーんで、あれだったら総長達だけ使ったらどうなんスかね?」
「他はともかく、総長をそんな危険な目に遇わせる訳にはいかないだろ。あの子も一緒なんだし、先輩達が出しゃばったら作戦がバレる」
「あー、山田太陽っスか」
「俺にはアイツの何が秀でてんのか、全然理解出来ないんだけどね」
「Sクラスってだけで十分だと思うんスけどねー、俺は」
「21番なんかAクラスと大差ないよ。副長も総長も帝君だってのに、よりによってアイツが新総長なんて…」
「きっと、何か考えがあるんじゃないっスか?総長、めちゃめちゃ頭良いし」

メンバーのほぼ全てが二十歳だと思っていた男がまさか帝君の新入生として現われるとは、誰一人想像だにしていなかった。
が、やはり帝君なのかと納得させるものがある。カルマの大半が、テスト前になると俊に教えを乞うたのだ。だから今のところ、追試やら赤点やらで悩むメンバーはいない。

「とにかく。左席委員会にも遠征用のバスがあるって言ってたけど、私用で使う訳には行かないだろうし」
「中央委員会の許可が要るって言ってましたもんね、用務員が」
「こんな事くらいでアイツらに借り作りたくない。ま、カナメさんも渋ってたし」
「とりあえず、俺らだけ先に出ます?あっちにはハヤトさん達も居るって話だし、何とかなるでしょ」
「…まぁね」

ブルルン、と軽快にマフラーを震わせる仲間達を一瞥し、ポキリと首の骨を鳴らした北緯がポケットから鍵を取り出す。
追記しておくが、カルマメンバーがバイクを林に隠すのは何も無免許だからと言う訳ではない。単に、地下駐車場に止めているとファンから盗まれたり、恨みを買っている相手から壊されたりするからだ。雑木林セコムである。

因みに、一番恨みを買っている佑壱は、今までに十台買い替えている。内一台は喧嘩の最中、相手に投げ付けて壊れたと言う逸話付きだ。


「お前ら、ちゃんとメット付けなよ。道路交通法も守れない奴はカルマには要らないから!」
「「「「「ス!」」」」」
「俺らは族なんて安っぽい集団とは違うの、忘れないでよ」

制限速度を清く正しく守りながら山道を下っていく一同が、黄色信号で規則正しく停止する度にクラクションが鳴り響いたとか何とか。








「なー」
「…」
「なーって」
「…」
「んだよ、無視かよ。小せぇ男だな、テメーはよ」

腕相撲では右利きの佑壱、左利きの日向、全く勝負が付かない為に、いつしかババ抜きへと移り変わっていた。
キングサイズのベッドの上で、トランプを手にした二人は内一人が口笛を鳴らし、内一人は石像の如く固まっている。

「クールな振りしてあの子、割りとやるもんだね〜と♪…うぉらァアアア!」
「っし!」

無表情な日向をしげしげ見つめながら鼻歌った佑壱が、素早く日向の手札から一枚引き抜いた。と同時に日向が拳を固め、引き抜いたカードを見た佑壱が頭を抱える。

「だぁあああっ、五回目のジョーカー!くそっ、高坂ハゲろ!」
「俺様の毛根は不滅だ。何故なら両親共にメラニン存命だからな」
「細毛はハゲんだよ。テメーも山田もハゲ路線まっしぐらだボケ」
「抜かせ、ハゲろうがメタボろうが俺様の自由だ。さっさと手札揃えろ」

ジョーカーを混ぜて素早くシャッフルした佑壱が、恨めしげに日向を睨みながら手札を掲げた。勝ち誇った表情に嘲笑を浮かべた日向が手を伸ばし、一枚一枚辿りながら佑壱の表情を眺めて一枚引き抜く。

「くそ」
「これで6対5、俺様のが有利だ…げっ」
「はーはっはっ、バーカバーカ、高坂のバーカ!ジョーカー引いてやんの!」
「テメ、」
「隙あり!」
「っ、汚ね!まだシャッフルしてねぇだろうが!」
「ちっちっ、油断禁物だぜ坊や。5対4、再びこの俺の時代がやって来たぜ。かっかっか!」
「滅びろ嵯峨崎文明」

高速でシャッフルした日向が悔しげに佑壱の手札から一枚引き抜き、揃えた二枚を捨ててから再び硬直した。石像日向を前に勝ち誇った笑い声を響かせる佑壱が引き抜いたカードを見つめ、また頭を抱える。

「滅びろクソコウサカ文明!」
「3対2」
「汚ねぇ!まだシャッフルしてねぇのに!」
「テメェが言うな」

その隙に佑壱の手札からカードを引き抜いた日向に、ギリギリ歯軋りした佑壱がぷいっと余所を向く。

「年上の癖に大人気ねぇ」
「ご都合主義にも程がある」
「年上の癖に」
「黙れ」
「高坂先輩…」
「うぜぇ」
「光王子様ン」
「きめぇ」
「負けてくれたって良いじゃないか!良いじゃないか!」
「巫山戯けろよ!テメェこそ年下の癖にセコい真似ばっかしやがって!」
「ピー、嵯峨崎君はセコムしてませーん」

口笛を吹きながら日向の手札を奪った佑壱が、勝負が付かないトランプを仕舞い込む。部屋の片隅にあるチェス盤に気付いたが、下手すれば二葉以上に強いらしい日向と対戦するつもりはない。
そもそも心理戦が不得意なのだ。文系だから。

「畜生、腹筋なら一万回出来るのによ…」
「楽勝過ぎて勝負になるかよ」
「…はぁ。今日はお出掛けする日だったのに、うっうっ」

カーペットの隅で膝を抱えた佑壱がぐずぐず鼻を鳴らし始め、頭をガシガシ掻いた男が何かに思い当たったのか立ち上がる。


「行くぞ」
「…あ?」
「今日は確か、製作発表会の日だ。毎週末ヴァルゴで露店やってんだろ」
「そんなんあったっけ。最近、土日は真面目に一年の授業受けてたから知らね」
「テメェの教室に行けよ」
「実は算数がやばいんだ、俺」

真面目な表情でほざいた佑壱に、数学だろ、と言う日向の突っ込みは全く通じなかったらしい。

←いやん(*)(#)ばかん→
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