帝王院高等学校
棒アイスに屋台とくれば花火です
「ちと、早く着き過ぎたかねぇ」

露店で仕入れたアイスキャンディーをパキリと割れば、隣から伸びてきた手に大きい方を奪われてしまう。割ったのは自分で、力の配分を間違えたのもつまり自分だから文句も言えないが、イマイチ釈然としない。

「待ち合わせ、何時だっけ」
「11時」
「セブン」
「イレブン」
「何か生暖けぇ(`´) 天気予報見た?」
「晴れのち曇り、所により雨」
「降水確率、」
「11%」

しれっと言い放った相棒の口が噛りついたアイスキャンディーの割り損ねた部分、本来なら自分の口の中に入っていた筈のサイダーブルーを未練がましく見つめ、降るのか降らないのか曖昧過ぎる数字を嘆いた。

「総長、バスの時間考えてなさげっしょ(´∀`) 何せサタデー」
「ブラックサンデー食いてぇぜ」

しゃりしゃり、小さくなってしまった分ゆっくり味わおうと微おちょぼ口で噛み締めながら、当たりが出たらしい裕也がポイッと放り投げてきた棒を受け取る。

「当たり付きとかどんだけサービス精神?(´艸`)」
「アイス2つは飽きるぜ」
「ガチ正論└|∵|┐」

大きい方を奪った癖に、食べるのが早過ぎるではないか。

「ゲートから国道までは歩いても一時間くらいだけどよ、郊外だから路線少ねぇんだよなー(Тωヽ)」
「あー」
「土日の時刻表なんか、持ってねぇぞぃ(*´∇`)」

ゆったりゆったり咀嚼し、雫の一滴まで舐め尽くした健吾の棒には『まつこ』と書いてあった。うーんデラックス、と渋い顔で呟いてから二本纏めて排水溝の金網の穴に突っ込んだ。俊よりも佑壱に見られた方が煩そうな暴挙だ。

「カナメが持ってんだろ」
「まぁ!あの子ああ見えて抜けてるのよ、アナタ(/∀`*)」
「究極、車とバイクで何とかなるぜ」

何せ顔に似合わず所帯染みた佑壱は、行儀作法に口煩い。腰パンは良いのにノーネクタイにガミガミ怒る不思議オカンなのだ。

「国内免許持ってんの副長だけっしょ。然も普通二輪(´ω`)」
「ナナハンしか乗んねぇの総長にバレたら、やばいぜ」
「ナナハンをマルハンの親戚だと思ってるみたいだから、大丈夫じゃね?(´・ε・`)」
「結構、やりっ放しだぜ。特にっつーか主に、総長」
「煙草吸うくれぇなら乳首吸え言われてたもんな、ハヤト(´Д`)」
「貧乳万歳っつー叫び声が聞こえたぜ。先週の夜」
「Bクラスの奴が工業科の二年部連に襲われてた時っしょ(・Д・)」
「昨夜」

ぱきり、と。
アイスキャンディーを割る様な軽快な音に目を向ければ、アイスキャンディーなどではなく園芸部の露店で買った胡瓜を無表情で割った裕也が片方押し付けてくる。塩もマヨネーズもなくこれをどうしろと言うかと微妙な表情で首を振れば、ポリポリと噛り始めた15歳、不健全な男子学生だ。
相棒ながら、その髪はカラーリングではなく自然染色ではないかと疑ってしまった。

「『うちの会長』が、素っ裸でしょっぴかれたんだとよ」

朝のティータイムらしい国際科の一行が、宝塚張りのキラキラオーラを放ちながら近くの散歩道を歩いていくのを視界の端で一瞥しながら、手持ち不沙汰に腰のバングルを弄びつつ頷く。

「遂に露出狂デビューっスか」
「雑用と、二人で」
「おーや、まぁ?」

条件反射で笑ってから、銅製のバングルを握り潰した。ミシリと軋む臍の下に目を落とし、ベルトに合わせて選んだレモンイエローのカーゴパンツを何ともなく見つめたまま、

「次、さぁ。確か俺の番だったよな〜?(・∀・)」
「ハヤト、お前、オレ、カナメ。カナメはやる気ねぇから、オレでラストだぜ」
「妥当過ぎてさー、…面白くないと思わん?」

誰かが酷く幸せそうに、酷く楽しげに。お喋りしながら笑うのをBGMに、灰色の蝶がヒラヒラ低空飛行で飛んでいくのを見やった。


「…同感だぜ。」


囁きの後にパキリと軋んだのは、緑か、銅か。










「久し振りですね、文仁兄様。相変わらず順風満帆のご様子で何よりですよ(まだ生きてやがったか文仁、のこのこ馬鹿面晒しやがって)」

いつも以上に晴れやかな笑みを浮かべた男の柔和な台詞に、般若も逃げ出す様な副音声を聞いた気がする二名は、内一人がミネラルウォーターと間違え海水を飲んだ時の様な顔を晒し、内一人はキンチョールを浴びたラストサムライ宜しく痙攣した。

「実に180日と21時間振りだな、愚弟。びくびく逃げ回りやがって、親愛なるお兄様に挨拶の一つも出来んか貴様は」
「申し訳ありません、定期的に伺おうとは考えているのですが、何分不器用なもので時間を作る事が出来ず(誰が貴様なんかに顔出すか阿呆が、寝言は死んでから抜かせ)」

にっこり、にっこり。
世界広しと言えども、此処まで美しい人間は中々お目に掛かれないだろうと言うクローン並みの美貌が二つ、同時に麗しい微笑を滲ませる。
但し全く目が笑っていない弟と、美貌に似合わない言葉遣いの兄の間にはマリアナ海溝より深い溝がある様だ。視線の火花を通り越して花火が上がっている気がする。

「ごごご主人っ、俺の事は構わずお逃げ下さい!」
「すんませんフォンナート先輩、お言葉は有難いんですけど何で逃げなきゃなんないんですかねー」
「やばい気がするからに決まってんでしょう!」
「うーん」

嫌な予感に対する鋭さには自信がある為、スヌーピーの訴えにイマイチ反応が鈍い太陽は綿飴を片手に首を傾げる。

「ちっともマズイ気がしないんですよねー」
「く!そんな凛々しい発言…っ、惚れ直しました!もういっそ抱いて下さ、ごふ!!!」

吹き飛んだスヌーピーに、麦茶と間違えて麺つゆを煽った様な表情を晒した太陽が、長い足を振り上げた体勢で笑みを深めた男を見た。

「何だ、あの蝿。ぎゃあぎゃあ掃き溜めの蛆が如く騒ぎやがって、内臓抉り出すぞ」
「文仁兄様、彼は私の同輩なんです。お手柔らかに」
「ふん、類は類を呼ぶとは言うが、だから貴様は馬鹿だと言うんだたわけが」

ぴきり。
二葉のこめかみに青筋が浮かび上がった気がする。と言うか、浮かんでいた。眼鏡がないので一目瞭然だ。
益々麗しい笑みを深めた兄と言う男は余裕綽々で、太陽から見ても二葉の方が分が悪い。

「馬鹿娘共が世話になったな、まぁ昔の貴様に比べれば取るに足りない些細な話だ」
「冬臣兄さんはお元気ですか」
「貴様には関係ない」
「うふふ、そうでしたね」

スヌーピー用の綿飴を何ともなく一口噛った太陽の口角が、にゅっと吊り上がった。
ニマニマ笑いながら、兄を睨み据える二葉に近付き問答無用で綿飴を押し付け、ぱちくり瞬いている彼には構わずそのまま長髪長身に向き直る。

「叶先輩のお兄さんですか?確か、文仁さんでしたっけ」
「何だこの餓鬼」
「不躾な質問なんですがー、身長はお幾つ?」
「は?」
「お年は?血液型は?叶先輩にはもう一人お兄さんがいらっしゃるみたいですけど、三人兄弟?あと、弟さんの恥ずかしい話とかあれば教えて貰えませんかー?」
「おいっ、」

綿飴を放り投げた二葉が笑みを消して太陽の肩を掴んだが、それより早く伸びてきた手が太陽の顎を掴む。

「叶文仁32歳A型の次男、トラジショナルセカンド代表取締役会長、身長は実に191cmだ。崇めろ庶民」
「191cm?!…神崎よりもカイ庶務よりもでかい。つかT2っつったら、古民家再生とか骨董品とかで番組もやってますよね?『旧きを知れば新しくなる、次世代トラジショナル』、コマーシャル見てます」
「ほう、悪くない。どうだ、俺を崇めるか?」
「崇めるので弟さんの恥ずかしい話とか恥ずかしい写真とか何歳までオネショしてたとか初恋の子に振られたとか、何かそう言うネタ下さい」

思いっきり噎せた二葉を余所に、キラキラ眩しい尊敬の眼差しで叶兄を見上げる太陽は鼻息が荒い。太陽の顎を掴んだまま、暫し何か考え事をしていたらしい男はずいっと顔を近づけ、今にもキスしそうな距離から太陽を眺めた。

「何をしてますか文仁、校内での不純同性交遊は取り締まり対象、」
「黙れ二葉、貴様の尻にプラスチック爆弾突っ込むぞ。…おい餓鬼、名前は?」
「え?あ、はい。山田です。山田太陽」
「ひろあき」
「太陽って書いて、それです」
「は」

目を見開き、一度大きく息を吸い込んだ長身が、ややあって大爆笑を巻き起こす。
びくりと怯んだ太陽と、その肩を掴んだままポカンと口を開いている二葉は揃って沈黙だ。

「は!ははは!何だそれ、は、はは、完全な悪巫山戯けじゃねぇか!はははっ」
「え?え?え?あ、あの…?」
「くく、お前、母親似だろう」
「え」
「いや、構うな。それよりグレアムの二番目は元気か?父親には嫌でも良く会うんだがな」
「はい?グレアムって、えっと、帝王院会長の名前…?」
「何だ、知らないのか。嵯峨崎の、」

パシン。
鋭い音は爆笑で涙目に陥った男の唇を叩いた白い布が発てたらしい。
ひらひら舞い落ちるそれが手袋だと気付いたのは、太陽の足元に落ちてからだ。

「べらべら無駄口叩いてる暇があるなら、とっととスコーピオに行け。…糞が。」

おや、などと片眉を跳ね上げた長身を横目に背後から聞こえてきた低い声と不吉なオーラに痙き攣る。吹き飛んだスヌーピーが植え込みの影からビクビクこちらを窺っている事に気付いたが、情けないと思う前に逃げなかった勇気を讃えてやりたい気分だ。
但し、痙き攣った太陽がちょいちょい手招きしても、茶髪はふるふる頭を横に振った。どうやら腰が抜けているらしい。逃げる勇気もないが、助ける勇気もないと言った所か。…情けない。

「随分、偉そうな口叩く様になったじゃないか、廃棄物」
「貴様に20分以上付き合ってる暇なんざねぇんだよ。失せろ老廃物」
「逐一突っ掛かって来るな粘着物、だから友達の一人も出来ねぇんだよ貴様は」
「はっ、冬臣兄さんの金魚の糞しか脳がない汚物が道徳なんざ語るな。耳が腐る」
「腐る程の耳も何の取り柄もない餓鬼の台詞とは思えねぇな、喜べ愚弟!お兄様は大層感動している」

凄過ぎる。
声だけで凄まじい怒りを伝えてくる二葉相手に、麗しい微笑を滲ませたまま声色一つ変えない男の余裕は増すばかりだ。嫌な予感こそしないものの、元来の平凡気質が災いして逃げ出したい太陽の足は凍り付いた様に動かない。
このままでは二葉のオネショ最高齢を知る前に、自分が自己ベストを更新しそうだ。こんな所で漏らしたくない。俊にバレたら全校放送ものだ。いや、隼人にバレても同じだろうが。

「あ、あはは。仲が良いご兄弟ですねー」
「「あ?」」
「失言でした」
「ふん、こんな出来損ないとこの俺を一緒にするな。失礼な餓鬼だな、貴様」
「ご存じですか山田太陽君、この世には言って良い事と逝った方が良い場合があるんですよ?」
「イくのなら、イかしてやろう、ケナゲウケ」

太陽が滑り転けた。
麗しい微笑で睨み合う兄弟が揃って振り返り、揃って破顔する。


レインボー生地に黒チェック柄のテーラードジャケットは七分袖で、袖口に黒レザーの太いベルト。そこから伸びる二本の細いシルバーチェーンが、左中指に煌めく指輪まで続いている。
上着の下は黒のタイトパンツ、細身のパンツはふくらはぎから下の部分をゴツめのカジュアルブーツで覆っていた。目に痛い虹色を意識させないジャケットの下には、白地に黒の骸骨が描かれたタンクトップである。

「リチャードスミスの新作ブーツっ」
「…」
「何と奇抜な」

植え込みのスヌーピーの目が輝き、二葉が瞬けば、顔を顰めながら兄が宣う。

「しゅ、俊…」
「タイヨーちゃん、また僕の眼鏡を盗んで逢引き…?つまり合い挽きMEETINGっ!ハァハァ」

モデル並みのコーディネートを披露した男の最後の装備、雲型黒縁眼鏡さえ無かったら誰もが手放しで誉めただろう、が。

「むしゃむしゃむしゃ、二葉先生もお人が悪いにょ!デートする時はご一報下さればイイのに新婚めぇえええ」
「「「…」」」
「むしゃむしゃ、全くっ、…あらん?また当たったにょ。これで20連続なりん」

両手一杯のアイスキャンディーと、肘に引っ掛かっている大量のビニール袋に誰もが沈黙するしかない。

「在庫の鮹が切れたそうなので20パック程しか手に入りませんでした。あの屋台、マシンごと潰して来ましょうか」
「なに見てんだコラー、殺戮兵器商品化して全員モルモットにすんぞー」

背後に大量のたこ焼きらしきパックを抱えた要が見えた。平たい海老煎餅らしき物体を咥えたまま、生徒達を威嚇する隼人も見える。彼の腕にも大量のジュースやら焼きそばやらが見えるのは気の所為か。

「誰かと思えば副会長と白百合バ閣下ではありませんか、朝から縁起が悪い」
「ねえねえカナメちゃん、眼鏡のひとが眼鏡掛けてない場合はあ、なんて呼んだらよいと思うー?」
「まま、皆さん僕がその辺で買い漁ってきたご飯お食べになりません?
  あと十分でタケコプターがお迎えに来るそうですし」

お洒落なのび太、と呟いたのは果たして誰か。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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