帝王院高等学校
つまりはSクラスが一番の極悪非道
肩で風を切りながらザカザカ歩けば、部活動中なのか休日授業中なのか、体育科の団体がストレッチをしていた。

通称工業科、本来は総合企業実習科の枝分かれに食品生産コースと言うものがあるが、主に食品メーカー用の機械の仕組みを学んでいるらしい。
実習で生徒らが稀に商品化するに相応しいマシンを作る事がある。
就職組となる三年生が主体だが、その特許を元に起業する者も少なくないと言うのが帝王院学園の倍率上昇に一役買っていた。
但し理論上素晴らしいマシンでも、実用実験をクリアせねば特許取得には至らない。取得時の経費は学園が出すのだが、以降の更新は生産者自身の負担だ。つまり生徒達も、迂闊に発明品を発表する事は出来ない。

理事会へ発表する前に、彼らはこうして土曜日曜などにマシンの実用実験を兼ねた露店を開く。場所は実に様々だが、寮から校舎までの800メートル程度の並木道は大人気スポットらしい。
『自動綿飴製作機:わたなべ君』と言う看板を張り出している作業着姿の生徒、『大人気御礼☆全自動カレー鍋:ホームベーカリィ』と言う看板を張り出している露店からは香ばしいカレーの香りが漂っている。金額は様々だが食堂よりは安価な為、比較的一般庶民が多い普通科や工業科生徒が露店やらマシン宣伝中のデモンストレーションを冷やかしていた。

「かわちゃん!綿飴があるよっ」
「駄目だ。夏の旅行のお金貯めないと、メェだけよみうりランド連れて行かないから」
「まっつんのお小遣い月千円だもんね。あの綿飴一本500円だよ?お小遣いなくなっちゃうよ?」

恐らく中等部の生徒だろう集団を眺め、足を止めた男はIDカードを取り出した。自分はルームメートの手作りご飯で腹を満たしているが、ああ言う光景を見るとどうしても情が湧いてしまう。
月千円のお小遣いが入っているのだろう財布を握り締めた小柄な生徒、恐らく後輩が、名残惜しげにチラチラ綿飴の看板を振り返っていた。値下げしてくれる気前が良い生徒ならともかく、工業科の八割は不良だ。作業着姿と言うだけで温室育ちの帝王院学生には敷居が高い、と言うか威圧感が凄まじい。

チラチラ綿飴の看板を振り返りながら、友達に連れられて比較的安いたこ焼きの屋台に並ぶ後輩を見つめながら、禁煙パイプを咥えている綿飴露店へ足を進ませた。

「綿飴3つ下さい」
「あー、そこの割り箸突っ込んだら30秒で出来っから」
「カード支払い、いいっスか?」
「カードだぁ?ざけんな、こっちは現金商売だぞこらぁ。3つで1500円、耳揃えて現生置いていけチンカス」

ギンッと睨まれ僅かながら怯むものの、看板の脇に学籍カード可の文字がある。客寄せの嘘広告ではないかと指摘すれば、プラスチックのパイプを投げ付けた男が柄の悪い顔を一気に殺気で満たした。

「舐めとんのかガキィ!店主が現金っつったら現金なんだよ!文無しは失せろっ」
「俺は正論を言ったつもりです。カード可って書いてあるんなら、カードで支払います」
「もう1つ作ってんじゃねぇか!だったら500円だな、とっとと払いやがれ!」
「だから現金持ってないんですって。カードならあるから、いいでしょうが」
「ざけんじゃねぇっ、営業妨害だ!てめぇっ、寮まで迷惑料催促に行くかんな…!」

ぐいっと胸元を掴まれ、爪先が微かに浮いた。唾を飛ばして睨み付けてくる相手に眉を寄せれば、カレー屋の店主らしい作業着が野次を飛ばす。カレーを受け取っているらしい先程の中等部連中のびくびくした視線が判った。

ああ、もう。

「別にいいですけど、商品代金しか払いませんから。それにすみませんけど、先輩は俺の部屋まで辿り着けないと思います」
「ああ?!てめぇ、舐めてっと磨り潰すぞ糞餓鬼!」
「舐めてるんじゃなくて、」
「どっちが舐めてんだ、ああ?」

揶揄めいた低い声、胸元を掴んだまま唾を飛ばしていた男が背後を覗き込み、硬直した瞬間青冷めた。
器用だなー、などと呑気に考えていた山田太陽、つまり顔中唾塗れになった哀れな男が半ば浮いている爪先をプラプラ震わせながら、右手の綿飴を見やる。店主はアレだが、機械は凄い。割り箸を機械の中に突っ込んだだけで、動かしもせずフワッフワな綿飴が出来ている。

「どっちが舐めてんのか教えて貰おうかぁ、中原雄大君よー。あぁん?」
「てんめー、麗らかな土曜日に後輩苛めて楽しんでんのか?ああーん?」
「とんでもねぇドSだな、コラ。オレら工業科の質が下がったらどう落とし前付けんだ、あぁあん?」
「高がEクラスの分際で、…よくもこの俺のご主人様に手ぇ出したなテメェ」
「ひっ、ひっ、ひっ」

ぱっと手を離した作業着、中原と言う名前らしい店主を横目に二本目の綿飴を作った太陽は振り返りもしない。

「折角の発明品ぶっ壊されてぇらしいな、中原ぁ。直々にぶっ壊してやるよ、あ゛ぁ゛?」
「「「いやーん、グレイブ様こわぁああい」」」
「ひぃいいい!」

何せ嫌になるほど聞き覚えがある声だ。
内の三人は楽しんでいる節があるが、もう一人は完全にぶち切れモードらしい。三本目の綿飴も作り終え、くるっと振り返った太陽はしゅばっと手を出してきたオレンジ色の作業着三人を華麗に無視し、びくびく騒ぎを眺めていた中等部三人組にそれを手渡した。

「ぎゃー!」
「これあげる。君ら中等部の生徒だよねー?」
「えっ?あ、はいっ、三年生ですっ」
「いや、あの…」
「先輩…ですよね?後ろの騒ぎ、大丈夫なんですか?」
「中原ぁあああ!!!エルドラドに喧嘩売って逃げられっと思うなよテメェエエエ!!!」
「ああ、気にしないでいいから。三人組は工業科だけど、あそこのスヌーピーパーカーはFクラスだから」

にっこり笑い、後輩を益々青冷めさせた太陽はひらりと振り返り、スヌーピーパーカーにジーンズ姿で傷害活動を繰り広げている茶髪へ、

「待て!」

首から下げていた巨大ガマグチ(水色)を投げ付けた。シューティングゲームで鍛えたナイスコントロールで見事Fクラスの後頭部に当たる。声もなく屈み込んだスヌーピーに、ああそう言えば中にぎっしり剃刀の刃…金属が詰まっていたなと痙き攣った。

「フォ、フォンナート先輩、おはようございます」
「…ご、ご主人様…ぐす」
「誤解を招く様な呼び方やめて下さい」
「ご主人公様ぁ!オレも綿飴!」
「オレも綿菓子食べたぁい!」
「オレもわたなべ君食べたぁい」
「チャラ三匹先輩ズうるさい」

相変わらず名前がない三匹は揃って膝を抱え、同級生らしいカレー屋の店主からナンカレーを貢がれている。恨みがましい潤んだ目でじとっと見つめてくる茶髪に息を吐き、暴行を受け腰が抜けたらしい綿飴店主に歩み寄った。
ビクッと震えた彼は素早く土下座したが、そんな事は望んでいない。

「すいません、綿飴四本追加お願いします。全部で7本、カードでいいですか?駄目ならフォンナート先輩、奢って下さい。お金持ちでしょ」
「ご主人様の為なら喜んで!おい中原ぁ、幾らだ?」
「ひぃいいいっ、要りませんすいませんお願いですから壊さないで下さいぃいいいいいっ」
「一々喧嘩越しに話し掛けないで下さいよ、アンタはイチ先輩ですか。ちゃんとお支払いしますし壊させないって約束しますから、顔を上げて下さい」
「何て器が広いんだご主人公様っ、一生付いていきます!」

ハーフパンツのポケットからカードを取り出し、綿飴機械を大事そうに抱き締めながら噎び泣く作業着へ差し出す。
剃刀入りガマグチアタックから復活したらしい茶髪が背中に張り付いてきたが、さっきからスルーを続けているご主人公様発言に作業着が益々青冷めていった。Fクラス、それも不良の間では有名らしいエルドラド総長は、近頃頻繁に庶民愛好会…つまり左席執務室に足を運んでいる。

先日、太陽を襲撃したスヌーピー集団の筆頭だったらしい。それもこれも隼人の仕業だ。不良攻めに攻められるご主人公様、などと言う頭の悪い計画だったらしい。
あんなのでも次席なのだから、21番の太陽が打ち拉がれても致し方あるまい。

「あ、れ?こっ、これ、進学科の…?!」

恐々カードを通していたらしい作業着が声を上げ、レジから顔を離して見つめてきた。もしゃもしゃナンカレーを貪っていたチャラ三匹がうんうん頷き、太陽の背中に張り付いている茶髪がニヤリと笑う。

「何を隠そう此処に居られる山田太陽様はっ!一年Sクラスでも名が通った左席委員会副会長であらせられるぞ!」
「その筋でもドSとして有名です!」
「どの筋かと言われたらカルマ公認です!」
「頭が高ぁい、控えおろー!ドンドンパフパフ」

背中に張り付いている茶髪、明らかに楽しんでいるチャラ三匹のデモンストレーションで、それぞれ活動していた工業科生徒達がしゅばっと土下座した。
ゲラゲラ腹を抱えているオレンジ作業着は勿論、何故か勝ち誇った表情のスヌーピーは学園でもトップに入る不良である。Sクラスの末から数えた方が早い太陽より、この四人の方が恐ろしいのだろう。何せ工業科を纏める三人と、極悪を絵に描いたFクラスなのだ。

「いや、頭上げて下さいって!もうっ、変なコト言わないで下さいよ先輩方!俺の所為で進学科に変な噂が立ったらどうしてくれるんですかー」
「えー?だってー、Sクラスの方が野蛮だしぃ」
「ハヤトとかカナメさんとか副長とか居るしぃ」
「ブラック家のお父さんも居るしぃ。ソフトじゃないよねぇ、ワイルドだよねぇ」
「ご主人様っ、声を荒げたお姿も凛々しいっス!」

茶髪の凛々しい発言にはちょっとドヤ顔を曝しつつ、見た目からヤンキーな工業科達にかしずかれるのも案外悪い気はしない。
口ではブツブツほざきながらも、中等部組の敬意の眼差しと有難うございましたの礼を受けた太陽はクールな表情で手を振り、未だ深々頭を下げている工業科達へ向き直った。

良い機会だ。
この場で少々脅しておけば、何かの時に使えるかも知れない。何せ左席委員会は危険と隣合わせなのだ。
夜間パトロールの時など不良遭遇率が高い為、ある程度顔見知りになっておけば安泰ではなかろうか。



─────にやり。



打算の電卓を弾いた山田太陽はほくそ笑み、小柄な体躯を一生懸命怒らせてから口を開き掛けた。
が、今の今まで土下座していた工業科達は勿論、ニヤニヤ笑いながら綿飴を作っていたチャラ三匹、果ては首筋の匂いを嗅いでいた変態スヌーピーまでもが痙き攣った表情で太陽から離れたので、ついぞ打算の領収書は切れないままだ。


「麗らかな土曜の朝から、随分賑やかですねぇ」

ああ。
オリンピック選手真っ青なスピードで、発明品を置き去りにしたまま逃げていった作業着達に手を振る暇もない。

ああ。
足元に倒れた茶髪と、その背中のスヌーピーを踏み付ける白い爪先が見えた。
お達者でー、と言うチャラ三匹の声に塩っぱい顔を隠せない。出来たての綿飴を片手に、カルマ特攻隊はあっさり太陽を見捨てたのだ。

「テ、テメェ…!」
「これはこれは、グレイブ=フォンナート同級生ではありませんか。ご機嫌よう」
「退きやがれぇ!ぶっ殺すぞ白百合ぃいいい!!!」
「おやおや、アメリカ空軍大佐の子息とは思えない口汚さですねぇ。お父上が悲しまれますよ?」

ビクッと震えた茶髪が悔しげに口を閉ざし、にこやかに足を離した男が無人になった露店並木道を見回し、今頃気付いたと言わんばかりに太陽を見た。

「おや、誰かと思えば山田太陽君。相変わらず本日も残念なお顔ですねぇ」
「一日や二日で顔かたちが変わったら病気じゃないんですかねー、叶先輩ー」

わざとらしいなと胡乱げな眼差しで二葉を一瞥し、太陽の足に縋り付いてきた涙目の茶髪の肩を叩いてやる。優雅に眼鏡を押し上げた男は、何を思ったのかその手で前髪を掻き上げ、空いた手で眼鏡を外した。

晒された額、左右非対称の裸眼、いつもの中性的な愛想笑いではなく、まるで日向か佑壱の様な笑み。
ぞくりと背中に走った寒気に身震いすれば、ふくらはぎにぐりぐり頬擦りしてきた茶髪が不思議げに見上げてくる。


「…不純同性交遊への処罰は後回しにしましょう」

どん、と。
太陽の背中に凄まじい衝撃が走ったのはその時だ。

「う、わっ?!」
「ご主人様っ?」

無駄な肉が一切付いていないブレザーの胸元へ飛び込む瞬間、蒼い眼差しが殺意と怯えを滲ませた気がしたのは、



「よぅ、能無しの愚弟。
  お前の愛しいお兄様が会いに来てやったぜ」


気の所為、だろうか。

←いやん(*)(#)ばかん→
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