帝王院高等学校
さりとて平凡転じて夜叉となる
『消えろブス』
『落第確定』
『鏡見た事ある?』
『馬鹿』
『無能』
『チビ』
『この世から消えてしまえ』

ドササっと滑り落ちて来た手紙の山へ、眉を跳ね上げつつ彼は呟いた。


「チビで悪かったなこん畜生」

剃刀レターなるものは有難く剃刀部分だけ切り取って、工業科所属のカルマ三重奏に売り付けるつもりだ。
内の一人が金属回収業をしているらしいので、コツコツ貯めればジュース代程度にはなるだろう。

「これ誤字だらけだし。こっちは脱字だらけ…これなんか宛名から間違ってる」

山田大陽様、と言う宛名に息を吐いた。確かに読みはこれでもヒロアキだが、点が無ければ別人だ。氷が水になった様なものである。花田太陽と言う宛名に関しては突っ込む気力もない。

「とりあえずチビっつった奴、草の根分けて捜し出す」

静かにぶち切れたらしい男の凍える笑みを見た何人かはビクッと震えた。細腕で大量の手紙と生ゴミをゴム手袋装備で抱えた所に、背後から声が掛けられる。

「時の君か?」
「え」

近場のダストシュート目がけて踏み出した足を止め、くるりと向き直れば朝日を受けて煌めく白髪。『貧乏閑無』と言う筆文字ロゴTシャツに、膝丸見えのハーフパンツと言う東雲に匹敵するハイセンスな太陽とは違い、彼はピシリとした制服姿だ。
校則に制服着用義務が無いのは知る者ぞ知る所だが、体育科や工業科、国際科の生徒以外大半がブレザーなので浮いているのは太陽の方と言える。

「あ、おはようございます、清廉の君」
「一つ尋ねるが、それは?」
「ああ、…ラブレターです」
「…」
「すいません、気にしないで下さいと言う意味で。あはは」

余り表情が変わらないクールな東條が沈黙するのに乾いた笑みを零しながら、ラブレターを目の前で捨てる訳にはなるまいと痙き攣った。この程度の嫌がらせは被害皆無と同等である。
張り込んで犯人を捜すつもりもなければ、左席権限は勿論、Sクラス権限を使うつもりもない。そもそも犯人が進学科の生徒ならSクラス不可侵には触れないのだ。あれは普通科以下の生徒に適応される罰則である。

「風紀へ届け出るべきだ、…と言った所で聞き届けるつもりはない様だな」
「俺なんかホントに可愛い方なんですって」

ラブレター発言を無かった事にしたらしい東條へ、有難く抱えていた荷物を全て捨ててからもう一度ロッカーへ踵を返す。図書視聴覚委員長ではあるが自治会役員ではない東條が、素行不良の西指宿に代わり高等部自治会を統率しているのは皆が知っているので、実際は彼の方が自治会長と呼ばれているくらいだ。
あのムカつく金髪不良会長は、着受信拒否に設定しているものの日に三回はメールが来る。毎回メルアドを変えていたり、セフレの誰かの携帯を使って掛けてくるのだ。

俊にバレれば狂喜乱舞するに違いないので、この話は誰も知らない。
と溜息一つ、不自然に盛り上がったシューズロッカーのスチールへ手を伸ばす。俊の下駄箱だ。

「ほら」
「な、んだ…それは…」
「神崎の私物が無くなったり錦織の捨てたゴミが無くなったり高野が使った割り箸が無くなったり藤倉にラブレターが届いたりするのは、まぁ、中等部時代じゃ日常茶飯事だったんですけどねー」

他人に無関心だった太陽ですら知っているのだから、僅かに眉を寄せた東條が沈黙したのは身に覚えがあるからだろう。御三家が中央委員会三役なら、カルマ四重奏こそ太陽の学年で言う四天王だった。
東條は二年御三家の三位格だ。佑壱、西指宿、東條。神威や二葉に日向、又はカルマ四人と違い、この三人の友好関係は宜しくない。

「イチ先輩…紅蓮の君が中央委員会エリアに帰らなくなったのだって、元は何年か前に襲われたからなんでしょ?」

当時、確か中一の半ばだった筈だ。
中一の時点で兄である零人の指名を受け書記に就任した佑壱が、二年に昇級する直前、当時中央委員会副会長だった高等部生徒に夜這いを受けた。

当然ながら佑壱の過剰防衛により未遂に終わったが、犯行理由の半分は零人への逆恨みだったらしい。帝君であり会長である零人が、現副会長である日向にしつこく迫っていたのは当然かなり有名な話だった。そして零人が日向に副会長職を与えたがっているらしいと言うのも、太陽は知らないが高等部では有名だったらしい。

己の立場を危うんだ生徒が、零人への恨みもあり手を出したのだろう。然し返り討ちに遭い、事件直後退学した。それによって日向が中三になると同時に中央委員会副会長へ就任したのである。
あの頃までは二葉の姿を見掛ける機会は少なかった。そもそも学園内に居たのかすら不明だ。
風紀局長に名を連ねている叶二葉は、中央委員会副会長である日向を抑え帝君の名を掲げられていて。中等部時代、掲示板を眺めては皆が口々に噂していたと思う。

例えば神崎隼人981点、嵯峨崎佑壱982点、叶二葉998点。高坂日向997点も素晴らしいのに、いつもその一歩先にあの男の名があった。
それが崩れたのは太陽が中等部へ進級した年の暮れ、いつも一位だった風紀委員長の名はそれ以降ずっと二位に収まっている。

「かく言う俺も降格生に刺され掛けた経験があるんですけど、清廉の君はともかく、いつ刺されてもおかしかない王呀の君は…」
「支持を受ける分、恨みも少なくない」

苦々しく吐き捨てた東條に、言いたかった言葉を奪われ沈黙する。太陽宛てのものより三倍は多いだろう俊宛ての嫌がらせは、大半が呼び出し状だ。ぱっと見では丁寧な文章だが、行の頭を縦に読むと『きもい奴は辞めろ』『死ねカス』『臭い息を吐くな』等々、目に余る悪口になる陰険なものも多い。
上靴を埋め尽くす鳳仙花の花束に、メガネーズの宰庄司が珍しく声を荒げた事があった。花言葉は『私に触らないで』、流石に開いた口が塞がらない。

当の本人は花束に甚く感激し、枯れるまで教室に飾って花瓶の水を換えていた。

「風紀には」
「生憎、会長自体がこれを嫌がらせだと認識してないんですよねー。打たれ強いのが外部生の必須スキルっつーか」
「それなら、俺から言えた義理ではないか」
「あのっ」

拾い集めた手紙を抱えたまま背を向けた男を呼び止め、ずっと気に掛かっていた事を聞こうか暫し迷う。

「何かあるのか?ああ、破棄するのが不都合なら返そう」
「いや、そうじゃなくて、それは捨てて貰って構わないので」
「判った」
「っ。清廉の君は、『オーガの隣』だったんですか?」

緩く振り返った東條の、エメラルド染みた双眸が瞬いた。

「王呀の隣…には、違いない。俺はいつも三位だ」
「だったら!」

目だけで力を貸してくれと伝える。東條は自治会役員ではないのだから、左席所属に何の問題もない。そもそも左席は非公開制だ。不味いなら公表しなければ良いのではないか。

「…残念だが、俺にはもう枷が与えられている」
「え?」
「今朝付けで、…高等部自治会副会長に就任した。俺は中央委員会の駒だ」

何の感慨もなく呟いた東條の右中指に、煌めくシルバーリング。見開いた目が痛い。昨日の二葉の言葉を思い出し、まさかと口元に手を当てる。

「まさか、全部?じゃあ、昨日のアレ…」
「薄々感付いていた事だが、どの途、前クロノスが退任した時点で俺は役目を失っていた」
「でも神崎は、」
「オーガの隣、は。セーガの隣ではないんだ」

ああ。
王呀と星河。文字だけなら似ても似つかない二つが、音にすればまるで双子の様に聞こえる。

「星河の君には、最後まで俺は信頼するに値しない駒だったらしい」
「…」
「この指輪があろうが無かろうが、俺は今のクロノスに従属する気はない。勘違いしないでくれ」
「桜が」

泣いていた友達、ルームメートの優しい友達を思い浮べる。彼は言った。あの時、泣きながら。

「貴方は何が起きても絶対に、手を貸してくれない筈だって。自分が居る限り近付くのも許されないって」
「…下らない事を」
「何でですか!アンタっ、昔は教室まで桜を迎えに来てたでしょうが!」

初等部に外部入学した頃、物珍しい太陽を皆が遠巻きにしていた。教師までもが探り探り、初めて話し掛けてきたのは桜だった。

安部河桜です、宜しくね。

嬉しかった癖に元来の人見知りが災いして、宜しくと言うのが精一杯だった気がする。
余り話す暇なく、一学年上の東條が迎えに来たのへ駆け寄っていった桜とは、クラス替えで以降同じクラスになった事がない。再会したのは中等部だが、その頃にはその時の事など互いに忘れていた筈だ。

「二人の話に首突っ込むつもりはないんですけどっ、一概に桜が悪いなんて思えない!アンタに迷惑掛けたくないからって、委員会にも行かないんですよっ?桜は責任感が強いからっ、きっといっぱいいっぱいな癖に…っ!」

いや、太陽の方はしっかり覚えていたけれど、相変わらず東條と昼食も登下校も一緒だった桜に話し掛ける機会は無かった。二年に進級してからは人間不審に陥り、周りを一切除外してきたから尚更だ。

「アイツは優しくて大らかで真面目で、いい奴だっ。だから言わせて貰いますっ、話くらい聞いてやってもいいんじゃないんですかっ?」
「君には無関係だろう」
「全く無関係なつもりありませんっ。俺は左席副会長で、クラスメートでっ、桜の友達、」
「一度。言わなかっただろうか?」

静かに深い息を吐いた東條の双眸に冷たさが帯びる。怯んだ太陽に反論する間を許さず、

「他意はない。誰が善悪だと言うのでもなく、気に喰わないだけ。いつまでも馴れ合いが必要な子供じゃないだろう、俺も君も、…あれも」
「そ、んな」
「今度こそ失礼しよう。…ああ、星河の君には是非とも委員会へ足を運ぶよう伝えて欲しい」
「っ。貴方は!清廉の君っ、いや、東條先輩っ!貴方は桜に何が起きてもそうやって背を向けるんですかっ」

ロッカーを殴り付けた。去りゆく背が振り返る気配はない。苛立ちは焦燥感を伴い、殴り付けたロッカーが桜のものだと気付いて慌ててスチールを撫でる。

「…あ、れ?」

スチール扉の下から紙切れの様なものがはみ出していた。勝手に開くのも拒まれ、キョロキョロと辺りを見回してからその紙切れだけ引き抜く。
ぐさり、と。指先に鋭い痛み・ゴム手袋がすっぱり破れているその下、人差し指に黒い線が走っているのを見やり、首を傾げながら紙切れ…いや、白い封筒を見た。
無記入無記名の真っ白な封筒は封がしていない。明らかに不審だと眉を顰めながら、心の中だけで桜に謝りつつ中身を覗き込む。


「─────何だよ、これ」

剃刀の刃がびっしり貼り付けられた純白の便箋に、錆色の文字で一文字。


“殺”


「ひど、い」

近頃酷く顔色が悪いルームメートを思い出した。いつもびくびく辺りを警戒している桜に、何故。もっと早く気付かなかったのだろう。

酷い。
余りにも、酷過ぎる。
あの優しい人間はこれをどんな気持ちで読んだのだろう。包丁で切ったと朗らかに笑いながら、日に日に指先の絆創膏を増やして行った、あの子は。

何をしたと言うのか。
桜は何もしていない。左席へ勧誘したのは紛れもなく自分達で、曖昧な役職しか与えていないからこそ、隼人達みたいに目立たない桜だからこそ。もっと気に掛けてやらなければ行けなかった筈だったのに。

「クロノスライン・オープン」
『コード:アクエリアスを承認、ご命令を』
「キャノンゲートから昇降口までのセキュリティ画像を俺のカードに送って欲しい。時間帯は午前零時以降、午前9時まで」
『期日をご命令下さい』
「ここ二週間分、…映り込んでる人間の学籍番号と名前も判ればもっといい」
『ID照合にはマスター権限が必要です。直近二週間、午前零時〜午前9時までの監視映像を送信致します。…2%………12%』

脱ぎ捨てたゴム手袋、無意識に舐めた指先は鉄錆の味がした。ああ、そうか。何かが可笑しい気がしたのは、これか。

「もしもし、俺だけど。ちょっと頼みがあるんだよねー。ああ、うん。お前さんにしか頼めないんだ」


苛々する。
何故こんなにも苛々するのだろう、コカコーラの自販機が黒いくらいで、何故。



「頼むよ俊、
  ………八つ裂きにしたい奴が居るんだ。」

苛立ちと怒りが眼球の裏を圧迫し、泣く間際の様な熱を、少し。

←いやん(*)(#)ばかん→
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