帝王院高等学校
鬼畜陰険集中豪雨、時々浴衣萌え
さらりと流れる長い黒髪を靡かせ、全身黒づくめのスーツで身を包んだ男は、その上に羽織った黒いコートを翻しながらサングラスを外した。

「…ふん」

見上げる程に巨大な白亜の建物が遥か向こうに見える。ジャージ姿の生徒ら、恐らく体育科だと思われる少年達はポカンと口を開いたまま硬直している様だ。

「相変わらず、仰々しい学園だ。俺が通っていた頃より派手になってんな」

外したサングラスを優雅に胸元のポケットへ差し込んだ男は、眩ゆいばかりの美貌に不敵な笑みを一つ。恐らくラジオ体操の途中だろう硬直したジャージ達を流し見るなり、美しい微笑へと刷り変えた。

「そこのチンカス共、うちの愚弟を呼んでこい」
「…」
「おい、聞いてんのか?大先輩舐めてっとお飾りの耳引きちぎんぞ、ああ?」

腰に手を当て、日向すら凌駕する傲慢な態度で吐き捨てた男に、全ての少年らが怯んだ。何かの見間違いだろうかと頻りに瞬いては、晴れやかな微笑を絶やさない男に頬を染めている。

「し、白百合閣下じゃないのか?あれ」
「でも白百合様より大きい気がしないか?」
「この間の測定で白百合様は181cmだったぞ」
「白百合様より美しい…」
「馬鹿言え!白百合様の方が素敵だ!」
「閣下こそ我が命ッ!」

こそこそ囁き合う少年達に笑顔のまま近付いた男は、その優雅にして長い足を振り上げ、転がっていたサッカーボールをこそこそ逃げ掛けていた教師の背中にぶち当てた。

「ぐわっ?!」
「坂下じゃねぇか、何こそこそ逃げてんだテメーは?」
「に、逃げているなんて、は、ははは、嫌だなぁ、………黒椿の君…」
「進学科のケツから数えた方が早ぇ馬鹿が、一年保たず降格して曝し者になってんのを助けてやったのは誰だったか…忘れてやがるみてぇだが?」
「は、はっはっはっ、忘れる訳がないじゃないですかっ、…っ、親王陛下!!!」

ざわざわと生徒達が騒めいた。
鬼教師が実は降格していた事実もそうだが、目の前の男が中央委員会長の冠名で呼ばれている事に驚いた方が強い。

「苛められておめおめ泣いていた元同級生の可哀想な君をー、有り余るセントラルマスター権限でー、助けてやったのはー、誰だったかなー?」
「そっ、そんな大きな声で…っ」
「…誰だったかって聞いてんだよ」

笑みを消した男の黒い長髪がゆらめいた、気がする。痙き攣った教師は厳しい顔を歪め、今にも泣きそうな表情でゴツい体を丸めるなりスライディングせんばかりの土下座だ。

「37代中央委員会生徒会長であらせられた、叶文仁様ですぅうううっ!」
「だったら君は何で逃げようとしたんですか?元黒椿親衛隊長の坂下君」
「ひぃいいいっ、お許し下さい陛下ぁあああっ、ボクが間違ってましたぁっ!うっうっ」

げしげし晴れやかな微笑を絶やさない男は長い足で土下座する教師の頭を蹴り付け、興味が無くなったのかバサリと翻したコートの埃を払う。

「さてと、で、うちの出来損ないは何処だ。風紀局長なんざやってるっつーのは調査済みだがな」
「彼は中央委員会の会計を兼任、」
「この俺の弟がンな遣いっ走りやってるっつーのか、ああ?」
「ひぃいいいいい、すみませんすみませんすみませんっ」
「頭が良過ぎて中央委員会なんぞには勿体なかった兄さんは茶道部長だったんだぞ、あ?出来が悪い俺には中央委員会長くらいしか務められやしなかったがなぁ、冬臣兄さんは園芸部長までやってたんだぞ、ああ?」

ブラコンの足蹴にされている教師は泣きながらすみませんを繰り返すしかない。大好きな兄が「生徒会なんか面倒臭い」と言う理由で園芸部を創設したのを知らない様だ。

「ああ…」

鬼畜は相変わらず教師を踏み付けながら、うっとり頬を弛め、

「アジアの…いや、世界の宝である冬ちゃん…。せめて俺がもう少し賢かったら結婚してくれたんだろうに。神はなんて無慈悲なんだ」
「恐れながら陛下…っ、兄弟は結婚出来ませ、ぐわっ」
「俺がIQ200しかない馬鹿だから、言う通り17で孕ませて18で馬鹿女と結婚したのに、プロポーズに応えてくれないんだね…」
「ごわっ、ぐっ、ごほっ、ぐはっ!」
「ああ、それとも俺が兄さんより大きいからかな。だったら足切り落とすから結婚して欲しい。綺麗だって誉めてくれるから25年殆ど切ってないのに…」

さらりと流れる長い黒髪を掻き上げた男は、見る者を惑わせる憂い顔で、屍と化した教師から足を離した。

「ゲフッ」
「せっ、先生ぇえええっ」
「坂下先生ぇえええっ!!!」
「まぁ良い。で、頭も顔も悪いが性格は甘ったれたうちの愚弟は何処だ」

踏ん反り返った美貌の男に恐怖で固まった生徒達は、頭も顔も悪いと言う彼の弟の名前を聞くなり全力疾走で逃げ出したと言う。


「叶二葉っつー出来損ないを知ってる奴は引き連れてこい。お兄様がお待ちだってなぁ」

哀れ、土下座のまま屍と化した教師は、ド鬼畜ドSの椅子へと生まれ変わったらしい。











「ようこそセントラルへ、黄昏の君?」

日向の部屋の寝室。
キングサイズのベッドの真ん中が、ブランケットの山を築いていた。

「好い加減機嫌を直して頂けませんかねぇ、ファースト。何も彼に悪気が有った訳では無いのですから」
「…悪気があったら殺してる!」

ブランケットに潜り込んで出て来ない佑壱に、ミネラルウォーターのボトルから口を離した日向が濡れた髪を片手のタオルで拭いながら息を吐く。

「放っとけ。それより二葉、テメェ昨日はよくも逃げやがったな」
「おや、逃げるとは聞き捨てならない」
「俺様がどんだけ苦労したと思ってやがる。…帝王院の野郎がシカト扱いたら、朝まであのまんまだったんだぞコラ」

幸い、怪我人もなく大した騒ぎにはならなかったものの、普段は生徒登校後か長期休暇時に稼働させるシステムである。セキュリティが発動するものの、区画ごと建物の全てが動く大掛かりな仕掛けは、慣れた業者ですら度々怪我人を生じさせていた。

「被害が無いなら良いではありませんか」
「殺すぞテメェ」

特にシャッターで挟まれたやら、切り離された廊下から転落したやら、命の危険に迫られる災害が多い。
ルービックキューブの様に区域区域を移動させるには、頭が狂う程のシステム言語の羅列を操作する必要がある。初期のシステムより機能を増やしている分、今の仕組みは複雑だ。寮はまだ良い方で、地下まで稼働する校舎は学者ですら数日必要な程の面倒が掛かる。

「コール一つで解体出来るっつーのに、再構築にゃ三時間は懸かるんだ。マジで一度死んでこい」
「私なら一時間足らずで再構築する自信があります」

その為に校舎は基本的に全分解は不可能で、区域ごと入れ替える程度の処理しかしない。中央委員会長が優秀な頭脳を備える必要があるのも、主にこのシステムが原因だ。
数学の天才と名高い二葉だからこそ、物の数分でエリア組み換えを済ませられる。どの教科も平均的に出来る日向より、理数だけで基礎点を稼ぐ二葉の方が有利なのだ。

「然し流石陛下、発動から20分も懸からずに強制合体なさるなんて。ああ、我が神に幸あれ!」
「死ね死ね死ね死ね死ね」
「どうせ俺には一年あったって直せない…」

布団の中からくぐもった声が漏れる。今日もピシリとはめた手袋で眼鏡を押し上げた二葉を横目に、殆ど空のペットボトルを盛り上がったブランケットへ投げ付けた。

「いつまで俺様のベッド占領してやがる。好い加減出て来い」
「どうせ九九の8の段から怪しい俺には十年あったって直せない…」
「アハハハハ、8×3?」
「………ハッサン、……………24?」

当たりですと手を叩く二葉は今にも爆笑しそうな勢いだ。ちょろりと布団から顔を出した佑壱が得意げに目を細めたが、解答までの長過ぎる間に頭を抱えている日向を見るなりムッとしたらしい。

「テメー高坂糞ハゲ、ハチロク」
「48」

雷に打たれた様な表情で日向を凝視する佑壱に、二葉の爆笑が弾けた。

「12×12っ」
「144」
「42568+22465−51458はっ?!」
「はぁ。13575だろ」
「ちょ、ちょっと待て。今から確かめる」

携帯をパカッと開いた佑壱に、二葉がバシバシソファーを叩きつけた。深い溜息を吐いた日向が、部屋の片隅にあるモニタへ目を向ける。
どうやら通信要請らしい。

「ほ、本当に合ってる…」
「アハハ、アハハハハ!」
「高坂の癖に高坂の癖に高坂の癖にぃいいいっ」
「アハハハハハハハハハ」

涙目でバシバシベッドを殴り付ける佑壱と、涙目でバシバシソファーを叩きつけまくる二葉、部屋の主は耳を塞ぎながら通信要請に応答するなり痙き攣った笑みを滲ませる。


「…判った、すぐ行かせる」

判っていた事だが、『漸くお出ましか』と言うのが本音だ。

「二葉」
「アハハ、どうか、し、しましたか、高坂君?アハハハハハハハハハ」
「笑ってる場合かよ。…真打ちのお出ましだぞ」

ぴたりと笑みを止めた二葉がずれた眼鏡を押し上げ、ゆらりと立ち上がった。能面染みた無表情からは何の感情も読めない。

「おやおや、思ったより早かったですねぇ。腰の重いあの男が、わざわざ関東下りまでやって来るとは思いもしませんでしたが」
「保護者だから、だろ」
「実の娘は可愛いと?まさか、あの冷血陰険男にそんな殊勝な親心なんかありませんよ。グレアムに睨まれたくないと言った所でしょう」

つかつか戸口へ真っ直ぐ向かう二葉に、叶一門最強と謳われている男を思い浮べた日向が小さく舌打ちする。
何度か顔は合わせているが、あの男は日本極道最大派閥の組長である日向の父親の、一応ボディーガード長である筈だ。が、実際は一企業の会長職が表向きの役職であり、そちらには足を運ぶが高坂の家には全く姿を出さない。

毎日プライベートヘリで京都から東京まで通っていると聞いたが、真偽は闇の中だ。


「…兄弟喧嘩は敷地の外でやれよ」
「判りました、─────殺って来ます」
「冗談だっつの!穏便に済ませろ馬鹿が!」
「はいはい」

ひらひら手を振った二葉の背中からは、その表情を読む事は出来ない。
但しいつの間にか布団の中から出て来ていたらしい佑壱は、ローテーブルの上のサンドイッチを勝手に貪りながら、

「珍しくビビってんじゃねぇか、叶の癖に」
「ビビってる?」
「さりげなく太股の辺り確かめてただろ。ありゃコルトポケットだな。22口径は殺傷能力に欠けっから、護身用にもなんねー」
「…良く判んな」
「テメーは32口径持ってんだろ、いっつも」

なけなしの眉を跳ねた佑壱が、鼻で笑ってから口元のパンクズを指で拭いつつ、

「007じゃあるめぇし、ワルサーだったら笑ってやらぁ」
「ブローニングだ」
「はっ、…殺す気満々かよ」
「生きるか死ぬかの生活だったんだ、…ステイツもあんま変わんねぇだろうが」
「少なくとも身内から狙われる事ぁ、無かったぜ。…いや?いや、やっぱ無かった…筈だ」

何か引っ掛かるのか考え込む佑壱に、真新しいタオルを投げ付けた。

「とっととシャワーでも浴びてこい。飯喰うなりグースカ寝転けやがって、あのまんま放り出してやりゃ良かった」

顔面キャッチを果たした男が喚く前に巻いていた腰のタオルを剥がし、制服ではなく部屋でしか着ない服を取り出す。

「テメーっ、……………あっ、ブロンド…」
「何処見てんだテメェは」

一瞬怒りで目を吊り上げた佑壱がタオル片手に日向の股間をしげしげ凝視したが、日向がばさりと羽織った山吹色の衣を見るなりビキッと硬直した。

「何だ?キメェ面しやがって」
「きっきっきっ、…着流し?!やっぱヤが付く商売だからっ?!裏ヤ王だからか?!」
「阿呆か、ただの浴衣だボケ」
「─────ゆ、」







浴衣モエー



…と言う悲鳴が某副会長室から響いたと証言する者が居たらしいが、何しろ目撃者が居ないので真相は定かではない。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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