帝王院高等学校
受け受けしい男子が意外とモテます
所で話は余りにも擦り変わるが、某腐男子が唇を奪われながらうっかり目を開けていた。とか何とか、ちょろりと流れ落ちた鼻血にはまだ誰も、本人ですら気付いていない。


若葉納豆ボーイ、少々臭い言い方をした所でチェリー腐男子の脳内は余りにも腐っていた。それこそ匂い立つ程に。

うっかり雄の本能を発揮した腐男子若葉マークLv.1、本番は知らずともキスだけはもしかしたなら世界で二番目に巧いのかも知れない。
何せあらゆる才能に恵まれた神威に出会った日からほぼ毎日吸い付かれているのだ。

で、ばっちり開いた吊り上がり気味の双眸、その下では赤い汁をぼたぼた垂れ流れしながら、目の前に広がる光景を瞬き一つせず睨…ではなく、凝視している。

「むにょ、むむむ、ぷはんっ、むにょ」

曰く、何だか自分がセクハラをしている様な気になって来た。らしい。
誤解がない様に追記しておくが、尻を怪しく這い回る手は俊のものではなく神威のものである。

だが然し、それこそほぼ毎晩、寝呆けている主人公の尻やら乳首やらを触りまくっている神威のお陰で、違和感を感じなくなって来たのか、鼻血を垂れ流す俊が神威をぱちんと引っ叩く様子はない。


「む、ぅむっ、ぷはんっ、ふむむっ、むにゅ」

伏せられた灰掛かる睫毛が色っぽい。
度を超した美形の癖に普段はもっさり黒髪のコスプレ姿が目立つため忘れ掛けていたが、やはり神威は神威なのである。十代には思えない口調と欠片もない協調性で殆ど友達が出来ない様だが、素顔を知っている一年Sクラスには何の問題もない。様に見える。

隼人や要クラスの美形で慣らされてきた生まれながらの帝王院生である彼らは、担任が東雲でついでに零人、佑壱にも慣らされてきたのである。共学制も含まれる分校から昇級してきた生徒も見られるので、皆が皆、ホモ嗜好に犯されている訳でもない。
但し過半数が腐菌に冒されている気がしなくともない、が。


最近、日刊一年Sクラス小冊子の編集係が誕生した。
総監督は帝君である腐男子だが、夜中に届く原稿のデータをパソコン校正する係は近頃連日徹夜中の赤眼鏡、自称天の君親衛隊長・メガネーズレッド=溝江。
完成原稿をコピーしまくる係は相方の宰庄司、一人部屋である彼らが最近同居を始めたのは、宰庄司の部屋に大型複合機を設置したからだ。日刊一年S組はメガネーズの尽力により発行されている。

尚、土日祝日は休刊日である。
朝9時、進学科登校時間ギリギリまでホッチキス作業をクラスメートである有志数人と終わらせ、ドキドキしながら帝君部屋をノックする。
大抵、朝の帝君部屋にはカルマの誰かが居たが、怯まず刷り上がったばかりの小冊子を差し出せば、晴れやかな笑顔の俊にハイタッチして貰えるのだ。そして紅蓮の君お手製サンドイッチ付き。

日刊一年S組は、腐男子のハイタッチと佑壱のサンドイッチを目的に、一年進学科の皆で作られているのである。まる。


話が変わり過ぎた。失礼。



「カイちゃん…」

垂れ流し続けた鼻血で、カップ麺の蓋に鼻血の湖を築いた頃。脳内で白鳥の湖が流れ始めたオタクは、うっとり瞬きながら囁いた。

「襲い受けみたい、にょ」

赤い神威の唇を見つめながら、だ。

「どうしましょ、カイちゃんが男前健気受けスキルを発動するなんてっ!ハァハァ、今日のブログはチャラ風溺愛攻めモテキングさん×美人男前健気襲い受けのカイちゃんで文字数制限越えそうな予感っ、ハァハァ」
「俺様攻めの頂きは果てしなく遠い」
「ささ、ブログは後にしてお湯入れてくるなりん。昨日お風呂入ってないから、シャワーするにょ」

爽やかに鼻血を拭いながらぷりぷり尻を振り、キッチンに消えた俊を見送った男は膝を抱えんばかりに肩を落とす。

「いかん、このままでは俺様攻めには程遠い。何故だ、NYならば斯様な失態は無かった」

アメリカンな彼の下品な英語は、主に夜遊びから学んでいた。昔から老けていた神威と二葉のモテ武勇伝は尽きないが、興味がある事にはとことん追求心を燃やす神威の女性遍歴は凄まじい。
たった数年で飽きる程にはモテ過ぎた神威には、セックスドラッカーと言う喜ばしくない呼び名があるとかないとか。あらゆる才能に恵まれた彼とのアバンチュールは依存性がある麻薬の様だ、と言うのが由来だろうか。

然し若葉マークの腐男子には全く効いていないのだから、中央委員会長の肩は益々落ち込む。

「カイちゃーん、今日はお味噌汁が吹き出してるにょ!ワカメちゃんが蛇口に詰まってますっ、どーしましょ!」
「そうか」
「あっあっ、………ほにょーん!」

ブシャアアア!
と言う、パイシーズ噴水以上の水爆音と俊の間延びした悲鳴に、珍しく狼狽えた神威がリビングのクッションで丸まっていた白猫をうっかり蹴り飛ばしなからキッチンへ駆け込めば、


「お味噌汁のシャワーなりん」

スープバーの蛇口からシャワーの様に噴き出した味噌汁が、もっさり黒髪を濡らしていた。
それこそ若芽の様な黒髪を、だ。


「…」
「…」
「…実はお湯と間違えてラーメンにお味噌汁注いじゃったなりん。気にせず食べましょ、そーしましょ」
「入浴が先だ」
「このニューヨーカーめぇえええ、そーしましょ」

若芽の味噌汁が配送停止になったのは言うまでもない。








「お味噌汁は玉ねぎと卵のお味噌汁じゃなきゃ、やーよ」

ふんぞり返った人が顎をつんと反り上げ、朗らかな朝の日差しを浴びている。沈黙した黒服の背後で愉快げに肩を震わせた男は、よれよれの白衣を纏うこの病院の若き院長へ向き直った。
口元に手を当てながら、

「話には聞いていたけれど、勇ましいお姉様ですね。遠野院長」
「か、返す言葉もない。何と謝るべきか…」
「謝る必要なんかないわよ、アンタ馬鹿なんじゃないの直江」

ガンッ、と。
黒服の男達が運んできた朝食が湯気を発てるテーブルを細い足で蹴り付けた人は、年齢不詳の可愛らしい顔に恐ろしい笑みを滲ませる。
ほぉ、と感嘆めいた溜息を零した男は口元から手を離し、着物の襟を整えながら絶えない微笑を深めつつ、

「流石、あの方の才妻でらっしゃる」
「はァ?」
「私は今年、35になりましたがねぇ。高校までは帝王院学園に通っていました」

金持ちかよ、と、酷くどうでも良さそうに吐き捨てた人は胃を押さえる弟を横目にそっぽ向いた。無視されている事には全く構わない男は着物の袖口に手を差し入れ、

「因みに大学は東京の国立へ進みましたけどね」
「あーそー、東大っつー奴か、東大元暗し。俺ァドイツ留学で医学部飛び級卒業してから慶応に一年居たけどねィ」
「素晴らしい学歴だ」
「はっ、日本最高峰の東大出身に誉められても。スキップした若造なんか、頭の堅い日本医師連盟は鼻にも掛けやしない」

やさぐれモードらしい人は長い髪をガシガシ掻き荒らし、ふんと鼻息も荒く、一言。

「所詮、親父のコネがなきゃ研修すら満足にやれやしねェのさ」

青冷めていた弟が怯んだ様に唇を震わせる。腕も頭も姉には何一つ適わなかった彼は普通に日本の医学部を卒業し、様々な病院を梯子研修してから亡くなった父親の跡を継いだ。
その頃には出産していた姉は医療界からも家族からも遠く離れ、実家に何の連絡も入れず半ば駆け落ち同然の生活をしていた。何せ相手が年下も年下、高校生だったからだ。妊娠していると聞いた時の父親の怒声は今も忘れられない。

「それでも貴方は、妹を救おうと尽力して下さいました」
「…妹ォ?」

瞬いた人が漸く窓辺から目を離す。冗談か誠か、彼女は記憶退行しているらしい。自分を研修医だと思っていると聞かされた弟の心境は、いつもと何ら変わらない姉を前に今も疑心暗鬼だ。
あれだけ仲睦まじい旦那の事も、息子の事も。覚えていない、なんて信じられる筈がない。

「叶貴葉を覚えてらっしゃいますか?忘れてらっしゃるかも知れませんね」
「かのう、たかは…」
「生きていたなら28歳になっていたでしょうか」

懐かしげに目を細めた男に、聞き覚えがない院長も玉ねぎと卵の味噌汁を運んできた黒服達も困惑げだ。呟いてから考え込んだ女性は、眉をきゅっと寄せたまま顔を上げようとしない。

「貴方に似て、勇ましい自慢の妹でした。ああ、そう言えばあの直後に同級生が失踪したんでしたか。彼にだけはついに一度も成績で勝てなかった。私はいつも次席で、」
「…」
「失礼、つい話が逸れてしまう。…あれはもう20年近く前になります。私は当時、帝王院高等部の二年生でした。貴方は恐らく新人研修医として奔走されていた」
「…」
「当時、うちの家は些細な経営理念の相違で分家筋から睨まれていましてねぇ。末の弟を身籠っていた母が、小学生だった妹を連れて久し振りに面会に来たんです」

ゆったり、ゆったり。
言葉で遊ぶ様に喋るのは、歴史深い京都の血が成すものだろうか。相変わらず笑みを湛えたまま、表情を変えない男は優雅に首を傾げ、

「然し、別れの間際。母を狙った者から銃撃を受けた。私も4つ下の弟も、車へ乗り込もうとしていた母を守る事は出来なかったのです。あのままでは母は勿論、胎内の弟も亡くしていた筈だ」

サラサラ、僅かに空いていた窓から生暖かい風が吹き込む。ああ、今日は良い天気だなどと呑気な台詞は誰も口にしない。

「お転婆でこましゃくれた妹でしたがね、小さな体で銃弾の前へ勇敢にも飛び出しました。身動き出来なかった愚かな兄二人の前で、それはもう、勇ましく」
「…」
「犯人はすぐに取り押さえられた。然し二発の狙撃を受けた妹は、搬送された病院で亡くなりました。最後まで笑いながら、いつもは物静かな母が取り乱すのを穏やかに見つめながら。妹でも弟でも『二葉』と呼ぶんだと、可愛い赤ちゃんを貴葉から文字ってそう呼びたいのだと、笑いながら、眠る様に」

人生最大の汚点です。
最後に囁きながら、然し笑みを絶やさない男は頭を下げた。

「前院長は助からないだろうと仰いました。それでも私も下の弟も、母も。無理に手術をお願いした。それでも渋る院長に、執刀を促したのは…貴方です」
「覚えてない」
「有難うございました」
「覚えてないっつってんの。…どっちにしろ、助からなかったんなら意味ねェだろ」
「ゴッドハンド。神の手を持つ遠野龍一郎を借りても助からなかったなら、諦めが付く。母を庇う事も妹を助ける事も出来なかった愚かな兄としては、救われたんです。まぁ、産まれてもいなかった末の弟は自分を責めている様ですがねぇ。ふふふ」
「あ?」
「あの子は私達とは違って優しい子なので、素晴らしく愉快な勘違いをしている様です。お馬鹿にもぐるぐる考え込んでは悩んでいる顔が、こう、色っぽいと言うか。可愛くて堪らない」
「…どっちが馬鹿だ」

吐き捨てた人がテーブルを叩き付けながら立ち上がり、入り口を塞ぐ黒服をギッと睨み付けた。

「退け、俺がインターンじゃねェっつーなら、これ以上此処に用なんかない」
「で、ですが、」
「退け、っつってんだ。…優しく言ってる内に退けや、馬鹿者が」

ボキボキ、およそ女性が発てる拳の音ではない。痙き攣った黒服達が構える前に、別室へ続く扉が開いた。

「待たせて済まないな、俊江君」
「…ちっ」
「簡単な検温だけなんだがね、『仮病』で引き籠もり続けるには色々面倒な手続きが要る」

こちらは愛想笑いの欠片もないロマンスグレーである。舌打ちした人は握り締めていた拳を解き、苛立たしげに弟の脛を蹴り上げた。

「のわっ、ボキッって言った!」
「邪魔だ直江、引っ込んでろ。老けて益々トロ臭くなってんじゃねーかァ?タコ」
「うっうっ、最近は女らしくなってきたと思ってたのに!姉さんの馬鹿ァ!」
「あ?お主その喧嘩買うぞコラ」
「うっうっ。義兄さんに告げ口してやるぅううう!!!うわーん、和歌ァ、舜んんんっ、お父さん強くなりたいよー!!!」

泣きながら駆け出して行った院長に、鼻を鳴らした姉と爆笑中の和服以外の塩っぱい目が注がれたらしい。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!