帝王院高等学校
めげないのはドMの長所さオーライ
「局長ぉおおおっ」
「我らが白百合様は何処じゃあ!!!」

近頃、風紀委員会で超一級指名手配生徒に指定された某一年首席の影響からか、品行方正な風紀役員達が熱血に叫んでいた。
余りにも暑苦しい光景に、高等部自治会室で後片付けをしていた罪無き生徒が震え上がり、読んでいたらしい書籍をパタリと閉じる。

「お役目ご苦労様です。自治会に何かご用でしょうか?」
「王呀の君は居られるか!一大事なのだ!」
「白百合の姿が見えないので、王呀の君の尽力を賜りたい!」

風紀役員の過半数、特に二・三年生はほぼ全てが白百合親衛隊だ。然もドM集団で、元々ノーマルな人間でもあの鬼畜オーラにやられ半年も待たずマゾに生まれ変わる。
生まれ変われなかった人間の末路は神経性胃炎だ。残った真性マゾ達の八割が暑苦しい体育会系で、それが胃炎の驚異から身を守っているのかも知れない。

「お恥ずかしい話ですが、西指宿会長が自治会室に来る事はまずありません。それに、あの攻めにも受けにも分類し難い白百合閣下には、」
「何?セメ?」
「責めと言ったか?」
「いえ、うっかり失言を。どうかお気になさらず」
「熱湯責めなど修行が足りない俺にはまだ早い!」
「そうだ!煎茶責め止まりだからな!」

しゅばっと拳を握り唾を撒き散らしながら叫んだ二人に、笑顔で硬直した罪無き高等自治会役員は、ぱちぱち瞬いてから意味もなくネクタイを締め直した。

「つかぬことを聞きますが、煎茶責めとはこれ如何に?」
「知らんなら教えてやろう。風紀室及び懲罰棟には、二十四時間煎茶が循環している」
「毎朝我らが白百合様の手ずから淹れた煎茶を急須ごと失敬し、専用のティーサーバーでその日の煎茶の濃度を自動算出した上で、同じ濃度の茶を大量生産しているのだ!」

余りにも突飛した話に付いていけなかったらしい彼は、近場の電話機から受話器を取り上げた。

「だが然しっ、失敬していた事がバレて以来、白百合様のご命令で毎朝100リットル沸かす事になってしまったっ!」
「翌朝までに飲み干さねば、翌日の急須を調べさせて貰えないのだっ!」
「うーん、やっぱり部屋には居ないみたいだなぁ。王呀の君のセフレリスト何処にやったっけ、僕」
「然し20人に満たぬ高等部風紀では一人辺りのノルマが五リットルだ!五リットルの熱い煎茶は実に厳しいっ」
「白百合様のお茶に氷を入れる訳にはいかんっ!暫くは中等部風紀並びに職員にも協力願っていたのだが、それもバレて今や毎朝300リットルっ!」
「あ、もしもし。僕は高等部自治会の生徒書記なんですけど、八代楓君のお部屋ですか?」
「そこで我々は考えた!白百合様にバレ難い協力者をっ!」
「それが校則違反者として謹慎の身ばかりが住まう懲罰棟なのだっ!」
「え?辞めた?辞めたって、学園を退学したって事ですか?ああ、そうですか。これは失礼しました、では。あ、ついでで悪いのですけど、王呀の君のセフレ…失敬、親衛隊長をご存じありませんか?」

ぜいはぁ肩で息をする風紀委員らは、当の自治会役員が話を全く聞いていない事に気付いて巨体を丸める。ぽっと恥ずかしげに頬を染めて、通話が終わるまでもじもじしていたらしい。
気色悪い話だ。

「お話中、失礼しました。王呀の君の居場所が判らないので、回線を開きたいと思うんですが…」
「頼む、早々に局長と連絡を取りたいのだ」
「風紀初の一大事なのだ。手を貸して欲しい」
「そうしたいのは山々なんですが…コトの最中だったら、少し不味い事に…」

歯切れが悪い役員相手に、立場的には対等である風紀役員達ががばっと土下座した。びくっと震えた自治会役員がボソッと「暑苦しい」の一言。手厳しい。

「頼む!このままでは風紀委員会初の進退問題に迫られてしまうっ!」
「存続の危機なのだっ!ああっ、美の神よ!我らが白百合閣下に幸あれっ!」
「進退問題?存続の危機?」

遂には泣き出した二人に、彼らより遥かに小柄な彼はやれやれと肩を竦め、巨体が土下座した際、ぶつかったデスクからバサリと落ちた書籍を拾う。

何処かで見た小冊子だ。
片面印刷の袋綴じで、かなり分厚い冊子である。
表紙には『今日のイケメン』『今日からヤ王−完全版−幻の16話大幅加筆修正』『大人気連載・デコメモリアル』『第一回☆帝王院ベストカップリング投票結果発表』『ダサのめ先生の私服コーディネート』『第三回カイカイのコスプレフォト』『コラム・これからのBLを考える』と、フルカラー印刷されている。

…何かのファッション雑誌の様な煌びやかさだ。

「それは…?」
「日刊一年S組?」
「気にしないで下さい。後輩からコピーして貰ったものなので」
「我々は三年Sクラスだがそんなものは見た事もない」
「二年も発行しているのか?」

曖昧に笑って躱した彼は素早く小冊子を引き出しに直し、何事も無かったかの様に背を正した。

「それより、一体何があったんですか、先輩方。自治会より中央委員会に近い風紀存続の危機だなんて…」
「きっ、聞いてくれるか?!最早我々だけでは事態が重過ぎるのだっ」
「天の君だけならずっ、よりによって我らが神帝陛下までも連行するなどっ!あるまじき失態に血を吐きそうだっっっ!!!」

瞬いた罪無き、腐疑惑の自治会役員は、みるみる内に事態を把握したのか、輝かんばかりの笑みを浮かべ足早に走り去った。

「何をしているんだ、そこで」

それに気付かずゴロゴロ床を悶え転げていた風紀二名は、不審者を見る目の東條に咎められるまで悶え続けていたと言う。











「しっ、しっ、しっ、…神帝陛下っ、そっそっそっ粗茶っ、いや、厳密には粗末なものなどではなくっ、白百合様が淹れたお茶を複製した煎茶ですが…っ、どどどどうぞっ」

ノルマ300リットルから注がれたらしい湯呑みを差し出された男は、相変わらず無表情で足を組み替えた。
連行された時には素っ裸だったが、俊の手を見て狼狽えた風紀委員が駆け出すのと同時に別の委員から渡された着替えを纏った為、今や制服姿だ。然しながら短かったのか神威の足が長過ぎるのか、スラックスの丈が余りにも短い。脛が見えているのが残念だ。

「斯様に一般人を威嚇なさるな、ルーク坊っちゃん」

濡れた前髪が顔に張り付いて、全く表情が判らない俊の右手を手当てし終えた白衣が振り返り、苦笑を零す。飛び出した委員が呼んできたのがこの新任の保険医であり、それによって神威の正体を知らされる事になった風紀役員は可哀想な程に青冷めていた。
副委員長とも言える立場の北斗はそれに僅かばかり遅れてやって来たのだが、先程から部屋の片隅でひっきりなしに何かしている。恐らく二葉へ連絡を取っているのだろう。通じた様子はない。

「まずは言い訳なぞあらば聞いてやろう、シリウス」
「申し訳などとんでもない」
「必要はないと申すか」
「全ては儂の責任に」
「その意気は好ましい」

誰もの目が見開かれた。
携帯と室内電話を同時に耳へ当てていた北斗ですら思わず受話器を落としてしまうほど、早く。最早人間では有り得ない動きで白衣の男を蹴り飛ばした男が、丈の合わないスラックスをそのままに無表情で倒れた白衣を引き掴み、近場の壁へ投げ付ける。

「だが」
「っ、ぐ…」
「私は聞いてやると言ったんだ。判るか、日本人がようよう宣う男らしさなど求めてはいない」
「ぐ、あっ」
「無責任だけに留まらず逆らうか、老いぼれよ」

鈍く激しい音、余りの光景に腰を抜かした風紀委員らは小刻みに震え、落とした携帯を拾う余裕もない北斗はただひたすら硬直したままだ。

「申…し訳、ない。つくづく言い訳など思い付かんよ…」
「我が意に刃向かう者の末路を、知らぬ訳があるまい?」
「…総ては、唯一神の威光を須く知らしめんが為に」

ぐったりと崩れ落ちた白衣を、それでもまだ引き摺り上げた男は未だ無表情で、それを見た誰もが恐怖以外の全てを忘れるのは容易だったに違いない。

「Kiss the black ass.(安らかに眠れ、愚か者が)」

ゾッとする様な囁きと共に白衣の男の喉元へ伸びた手は、然しもぞりと動いたソファから落ちたタオルケットで動きを止めた。
くしゅん、と小さなくしゃみ、鼻を啜る音と同時に、ころりと床に落ちたのは─────裸体。

「むにゅ…くしゅんっ、ずび」
「俊」

濡れた服を脱がしタオルケットで包んでいただけなので、そのタオルケットを蹴り落とせば寒い筈だ。
くしゃみの度に、ぷりっと尻を震わせる俯せオタクを素早く抱き上げた男は、拾い上げたタオルケットを俊の体に巻き付けながら呆然と見つめてくる一同を睨み据えた。

「仮にも左席委員会長を、不躾な目で見るのは喜ばしいものではない。…控えろ」
「すっ、すいませんっ」
「ももも申し訳ございませんっ」

俊の尻よりも神威の方が全ての意味で恐ろしい彼らは次々に目を逸らす。大半は腰が抜けているので、逃げたくても不可能なのだ。

「むにょむにょ。………おでんは…味噌ダレ…」
「名古屋か」
「大根…美味しーにょ。むにゅ…しゃぶっちゃ、やー」

びくっと震えたのは何も聞いてた委員らだけではなく漸く携帯を拾った北斗、よろよろ立ち上がった保険医、果ては俊を覗き込んでいる神威もだ。健全な男子の思考回路が何処に向かったのかは謎だが、全員一致しているのはまず間違いないだろう。

「しゃぶしゃぶは…豚さん。鳥肉のほーが、美味しーにょ。むにょ」

しゃぶしゃぶかよ!
と言う男泣きで皆が無言の噎び泣きだ。中には床や壁を悔しそうに叩きつける者も見える。

「ふぇ、ふぇ、ふぇーっくしょーんっ!ぷはーんにょーん」

一際大きなくしゃみで唾を神威の顔中に撒き散らしたオタクが、ぱちっと瞼をあけた。が、張り付いた前髪で神威以外には気付かれていない。

「イケメンが見えるにょ。ヘロー、アイアム腐男子ィ」

腐男子の語尾を英語風に上げた男に、室内は別の意味で静まり返った。帝君の発音ではなかったからだ。

「This hickys look nice on boob.(お前の肌に良く似合う)」

タオルケットの脇から手を忍ばせた男の囁きに、全員が凍った。俊の胸元に散るキスマークと、それを似合うとほざいた神威に、だ。

「I think you'll be adorable lily, I wanna swim to you. aiight?(お前なら素晴らしい受けになると思う。試してみるか?)」

余りに汚い口調だ。然も怪しい手付きがずぶ濡れのオタクの胸元を這っている。
生々しさの余り翻訳してしまった全員が頬を染め、慌てて耳を塞ぐ。マンハッタンのクラブで見るようなナンパ台詞だ。直訳するなら「具合の良さそうな尻だ一晩中ヤりてぇ、良いだろ?」、ああっ、手が乳首を弄り回しているではないか!

「ふぇ、擽ったいにょ」
「Too horny, what's going on?(欲情した。…良いだろう?)」
「ふぇ、ふぇ、…んゃ!」

包帯巻きの手でポフポフ神威の頭を叩いている俊の、欠伸混じりの甲高い声に皆が震える。神聖な風紀室でとんでもない事態だ。止めたいのに体が動かない。被害者は左席会長だ、守らねばなるまいと判っているが、動けたとしても被疑者は中央委員会長である。

「やっ、や…っ」
「You know I'm sayin' Shun?(聞いているか、俊?)」
「んァ…っ、やっ、…カイちゃっ、………グースカピー」

こてっと神威の腕の中で頭を垂れたオタク、乾いてきた髪がさらりと頬を伝う。
いつの間にか腐男子の若葉マーク初々しい股間にまで魔の手を伸ばしていた男は、鎖骨に吸い付いていた唇を放しながら「またか」と呟いた。

「今一歩の所で失敗る様だ。真の俺様攻めの道程は果てしなく険しい」
「しゅーんんんっ!!!」

他人事の様に呟いた神威と今にも泣きそうな風紀一同は、扉を勇敢にも蹴り開けた新たな来訪者へ目を向け、…風紀委員会一同だけが心からの安堵の息を吐いたらしい。
因みに神威が軽く舌打ちしたのは気の所為ではなさそうだ。

「風紀にしょっぴかれたって聞いて来てみたらっ、お前さんも共犯か!カイ庶務!」
「野暮な真似をする男だヒロアーキ副会長、見て判らんか。睦み合いの邪魔をするな」
「俊の半径50メートル以内立ち入り禁止にされたいのかい、この野郎」
「それは困る」
「素直に皆さんにお詫びしろっ!こんの腐れオタクがァ!」
「ふ、腐男子は腐らずしてならんものだ」
「…吊されたいらしいねー」
「諸君ら、誠大儀だ。世話になった」

俊を抱いたまま素早く正座した神威が偉そうに宣えば、副会長の怒りの拳骨が炸裂したとか何とか。

←いやん(*)(#)ばかん→
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