帝王院高等学校
先生、復讐と復習はどう違うのょ
「お一つ3800円もするにょ」
「紐は付いてなかったから、お安い毛糸を近所の呉服屋さんでゲットしたなりん」
「レインボーの毛糸なんてお洒落ざます!」
「はふん。ちょっぴり首がチクチクするにょ」
「実は生活防水付き!」
「ウォータープルーフとウォーターレジスタントの違いが判らないにょ。嵯峨崎先輩に聞いたけど忘れちゃいました」
「とっても便利な巨大ガマグチ全8色!お年玉付き年賀葉書で当たったにょ」
「お年賀書こうと思って10枚入り買ったら五枚も残っちゃって、その内の一枚が当たってたなりょ」
「母ちゃんにベージュガマグチ取られたのよォ。ベージュババアめ、自分は魚沼産コシヒカリ当たった癖に」
「コシヒカリよりササニシキ派なりん」
「ささ、錦織きゅんも紺色ガマグチをどーぞ」
「白?白は駄目です、だってカイちゃんのものだもの」




復讐を果たしましょう。
とても簡単だ。暴力など一切必要ない、けれど酷く時間が懸かる復讐を。

絶望するくらいに。
あの時この手を離した貴方が深い後悔に苛まれ、心を砕くくらいに。
素晴らしい人間に生まれ変わって、私は貴方へ復讐します。





「口は一つ、耳は二つ。神が与え給う人の体は、自分が話す倍以上、人の話を聞けと言う教え」

夜間カリキュラムの表示を掲げたドアの向こう、一年Sクラスの生徒達が眠たげな目を擦りながらノートを録っていた。

「ヘブライ語は必須科目ではないが、選択科目の中では群を抜いて難しい傾向にある。いずれ中近東に出向く予定がある者は、早い内から自己学習に勤める様に」

空席が目立つ教室を見回し、教師は息を吐いた。連日の夜間授業を放棄しているのは、大抵同じ生徒だ。

「先日のスペルテストを返す。残りの時間は減点箇所の復習をする様に」

ノートから顔を放した生徒らは、嫌に緊迫した表情だ。それもその筈、次のテストが生死を分けると言うのだから必死にもなるだろう。だからこそ出席していない数名が気に掛かる。その中でも安部河、山田の両名は進学科の中でも微妙な立ち位置なのだ。

「次に出席していない生徒だが、点数を公開しておく。此処に居る者は伝えておいてくれ」

いつもは配る時に点数を発表しながら名前を呼ぶのだが、居ない生徒の分までは公開しない。だが欠席している彼らがわざわざ職員室までテストを取りに来るとは思えないのだから、仕方ないだろう。

「安部河桜87点、山田太陽85点、錦織要93点、神崎隼人91点」

まともに出席していないながら、要と隼人は流石だ。然し桜にしろ太陽にしろ、平均点すれすれである。考査では選択科目になるが通常授業の一環であるヘブライ語は、中等部では夏季特別講習で希望者にだけ教授していた。因みに、桜も太陽も受講歴がある。

「BK灰皇院100点」

僅かにどよめいた教室を見やり、今度は小さく息を吐いた。話には聞いているが、小テストを受けていた黒髪黒縁眼鏡の生徒が『あの神帝』だとは今も信じられない。
お陰で一人増えてしまった一年進学科は、高等部全域に被害をもたらしたのだ。子が子なら親も親だと言う、悪巫山戯け甚だしい理事長の一言で。

「最後に帝君なんだが…」

頭が痛くなってきた。前代未聞だ。
夜通し分厚い辞書を片手に採点させられた教師はもう一度息を吐き、覇気のない声で続ける。

「遠野俊、─────零点。」

またもやどよめいた教室、驚愕に震える生徒達を余所に教師は口を閉ざした。

紛れもなく遠野俊は零点だ。何せ解答欄が日本語ではない文字で埋まっている。帝王院学園では国際科の生徒ですら日本語を強要されるのだ。異国語での回答は零点でしかない。


「…スペインだったらなぁ」

惜しむ様に呟いた教師は、胃痛気味の数学教師がいつか呟いた言葉を思い出した。彼も惜しい惜しいと言った覚えがある。
彼のテストにはヘブライ語で解答欄が埋められていたのだ。

騒めく教室は、間を置かず復習する生徒達が沈黙を呼ぶ。かりかり鉛筆を走らせる音を聞きながら、赤ペンを手に取った教師は一枚の解答用紙に大きく花丸を描き、覚えたてのスペイン語で呟いた。


「Esplndido!(パーフェクト!)」

0は200点に早変わりしたが、知っているのは教師だけだ。







「Dick in a mouth!」

黙らせるぞ、と言うU.S.A.特有の罵りを聞いた時、一瞬笑いそうになった自分が馬鹿なのだ。
直訳で「ナニを口に突っ込むぞ」となる訳だが、書いて字の如く…の状況だったから、仕方ないと言い訳させて貰いたい。

「ひっく、ぐす、ずずっ」

膝を抱え背中を丸めた男が、ビーフジャーキーを貪りながらひくひくと肩を震わせている。
何をそう嘆くのかと眉間に皺を刻んだ男の頬には、くっきり綺麗な手形一つ。殴られたのではなく、引っ叩かれたのだ。

「…いつまでめそめそしてやがる阿呆犬」
「ぐす」
「何だその手は」
「ずずっ」
「ジャーキーならもうねぇよ。全部やったろうが」
「ひっく、ぐす、ずずっ」
「いや待て、まだあるかも知れない。あった、ほら、食え!」

じとっと湿っぽい目で睨まれ、悪い事はしていないと信じる男は慌てて全身をまさぐった。幸い、親衛隊の誰かから貢がれた干し肉の小さなパッケージを見つけ息を吐く。

「Up mine.(くたばれ俺様)」

余りにも尋常ではない様子の佑壱をついつい追い掛けてしまったお人好しさ加減に半ば絶望しつつ、未だヒリヒリ痛む頬に鼻白んだ。
混乱しまくる男を落ち着かせようと内ポケットのファスナーを開き、夕食代わりのワインの肴にしようと思っていたジャーキーを取り出したまでは非はない、だろう。多分。

然し目を閉じていた佑壱は口を開けと言った途端、生まれたての仔犬宜しく震え始めた。何かとんでもない勘違いをしているらしいと気付いた自分の賢さを誉めるべきか、馬鹿と詰るべきか。

『咥えろ』

ほんの悪戯心だ。
あの糞生意気にしていつも勝ち誇った表情を絶やさない佑壱の、か弱いうさぎ状態が愉快でならなかった。二葉並みの下らない理由で少々調子に乗った事は認める。ああ、認めるとも。

『噛むなよ。噛んだら、…どうなるか判ってんな?』

ぎゅっと目を瞑ったまま、いやいやと首を振る佑壱の唇に丸めたジャーキーを当てたりもした。凄まじく楽しかったのも認めよう。

『ほら、舐めろよ佑壱』

恐怖が臨界点に達し、遂にぶちキレたらしい佑壱の平手はその直後に飛んできた。不意打ちも良い所である。平手打ちは女の武器だと思っていたが、された事は無かったからだ。

「うっうっ、総長、総長総長総長…っ、ぐすっ、ずびっ、ずびびっ」
「お、おい、吸い込むな」

顔に全く似合わずハンカチなど常備している日向がそれを片手に屈み込み、ぷいっと顔を逸らしながらジャーキーを貪る佑壱の背を撫でる。
判った、全面的に自分の責任だ。佑壱にだけは謝りたくないが、仕方ない。

「どうしよう、総長に嫌われたかも知れない…う、うぐ、死ぬしかない!」
「おい、Do as Dieだろ。良く判らんが、死ぬくらいなら行動しろ」
「もう俺なんか生きてても仕方ねぇんだぁあああっ」

ぐわーん、だか、ごわーん、だか。とにかく奇声を放ちながら泣き出した佑壱に何を言えたものだろう。
と言うより、日向の存在はまるで無視らしい。それはそれで非常に不愉快だ。

「はん、とうとうシュンに愛想尽かされたか。ならシュンの居場所を吐け」
「それはやだ」
「おい」
「アイツには、絶対ぇ教えねー」

ぎゅっと膝を抱えながら低い声で宣った佑壱は、ギッと睨んできた。然し涙目だ。

「何があったか知らんが、しっかりしやがれ」
「もう俺なんか死ねば良いんだ。俺なんか生きてても…ぅ、意味ないんだ。Fuck me!」
「や、自棄になんなよ。思わせ振りな事ほざいてっとマジで輪姦されんぞテメェ」

校舎最上階から平然と飛び降りる馬鹿男だ。何をしでかすか判らない。

「腹減った。…庶務に俺の焼きうどん取られたんだった」

肩を落とした佑壱の腹がぎゅるりと鳴いた。まだそう遅い時間ではないので購買は開いている筈だが、食堂は先程の騒ぎで強制的に閉店しているだろう。

「焼きうどん…」
「上に帰りゃ良いだろうが」

日向の言う上とは生徒会役員フロアの事だ。ちらりと流し目をしてきた佑壱は、直ぐ様ぷいっと顔を逸らした。答えはノーらしい。

「あっちで寝たくない。ずっと帰ってねぇから、ダニ涌いてそう」
「毎回クリーナーが入ってんだろ」
「ふんっ。俺の部屋は二重ロックなんだ!何せ俺はアイツの従弟だかんな!だからっ、だから総長から嫌われて…っ。うっうっ」

悲劇のヒロインならばスポットライトが当たっているかも知れない嘆き振りだ。天を仰いだ日向が己のお人好し加減に嘆いても、咎める者は居ない。アイツとは即ち、アイツ。気持ちは判らないでもない。あんなのが従兄ならやさぐれもするだろう。
どうしてこう、小動物に弱いのだろう自分は。

「おい」

チョロチョロ足元を駆け抜けて行った黒い物体に眉を跳ね、佑壱の尻にぶつかる直前でそれを踏み潰した。背中を向けて膝を抱えている佑壱は気付いていない。
ギシリと寮全体が軋む音。ああ、漸くアイツが動いたかと掲示板一杯に映し出された白銀の十字架を横目に、未だ嗚咽で震える図体ばかり大きな小動物へ手を伸ばした。

「焼きそばなら作れんぞ。…屋台仕込みのな」
「So what?(だから何)」
「もう忘れてやがんのか」
「もしかして、…かの有名なテキヤ仕込みっスか?」
「旨さに泣かしてやらぁ」

ちょっと悩む素振りを見せてから、焼きうどんじゃなきゃやだ、などと膨れた馬鹿男を殴っても良いだろうか。









「ふぇ。逃げられちゃった、待ちなさい!」
「ちょ、こら、俊!」

捕まえ損ねたミッキーならぬ黒い鼠を追い掛け、止める太陽の声を余所に腐男子は一瞬で闇の向こうへ消える。相変わらず無駄な身体能力だと呆れた太陽は、同じく瞬いている要へ目を向けた。

「あの格好は…なに?パトロールしてたんじゃないの?」

夜間パトロールだと言われれば強く止められない太陽は、近頃俊の夜間徘徊にそう煩くは言わなくなった。度を超せば即お仕置きだが、減らなかった強姦事件が未遂終わっているのも事実なので、風紀と同じく諦めの境地と言えよう。
但し余り目立つと正体がバレるか理事会から咎められると脅し聞かせ、変装する事に決定していた。大抵は縁日で見掛ける様な安いお面に唐草模様の風呂敷マントだった筈だが、

「ノーネクタイでブレザー着てないだけ、だよねー。そんであんだけイメージ違うもんかね」
「猊下が失敗る筈が無いとは思いますが、今夜の巡回はユウさんと一緒だったと思います。当のユウさんはどうしたんでしょう」
「俊の夜食でも作ってんじゃない?あんなに走り回ってたら、四六時中腹ペコだろーよ」

軋んだ校舎を見上げれば、離れた位置に見えた一角がズズズと上へ押し上げられていく。また建物が動き出したのかと痙き攣りながら姿勢を伸ばし、目に入った掲示板へ身体ごと振り返った。

「復元中、その場を動かないで下さい、だって」
「中央委員会章ですね。漸く元に戻りそうです」
「マジで?良かった、俺の所為でこうなったみたいな罪悪感があったんだよねー」
「どちらかと言えば、あの陰険眼鏡の所為ですけど。…ちっ、いつか毒殺してやる」

小さな呟きをしっかり聞いていた太陽は塩っぱい顔をそのままに、陰険具合では要も相当なものだと独りごちた。

「とりあえず元に戻るまで待ってるしかないね。下手に動いたら挟み潰されそうだし」
「実際、今にも潰されそうな馬鹿が見えますからね」
「は?」
「おーい、カナメちゃーん、サブボスー」

聞き慣れた声音に上を見れば、何処かの一角に引っ掛かって吊されながらも呑気に手を振る金髪が見えた。どうやらブレザーが角に引っ掛かっているらしい。

「かっ、神崎?!早く降りろっ、潰されるぞ!飛べ!」
「ってゆーかあ、さっきから一応慌ててんだよねえ」
「何を呑気なコト、」
「はっくんっ、ブレザー脱いだら良ぃと思うよぉっ!」

隼人よりまだ上から覗き込んでいる桜が、緊迫した声音で叫ぶ。かく言う桜の頭上から切り離された一角が迫っていた。

「さっ、桜!後ろ後ろ!」
「ぇ?」
「だから後ろ向けーっ!」
「後ろ?─────きゃあ!」
「さっさと避けろっ、安部河ァ!」

悲鳴を上げながら、反応出来ないのか微動だにしない桜を瞬きもせず見つめたまま、すとんと降りてきた隼人が弾かれた様に叫ぶのを聞いていた。

「おー、神崎が叫ぶとこ初めて見たわ」
「ぇ、…え?」
「青春やな」

呑気な表情の男が、桜を肩に抱えたまま宣ったのはその直後だ。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!