帝王院高等学校
ドラちゃんよりも神様に願いましょう
助けてユーさぁん、と猫型ロボットに救いを求める眼鏡っ子宜しく加賀城獅楼が叫んだのよりずっと前、


「………あー」

墓地から顔を覗かせたゾンビ宜しく起き上がった男は、超低血圧を存分に発揮していた。体糖不足だ。頭がまるで働いていない。
もぞっと動いた気がする隣を唸りながら見つめ、壁掛けの時計を見やる。自分の部屋ではない事にすら気付かないのだから、呆れ果てるしかないではないか。

「四時…」

ぼそりと呟いた台詞は何故かスペイン語だった。連日執筆中の小説に昨日登場したばかりの新キャラが、スペイン出身だからかどうかは定かではない。

「今日の朝飯は、タンドリーチキンのカレーっス…」
「あ?」

頭が回っていなくても総長の朝ご飯は忘れない男は呟いて、働かない頭ながらまだ早いと二度寝に走る。もぞりと布団の中に潜り込めば、大変宜しくない声を聞いた。
寝呆け眼で声の主の頭らしきものを抱え込む。恐らく女でも連れ込んだに違いない、と言うのが嵯峨崎佑壱の見解だ。何せ全く働いていない頭は睡眠を求めている。

普段はホテルになど泊まったりしないが、眠たいので仕方ない。自分のマンションにも彼女を連れ込む事は余り無いのだが、今はそんな事を考える余裕がないのだ。然も何か目が痛いし。

「おい」
「良いから、寝てろ…。…起きたら帰れよ…」
「おい」
「…んだよ、まだ足んねぇのか?今からやったら…朝飯に間に合わねぇから………無理…」

眠りに落ちる間際の擦れた声を放ちながら、抱え込んだ頭に口付ける。髪やら額やらにキスしてやると大抵の女は喜ぶものだ。
ぴきっと硬直した気がする腕の中に安堵し、一気に二度寝モード突入した佑壱の眠りは持続しなかった。

「ぅむ、むむむーっ」

鼻を摘んだ何かが、唇に触れてくる。余りの息苦しさに口を開けば、忍び込んでくる舌。
ちょっと待て、何て大胆な女なんだなどと感心している場合ではない。此処で負けたら主導権はあちらのものになってしまう。それは嫌だ。我儘な女に振り回されるのは嫌だ。

「…の、ボケ」

強靱な腹筋を駆使して起き上がり、見る者を怯ませる不機嫌さながら態勢を変えようと力を込めた。
ぐぐぐ、と押せば、ぐぐぐ、と押し返される。キスは続行中だ。暴れ回っていた他人の舌に全身全霊で太刀打ちながら、胸元の辺りに手を伸ばした。


固い。
と言うより、真っ平ら。これは同情してしまうほどの貧相な乳だ。いや、巨乳派ではないが少しばかり可哀想になってくる。カルマ1の巨乳派である健吾なら、手酷く罵っただろう。多分。

然しながら嵯峨崎佑壱17歳、とにかく眠たいのである。固かろうが柔らかかろうが、一度連れ込んでしまったからには責任を取らねばなるまい。まな板だろうが揉みしだいて、ある程度満足させねば二度寝も出来ないではないか。
大抵の女は寝起きの佑壱の逆鱗に触れ怒鳴り帰されるので、以降寝起きの佑壱に話し掛けたりしない。勿論カルマ幹部である隼人ですら。
容赦なく腹ペコを訴える俊は殴り掛かる佑壱を組み伏せて、あの凄まじい声音で唐揚げが食べたいと囁くのだ。

そう、


「とっとと目を醒ませ、馬鹿犬」

こんな風に低い声で。

「って、…あれ?」

いつの間にか再び枕に着地していたらしい後頭部、自分の右手が真っ平らと言うより筋肉で隆起した胸元を彷徨っているのに気付いて瞬いた。

「Aカップ…いや、Cカップ…」
「俺様にンな贅肉があって堪るか」

働かない頭ながら目を上に上に向け、嫌に見覚えがある美貌を見付け痙き攣る。それは嵯峨崎佑壱が経験する史上初の最悪な目覚めであり、俊に投げ飛ばされるまで働かない低血圧さを吹き飛ばす程の衝撃を呼んだ。

「こっ、こっこっこっ、」
「漸く起きたかよ、鶏野郎」
「高坂ぁあああああ!!!」

雄には朝になるととんでもない事になると言う事情がある。
そして危機的状況に於いて種の保存を優先してしまう、悲しい性が。

「…んだよ、無駄に元気じゃねぇか」

壮絶な嘲笑を滲ませた男が、止むに止まれない状態の佑壱を撫でた。ああ、何でバスローブなんか着ているんだ自分は。つか、何でこんな事になっているんだ。誰か教えてくれ。

「優しい先輩が抜いてやろうかぁ、嵯峨崎佑壱クン?」

ヘルプミー、そうちょー!
と、早朝にはまだ早い時間に叫んだ佑壱が、俊と喧嘩した事を思い出したのはそれからたっぷり一時間後、日課の早朝トレーニングに出掛けた日向を見送ってからだ。


「ひっく、ぐす、もうっもうっ、お婿に行けないぃいいい!!!」

布団にくるまった男の悲鳴を聞いた者は居ない。幸い、何処かさっぱりしている彼に気付いた者も居なかった。



転がるティッシュの残骸に目を瞑れば、の、話だが。






「おはようございます閣下、朝食はどちらで召し上がられますか?」
「適当に済ませるから構うな」
「畏まりました」

ある程度汗を流し、ぼんやり明るかった空がいつの間にか朝の日差しを輝かせ始めた頃。セントラルエリアの従業員であるバトラーが声を掛けてきた。
近頃は殆ど帰って来ない神威はともかく、七時には登校する二葉も食堂に顔を出す事はない。夕食で時折神威に出食わす事はあったが、つい最近まであの男が引きこもりだっただけだ。

「待て、何か軽く摘めるモンが要る。水もな」
「軽く、ですか?サンドイッチなどで宜しいでしょうか」
「ああ、任せる。二人分持って来てくれ」
「こちらにお持ちすれば宜しいでしょうか?」
「いや、俺の部屋に」
「畏まりました」

恭しく頭を下げたバトラーを横目に、丁度通り掛かった後輩へ向き直る。向こうも気付いたらしく、頭を下げながら近付いてきた。

「おはようございますサブマジェスティ、今日も早いっスね〜」
「偉い大荷物じゃねぇか」
「あ〜、まぁ。報道部の回線に乗り込んだ左席の分まであるんスよね〜」
「セキュリティ甘過ぎだ」
「面目ない系〜」

いつも刷り上がった学園新聞を真っ先に二葉へ提出する川南北斗は、大抵毎朝こうして挨拶に来る。弟は良く知らないが、北斗は中一まで可も不可もない一般生だった。筈だ。
中等部時代から自治会の風紀に所属していた彼が、九時の点呼確認中に襲われた。助けたのは同じく当時は一般生だった東條と、当時から中央委員会役員だった嵯峨崎佑壱。

まだ零人が会長だった頃の。


「まぁ良い、所詮学園内だ。左席に知られて不味いモンなんざねぇからな」
「マジェスティの正体がバレたら相当不味い気もする系っスけど…。左席から袋叩きにされたり!」
「阿呆か。それより下の奴らに一斉考査の準備させとけよ。降格なんざしたら目も当てられねぇ」
「二年三年が一番多いっスからね〜。それより知ってました?今期の一年進学科にはうちの兵隊が居ないんスよ」

当然だろうが、と言う呆れを呑み込んだ。北斗も理由くらい判る筈だ。
何せ一年Sクラスはカルマ幹部だらけだ。ほんの最近までフルキャスト揃っていた。今は錦織要と神崎隼人だけだが、それにしても左席独壇場である。これからもABSOLUTELYが増える気配はない。

「何を勘違いしてんのか知らんがABSOLUTELYは元々、会長親衛隊だぞ。…まぁ、確かに今では意味合いが違うが」

いつ生まれたのかは定かではないが、零人が会長になるまでは中央委員会長専属の護衛隊だった筈だ。
何せ富豪だらけの帝王院、進学科の生徒となれば実にバイオレンスな学園生活である。

「前マジェスティから掟破りになったんスよね。何せあの人、半端なく強かった…です………し」

言い難そうに日向を窺いながら言った北斗は一気に青冷め、挨拶もそこそこに去っていった。お喋り好きの彼にしては珍しい、訳ではなく、日向の凶悪な顔が原因か。

「ちっ。嫌な奴を思い出したぜ」

4つ上の零人と会話らしい会話をしたのは中一の頃、その少し前までイギリス分校に籍を置いていた日向は二葉と共にイギリスで暮らしていたが、時折父親に呼ばれて社交界に顔を出していた。裏社会は総じて表社会に直結しているものである。
昭和には炭坑で稼いだ高坂は、遡る事戦国時代から裏社会の家だったらしい。正式に看板を掲げたのは日向の祖父である先代だが、それまでは表向き企業だった。今でもガソリンスタンドをチェーン営業しているが、それは伯母夫婦が受け継いでいる。

姉の企業株を有している父がパーティーに出席するのは理解出来るが、逐一日向を呼び出したのはそうする事で親子の絆を深めたかったに違いない。継ぎたくないなら継がなくて良い、と言って憚らない父は、だからと言ってみすみす公爵に譲るつもりもない様だ。
まだ幼い日向を頻繁に人前へ連れながら、人脈を広げさせていたのだろう。

8年程前には帝王院財閥の総帥にして帝王院学園の自ら学園長を兼任している帝王院駿河、当時中央委員会長だった卒業間近の東雲村崎、そして父の先輩に当たると言う嵯峨崎嶺一を紹介された。
厳しい帝王院駿河はともかく、あの頃は今の様な似非関西人ではなかった東雲、何故かツインテール姿の嶺一とは打ち解けるのが早く、嶺一から年が近いと言う二人の息子を紹介されるのは自然な流れだろう。

『ふん、女みてぇな奴だなテメー』
『…』

短い赤髪をツンツン尖らせた、帝王院中等部の制服で身を包んだ零人が鼻で笑った隣。ぶすっとむくれた零人より些か小さい赤毛は、サスペンダーに半ズボンの初等科らしい格好でそっぽを向いていたと思う。
あの時の衝撃は半端ない。何せ数年振りの再会だが、凝視したまま微動だにしない日向へ佑壱は事もあろうに、

『Don't fuck me, kill!(じろじろ見てんじゃねぇ、殺すぞ!)』

いきなり殴り掛かって来たのだ。
人混みに紛れ警護していた二葉が離れた位置で笑うのが聞こえた気がする。辛うじて避けた日向を余所に、零人の拳骨が佑壱に当たり、今度は兄弟喧嘩だ。嶺一の背後に居たサングラス姿の金髪美女が二人を回し蹴りで沈め、本来怒る立場の嶺一が涙目で息子らを抱き締めた。

何の因果か、その時の対面を覚えていた零人と次に再会したのが帰国直後、当時高等部だった零人は以降執拗に日向をいたぶってきたのである。まる。


「嫌な事まで思い出した…」

何度押し倒され危ない所まで行ったか知れない。勿論、直前で二葉に救われるのだが、二葉はある程度楽しんでからしか助けてくれないので毎度死に物狂いの抵抗だ。堪ったもんじゃない。
一番最初に襲われた日の事件後、今度は再会した弟から喧嘩を売られた。曰く、

『なんだお前、女みてぇな奴だな』

いつかの零人を彷彿とさせる台詞。鳥頭の馬鹿犬は二度目の再会ですら、日向を初対面だと思った様だ。
元から不機嫌だった日向が臨界点に達しても仕方ない、のではないかと、思いたい。別に最初から暴力を奮うつもりはなかったのだ。特に女子供には。

悲しいと言うか無慈悲と言うか、初等科の制服に身を包んだ佑壱は日向より大きかった。いや、それは由々しき事態だ。
本当の初対面では日向の方が大きかったのだから。


「きゃー!」
「しっ、失礼しましたっ!」

凄まじい悲鳴と、バトラーの大声に片眉を上げる。トレーニング器材を片付け終えた所だったので、シャワーを浴びようと足を踏みだした瞬間だった。
何事だと僅かに足を速めれば、殆ど無人である書記の部屋、今まさに北斗を引き連れ会計室から姿を現した二葉、そのまだ向こう、最奥の会長室の直前。

副会長室、つまり日向の部屋の前でペコペコ頭を下げるバトラーと、ブランケットを体に巻き付けた赤毛、一匹。

「申し訳ございませんっ、朝食をお持ちしたついでにベッドメイキングをしようと思い…っ」
「だからって人のちんこまで鷲掴みやがってっ、殺す!この腐れ野郎がぁあああ」

目を丸くしている北斗、状況を読み込みじわじわ笑みを浮かべ始めた二葉、顔面蒼白のバトラーはひたすら頭を下げ続けている。

「ホモは高坂だけで十分だハゲ!」

佑壱はブランケットを弾き飛ばし、乱れたバスローブのまま喚いた。
何故だか二葉の視線が痛いのは気の所為か。


「ひ〜なちゃん?」


アーメン。

←いやん(*)(#)ばかん→
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