帝王院高等学校
左席委員会緊急出動ですわよー!
久し振りに見た『道化師』は酷く娯しそうだった。ああ、随分娯しそうだと何の感慨もなく呟き掛けて口を閉ざす。地獄耳を持ったお姫様に聞かれたら大変だ。まだ本番は始まったばかりだと言うのに、此処でヘマは出来ない。

久し振りに見る『共犯者』は酷く苛ついている様にも思えた。こんなにも近くに居るのに、気付いて貰えない事が悔しいのだろう。恐らく。
いや、それとも『お姫様』に先を越されて歯痒いのかも知れない。道化師は思い通りに行かないと不貞腐れてしまう、我が儘な所があった。何しろ共犯者はいち早く舞台に上がっていたのだ。

道化師は酷く愉快げに、酷く苛ついた笑みを浮かべて姿を消した。急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ、声無き催促には気付いたが、だからどうだと言うのか。

この世で最も大切であるのは己だけだ。例え生涯を懸けた共犯者だろうが、例外ではない。おねだりにも似た脅迫に貸す耳など何処にも。



理解してごらん。
君は我が掌中で踊る駒に過ぎない。この世の全てが須く総て、ただの『駒』だ。
廻れ廻れ踊り続けろ脆く愚かな人間達、駒としてそう独楽の様に。狂うまで踊り続けろ。



我が名は『奇術師』。
月に愛されし姫君を残さず得る為、ひたすら舞台の端で喜劇を眺めているだけの、





だから、『傍観者』だ。










カオス。混沌。
ネイティブな発音的にはケイアス、カルマ総長は普段こう呼ばれている。
カオスシーザー、ドイツ語カイザーと呼べばカルマの大多数が怒り狂う。悪口の一環として、多くの者達は暗黒皇帝をカイザーと呼んでいた。それは適わぬ存在への憧憬に近かったのかも知れない。

暗黒皇帝。元々黒髪だったその凶悪過ぎる存在は、闇に融ける一種独特の雰囲気や勿論その黒髪、夜の荒れ果てた街を支配する威圧存在感によっていつからか呼ばれ始めた。
因みに満月の夜は銀皇帝だ。仮面ダレダーの様に変身する彼は、多くの不良から満月の夜には会いたくない不良ナンバーワンと謳われている。


話を戻そう。
カオス。混沌。その言葉は今正にリブラ北棟801号室で起きていた。余りも奇跡的な数字だが、部屋の主は安部河桜と山田太陽である。


「「「…」」」

地味な部屋に反した三人の美形が居た。
内の二人はカルマが誇る幹部、錦織要並びに神崎隼人だ。その二人が硬直しつつも凝視しているそれ、いや、何かは深く語るまい。ナニかはさておき、二人が珍しく無防備な表情で暫く眺めていたかと思えば、要と隼人が互いに顔を見合わせ、絶望に似た表情でその場に正座する。

「「師匠と呼ばせて下さい」」

深く深く土下座する二人を無表情で眺めていた男は、素っ裸のまま何処からか取り出したヅラと眼鏡を纏い、ソファーの上で寝ている桜の下敷きになっている服を見やった。

「くちゅん!」

未だに頭を下げている二人は放置し、湯冷めしそうな腕の中の極道…いや、牛柄眼鏡っ子にバスタオルを巻く。くしゃみの可愛さはこの際スルーしようか。とても高校生男子の、いや、カルマ総長のくしゃみとは思いたくない。

「何だい、この意味不明な状況」

さて。
バスルームの扉を開いたもう一人の部屋の主は、開いた扉を未だ頭を下げている金髪不良の頭にガツッと衝突させ、痙き攣りながら素っ裸で突っ立っている男を見た。
追記する必要も需要もない、平凡のタオル一丁だ。腰にタオルを巻いただけの山田太陽その人である。

「俊、さっきは豪快に浴槽に突っ込んでたみたいだけど、大丈夫?」
「タイヨータイヨータイヨー!悪気はないにょ!うっうっ、そうと知ってたらデジカメ持ってったのにィ!」
「あー、うん。デジカメは持ってなかったんだ?なら許す」
「神よ!八百一万の神よ!何と言う仕打ちでございましょう!エレベーター出たら三歩でタイヨーのヌードぶふっ!」

ぴゅー、と鼻血シャワーを披露する腐れに突っ込む勇者は居ない。いつから八百万の神は一万人も増えたのだろうか。

「で、不法侵入の理由は?まさか本気で間違えたっつーのかい」
「その通りだ」
「どうしたら帝君部屋とこの狭い二人部屋を間違えるんだ」
「日本家屋などどれも犬小屋と変わらん」

桜の寝顔を超至近距離から覗き見しているバスタオルの君に、最早太陽は眼も向けない。何せ眼鏡の彼は怪しい息遣いだ。

「桜餅…此処にもし俺様会長が居たらあっさり襲われてしまうにょ。最強総長が居てもあっさり襲われてしまうにょ。ハァハァ狭いベッドで馬乗りになった攻めにハァハァ乳首から攻められてしまうのかしら…!ちょ、一回だけ!優しくするから一回だけ!おっぱい触ってもイイかなァ?!」
「俊、桜から離れなさい」
「俊、俺を触れ」

寝ているのを良い事に桜の手をギュッと握り締め、涎の滝を流しながら、相変わらず雪山で遭難した登山家の様な毛布巻き姿ならぬバスタオル一丁でハァハァ。変態も此処まで来ればいっそ清々しいが、太陽からしてみれば今現在、俊以上に変態なのは神威だ。

「ちょいと、下着くらい穿きなよ」
「会計補佐が目覚めねば不可能だ」
「あー…そう言うコト。この間買ったバスローブがあるから、とりあえずそれでいい?」
「善きに計らえ」
「………」

ついつい神威の股間を見てしまう太陽が、未だに顔を上げない要と隼人を横目にクローゼットを開けた。桜の下敷きになっている制服から携帯を取り出した腐男子は、堂々と桜の寝顔をパパラッチして満足げだ。
寝苦しいだろうとネクタイを解きシャツのボタンを外してやったまでは紳士だが、ぷにっと飛び出た桜の下腹に眼鏡を奪われている。わきわきと手を蠢かせているが、笑顔で睨む太陽が恐ろしいのか痴漢には至らない。

「俊も着て。何なら風呂入って来なよ、お湯蓄めてきたから」
「めそり」
「ヒヨコと入浴剤はあるか」
「ヒヨコ?確か桜の風呂セットに入ってた様な…あったあった。入浴剤は使わないからない」
「使えん男だ山田太陽、風呂にバブを入れず何を入れると宣うか」
「一々ムカつく…。そのハイセンスな眼鏡でも入れとけば」
「ほう、三毛猫柄の良さが判るとは侮れん男だヒロアーキ副会長」
「判ったからチンコ隠せっ、恥知らずが!ちょっとデカいからって曝すなっ」

泣きながらバスローブを纏う俊、遂に叫んだ太陽を余所に、震えている不良二匹はやはり未だに顔を上げない。男としての何かを甚く傷つけられた様だ。頻りに神威の股間へ師匠と叫んでいる。

雄の象徴。
それはトナカイで言う角であり、アキバ系で言う眼鏡とリュックサックであり、侍で言う刀であり、不良で言うナニのサイズなのだろう。んな訳あるか。

「あれ、俊は何処行った?」

太陽の台詞で浴室へ足を向けていた神威が振り返り、漸く顔を上げ掛けた要と隼人がまたもや師匠を目撃し土下座する中、

「「…」」

全開のバルコニードアから舞い込む今年最後の桜吹雪に、珍しく太陽までもが無表情無口になった。

「逃げた?」
「その様だ」



左席会長、バスローブ一丁で変態行動。一発で風紀ではなく警察から捕まりそうな事態は、三階から飛び降りた男の光る眼鏡によって皆の記憶には残らない。この学園ではありふれたバスローブより、光る眼鏡の方が異常現象だ。

『もえーもえーもえーもえーもえー』

握り締めた携帯画面に黒い羅針盤、着信ボイスにしては余りにアレなアニメ声が響いている。

「だろ?」
「ギャハハ、未成年の署名なんか無視されんだろー」
「煙草税引き下げやがれって脅し掛け、………は?」
「あ?」

バスローブを翻し、庭で煙草を吹かしていた不良達の目に揺れる股間を焼き付けた事に気付かぬまま、キュピピピンと光る眼鏡を押し上げた彼は爆走を止めた。

『もえーもえぇもえぇもえぇえええ』
「右側の君の周りに左側の君が集まるとお知らせしてくれる萌コールが激しくなって来たにょ」

何とも説明口調な腐男子が、地下遊歩道の看板を前に辺りを見回す。
帝王院中の可愛い生徒・綺麗な生徒・平凡な生徒(通称:右側の君)を調べ尽くしたある意味暇人な俊は、隼人を扱き使って新しいシステムを開発したのだ。
文字通り、強姦お知らせ警報である。学園のマザーコンピューターがまた一つ要らないBLシステムを装備した瞬間だ。

風紀ブラックリストに明記されている不良や、美形と有名な生徒(通称:左側の君)が右側の生徒に近寄れば、四六時中欠かさず俊の携帯に通達される。自動的に現場から一番近い役員へ連絡が入り、駆け付けるのが通例化していた。

「一番近いのは誰なのかしら」

自動的に連絡が行くので、誰が駆け付けてくるかは判らない。携帯に表示された小さ過ぎる地図を眺め、凄まじい早さで近付いてくる赤い十字架に瞬いた。同じ位置に黒い時計のマークも表示されている。
十字架は確か中央委員会の印だった筈だ。つまり中央委員会と左席委員会、どちらも兼任した誰か。

「クロノスライン・開けゴマ、お母さんをお願いします」
『コード:萌奴隷を確認、コード:萌作家に回線を繋ぎます』
『萌作家って何っスか』
「事件はアンダーラインの近くで起きてるにょ!昨日言っといた小説出来た?そろそろ更新する時間なり!」
『すいません作者急病使えますか』
「連載一回目で休載しちゃ、めーでしょ」

携帯を耳にピタッと当てたローブ男は眼鏡を押し上げ、間もなくやってきた足音を聞き止めると上空を見上げる。北棟最端、四階廊下の窓が開くと同時に降りてきた赤。

「またホモ事件っスか。…って、何だその格好」
「間違えてタイヨーの部屋に行ったんだ。風呂で滑り転けたから、セレブなバスローブ借りてきた」
「どう間違えたら山田の部屋なんかに、…まさか」
「ハヤにショートカット設定させたのを忘れてた。エレベーター降りたら一歩でタイヨー、正に楽園直行便だ」
「会長権限のモードチェンジっスか。設定解除なんか無理っスよ、俺は」
「それはまァイイ、とにかく現場の防犯カメラをちょちょいと盗み見したりとか…」
「ふ、愚問っス。無理」
「ハァ」

中央書記でありながら、余りの機械音痴が災いして殆ど校内通信しか利用していない佑壱に溜め息一つ。
着ていたブレザーとシャツを脱いだ佑壱からシャツだけを受け取り、羽織ったは良いが下は相変わらず素っ裸だ。腰にバスローブを巻いた所で変態さが増しただけではなかろうか。

「ぎゃー」

携帯を睨みながらキョロキョロ辺りを見回し現場は何処だと眉を寄せれば、背後で野太い悲鳴が響いた。間もなく戻ってきた佑壱の手に何故かベルト付きのスラックスと、キラキラ光る何かが二つ見える。

「その辺の奴から借りてきました。とりあえず穿いて下さい」
「それは?」
「すぐそこが演劇部だったんで、持って来たっス」

窓が割れた音がした様な気がしたのは気の所為ではなかったのだろう。一先ず銀の長いウィッグを受け取り、かぽっと被れば何故か微妙な顔をした佑壱が外灯の下に照らされた。

「似合わないか?」
「総長が風紀に睨まれてんのは知ってますけどね…」
「ん?」

萌探索ついでに深夜の愛のないエッチ撲滅運動、左席の深夜活動は主に俊、後はローテーションで決められている。今夜は裕也と健吾が当番だが、活動は零時からだ。今回の非常警報は偶然近くにいた佑壱に連絡が行っただけである。
なのでブレザーを腰に巻いた佑壱は風呂にでも入るつもりだったのか、普段付けている首輪をスラックスのポケットに突っ込んでいた。晒した喉をボリボリ掻きながら、ザクザク茂みの中を突き進み、今にも服を脱がされそうな少年とそれを囲む不穏な空気の男達を認め振り返る。

「流石イチ、抜群の嗅覚だ。俺の萌アンテナを凌ぐとは侮り難い」
「ID辿っただけっスけど」

軽く方向音痴の気がある俊をやはり何とも言えない表情で見つめ、バスローブを豪快に剥ぎフルチンでスラックスを纏う背中へ息を吐く。
風紀に睨まれている。変装を提案したのは隼人で、皆が賛同した。姿を変えれば誰も気付かないだろう、と。だからほっかむりやアンパン●ンのお面を被った『正義のまりも』が誕生したのだから。
中央委員会配下にある風紀は左席を敵視している。下手な難癖を付けられない為に必要なのは判っているのだ。
俊が素顔を晒せば芸能人が素顔を晒す以上に目立つ。この学園では芸能人以上に有名だから。あらゆる所にポスターが貼ってあった。ほんの少し前まで。失踪したと聞いて多くの生徒らは興味をなくした様に見えたが、先日の身体測定でまた熱がぶり返した。ああもう、ばれたくないのかばらしたいのか。読めない飼い主は相変わらず意味不明過ぎる。

「ハァハァ駄目だまだ早い落ち着け不良A!脱がすのはシャツからと相場が決まって…ハァハァそこだ不良B!ベルトを外す時はカチャカチャ音を発てながら勿体付けて外すんだ!イイぞ…!」

音が響くから写真は撮らずビデオカメラモードで撮影し続ける背中を見ていた。漸く突入するのか、立ち上がった手が佑壱の右手から『それ』を奪う。


「征こう、俺の可愛いイチ」

姿を偽る為に。
中央委員会の目を背ける為に。
判っているのだ。それが必要だと判っている。なのに心は納得しようとしない。



「………兄様…」

長い銀糸を靡かせ白銀の仮面を纏う背中。忘れてしまいたい、誰かの様に。

←いやん(*)(#)ばかん→
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