帝王院高等学校
緊急事態発生でございますなり
「だからー、みんなゆってるんだよー」

随分くたびれた隼人がヤンキー座りで指を立て、桜を背負う要の尻を一撫で。素早く飛んできた蹴りを避けながら、日向を逃がした事よりも『帝王院ベストカップル賞』捏造話に食い付く佑壱を見上げる。

「要、お前も何か知ってんのか」
「ユウさんが光王子に懸想したやら、ユウさんが光王子の手籠めにされたやら、…なら、凄まじく広まってますね」
「一番新しい噂だと、二人は結婚秒読みだってさー」
「…誰と誰が」
「ユウさんと」
「オージが」

ぞわわ、と。
長い髪を逆立てた佑壱の無表情に痙き攣る隼人が尻餅を付き、ぐーすか寝ている桜を背負う要が逃げる様に部屋へ足を向けた。
逃がしてなるものかと追い掛ける隼人が要の背中に張りつき、哀れ桜はヤンキー二匹に挟み撃ちだ。

「俺と淫乱が結婚して堪るかコラァ!」
「ひっ」

漸く般若の形相へと変わった佑壱が近場の生徒を捕まえ、ガクガク揺さ振りながら叫ぶ。今にも死にそうな表情の生徒に同情しながらも、誰も助けようとはしない様だ。

「舐めてんのかテメー!俺はなぁ、総長の嫁だぞコラァ!判ってんのか弱肉強食!リピートアゲインっ、弱肉強食!」
「じゃっ、弱肉強食…?!」
「焼肉定食と一緒にしてんじゃねーぞ、ああ?!」
「ひぃいいい」
「イギリスなんかに!あんな飯の不味い国に嫁いだら俺は死ぬ!」

その前に罪無き生徒が死にそうだ。

「昼飯でケーキ食う様な国に嫁いだら!昼しかまともに飯食わねぇ国に嫁いだら!カリフォルニアロールにパパイヤ入れる様な阿呆な国に嫁いだら…殺されてしまう」
「あああ、あのっ、同性婚は認められてませんよぉっ」
「んな事ぁどうでも良い!総長ぉっ、今すぐ俺にプロポーズして下さいぃいいい!!!高坂に犯されるぅううううう」

半狂乱で走り去った後ろ姿を見送り、九死に一生を得た生徒は涙ながらに息を吐いた。哀れな彼は一年Sクラスの目立たないクラス委員長である。
見ていた生徒達は見なかった事にするらしく、ふらふら去っていった。紅蓮の君親衛隊は不良ではあるが常識人ばかりだ。あの顔と図体で「犯される」などと宣いながら走り去った佑壱なんか、記憶に残したくないらしい。

然しあんなんでも最強の部類に入るヤンキーなのだから、親衛隊も大変だ。


「紅蓮の君…噂を広げてるのが天の君だって知ってるのかな?」

ぽつり、呟いた野上クラス委員長は風呂上がりの濡れた髪をタオルで拭いながら、散らばった風呂セットを拾い上げる。全校生徒のIDカードに毎朝送信されている左席便覧で、着ぐるみ姿の佑壱が日向の部屋にお忍びしたと言うニュースが載ったのは今朝だ。
但し半分寝ている佑壱を腐男子が羽交い締めにしていたのだが、低血圧と誉れ高い佑壱が知っているのか否かは謎に包まれている。


残念なのは、佑壱が一々カードに送られてくる速報を見ない事か。もし見ていたなら少しはマシだったのかも知れない。


「はぁ。中等部時代は皆勤だった山田君も教室に戻って来なかったし…安部河君も委員会の仕事忘れてるみたいだし…」

学園最大人数を抱えるチェス部の一年主任である委員長は、あだ名こそ委員長だが委員会には所属していない。あくまで一年Sクラスのクラス委員長と言うだけだ。
本来ならば帝君又は次席辺りがクラス委員長を勤めるべきだが、左席役員である俊にも隼人にも頼めない。3年Sクラスのクラス委員長は白百合、2年Sクラスの委員長は王呀の君、と言う豪華キャストだと言うのに、だ。

「はぁ。明日も図書館に行かなきゃ…」

シフト制である図書館の仕事表を眺め、図書館常連である委員長は切ない溜め息を吐いた。桜や隼人の代理で司書補佐をしている彼は、気苦労ばかり堪る典型的なA型気質らしい。

「それより東雲先生は帰ってきたかな。提出書類渡さなきゃいけない…」

寮長部屋に居なかった村崎を待つ間、大浴場で汗を流していただけの彼はふらふら寮長部屋に向かった。雑用ばかり引き受けて中々勉強時間が取れない彼が、Sクラス10位以内にランクインしていると言う事実が泣かせる。
去年までは九州の分校で共学生活をしていたのだが、そこでは常に帝君だった影の実力者だ。目立たない委員長よ永遠に。

「あ、天の君に感想文送らなきゃ…」

腐男子帝君から無理矢理ホモ本を押し付けられてもめげずに、勉強時間が減っても徹夜上等で。
書類を小脇に風呂セットを抱え、携帯を開いた彼は律儀に長文メールを制作した。


彼の気苦労が少しでも報われます様に。












「あー…」

ぱちり、と目を開き、凄まじい頭痛に顔を歪めながら起き上がれば、薄暗い部屋の中だった。
何処だ此処は、と、立ち上がろうとした体を何かに押される。

「しっ」
「…マジェスティ?」

薄暗いながらも唇に指を当てた村崎が見えた。習慣の様に敬称で呼べば、暗い部屋のドアから零れる光と愉快げな笑い声が聞こえる。
子供の声、だろうか。それも酷く幼い声だ。

「じーじ、まだ帰って来ない」
「新しいモルモット試したいのに」
「だぁめ、また怒られちゃうよ。じーじ、まだ怒ってるかも」
「怒ってないよ、だってじーじは枢機卿」
「家族より研究が大事なクレイジードクター」
「プロフェッサークレイジー」

きゃっきゃっ笑う声は複数、但しどの声も同じ子供の声に聞こえた。ならば独り言かと疑ってしまうが、笑い声の合唱が直ぐ様その疑惑を打ち消した。

「…此処が何処だか判るか?」
「マップ開きゃ判るだろ。プライベート、」
「あかん、探知されたらどないすんねん」

自棄に緊迫した声音に眉を寄せ、小声過ぎて擦れている村崎の手を振り払った。よくよく見れば、マナーモードに設定された携帯が村崎の手の中にある。

圏外だ。

「妨害電波、か?」
「判らん。学園の中なのは間違いない、と、思うんやけどな…」

頭痛が止まない。
思わず眉間を押さえ屈み込めば、携帯から手を離した村崎が背中を擦ってくれる。
最後の記憶は無機質めいた笑みを浮かべる白衣の、男。

「アイツ…」
「ただの催眠ガス…や、ない筈や。俺でも30分寝こけてまったからな、大分寝とったお前はキツいやろ」
「油断しただけだ。虫も殺さねぇ面してる癖にあの野郎…」
「理事会直属の養護教諭、やで。正攻法で適うかボケ」
「くそ、理事会絡みっつー事は…」
「十中八九グレアムでっせ、殿下」

笑う村崎を睨み、この状況でどうしたものかと腕を組んだ。
忌々しい名前である。確かに男爵の嫡男は神威だが、同列の血を引く子供ならば神威よりも年上である零人が優先だった。

「面倒臭ぇ。帝王院め、今度あの口にチョコバット突っ込んでやる…」
「それが本来やったら男爵になっとった人間の台詞か」
「認めたかねぇけど、俺がマジェスティにしちまったアイツは俺の従弟だかんな」
「確かに、顔はともかく性格は似とるかもな」
「帝王院と俺様がぁ?んなもん、俺のがよっぽど良い男だろーが」
「きゃはははは!」

一際大きな笑い声が部屋中に響き渡った。同時に振り返れば、ドアの隙間から覗き込む目が幾つも。
にたり、と。笑うまるでクローンの様に良く似た子供達がそっくりな目を見開き、ニタニタ唇を吊り上げている。

「起きてる」
「ネズミが起きてる」
「ねぇ、じーじ、まだ帰って来ない」
「内緒で実験しちゃおうか」
「きゃはははは!」

尋常ではない生き物だと、すぐに判った。どれもこれもあどけない笑い声を発てているが、ホラー映画以上の恐怖感を与えてくる。
庇う様に身を乗り出した村崎の背後で頭痛を押さえ込み、威嚇する様に睨み付けた。

「テメーら、俺が誰だか判ってんたろうなぁ」
「モルモット?」
「モルモットが喋った!」
「じーじ、まだ帰って来ないの。ねぇ、暇潰ししよーよ」
「踊って踊って!」
「陛下の為に踊ろうよ、人間」

吹き飛んだドア、夥しい量の黒い鼠が傾れ込んでくる。ホラー通り越してSF映画だ、と気色悪い光景を目の当たりにして立ち上がった。

「それねぇ!自信作!」
「商標名はバイオジェリー!」
「噛み付かれたら、肉が腐ってとろけちゃうよ!」
「触ったら皮膚が爛れて癌になるかもね!」
「ね、ね、可愛いでしょ?」
「冗談、だろ」
「可愛くないわ!」

零人のレザーパンツを這い上がってきた黒い鼠を振り払えば、冗談だと思っていた零人の目に焼き焦げた様な脛が見えた。
ジャージの上着を脱いだ村崎が大量の鼠を凪ぎ払い、ジャージで閉じ込めた鼠の山を踏み付ける。

「きゃー!潰れた感触ぅ!ごめんなぁごめんなぁ、恨まんといてやー!」
「っ、東雲っ、足を離せ!」

黒い液体がジャージを溶かしていく。どろどろと繊維が溶けて、焦げた様な匂いが広がった。

「生物兵器かよ!」
「ひぃっ、靴底が溶けとるぅ!」

逃げ惑う村崎と、部屋の中にあったパイプやら段ボールやらで鼠を追い払う零人が、高い所へ高い所へ這い上がれば。
待ってましたとばかりに腹を抱えながら笑い転げていた白衣の子供達が、床を這い回る鼠を抱き上げ、にたり、と。また。笑った。

「あー、面白かった!」
「こんなに可愛いのに踏み付けるなんて、野蛮」
「可哀想なバイオジェリー、敵討ちしてあげるからね」
「全身解剖して、隅々まで実験してあげる」
「ああ、心配しないで」

何故触れるのか、と。
村崎が言葉もなく唇を震わせているのが判る。レザーを焼き、ジャージを跡形もなく溶かした恐ろしい鼠を何故、触れるのか、と。
見れば白衣の袖が溶けていくのが判った。腕が焼けているのにニタニタ笑っている彼らは、同じ顔を歪めながら注射器片手に部屋へ入ってくる。

「…っ、プライベートラインっ、」
「無駄」
「ほら、見て?」

天井を指差した一人につられて、ゆっくり仰ぎ見た。銀の羽根が浮かび上がる天井、何だあれはと訛り無く呟いた村崎の擦れた声を聞きながら、

「シルバー、フェザー…」
「銀の翼は枢機卿の証」
「黒い翼は唯一神の証」
「じーじはね、枢機卿だったの!」
「じーじはね、陛下の為なら何でもするの!」
「家族より研究が大事なクレイジードクター」
「孫より研究が大事なプロフェッサークレイジー!」

針が真っ直ぐ零人に向けられた。積み重ねられた段ボールの上に上がっている村崎では、窓辺に乗り上がっている零人を庇う事は出来ない。

「テメーら…」
「細胞を頂戴」
「クライストJr、憎たらしいクライスト枢機卿の細胞を頂戴」
「ファーストそっくりな君からシンフォニアを作らせて?」
「ベルハーツのシンフォニアは失敗作だったから」
「ハイドンが邪魔した、失敗作だったから」

黒と、白。
夥しい鼠と同じ顔をした白衣が真っ直ぐ、真っ直ぐ。零人へ襲い掛かる。
我が身を顧みず鼠の海へ飛び込もうとした村崎の足元が、一気に燃え盛った。

「なっ、」
「東雲?!」

黒い液体が燃えている。
鼠の残骸が燃え上がり、夥しい量の黒い鼠を次々に焼いた。
動きを止めた白衣達が緩やかに天井を見上げ、

「また邪魔をするの」
「憎らしい」
「これはきっと憎悪」
「いつかお前を解剖してやる」
「憎いハイドン」

不協和音の呟きを残し、ぴたりと動きを止めた。燃え盛る炎、降りる事が出来ず息を呑む零人と村崎の前で作動したスプリンクラーが炎を包み込んでいく。
焦げた匂い、濡れた部屋、白衣姿のまるでマネキンの様に動かなくなった五人、天井に浮かび上がっていた銀の羽根は最早跡形もなく消えていて、残ったのは静寂だけ。

「何なんだ、一体…」
「どないなっとんねん」

ひょいっと飛び降りた村崎が動かなくなった五人を覗き込み、触れようとした所で笑い声が響いた。


「触んねー方が良いよ、センセ」

ああ。
誰かに似ている様な気がしたのだ。余りに瓜二つな白衣の子供達が、赤み掛かった金髪の子供達が、誰かに。似ている様な気がしたのだ。

「お前…」
「へぇ、テメーがグレアムのスパイだってのか」
「勘違い甚だしいっつーの。言っとくけどさぁ、ソレ。ロボットだかんね」

動かなくなった五人を指差した彼は妖艶に笑い、まるで指揮者の様に腕を広げた。

「俺はさぁ、楽しければ良いの。自分が一番大切じゃん、皆さ。だから俺は俺が一番幸せだったら、それで良かったんだよ。ずっと」

嫌われちゃうからさぁ、と。囁いた美貌が首を傾げる。

「あの人には言わないで。他の誰に言っても良いから、あの人には言わないで」
「おい、待ちやがれ」
「あの人って、まさか…」

泣きそうに歪んだ目元が背を向け、ひらひら手を振る。一匹だけ残った黒鼠を、何処からか現れた白猫が追い掛けていくのを見た。

「踊らされてる気がしない?皆、誰かの手の中で」

微動だにしない白衣のマネキン、断末魔の悲鳴、にゃおん、と可愛らしく鳴いた猫が再び何処かへ消える。

「交換条件かい。…まぁ、俺はええけどゼロはどうやの」
「裏切ったら、消す」
「主語が足らんて」
「佑壱を裏切ったら、テメェら全員ぶっ潰す。どんな手、使ってもなぁ」

振り返った唇に笑みはない。

「明日は用があってね。楽しみだから、裏切ったりしないよ」
「…テメェらは皆、胡散臭ぇ」
「はは、そら良いや」

瞬いた眼差しがゆらりと細まり、一言。



「─────取り引き成立っしょ?」

朝はまだ、遠い。

←いやん(*)(#)ばかん→
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