帝王院高等学校
連続通り魔事件発生中なりん
想像してくれないだろうか。
突如通り魔に襲われた生娘の気分を、だ。

「んゃ、むむむっ、む」

唇を割り開け、傲慢に侵入を果たした舌先が縦横無尽に走り回る口腔。息が上がる。


隊長っ、鼻呼吸に切り替えます!
駄目だ!この時期は花粉症の危険がある!
隊長っ、鼻水で穴封鎖!呼吸出来ません!
事件は会議室で起きてるんじゃないっ!鼻の穴で起きてるんだ!


以上、山形男子の鼻から中継しました。
山形男子を知らない人は頑張って考えてみよう。草食男子とはまた違う。山形→さくらんぼ→チェリー………あ。


「ふぇ」

こてり、と。鼻水を垂れ流しながら呼吸困難で倒れた主人公、もう色々駄目かも知れないなどと半泣きならぬ完泣きで人生を諦めてみた。
異常に楽しそうな美貌が耳を噛み、異常に無駄の無い動きでスラックスの中に侵入してきた手に怯むのも今更だ。ベルトをいつ外されたのかすら判らない。何だこの素早さは。童貞にはまず有り得ない手の速さは何だ。

「カ…イちゃ、」
「どうした」
「お尻、揉み揉みしちゃ、やー」
「ファーストには寛容し、俺は許諾出来ぬか」
「ほぇ、あっ、カイちゃんっ、やァ!」

尻を這い回る手に意識を奪われ過ぎた。腹を撫で回していたもう一方の手が、とんでもない所を鷲掴む。とんでもない所を、だ。確かに神威と比べればとんでもない事もない程度のサイズだがごにょごにょ、

「ななな」
「無反応、とはまた、著しく発育に欠けている」
「カカカカイちゃん、こっこっこっ」
「随分慎ましく愛らしい。俺の手に収まっているぞ」
「此処を何処だと…!」

もにゅもにゅ、他人の手でそんな所を揉まれる日が来るとは。いや、キスされた事はある。唇にも、下にも。そんな不埒な事をしやがるのは神威だけだ。
未だかつて女の子と手を繋いだ事もない(母親は女ではない、あれは最早オッサンだ)遠野俊15歳、花も恥じらうさくらんぼ男子だが、ぶっちゃけた話、そう言う行為の知識は全くない。

BL本で学んだ性教育は実用的ではないのだ。キスしてベッドインした次のページでは、朝日が昇っている漫画ばかりなのだから。
いや、小説では確かにそう言う描写がない事もない。昨今、性に興味がある若者ならばゲイではなかろうと同性同士のABCを知っているくらいだ。下ネタ万歳である高校生ならば、興味があってこそ当然。そう、リアルな高校生なら、だ。

「やっ、ふぇ、ばい菌、ばい菌入っちゃうにょ!うぇ、うぇん」

昼間のトイレに一人で行けない主人公は、幼い頃に母親から教えられた「汚い手でちんちん触ったら腫れ上がる」と言う言い付けを守り抜いてきた。
つまり、トイレで用を足す前に手を洗う変わった男なのだ。いや、主人公の変態具合は皆さんご存じだろうが。

「カイちゃん!やだー、やだー、うっうっ、腫れちゃうにょ!」

此処を何処だと思っているのか。
そう、寮内だ。すこぶる不健全だが、紛れない寮の廊下である。通行人がぎょっと振り返り、教師が貧血を起こす廊下である。
中央委員会長の素顔を知っている教師達には、とりあえず御愁傷様と言っておこう。注意したくても、相手は「神帝」だ。恐ろしい。

「うぇぇぇん、カイちゃんの馬鹿ァ!あほー」
「尻から力を抜け、入らん」
「何を入れるつもりィイイイ!!!」

神帝と知らない生徒達も呆然としている。片や下半身ほぼ丸出しの左席会長、片や腰が抜けるほどの美形だから意味不明。
無表情で強姦しようとしている美貌に目を奪われ、助けて下さいと言う必死の形相で眼鏡を光らせるオタクからうっかり目を逸らす。皆の反応はそんなものだ。ただでさえ地味を通り越えたもさもさの眼鏡っ子が、涙やら鼻水やら垂れ流す光景は余りにも美しくない。

アーメン。


「ひっ、ヒィ!ななな何かお尻にっ、あたっあたっ当たって…っ」
「案ずるな、指だ」
「指?!」
「読み更けた書籍では、3本を目安に挿入するとあったが…」
「カイちゃん!落ち着きなさいっ、僕はタイヨーじゃないにょ!」
「俺の視力は良好だ」
「カイちゃん!今度はちんちんに何か当たってますにょ!」
「質量は些か変わるが大差ない」
「ヒィイイイイイ」

ガタブル震える俊の眼鏡が吹き飛んだ。慎ましく震えるさくらんぼ…いや、主人公のちんちんに、ちんちんと呼ぶには余りに可愛くないサイズのナニかが当たっている気がする。スラックス越しなのが救いだ。

「変化なしか。ふむ、よもやこれで臨戦態勢ではあるまいな」
「ふぇ、うぇ、うぇん、ひっく、お母しゃんっ、イイ子になるから助けやがれくそ親父ィイイイ」

オタクらしからぬ言葉遣いになる程度には、混乱しているらしい。

「ひっく、ひっく、初めてが廊下なんていやー!幾らホテルのスイートみたいな廊下でもいやー!ぐす」
「尻から力を抜け、小指すら入らん」
「入れなくてイイにょ!」
「駄目だ」
「何でっ」

いや然しこんなにも色気がないエロシーンが未だかつて存在しただろうか。喜劇通り越えた悲劇さだ。涙も出ない。

「悦楽与えれば淑やかになろう。自尊心高き雌が慈悲を乞うが如く、そなたもまた、…忘却不可の愉悦を強請る」
「ハィ?」
「直ちに学べ。この俺が与える全てを享受し、そなたが黒曜石に捉える唯一が確固たるもので在る為に」
「いっちょん意味が判らないにょ…ぎゃ!」

凄まじい握力で割り開かれた尻、近付く美貌、また、口付け。
駄目だ、不細工な悲鳴ごと形の良い唇に奪われてしまった。気持ち良過ぎる。
半月前まではキスは勿論、誰かの腕枕で眠るなんて考えられなかった。半月前まではキスは勿論、誰かの寝顔を至近距離で見つめながら目が覚める、なんて考えられなかった。

カーテン越しに差し込む朝日を帯びて、キラキラ金色に煌めく銀糸をまるで絵画を眺める様に。
ぎゅむり、と。抱き込む腕をぺちぺち叩き、緩やかに開く飴色の双眸へ朝の挨拶をする。健やかな寝息の代わりに囁く声音はまるで神聖な呪文の様に、名前を呼んでくれる。


「俊」

ああ、もう。
想像してくれないだろうか。襲われる生娘の気分を、だ。抵抗すれば良いだろう、などと他人事だからこそ宣える愚かな人間全て、想像してくれないだろうか。
遥かに凌駕する恐怖は、恐怖を通り越え別のものに代わる。諦めに酷似した安堵、だ。抵抗を許さない恐怖を甘んじて受け容れてしまえば、残るのは安堵。

「俊」

ぎゅむり、と。
抱き込まれて名前を呼ばれながら口付けられればもう、何が出来ただろう。目の前で微笑む生き物はきっと気付いているのだ。こうすればもう、全て受け容れてしまう自分に。


「しゅん」


きっと、気付いているのだ。



「なんてBL小説みたいな台詞抜かしてる場合かァアアアアア」
「む」
「ざけんじゃねェぞコラァ!俺ァしみったれた腐男子だボケェ!」

油断した神威を弾き飛ばし、鷲掴んだ眼鏡を床に叩きつけた男が乱雑に髪を掻き上げた。凄まじい黄色い悲鳴が響き渡り、丁度通り掛かった工業クラスの一行がぎょっと目を見開いている。

「初めてのチューは腹黒副会長と!初めてのエッチは生徒会室か会長専用ルームの寝室で俺様会長と!そらァ全部ご主人公様の王道プログラムだろうがァアアア!!!」
「俊、」
「俺様会長は何処じゃァアアア」

がしがし頭を掻き毟り喚く男は、俺様会長不足だった。何せ麗しの神帝は教師ですら中々拝めないと言う噂だ。目の前で首を傾げている男こそ神帝なのだが。

「腹黒副会長!俺様会長!無口ワンコ書記!双子又はチャラ男会計!ハァハァハァハァハァハァ、王道一つも被ってねェんだよ腐れ帝王院がァ!!!」

ついにはガンガン壁に頭突きを始めた男に、チワワ達の黄色い悲鳴と不良達の惨めな悲鳴が上がる。オタクが王道を妄想した瞬間浮かべた晴れやかな笑顔にやられたらしいチワワと、噂のカルマ総長に良く似た黒髪の極道顔に痙き攣った狼達の悲鳴合唱だ。

「何だぁ?」
「何だこの騒ぎは」

そこに欠伸しながら頭を掻く西指宿と、今まで眺めていたらしい書類を下ろした東條がやってくる。チワワ達の悲鳴、狼達の痙き攣った表情が益々加速し、


「浮気リーダーと、マフィアさん」
「テメ、」
「待てウエスト」

目を見開いた西指宿が俊に殴り掛かった瞬間、弾き飛んだ。悲鳴がぴたりと止む。
唖然と見上げた西指宿の目に、無表情な美貌、余りにも無機質めいた双眸が映り込んだ。

何で、と。
呟いた唇から音が漏れる事はない。


「触れるな」

どう考えても可笑しいのだ。
従うべき総帥が、何故。敵対している筈の男を抱き寄せて、こんなにも壮絶に冷え凍った眼差しを向けてくるのだろう。

「陛、下?」

誰かが囁いた。
冷え凍った眼差しを向けられて沈黙した生徒が青冷め、誰一人微動だに出来ない。

「ノイズが斯様に耳障りだと。再認識したのは実に式典以来だ」
「カイちゃん、」
「消え去るが良かろう。…我が眼前に跪け、人間共」

囁く声音が世界を凍らせる。
鎮魂歌の様に、聞いていた全ての人間が崩れ落ちる光景は凄まじい違和感を伴った。

「ほぇ!皆がっ」
「構うな」
「待、ちやがれ」

眉間を押さえながら立ち上がろうとしている西指宿に、腕を引き摺られていた俊が振り返る。スペア眼鏡を掛けながら、ずんずん歩いていこうとする神威を引っ張れば、西指宿の右腕から赤い何かが滴っているのが見えた。

「血?!血が出てるにょ!カイちゃんっ、リーダーのお手てから血が!」
「やっぱお前、が、…カイザーか。遠野俊!」

眉間を押さえたまま片膝を付いた東條が西指宿の足を掴む。然し構わず吐き捨てた男の双眸が憎悪を注げば、ぴたりと足を止めた神威が緩やかに振り返った。

「僕は地味平凡ウジ虫オタクなので、不良さんではありませんにょ。それより保健室に!そこでうっかり鬼畜な保険医に攻められてみては如何がでございましょう!」
「ざけんな!俺はカイザーの顔を見てんだよ!」
「や、めろ、ウエスト…」
「テメェがあの時っ、」

ぱちり、と。
指を鳴らす音を聞いた、気がする。それとほぼ同時に崩れ落ちた西指宿の背後、ボリボリ襟足を掻きながら長い足を下ろした男が息を吐いた。


「何だ、この集団通り魔被害状態は」
「高坂」
「ぎゃあぎゃあ煩ぇから来てみりゃ、俺様の手を煩わしてんじゃねぇぞ『後輩』」

日向の台詞と共に弱まった蛍光灯の下、佑壱を上回る雄フェロモンを垂れ流した長身を幾何学的模様が包んだ。

「はふん」

まるで魔方陣の様に現れた光の模様。日向の目の前にキーボードの羅列が浮かび上がり、俊の眼鏡に反射する。裏側から見るキーボードは全て反転していて、だからこそ現実味が余りにも薄い。
ファンタジー映画の様な光景だ、と。果てしなく庶民出のオタクは息を吐いた。

「プライベートライン・オープン、システムリソース。これよりモードチェンジを行う」
『コード:ディアブロを確認』
「三階エリアを軸にアンダーを切り離せ」
『了解。………52%』

完全に消えた照明。
カシャン、と言う音と共に近場の階段がシャッターで閉めきられ、何事かと振り返った俊の目前で再び開いたシャッターの向こう側がエレベーターに変化した。

「お前はまだ知らない事が多過ぎる。…呑み込まれる前に、把握しとけ」
「ぇ」

パクパク口を開いては閉じる俊の腕を引き、迷いなくエレベーターに向かう神威は平然としたまま。
バタバタやってくる足音を振り返りもせず、日向の台詞を問い質す暇も与えずに開いた密室空間に閉じ込められた。

「無駄を減らせ、高坂」

一瞬、振り返った美貌が囁いた言葉で痙き攣った日向の視界に、閉まるエレベータードアが映る。警備員によって運ばれていく生徒達を横目に、舌打ちした。

『………83%………86%』
「面倒臭いシステムなんざ作りやがって、どっちが無駄だ阿呆が」
『強制接続、コード:ルークの承認によりシステムを書き替えます。………42%…98%、書き換え終了』
「ちっ」

二葉ですら数十分懸かる作業をものの数秒で終わらせた化け物に舌打ち、今し方閉まったばかりのエレベータードアが開くのを横目に、

「…ありゃ、自分からばらしてる様なもんだろうが」
「おや」

呟いた唇を痙き攣らせる。
聞かれていないだろうか、などとポーカーフェイスの下に狼狽を隠せば、時価数千万の着物を纏った美丈夫は扇子片手に微笑んだ。

「寝室へ戻るつもりでしたのに、野獣の檻に出てしまった様ですね。私のうっかり屋さん」
「薄気味悪い一人芝居やめろ。んな格好で何してやがんだ、お前はよぉ」
「野暮な事を聞かないで下さいな」

ぱちり、と。
開いた扇子が閉じる、音。だが然し、神威を相手にした後ではこの男ですら可愛らしく見えるから不思議だ。

「双葉葵の紋付き羽織って野暮用、なぁ」
「夜這いしようかと思いましてねぇ」
「俺様に選ぶ権利を下さい」
「嫌ですねぇ、誰が高坂君なんぞ襲いますか。


  許婚の元に決まってるでしょ」


鬼畜通り魔が左席副会長を狙っているらしい。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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