帝王院高等学校
淘汰を歌う回旋曲
だから言っておくが、この世に俺以上のつまらない人間はまず存在しない。俺以上に無価値な存在が現れたら槍が降るだろう程度は有り得ない話だ。

運命、と言うものは余りに非現実的だと思わないか。運命と名付ければ酷く印象的に聞こえるだけの『必然』でしかない。
つまり全て『脚本に基づいた舞台上』と言う訳である。


俺以上につまらない人間はまず存在しない。それはもう、確定的に。なんて無価値な雄だろう、と考える。
運命と名付ければ全てが酷く有意義に思えてしまう。ああ、人間とは余りに単純だ。
善きも悪きも等しく全て、運命なのだと一言で片付けられる。今日大切な誰かを失ったとして、『運命だったんだ』と己を納得させる呪文を唱えるのだろう。神になど祈った事もない癖に、望みが増えれば容易く願う人間だからこそ。


俺と言う生き物は余りに面白味がない。俺と言う生き物は余りに無価値な動物なのだ。


この世の全てが恋しい。
この世の全てが愛しい。
けれどただ一つだけ、そうではないものが存在した事に気付いた。
過不足なく愛しいのに、惜しまず愛でる事が出来ない『生き物』。

泣き顔が見たい。
絶望の最中で負に飲み込まれる刹那の表情が見たい。
今にも狂い落ちる瀬戸際に手を伸ばせば、卵殻を割り出た雛の様にその生き物は俺から離れられなくなるだろう。
だからそう、俺から与えられる全てに絶望し、俺から与えられる全てで依存すれば良いのだ。


俺以上に無価値な生き物は存在しない。何しろ俺と言う生き物は、求める唯一の為なら世界を躊躇わず見捨てる筈なのだ。


俺の世界はあの生き物を中心に廻り続けている。今も一瞬先の未来も、俺と言う世界がこの世に存在する限り。


なんてつまらない雄なのだろうか、俺は。







脚本通りに動く動物達が、こんなにも愛しい。










「コンコン、夕ご飯のお時間にょ!もしもし、タイヨーちゃん」



つまりは全て、存在淘汰の脚本でした。

自己啓発に富んだ生き物は軈て、世界と言うには余りに狭い己の生涯に名を付けるのでしょう。
英雄と呼ばれる故人が自伝を残す様に、誰に知られずとも、いつか。


さぁ、過酷と呼ぶには余りに陳腐なシナリオの欠片を握り締め、ヒロインを陥れましょうか。


最初から全てが物語。
奇術師と道化師が企てた、些細な舞台の閉幕に過ぎないのですから。



森羅万象、須く全ての。
生み落ちたものは、終末を求めたゆたうのです。







「めそり」
「俊君、ぉ饅頭食べる?」
「ぐす。タイヨーにあげて欲しいなりん」
「でも太陽君、部屋に籠もってからずっと出て来なぃんだよぅ」
「放っておけば良いのです。安部河君、過保護は決して誉められませんよ」
「錦織君…」
「さっくん、ここ間違ってるー」

出された課題を広げ、いつもの場所、ラウンジゲート手前の休憩スペースで気のない欠伸を発てる隼人が腕を伸ばした。

「四方に一つずつ増えるスクエアでダイアを作るんだから、2χ2乗+2χ+1が仮説でしょー」
「ぇ?ぅん」
「平方根で崩してるだけなの。√2χに騙されてんじゃん、直せてない」

隣に座る桜を覗き込み、指摘した回答欄を指差したままシャーペンで素早く方程式を書き替える。

「ぁあ!」
「上下左右に5個正方形を並べた場合、升目の数は50+10+1=61が答え。ちゃんと見なよー、中心は一つしかないんだからあ」
「有難ぅ、はっくん。初歩ミスしてたぁ」
「天むすのお礼ー」

太陽が心配らしく、一向に夕食を取ろうとしない俊を慮り、重箱に海老天のお握りと佃煮・だし巻き卵などの手で摘める料理を詰めてきた桜に、へらっと笑った隼人が米粒が付いた指を舐めた。
俊が食べないなら同じく自分も食べない、と言う俊独尊主義な要は無糖コーヒーを小脇に課題を終わらせた様だ。シャーペンを鼻とタコの様に窄ませた唇の間に挟め、もにょもにょしている俊を見つめている。帝君の課題は真っ白だ。

「何処か判らない所がありましたか?」
「判らないのは二葉先生の企みだけなり」

しれっと吐き捨てたオタクに皆が瞬き、ポロっと零れ落ちたシャーペンがテキストの上を転がると、へにょっとテーブルに顔を伏せた俊の眼鏡が曇った。

「判り難いデレじゃ駄目でしょ。ツンデレは尖り抜いた挙げ句にデレちゃうから、コロッと来るものなりょ」
「猊下?」
「ボスー」
「なァに、モテキングさん」
「作戦B、失敗しましたあ」

ぶつぶつ呟く俊に眉を潜める要の向かいで挙手した隼人が、笑みを消して宣う。意味が判らない桜が隼人を見つめ、無表情になった要が俊の旋毛を見やった。

「やはり接触したんですか。義兄が親しげに話し掛けてきた時点で判ってはいましたが」
「まっつんは善い人でした」
「ボスの基準どんなん」
「美月を善と呼べるのは貴方くらいですよ、総長…」

素で呆れたらしい要が口を押さえ、素早く辺りを見回す。近頃中央委員会がカルマを探していると言う話は聞かなくなったが、未だに全校生徒の興味の的である“カイザー”がこんな所に居たら大問題だ。

「隼人くんねえ、絶対アイツが怪しいと思ってたんだあ」
「アイツ?」
「カイちゃんはただの腐男子にょ」

頭を掻きながら椅子に深く座り直した隼人へ、弄んでいたシャーペンで落書きをしていた俊が目を向けず呟く。沈黙した要が無意識だろうか、耳飾りの羽根を弄び、

「でもねえ、下院総会に神帝居たの。あの顔は絶対見忘れねえ、…グレアムは蒼目だって言ってたし」
「誰から聞いたんですか、それは」
「セフレ」
「相変わらず品のない…」
「っつっても、思い込み激しいっつーか扱いが面倒っつーか。言ってもない事、勝手にしたりする使えない駒だけどねえ」
「柚子姫を駒呼ばわりか」

囁く声音が笑みを帯びた。
ぞくり、と背を震わせた桜が息を呑む音。ズレた眼鏡を押し上げた男を目前に、何処まで気付いているのかと痙き攣った笑みを浮かべた隼人へ要の目が刺さる。

「彼のハヤトを見る目はある意味異常ですから、ケンゴですら気付いています。恐らく」
「馬鹿猿があ?」
「舐めて掛かると痛い目に遭いますよ、ハヤト」
「健吾は悪戯好きだ」

ひそり。囁いた男が携帯を開いたまま、ぐっと背を伸ばす。
相変わらず何を考えているのか、と俊を見やった隼人の前で、クルリと回したペンを握った男は真っ白だったプリントに素早く何かを書き込んだ。

「作戦A、風紀委員長」

おさらいをしよう・と。
囁いた唇がプリントに刻み込む文字列は明らかに日本語ではない。だからと言ってアルファベットとも異なり、ましてやアラビア語でもハングル文字でもなかった。

まるで何かの記号の様に。
すらすら淀み無く描かれていくそれはまるで絵画の様で。ただの落書きと片付ける事は出来ない。


「アイヌ文字ですかね」
「無理。そんなん、ユウさんしか読めないもんねえ」
「Subject:タイヨー総愛され化計画、副題『二葉先生に嫉妬させよう計画』その1」
「「「…は?」」」

蚊帳の外だった桜までもがぽかんと目を見開き、呟きながらプリントにザカザカ書き込んでいく男を見た。

「Target:叶二葉、自宅は京都府。茶道家元、自身免許皆伝にて門下生を持つ純和風青年」
「叶家はぁ、平安時代から続く旧家だって聞いた事がぁるよぅ、おじぃちゃんからぁ」
「純和風って、ねえ?カナメちゃん」
「叶二葉は五歳まで香港で育った筈です。…俺の教育係でしたから」

語尾を中国語で呟いた要に、中等部必修科目だった為に通じたらしい桜も口を閉ざす。

「格闘センスはユウさん以上、持久力は測定不能。あれに目を付けられた人間にもたらされるのは『破滅』だけ」

にやけた隼人が口笛を吹いた。

「ぶっちゃけさあ、オージのが厄介だと思うんだけどー」
「彼は御三家最後尾ですよ?確かに一般離れはしているでしょうが、」
「ピナタの方が強いだろうな」

ぽつり。呟いた俊の手からシャーペンが落ちる。開いたままの携帯を横目に口元は相変わらず無愛想なまま、何故か愉快げな声音で宣うに、

「何せ、イチ相手に八割方手加減してる」
「な」
「…だよねえ。隼人君だって油断してるつもりなかったのにさあ、簡単に負けちゃったんだもーん」
「はっくんっ、光王子に喧嘩売ったのっ?!」
「あは。ゆってなかったっけー?この前ねえ、懲罰棟にブチ込まれてカチンと来たからあ、殴り込みに行ったのー」

眉間を押さえた要とテーブルに崩れ落ちた桜へ、にこにこ微笑む隼人にBL本をどさっと積み上げた男が指を立てる。

「ハヤちゃんドンマイ」
「ボスー、昨日より増えてるよお」
「どんどんBLにハマりなさい、そして同人デビュー」
「隼人君ってばどっちかってゆーと理系じゃん。芸術より技術派なんだよねえ」
「SubjectB:帝王院学園征服」

晴れやかに宣った男へ全ての目が刺さり、面倒臭げに文庫本を開いていた隼人がその姿のまま一切の笑みを消した。


「丘の上に行っただろう、隼人」

歌う様に眠りを誘う様に。
紡がれる台詞に桜が首を傾げ、痙き攣った要が耳を塞ぐ。

「何かを探しに行ったんだ。そこで何かを見た。一つだけ足りない何か。…それは何だった?」

催眠術の様だ、と。
今にも眠りに落ちそうな桜の隣、柔らかい笑みを浮かべた隼人が見えた。陶酔するかの様に微笑んだ唇が、

「ボスー、…何年一緒に居ると思ってんのアンタは」

然し言葉に乗せたのは問い掛けへの返事ではなく、文庫本の紙で自ら切り付けたらしい指先に滴る血液を舐めながらの嘲笑だけだ。

「自白させよーなんて甘いにょー」
「ふむ、効かないのか。イチならすぐ唐揚げ揚げてくれるのに…」
「そーゆーのはねえ、単純な奴が引っ掛かるんのー。ユウさんはあ、単細胞ー」
「隼人」

覗き込んできた漆黒の眼差しが、灰掛かった色素の薄い眼球に映り込む。瞬きする間もなく開いた唇を前にその角膜は、水晶体へ何を映したのだろう。

「Close your ear, this is all fiction.(聞いてはいけない。これは全てまやかしだ)」

笑う唇を見たのだと思う。
傍に居る筈の要と桜が、コクリコクリ今にも眠りに落ちそうな表情で舟を漕いでいた。
自ら切り付けた筈の指の痛みももう感じない。真っ直ぐ、心の奥底まで見透かされている様な眼差しが、ずっと。見つめてくる。いつもなら絶対に目を合わせたりしないのに。余りに意志が強過ぎるこの双眸は、人を惑わせる毒を含んでいるから、今まで。


「隼人」

警戒していた筈、なのに。
聞くなと言いながら呼び掛けてくる唇を見つめるしか出来ない。

「や、だ」
「どうして」
「信、用、してない奴、に。話したく、ない」
「信頼しているぞ、皆を」
「嘘つき」

笑う唇を見た筈、だった。
何故か特殊学科の人間がカルマ総長を探していると言う密かな噂話、動きのないABSOLUTELYも油断は出来ないとか、色々。走馬灯の様に過ったものを、喋るつもりはないのだ。
だから、不安要素を知らせる必要はない。妨げになるものは全て取り除くのが自分達の仕事。報告する必要はない。カルマは皇帝の犬、王を煩わせる全てを取り除くのが仕事だからだ。

「うそつ、き」
「頑固ねィ、石頭はタイヨーの専売特許なりん」
「仲間割れか、餓鬼共」

今にもテーブルの上に倒れ込みそうな隼人が必死で意識を保とうとしている。キッと睨み付けているのは俊の、後ろ側。

「あ、は」
「ハヤちゃん、めっ」

片手でテーブルに縋り、もう片手で耳にぶら下がったピアスを引きちぎろうとするのが判った。

「血が出ちゃうにょ」
「…ボス」

背後に誰が居るのかは知っている。頬杖を付いている要はともかく、腕枕で寝ている桜は不味いだろう。

「背後霊が見えるにょ」
「ヒィイイイ」
「金髪の幽霊」

眉間を押さえた隼人がふらふら立ち上がり、頭を抱える俊へ覆い被さった。

「相変わらず舐めた餓鬼だな、テメェは」
「早く成仏しなよー、オージ先輩」

目の前には、隼人と並ぶ長身。


「ハァハァハァハァハァハァ、攻×攻の見つめ愛!萌えぇえええ!!!」
「「…」」

睨み合いが同情し合いになったので、殴り合いの危機は去った様だ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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