帝王院高等学校
報われない副会長にミアモーレ!
「ごめんな、気付くの遅くて。折角電話くれたのに」

無意識に微笑みを象ろうとする唇、両頬が痙き攣る感覚に自嘲すら浮かばない。
寄り掛った白壁、照りつける陽光を見上げ、受話器の向こうから零れる女の声に、また。居もしない相手へ1つ2つ頷いてみせた自分は、昔母親が笑った様に『日本人』なのだろう。

「ああ、了解。良いぜ、判った。いや、アイツなら気にしなくて良い。んな事で気ィ遣う奴じゃないから」

だから自嘲も浮かばない。
責任転嫁した所で、現実はいつも不変だ。過去は何一つ変わらない。
子供を守って死んだ女性が、まるで女神か英雄かの様に残った家族の胸に留まり続けても。仕方がないのだ。

「新歓祭、待ってっから。…じゃ、また」

口付けた受話口、恥ずかしげに笑った声が通話終了表示と共に奏でた電子音に消えて。
何の感慨もなく眺めた携帯電話を握り潰した。パキリ、と。砕けた機械に用はない。また新しいものを買えば良いだけだ。


「今月5台目かよ」

呟いて放り捨てた鉄の残骸、どうせ買い直すなら壊すなよと揶揄めいた笑みを浮かべた相棒は、何処で遊んでいるのだろうか。


─────相棒?


「…」

等価交換なら確かに相棒だ。
持ちつ持たれつならば、腐れ果てた縁も傍から見れば強い絆で結ばれている様に見えるだろう。

だから嘲笑すら浮かばない。

『恋人』相手には、携帯の向こう側へさえ笑い掛けようとするのに、だ。



「あー…」

何も彼もがどうでも良くなる時がある。全て投げ出せば楽になると言う現実逃避はその実、これ以上ない正論ではないだろうか。
花も恥じらう高校生がこのていたらく、草葉の陰で呆れ果てる女性が目に浮かぶ様だ。この世で一番大切な女性は彼女だけ。この世で一番大切な女性は、自分を守ってこの世から消えた。


今や小さな小さな壺の中。
眠った様に美しい死顔を記憶に刻んで、英雄と化した女神は空の上に居るのだろう。
つまらない父子関係に溜め息を零しているかも知れない。何せ父親とは十年近く会話らしい会話をしていないのだから。


劣等生になれば何かが変わるだろうと考えた。気難しいと評判の父親も、一人息子がSクラス降格生になれば流石に目の色を変えるだろう、と。
けれど報せを聞いた父親は小さく息を吐いただけ、善いとも悪いとも口にはしない。馬鹿な事をした。いや、馬鹿な事をしている。ずっと。



「誰も居ない所なんか、あんのか」

楽園に行きたい。
誰も居ない遥か彼方何処かへ。
大切な人だけ連れて、何からも左右されない小さな楽園へ。


煩わしく歌う携帯電話も存在しない。
雁字絡めの法律も存在しない。
誰からも傷つけられず、誰も傷つけない、何処か。本当に、存在するのだろうか。



自分の意志など何処にも存在しない。命じられるまま動くのは何も考えず済むから楽なのだ。



「面倒臭ぇ」


呟いた台詞と共に目を閉じた。


『恋人でも作ったら』などと他人事の様に宣った男は未だ、『恋人と別れたら』とは言わない。
意志など何処にも存在しない自分は、だから未だ命じられるままきっと誰かを傷つけている。


新しい携帯電話に変えても、きっと。












ぽけー。
惚けた表情で在らぬ方向を見つめている彼は、生ゴミやら紙屑やら投げ付けられても微動だにしなかった。

「やめてよぅ!何でこんな事するのぅ?!」
「何だよ!そんな奴庇うならアンタも同罪だよ!」
「皆っ、やっちゃって!」

授業放棄した太陽が心なしやつれた表情でフラフラ歩いていくのを、生来のお人好しが災いした桜が必死に追い掛け、寮を目前にして絡まれたのだ。
白亜の建物を見るなり『白百合』と呟いた太陽は壊れた笑い声を響かせ、ケタケタ笑ったかと思えばポケーっと在らぬ方向を見つめている。精神的ダメージは計り知れない。

「世界の皆さん、お元気ですか。ワラショクご利用の際は是非ご連絡下さい…くっくっくっ」
「ひ、太陽くーん!」
「けっけっけっ、一律9割引きじゃあ!あはははは!父さんが倒産するよねー」
「太陽くーん!!!」

もう駄目かも知れない、と。
ぶっ壊れた太陽を前に今にも泣きそうな桜と言えば、親衛隊やらファンやらから石ころを投げ付けられ、避けるのも忘れ、太陽を庇う様に両腕を広げた。
痩せれば爽やか系イケメンらしい彼は、どちらかと言えば優男と呼ぶべき人種なのかも知れない。


「ホワチャー!」

が、然し。
桜に当たるべき石攻撃を、白刃取りしようとして失敗した正義の味方がいた。
ゴンッ、と額に当てた石で出血しながらも、アンパ●マンのホッペ型眼鏡を凛々しく光らせ、唐草模様のマントを翻し颯爽と構えた彼と言えば、


「くぇーっくぇっくぇっ!そんのよぉな拳では、この体に傷一つ付ける事は出来ぬわァア!!!」
「な、何だよコイツ!」
「きもいきもいきもい!」
「ま、待ってっ、それって天の君じゃ…?!」
「しゅ、俊君…」

北斗の拳宜しく、オタク神拳を繰り出す俊に桜は勿論、皆がドン引きだ。然しそんな程度は全くへこたれないドM、相変わらず清く正しくない主人公は何処で仕入れたのか全く判らない唐草マントをしゅばっと脱ぎ去り、


「ご主人公様に石を投げるとは何事にょ!頭が高いっ、この紋所が目に入らぬかァ!」

ばばんっ、とカルマ刺繍入りタオル(佑壱作:定価200円、左席絶賛販売中)を突き付けた俊に見ていた皆が一瞬怯み、はっと鼻で笑った。

「左席に紅蓮の君率いるカルマが居るからって、君らまでカルマのつもり?!」
「はっ、君らみたいなブスがカルマに取り入ろうなんてそれこそ頭が高いんだよ!」
「もうっ、誰かコイツらやっちゃってよ!」

BL小説で絶賛お馴染みの台詞に鼻血を垂らしたオタクが悶え、チワワ達の合図でずらっと現れた不良&筋肉ダルマに悶えが益々加速した。
青冷める桜が未だ壊れた笑い声を響かせる太陽と、ハァハァ喘ぎながら抱き付いてくる俊を庇いながらプルプル震えている。ドS疑惑の平凡とドM疑惑のカルマ総長を庇う桜は、時折腹黒い程度の真人間だ。荷が重かろう。


「ふ、誰だ誰だと聞かれたらあ、答えてあげるが世の情けー」
「カルマの名を前にその勇気だけは認めましょう。…但し、逃げるなら今ですよ」
「やだなぁ、俺この間も痛い思いしたのにぃ」
「シロ、その図体で泣き言言わないの」

ひぃ、と。
悲鳴を上げたのは桜でも壊れた笑い声を響かせる太陽でも、勿論絶賛ハァハァ中にブログ更新に更けるオタクでもなかった。
ニマニマ笑う隼人の足の下に踏み付けられた不良は勿論、冷静な表情で近場の筋肉ダルマを殴り付けた要、泣き言を漏らしながら不良を鷲掴む獅楼に、不良が持っていた鉄パイプを蹴り払う北緯によって皆が悲鳴を上げたのだ。

ほっとした様な表情の桜が、然し俊がやってくる前に転んで出来た頬の掠り傷。これによって出番皆無となった不良&筋肉ダルマ並びにチワワ達は、上記に並べたカルマの誰でもなく、この男に潰されたのだ。

「師匠に手ぇ出した奴ぁ、何処だ…?」

ああ、最強カルマに万歳。
ヘタレヘタレかと思えば意外に強いあのワンコ、それもそうよだってあの子はボスワンコ。



「カルマ3代目総長、SoleDioの名に於いて地獄へご案内だコラァ」

ア●パンマンのお面を被った赤い正義の味方は、とても善とは思えない拳の音を響かせ、震えるチワワと化した皆をご招待したらしい。
何処へ?



いやはや、ですから地獄へですよ。













「つまり、ヴィーゼンバーグが依頼した相手が、か」
「ああ」

ティアーズキャノン中央宮、最上階。
二葉の仕業で混乱した場から逃れ本来の姿へ戻った男は、苦々しく頷く日向を前に、恭しく茶の用意をした役員へ片手を上げた。

「どう考える、セカンド」
「十中八九、本家の誰か、でしょうね」
「叶が俺様の命を狙うってのか」
「そなたの意見だろう、高坂」
「ちっ」

舌打ちした日向がドサリとソファーへ腰を下ろし、壁に飾り付けたカルマのポスターを見上げる。

「…つくづく目障りな家だ。大人しく継いでやるっつってんのに」
「継がなければ誘拐され、継ぐと言えば我が身を狙われる。相変わらずお忙しい事ですねぇ、殿下」
「喧嘩売ってんなら買うぞテメェ」
「駄目です、私はもう私一人の身体ではないのですから。アハハハハ」

ケラケラ、ロイヤルミルクティー片手に笑い飛ばす二葉へ皆の感嘆の溜め息が嫌でも耳に付いた。
この男の何処に惚れる要素があるんだ、良いのは顔だけだろうが、と。眉間に皺を寄せ舌打ち一つ、被害者である二つ下の後輩に同情する。

「本気じゃねぇ癖に」
「当然でしょう?あんな地味っ子、この私が相手にする訳がありません」
「八割方本心だったろうがな」
「喧嘩売ってらっしゃいますか高坂君」
「山田太陽、か」

神威の囁きに睨み合いをやめた二人が向き直り、

「随分、面白い人間ではある様だ。この私の正体に薄々感付いている様だが、明確な根拠を得るまで口にするつもりはないらしい」
「まさか」
「判んねぇぞ。記憶はねぇんだろうが、昔あの餓鬼ぁ、この俺様に泥団子投げつけやがったからな」
「弱っちぃ小学生でしたもんねぇ、貴方は」

再び無言の火花を散らし合う二人を余所に、珍しく書類が詰まれていないデスクの上で万年筆を掴んだ男は。
デスクを眺めたまま万年筆を放り投げ、何事かと目で追う皆を黙らせた。


真っ直ぐに、飛行したそれは日向が見ていたポスターの中心、銀髪の男の背中に突き刺さる。


「何にせよ、理事長のご厚意により神崎隼人の目を欺くに成功した。警戒心に富んだあの子供は、最早疑う術を喪失しただろう」
「神崎以外にも疑ってる奴は居るんじゃねぇか?ばれたら殺されんぞ、お前」
「本心か」
「冗談だ」
「そうか」

相変わらず感情の一切を浮かべない男だ、と。日向が呆れの息を吐いたのと同時に、バーチャルキーボードを弄っていた二葉が眼鏡を押し上げた。

「我が家ながら、手強い」
「自宅にハッキングかよ」
「一度京都へ帰れば、何らかの尻尾が掴めるんですがねぇ」

血縁だろうが見付け次第痛め付けるつもりだろう二葉へ痙き攣りながら、無表情で何かを書いている神威を見やる。日向が命を狙われ掛けようが、この男には何の問題でもないのだろう。

「夏休暇と冬に戻る程度ですから、今里帰りすれば怪しまれるでしょうね」
「歓迎されるだろうがな」
「戻れば生徒の子守をしなければいけませんし…ちょっぴり面倒臭い」
「茶ぁ混ぜるだけだろうが」
「まぁ、にっこり頬笑み掛けて茶菓子貪るだけなんですけど」
「で、目についた女を二・三人相手にすれば、見合い話も進展しないだろうし」
「姪っ子と婚約だなんてお断りですよ。あの双子は私の趣味ではありません」
「男と婚約はアリかよ」
「笑い話のネタにはぴったりでしょう?うふふ」

ネタでキスされた挙げ句、一方的に婚約させられた後輩に益々加速した同情は果てしない。今にも自殺しそうな表情でフラフラ歩いていった背中を思い出した。

但し、接触嫌悪。つまり何か理由がなければ他人には決して触れない二葉が、自ら手を伸ばしたのだから笑える。
利用価値があればキスだろうがセックスだろうが厭わないこの男が、利用価値など皆無に等しい何の変哲もない後輩、それも男に、だから。どう言い訳した所で無意味だ。


然しこの素直じゃない事エベレスト並みの二葉が、純粋な感情で巻き起こした訳ではないのは間違いない。
煮ても焼いても食えない・えげつない、鬼畜生なのだから。


「とりあえず、二葉の存在を判った上で乗り込んで来たんだ。幾ら俺様だろうが、叶相手には動き様がねぇ」
「えげつない仕事に関しては世界一ですからねぇ、ああ、震えるほど愉快!」
「楽しんでんじゃねぇぞ、えげつない代表が」
「高坂」

漸く口を開いたかと思えば、自棄に大きな紙をペラッと向けてきた神威が無表情で宣った。


「左席ペーパー用の挿し絵だが、どうだ」
「…中央委員会のチラシでも書いとけ」

ぺらり、二葉が捲っている無駄に煌びやかな漫画の中身には、未だ誰も突っ込まない。
頼むから書類保管棚を同人誌だらけにするのはやめて欲しいと切に願った高坂日向17歳の、春。


父親の隠し部屋を思い出すからだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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