帝王院高等学校
いきなり次回予告!電撃××の予感。
撃沈、の一言だけ綴られた素っ気ないメールを眺め、ニヤニヤ笑う仲間へ目を向けた。
楽しいイベントには逐一乗っかる彼らは、開始の合図を今か今かと待ち侘びているのだろう。

「さァて、どっから攻めっかねぇ(´ω`)」
「正攻法じゃ楽しくないだろ」
「班長、やるならとことん」
「打ち上げ花火は派手過ぎる方が見栄えするし?」

無意識に腹元を撫でた。
オレンジに煌めくメタリックベルト一つ、随分使い古したそれは四つ目の穴だけが広がっている。

「俺さァ、意外と総長ラブなんだよねぇ(*´∇`)」
「今更かよ」
「知ってるっつーの」
「副長みたいに見返りを考えない純粋さはねぇけどな」
「うひゃ(//∀//)」

揃い揃って冷めた目を向けられて、流石年上だと目元を覆う。言われた通りだ。見返りがなければやってられない。いつか与えて貰う為に奉仕するのだ。特上の餌を、涎を垂らしながら、ずっと。
飼い馴らされた犬には、なれそうもないから。

「あのさァ、誰も突っ込まねぇから放置してたんだけど(´`)」

ライムを一つ、ショットグラスに投げ入れた。注がれたのはペリエ、気泡が弾ける音を聞きながらアイスピックを掴む。

「BK灰皇院、だっけ?あらアナグラムじゃねっか?(´ω`)」
「穴?」
「穴言うな、生々しい」
「何かの暗号っつー事かいな?」

機械には滅法強いが勉強は出来ない三人を余所に、ショットグラスの中へ突き刺したアイスピックを混ぜ続けた。

「正攻法なんて熟語、端から覚える気ねぇしな」

泡立つグラス、潰れたライム、混じり合ったそれにアイスの欠片を一つ二つ、

「帝王院神威、ノア=グレアム」
「神帝が何?」
「俺ら同級生なんだよなぁ、一応」
「話した事ねーけど。つか生で見た事もねーけど、学校の中じゃ」
「ノアールはフランス語の『黒』っしょ(´∀`)」
「ふぅん?」
「フランス語なんか知らねぇし」
「あん?待てよ、だったらあのオタ巨人が…っつー事か?まさか」

三人も居れば一人くらい話が判る人間が居る。隼人の事だから既に調べていそうだが、楽しい事には心血注いでこそ『狂った犬』なのだ。

「カナメが無関心なのが逆に怪しいっしょ。タイヨウ君を攻める振りして、庶務弄ってみっか(//∀//)」
「カナメさんが?」
「カナメさんは総長以外に興味ねぇんじゃ?だって、あの人こそマジでしょ」
「総長に近付く女、片っ端から食い散らかしてっからなぁ」
「ハヤトが俺にメール寄越したっつー事は、どうせユーヤ辺りを警戒してんだろうけど(´Д`*) アイツも大概間抜けな奴っしょ。…頭良い割りに」

シュガーレスのライムソーダは舌先に苦味だけを残し、



「…カナメはとっくに狂ってんだけど、ねぇ?」








「待ってちょーだい」


ぽてぽて小走りで追い掛ける背中が振り返る事はない。きょとりと首を傾げ、何が原因でそんなに不機嫌なのだろうかと唸った。

「カイちゃん、むにょ」
「うわっ」
「かわちゃんっ、大丈夫っ?」

曲がり角で誰かに衝突し、無意識に後退った為に滑り転んだ俊だけが重症だ。弾き飛んだ眼鏡を掴み、ぶつかった少年を覗き込む小さな背中を眺める。ネイビーグレーのブレザーは後輩だろうか。
衝突した時のまま、ぶつかった肩を押さえて呆然としている背が高い方の後輩へ微笑み一つ、口元に人差し指を当てた。きっとこの後輩は自分の事を知っている。


「Close your eyes」


魔法を掛けよう。
まだ時は欠けたまま、満ちるには早い。



「かわちゃん、どうしたの?!」
「まっつん、何やってんの?」
「かわちゃんがいきなり倒れちゃったんだよっ、うーちゃん!」


慌ただしい背後を振り返る事はない。曲がり角を今度こそ駆け抜け、すぐに体当たりした何かで打ち付けた鼻を押さえながらゆるゆる見上げれば。

「俊」

旋毛に落ちてくるキスの感触と、囁く声音。腰に巻き付く腕に瞬いて、ズレた眼鏡を押し上げた。

「カイちゃん、お尻揉み揉みしちゃいやん」
「む。大変愛らしいぞ、俊」
「むむっ、オタクにセクハラしても訴えられないと思ってるにょ。甘い!訴えったら僕が負けるにょ!」
「そうか」
「この世はイケメンが勝つ世の中なりん」

尻に触れる手を叩き落とし、日頃の仕返しとばかりに尻を鷲掴んだ。擦れ違った教師がぎょっと目を剥いたが、始業ベルが講じて咎められる事はなかった。いや、単に左席会長へ咎める権限がなかっただけだろう。

「「…」」

嫌がる素振りがない神威の尻を揉み回し、撫で回し、余りの無反応さに恥ずかしくなって手を離す。

「なんて強度っ!」
「褒めているのか」
「貶しているんです」
「羨ましいのか」
「そーゆー事を聞くカイちゃん、嫌いになるにょ」
「羨ましいんだな」
「肯定的な言い方はやめてちょーだい、頷いてしまうから!」
「素直だな」
「はい、己の欲望に正直にならなければ腐男子としてやっていけません」
「勉強になる」

機嫌が直ったらしい神威を背中に張りつけたまま、跳ねる様に廊下を進めば眼鏡がキュピンと光る。同じく眼鏡を光らせた神威の前髪がピコンと跳ね、無表情で腕を組んだ。

「この気配はMOE-18:不良攻めだ」
「ちょ、その高感度センサーはいつからっ?」
「夜通し読み更けた同人誌の賜物だ。最早俺は表紙では惑わされん心眼を手に入れた」
「何と!イラストに惑わされない心眼だなんて!」
「挿し絵に惑わされ、真の萌を見逃す愚者に成り果てれば負けだ」
「カイカイ師匠っ、入籍して下さいっ」

しゅばっと抱き付いてきたオタクをがしっとキャッチした神威のアンテナがヘニョっと萎む。互いの眼鏡が激しく光るのに目を向ければ、凄まじく塩っぱい顔を晒した男が窓の向こうから見つめているではないか。

「「「…」」」

恐怖の余り神威に縋り付く俊、がしっとキャッチしたまま微動だにしない神威、窓の向こうで塩っぱい顔を晒したままの山田太陽。


びしっ。

と、窓の向こうで何かが音を発てた気がする。窓には亀裂など入っていない。


「しゅーん?」
「たたたタイヨー副会長っ、何でそんな所に!」
「何、やってんのかなー?」

また、びしっと凄まじい音。
目を細めた笑顔の太陽に鼻血を垂らしている場合ではないに違いない。何だ、この浮気がばれた亭主の様な恐怖は。何だ、会長なのに勝てそうな気がしない圧倒的な恐怖は。
会長と言えば唯我独尊、俺様攻めを突き進んでこそ真の生徒会長ではないのか?いや、そんなもの腐男子に求められても困るが。だが然し会長は副会長より偉いのだ。ここは一つびしっと言う必要がある!


「タイヨー!」
「授業はどうした!」
「すいませんすいませんすいません」

びしっと言う前にビシッと飛んできた教鞭に頭を抱え、互いにサボってるじゃないかとは言わず涙目で謝りまくる。土下座したいが神威に抱き締められているので不可能だ。

「ったく、目を離したらまたこれか!今度は何処の誰に迷惑掛けて来たんだっ!風紀に頼んで懲罰棟にブチ込むぞ!」
「うぇ、ふぇ、ぐすっ、ひっく、すいませんすいませんすいません」
「ホモ追い掛ける暇があったらテスト勉強くらいしろ!夜中は夜中で深夜徘徊ばっかやって!」
「ひっ、ひっ、ひっく、ぐす」

どうやら桜も居たらしい。
目元を赤く染めた桜がオロオロしているのを横目に、いつも以上に恐ろしい怒鳴り声にマジ泣きすれば、背中から離れた神威が瞬く間に太陽の頭を掴んでいる。
掴まれた太陽すら反応出来ない早さとは、凄まじい。

「己が感情の乱れを部外者へ向けるとは、容認すべきに適わん」
「八つ当たりしてるって言いたいのかい?俺が、俊に」
「不相応と宣うならば、相当の理由を晒すが良かろう。…愚かな生き物だ、相変わらず」

嫌な予感がしたのは恐らく、全員。一歩踏み出す前に頬の真横を通り抜けた何かが、太陽の頭を掴んでいる神威の腕に突き刺さる。
閉じたままの扇子だ、と。無反応の神威が振り返るのを横目に足元を見れば、かつり、と。淀みない足音、一つ。


「校内の風紀を乱すのは、如何にしても容認出来ませんねぇ」

振り向けば微笑みを浮かべた麗しの白百合、その背後からは無駄に大きな籠を抱えた佑壱と小競り合いしながら歩いてくる光王子が見えた。
すぐに気付いた佑壱が何事かと瞬きながらも片手を上げ、何とも言えない表情を晒した日向は見つめ合う神威と二葉を交互に見やって溜め息を零した様だ。

「後輩苛めてんのか、二葉」
「後輩?さて、誰の話ですかねぇ」

二葉の目が笑っていない事に気付いたのは誰と誰だろう。止める暇なく、未だ太陽の頭を掴んだまま離す気配を見せない神威へ真っ直ぐ駆けたしなやかな体躯が。
恐らくそのままでは幾許もなく地へ跪いていただろう状況は、然し太陽から手を離した神威が二葉へ手を伸ばした瞬間変化する。


「楽しい昼休みは終わり」

二葉の拳を左手で、神威の手首を右手で。易々掴み上げた男は相変わらず無愛想な口元と、顔半分覆う眼鏡をそのままに呟いた。

「遊びたいなら放課後でしょ、カイちゃん。そして二葉先生、ちわにちわっしょい」
「ナイスタイミング会長、今からそっち行くつもりだったんス…いや、だったんだよ。ゼロの奴が腹壊したんだろ?」

相変わらずタメ口が上手くならない佑壱を佑壱にだけ判る様に睨み、無言で調教完了。オタクでも敬愛する総長には変わりない、が信念の佑壱はぐっと拳を握り締めた。

「シロたんの豚汁が腐ってたんじゃないでしょーか!僕も今朝頂きましたが美味しかったですっ」
「あれは俺が作った奴だかんな。照り焼きマヨチキンベーグルあるぞ、食え」
「いえいえ、ちゃんと200円お支払い致しますにょ。ツナマヨベーグルも下さいなり」

舎弟にもガマグチレッドからちゃんと支払う俊に、意味もなく誇らしげな佑壱の隣でやはり何とも言えない表情を浮かべた日向が、足早に近付いて二葉の肩を掴む。
ぴくり、と震えた二葉に眉を寄せ、掴んだ肩へ指先だけでモールス信号を一文。話がある、と伝えれば、肩から力を抜いた二葉が顔だけ振り向いた。

「瀕死6人、そっちに回した。後は任せる」
「別部隊でしょうね」
「気になる箇所がある。話は向こうでするぞ、…帝王院の前でな」

神威へは目を向けないまま呟いた日向に、肩を竦めた二葉が皆へ手を振る。

「免除権限が与えられるのは、成績管理に支障がない場合のみです。重々了承の上、自信がない方は速やかに教室へ戻りなさい」
「は、はぃ、ご迷惑ぉ掛けしましたぁ」
「どーも、さーせん」
「山田太陽君、現状最も心配なのは君だけですがねぇ」
「ぐ」

ベーグル2つの400円購入で、おまけにドーナツとカップケーキとマフィンとクッキーまで貰った俊、400円の売り上げで3000円分売り払い満足げな佑壱、ツナマヨベーグルを二口で完食した神威。
帝君三人勢揃いに気付いているのは二葉と日向だけだが、降格圏内の自覚がある太陽にとっては返す言葉がない。御三家二位の二葉相手に成績と外見の悪口応酬は、土台不可能な話だ。

「…ご指導有難うございます、叶先輩」
「おやおや、頭が悪い子ですねぇ。私は名字が嫌いだと公言しているでしょう?」
「そうでしたっけ?どうもすみません叶先輩」
「可愛らしいお口を塞ぎましょうか」

俊と神威の耳が大きくなった様な気がするのは、何故。ハラハラ太陽と二葉を見守る桜と、佑壱の尻を蹴って歩いていく日向、蹴られても気にしないくらい400円の売り上げに舞い上がる佑壱、


「あはは、出来もしない癖に何を、」

出来もしない癖に何を抜かしますか、などと憎まれ口を叩いただろう窓辺の太陽が。
ネクタイを掴む手に引き寄せられ、レインボーを通り越してビッグバン並みのホワイト眼鏡フラッシュを撒き散らすオタクの前で、ぶちゅ、と。


「きゃーっ!」
「いやーっ!」

左手で眼鏡を外した二葉の唇と太陽の唇がものの見事に引っ付き、何処に居たのか、割れる様な悲鳴を上げたチワワ達が廊下の向こうからわんさか現われた。

「か、叶…」

ぽかん、と目を見開く佑壱、

「嘘、だろ」

騒ぎに振り返ってカポンと口を開く日向、

「面映ゆい」

光りまくる眼鏡を押し上げ親指を立てる神威に、

「きゃ!きゃ!」

両手で顔を覆いながらも指の隙間からバッチリ見ている桜、

「アーメン」

ボタボタ鼻血を垂らし胸元で十字を切る俊を余所に、響き渡る悲鳴で包まれた世界の中心。その日から暫く騒動の種となる二人の内、非難対象となるだろう被害者山田太陽が混乱の最中に宣った台詞は、


「人を傷物にしておいて何が風紀委員長だっ!」

余りに思わせ振りだった。
いや、失言だと語るべきか。何が失敗だったのかと言えば、某オタクを調教した瞬間から失敗だったとしか言えない。

「おや、人聞きが悪い」

よもや神威に目を付けられた挙げ句、二葉が助けてくれようとしたなどとは考えない彼は、次の瞬間上がった割れんばかりの悲鳴を浴びながら凄まじい後悔に苛まれた。


「ならば責任を取りましょう」
「はい?」
「然しながら私はまだ17歳ですからねぇ」
「あの?」

うっとりする様な笑みを前に頬を撫でられ、鳥肌まみれの背中を震えさせながら。

「婚約でもしますか、山田太陽君?」

この日の夜、DJハヤトによる『祝☆時の君電撃入籍』などと言う、左席全校放送が声高に催された。
ウェディングドレスを華麗に仕立てる神威の隣で、ドリンクバーを味方に自棄酒ならぬ自棄コーラに溺れるお父さんが見られたとか何とか。

(#)ばかん→
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あきゅろす。
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