帝王院高等学校
四年に一回しかないのは悲しいです
果たして気付くだろうか。
恐ろしいもの全てを忘れたあの生き物は、思い出すのだろうか。

今はまだ。
約束の時にはまだ、遠い。






「本当にお慕いされてるんですかっ」
「光王子様ともお付き合いなさってるんでしょう?!」
「猊下とは昼夜問わず睦み合われているんですよねっ?!破廉恥なっ!」
「王呀の君まで盗らないで下さぁいっ」

山田太陽の早朝は、国際科の可愛らしいリボンタイを結んだ中学生達によって始まった。
未発達の小柄な生徒らは太陽よりもずっと小さく、目一杯溜めた涙が庇護欲を過分に煽っている。何を言っても信じてくれない少年らに、突っ込み所は多々あるが。

「チビがチビに囲まれてチビに見えなくなってるねえ」
「ハヤト、小さい声で言いなさい。聞こえますよ」
「班長、委員会当番は行かないの?安部河から怒られるよ」
「タイヨーがチワワ達に絡むーチョ事件にょ!ハァハァ、お写真だけじゃ物足りぬわァアアア!!!」
「俊、ネクタイが曲がっているぞ」

こそこそ好奇心の目を注いでくる野次馬は勿論、仲良く遊歩道を歩いて登校してきた筈の俊達までもが助けてくれる事はない。
巨大な校舎へ続く階段の上、エントランスゲートを控えたこんな場所で絡まれた太陽はいっそ泣いてしまいたかった。

「だから付き合ってないって!ほんと!生まれてこの方独身だからー、ほんと」
「うっ、時の君は狡いです!」
「全然っ美人じゃないのに皆様を手玉に取ってぇ!」
「いや、だから…」
「うわーんっ、僕も不細工に生まれたかったぁ!」

隼人が大爆笑しているのが判る。
口元を押さえ背中を向けた要の肩も震えていた。呆れ顔の北緯は我関せず、俊に何やら話し掛けて早々とゲートの向こうへ消える。

「麗らかな朝は優雅に過ごすものさ」
「静かにしたまえ山田君、後輩に意地悪はいけないのさ」
「おはよう、何を騒いでいるの?」

失礼なメガネーズ二匹をキッと睨み、始めから眼鏡を掛けている武蔵野にだけ片手を上げる。常にスケッチブックを携えている彼は、中等部時代から美術専攻だ。

そんなこんなで始まった朝から嫌な予感はヒシヒシしていたのである。

そして今現在。


「別れて頂けないか?」
「白百合は我らの全てなんだ」
「ああ、我が女神!」

体育科のジャージを纏う汗臭い男達に囲まれ、にっちもさっちも行かない山田太陽15歳が見える。
朝は西指宿麻飛の親衛隊、昼は叶二葉の親衛隊。近頃親衛隊率高過ぎやしないかと渇いた笑みを浮かべ、西指宿はまだしも、何故叶二葉なのかと肩を落とした。

どう間違ってもアレはない。
どう間違ってもアレを襲ったりしない。四年に一回の閏年でも嫌だ。四月一日でも嫌だ。

「貴様は夜な夜な嫌がる白百合に馬乗りになりっ、あの清廉潔白な女神を汚しておるそうだな!」
「羨ましい!」

羨ましいのかよ。

「聞けばカムフラージュに王呀の君と交際しているとか」
「羨ましい!」
「いや、どっちにしてもホモ二重苦ですから。何のカムフラージュでもないですからそれ」
「毎晩嫌がる白百合にアレやコレやのアフェアとは羨ま…ゴホッゴホッ、嘆かわしいっ!」
「貴様はその粗末な体で我が女神を満足させられると思っているかも知れんが!」
「俺のチンコ見たコトあるんですか先輩方。そっちの先輩、羨ましいって言い掛けましたよね、今」
「些か自信がある様だな山田太陽!」
「その身なりで巨根とは羨ましいッ」

話が通じないストレスで痛む胃をさすれば、ドMが多いと聞く白百合親衛隊の猛者達が果敢に殴り掛かってきた。
これが自分より小さいチワワや不良らならばまだしも、明らかに喧嘩慣れしていない匂いがぷんぷんする筋肉ダルマと来れば、避けるのは難しくない。日々カルマを相手に教師棒を奮っているのだ。舐めないで欲しい。

「むっ!逃げるか山田太陽!」
「汚いぞ山田太陽!」
「男らしくないぞ山田太陽!」
「うわー、ちゃんとフルネームで呼んで貰えて感激ー。でもそう呼ばれると思い出したくない陰険眼鏡を思い出すので、気軽に山田様って呼んで下さいませんかー」
「逃げるな山田様!」
「汚いぞ山田様!」
「だが然し滲み出るSオーラに潔く負けを認めざる得ない!」

それはSクラスオーラなのかMの相棒オーラなのかは聞きたくない。どっちも嫌だ。自分はノーマルなんだ。多分。いや、父親はSだと思う。夫婦喧嘩の時に母親が使う悪口がドSだが、にこにこして聞き流しているので誉め言葉とでも思っているのだろうか。

「俺はノーマルだ」

逃げ回るのも限界に近付いて、仕方なくブレザーのポケットから折り畳み式の教鞭を取り出した。鬼の形相で近付いてくるジャージ達に向き直り、

「人の話を聞かない奴らは躾直してやる」

案外ノーマル外れした台詞を宣えば、すっと脇から現れたしなやかな背中が襲い来る筋肉ダルマ達を足止めした。

「何の騒ぎだ」
「むむっ、貴様は清廉の君!」
「これはいかんっ、ずらかるぞ!」
「また会おうっ、山田様!」

短い白髪を見上げて、慌ただしく走り去っていくジャージ達にもう会いたくないと痙き攣れば、緩やかに振り返った美貌が僅かばかり眉を寄せていた。

「…山田様?」
「あ、あはは、あははははは」
「時の君?」
「すいません何でもありませんご迷惑お掛けしま、」
「太陽く〜ん!」

不味い所を聞かれた、と笑って誤魔化そうとすれば、呆れた様な表情を滲ませた男に一瞬で恥ずかしくなる。冗談のつもりで隼人が良く言う台詞を言っただけなのに、素直に様呼びしたマッスル達は人が良いのだろう。
ふんわりした声に呼ばれて振り返れば、ポテポテ走ってくる桜が見えた。零人の体調不良により午後一のフランス語が自習になり、昼休みに通知があった為、委員会の仕事があった桜と別れ購買で菓子を仕入れていたのだ。それまで要と一緒に居たのだが、電話が掛かってきた要が離れた僅かな時間を突いて筋肉ダルマ来襲となったのである。

「向かい側の廊下からぁ追われてるの見てぇ、心配したよぅ!」
「ありがと。大丈夫だよ、東條先輩が…あれ?」

今の今まで一緒に居た筈の長身が居ない事に瞬けば、しゅんと肩を落とした桜が痛々しく笑う。

「ぅん、向こうからセイちゃんが居たの見えてたよぉ。…僕に会いたくなかったんだねぇ」
「桜、」
「大丈夫!…昨日なんか目障りって言われちゃったしっ、ぁ、ぁはは」

何かを振り払う様に頭を振って無邪気に笑った桜の目が潤み、怯んだ太陽が見事に狼狽えた。
キョロキョロ辺りを見回せば、丁度工業科国際科の昼休み時間らしく、俄かに人が増えている。慌てて桜の手を掴み走って、近場の出入口から外へ飛び出した。

バルコニーだ。
外階段を使えば校庭に出る仕組みで、近くに見える渡り廊下の向こう側に中央キャノンがある。教室はまだ向こう。

「桜」
「ぅ」
「言いたくないなら聞かないし、吐き出したいなら聞き流すから。桜に任せるよ」

ふにゃり、と。
顔を歪めた桜に笑い掛ければ、俊とは大違いに大人しく控え目な友達はこう呟いた。



「包容受けだぁ」





腐っとるやないかーい。








「生徒に無理矢理作らせた豚汁を3日懸けて食うた阿呆は此処かいな」

メロンを小脇にした男が余りに無駄過ぎる美貌に冷めた笑みを浮かべ、だっさいジャージ姿で宣った。
最近お洒落になったと巷で有名な彼は、ここの所生徒達に襲われまくり以前のダサ男に逆戻りしたのである。貞操の心配をしなければならない教師に気の休まる暇はない。

「喧しい」
「豚汁は火を遠さんと腐るで」
「…」
「裁縫は無駄に巧いんやけどなぁ、料理がからっきし出来んのも可笑しな話や」
「料理なんざコックが作るから良いんだよ」
「根っからのボンボンやな嵯峨崎財閥の嫡男は」
「東雲財閥の嫡男が抜かすか」
「んなもん、弟に譲るつもりやねん。家督継いで大人しゅうなるんは、御免や」

ふふん、と勝ち誇った表情を浮かべた男を横目に、コイツに弟など居ただろうかと首を傾げる。確かに面倒見が良かったりする所は長男気質と言えなくもないが、昔から社交界に出入りしていたのは東雲財閥ではこの男だけだ。

「弟なんか居たのかよ」
「十歳離れた高1、めっさんこ可愛えで。…ま、ほんまは腹違いやけど」
「はぁ?東雲ン所の夫婦は吐くほど仲が良いって聞いたぞ、親父から」
「うちの母ちゃんは妊娠し難い体やったでなぁ、俺は何とか産めたらしいけども。そんで死に掛けたっちゅーてな」
「で、旦那が浮気したか」
「違う。俺が昔ポロっと弟欲しい言うたら、代理出産させよった。だから弟は本当に親父の種と母ちゃんの卵から産まれとんのや」
「産んだ母親が違うだけ、か。金持ちの考える事は判らん」
「お前が言うか」
「はっ、全くだな」

殊勝に寝ていた、と思った零人が起き上がり、ガリガリ頭を掻いた。腹痛とは思えない健勝振りを見ると、どうやら仮病らしい。

「不審者が侵入って来たらしいじゃねぇか」
「もう耳に入っとんのか」
「誰が動いた?ユエか、セカンドか」
「理事長や」

言葉を失った零人に、小さく息を吐く。セキュリティには一切映らなかった不審者は、特殊センサーで感知された。体温、角膜、心拍数など、あらゆる角度から敷地内の人間を監視しているそれはセキュリティカメラ以上に強力なセキュリティだ。
警備によれば学園には在籍しない全くの部外者であるらしく、侵入経路等は調査中である。但し感知されたのは北東と南東キャノンを繋ぐ渡り廊下だけで、恐らく未だ校内に居る筈だ。

「何で、あの人が…」
「あの人の昼寝場所から、現場が見えたんやろな」
「マジかよ」
「とうに捕まえとるかも判らんわ。…生きて帰るやろか、ベルハーツを狙うた阿呆は」
「ユエにしろ叶にしろ、どの道五体満足じゃねぇだろ」
「目星は付くか?」

ブリーチの薬剤を容器に混ぜ入れる零人を見つめながら尋ねれば、暫し考え込む素振りを見せた零人が小さく頭を振る。

「大抵の相手はグレアムの庇護下にある叶にビビって近付きやしねぇ。第一、ダーク=グレアムっつたら実力だけでグレアム後継者の地位に着いた『魔王』だぞ」
「ビショップ、数学的IQだけなら380言うたか。よくもまぁ、そんな餓鬼を地獄に投げ込みよったな保護者は」
「逆じゃねぇのか、多分」
「ん?」
「ユエに守らせる方が楽だったなら、どうなる。身内が安全とは限らねぇだろ、…うちみたいに」

ばさり、シャツを脱いだ零人の脇腹に痙き攣れた傷痕がある。佑壱を狙った爆破騒ぎで、当の佑壱を庇ったものだ。表向き、財閥会長である嶺一に対する嫌がらせとして処理された為、本人は気付いていないだろう。

「普通、痕が残るわな。整形手術受けたら綺麗なんねけど」
「こら俺の勲章だ。可愛げねぇクソガキを無意識に庇ったんだからな」
「死に掛けて弟溺愛に気付いた阿呆は此処かいな」
「仕方ねぇだろ、…他人だと思ってたんだからよ」

誰も居ない実験室。
蛇口を捻って頭を濡らした零人がブリーチ剤を頭に塗り込み、呟く様に吐き捨てた。

「まさか、卵まで一緒なんざ考えもしなかったんだ。…俺が母親だと思ってた女が他人だったなんてな、笑かす」
「兄弟にゃ違いないやろ」
「簡単に言うなぁ、アンタ」
「難し考える方が阿呆や言うてんねん。お前も、…あの人らもな」

窓の向こうに真っ赤な時計台。
赤い煉瓦の大きな塔が見える。もうずっと、学園長が一人で家族を待ち続けていた。

「息子にそっくりな来客があったっつってたな」
「学園長が?」
「先々週の夜だか、空から降りてきたなんて夢見たいな事を。ボケたか?」

幼い頃から帝王院財閥の会長夫妻に可愛がられてきた零人が難しい表情で宣うのを横目に、思い当たった想像で痙き攣る。

「そうか、面識はないんやったな」
「あ?」
「天皇陛下」

それが決して日本の象徴を指す言葉でない事にすぐ気付いた。20年近く前に姿を消した中央委員会長は、記念碑も肖像画も残ってはいない。何故行方不明になったのか、誰と行方不明になったのか、一切が謎に包まれたままだ。
一説には勘当した理事長、帝王院駿河によるものだと噂されてはいたが。

ふとした切っ掛けで再会するまでは、一番可愛がられていた村崎だけが理由に気付けたのかも知れない。

「あの時、理事会がばたついていた筈なんや。理事記録には何も載っとらんが、あの後に何でか理事長が引退した」
「体が悪かったんじゃねぇのか?」
「実際入院したのはこの十年の間やぞ。前理事長は遠野総合病院に、」

零人が弾かれた様に振り返り、無意識に口元を押さえた村崎をまじまじ射抜く。

「前理事長が仮病だったら、…どうなる?」
「遠野の筆頭株主は帝王院やったな」
「面白い話をしとるな、師君ら」

背中に走った寒気に息を呑み、窓から顔を覗かせた白衣の男を凝視する。零人を見やった男が瓜二つだと呟いて、ふわりと境を乗り越えた。

「遠野龍一郎に興味があるか、クライストJr.」
「得体の知れん養護教諭が何の用だ」
「儂の名は紹介したろう?」
「宛てにならんな」
「本名なんだかのぅ。冬月龍一郎と冬月龍人、2月29日に産み落ちた儂ら双子は」

にたり。
笑う唇が唆す様に手を広げる。村崎だけが零人を庇うべく踏み出したが、

「まぁ、」

真紅の塔を背後に。



「子供は知らんで良い事だ」


世界は闇へ包まれた。

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