帝王院高等学校
お前さん俺の悲劇を聞いてくれないかい
「別れて下さい!」
「大好きなんです…!」

俺は馬鹿なのかも知れない。と、悲嘆に暮れた切ない溜め息一つ。だから付き合ってない、と何度目かの呟きを無視されて何ともなく昨夜の『事件』を思い出した。
昨夜と言えば寮のカフェテリアで夕飯を済ませラウンジゲートのサウナで汗を流し、課題を片付けてから一時間だけゲームしようとリビングに飛び込んだ時だ。

「ドアの下に手紙があったよぅ」
「ん?気付かなかった」

後から入って来た桜の手を見れば、確かに封筒らしき物体。起動画面を横目にソファへ腰掛ける桜へ向き直る。

「親衛隊からの呼び出しなら無視」
「まっさかぁ」

ペリペリ封を破った桜が中身を取り出せば、便箋が一枚だけ。

「ほわぁ」
「どした?」
「これぇ、ラブレターみたぃ」

可愛らしい文字で書かれた手紙には、意味不明な文章がある。


親愛なるSoleDio。
もしもお会い出来るなら、この溢れるシンパシーを直接伝えたいと思います。
9時に西棟境のゲートでお待ちしております。

貴方の犬より。


「…誰宛て?所々ツッコミたいんだけど」
「宛名なぃよぅ」
「部屋間違えたとか」
「僕の勘じゃぁ、太陽君宛てだねぇ!Soleはイタリア語で太陽だったはず」
「向日葵って意味もなかったっけ?向日葵みたいに笑う桜なんじゃねーの?」
「えっ」
「だって俺、嫌われてるし。桜は顔立ちいいじゃん」
「やだもぅ、褒めたって何も出なぃよ〜」

きゃ、と照れる桜にボカスカ叩かれて咳き込みながら、万一間違いだったら然るべき相手へ届けるべきだと言う意見で一致した。

「無視するのも悪いよな」
「もし僕達宛てだったらぁ、ぉ相手さんに悪いしぃ」
「9時か」
「大変、あと5分しかなぃっ」

A型の律儀な面が出る。
万一親衛隊の仕業だったらと警戒し、二人で行こうと付けたばかりのゲームを消して立ち上がった。
事件は此処からだ。


まず部屋を出ると、血相変えて走って来た北緯が桜の腕を掴んだ。曰く、隼人が倒れたと言う。
余り表情が変わらないツンデレな北緯が狼狽えていたのにつられて、意味不明な使命感に燃えた。


桜、此処は任せてお前は行け!
太陽君っ、後は任せた!


アイコンタクトだ。
片や刺しても死にそうにない神崎隼人を救うべく、片やあからさまに不審な手紙を届けるべくひた走る。
あの時はただただ混乱していたとしか言えない。良く考えろ、隼人が倒れたならまず佑壱か俊の元へ行った筈だ。何しろ相手は北緯だ。課題をしている時に、太陽のミスをチクチク指摘した先輩だ。

此処間違ってる、馬鹿じゃないの。と、酷く冷めた眼差しと声音で何度馬鹿にされたか。要の課題を丸写ししていた俊には甲斐甲斐しくコーラのお代わりを入れてやったり、手が疲れたにょ、と偉そうに丸写ししていただけのオタクが宣えば、満面の笑みで代筆を買って出た北緯だ。
だから混乱していたとしか言えない。正常ではなかったのだ、あの時は。

今になれば馬鹿じゃないのかと呆れるくらいの使命感に燃えて、残り3分のタイムリミットに間に合わせるべく走った。走って走って途中喫煙所から出てきた寮長にして担任の村崎に「廊下は走んなや、金ちゃん走りならええで」と叱られ、一瞬本気で金ちゃん走りをしつつ、目的地が見えた途端、

「クロノススクエア・オープンっ、今何時?!」
『そうね大体9時』

わざわざ左席回線で117、固く拳を握り締めれば、人気の無いゲートが静かに開いた。

「あ」
「待ってたぜ、山田太陽クン」

ぞろぞろと。
やって来たのは、スヌーピーのお面を被った男達。先頭の男が楽しげに口を開いたのだと思う。坊主に近い茶髪は要と大差ないだろう長身で、背後の男達も一様に穏やかではない雰囲気だ。

「こ、この手紙、間違ってまし、た?」
「間違ってない。俺が書いた」
「あはは、ですよねー。…どちら様でしょーか?」
「グレイブ=フォンナート、特殊学科3年だ」

たらり、冷や汗が流れた。Fクラス。背後に10人近く居る気がする。
いや、そもそもこんな可愛らしい文字を書いたのか。スヌーピーってどんな趣味だよ、貴方の犬ってそーゆーコトなの、うわ怖ぇスヌーピー超怖ぇ。
一瞬で脳裏を駆け巡った台詞は、どれも余りに危機感が欠けていた。

「この思いを受け止めて欲しい」
「いや、あの、ご冗談ですよねフォンナート先輩…?」
「グレグレで良い」
「は?」
「俺の事はグレグレと呼べ。俺とお前の仲だろ」

どんな仲だ、と。突っ込めれば勇者飛び越えて総長になれる気がする。じりじり近付いてくる犬集団にだらだらと冷や汗を流し、

「あ、因みに手紙の答えは頷くか『俺に付いてこい』で良いぜ。『俺に忠誠を誓いな』でも許可」
「すいませんそんな怪しい関係は望んでないのでまた違う機会に宜しくお願いしますではさよなら、」
「待て」
「ひっ」

一気に吐き捨てて踵を返せば、茶髪に掴まった。いつの間にかスヌーピー達に囲まれている。だらだらと冷や汗が流れまくった。
スヌーピーに囲まれた169cm。それも必死に爪先立ち(踵が浮くか浮かないかの瀬戸際)して169cmだ。もしかしたら167cmあるかないかの微妙な太陽を、すっぽり覆い隠してしまうスヌーピー達。シリアスな場面でスヌーピー。

「こうなりゃ実力行使だ。悪く思うなよ………いや本当に悪く思わないで下さい後から仕返しとか勘弁して下さいお願いします…!」
「は?」

がばっと襲い掛かって来たスヌーピー達に乙女な悲鳴を放ちそうだった太陽が、ぽかん、と目を見開いたのは。


「うわっ」
「ぎゃっ」
「ぐふっ」
「ごはっ」
「んごっ」

一瞬、辺りの光が消えたからだ。
ほんの二秒三秒、短い悲鳴が轟くのを闇の中で聞いた直後、照明が再び光を灯せば足元にスヌーピーの屍がある。


「…弱ぇ。」

ぺっ、と唾を吐かんばかりの低いやさぐれた声。真っ黒な浴衣、薄い唇が覗くハーフサイズの青銅。散らばるスヌーピーは縁日の屋台で見る様な安普請だが、吐き捨てた男の面は高級そうな匂いがプンプンするから不思議だ。

「ま、また会いましたねー」
「…」

スヌーピー達が出てきたゲートではなく、その向かい側。ラウンジゲートへ続く廊下側のゲートが開いているのを横目に、三度目の何とか、仮面の男を見やった。
相変わらず無口な事。今回は他の二回と違い口元だけ窺えるが、引き結ばれた唇に表情はない。無造作に掻き上げられた黒髪が微かに濡れていて、風呂上がりだろうかと首を傾げたが、ラウンジゲートは進学科専用フロアだ。国際科は利用出来なかったと思う。
まぁ、進学科の人間が科外利用申告すれば、他のクラスの生徒も利用出来るのだが。

「髪」
「はい?」
「…濡れてんじゃねぇか」

意外に口が悪い。
などと、責める様な声音に目を見開けば、微動だにしないスヌーピー集団から無理矢理ブレザーを剥ぎ取り蹴り転がした鬼の様な男が、剥ぎ取ったブレザーをばふっと投げてきた。顔に被さったブレザーに目を白黒させれば、ガシガシと頭に擦り付けられる。

「おわ、むふっ、ひぁっ」
「…変な声を出さんといておくれやす」
「ほんますいません」

ぴたり、と止んだブレザー攻撃と同時に訛った声音。半ば無意識にエセ関西弁を使いつつ、そうだ京都に行こうなどと呟き掛けた体が、ぎゅむっと抱き締められた。
ブレザーが顔を覆っている所為で何が何だか全く判らない。もそもそとブレザーを剥げば、すぐ目前に浴衣の袂が見えた。判ってはいたが、背中から抱き締められているらしい。

「あああああの?」
「吃り過ぎ」
「ほんますいません。じゃなくて、俊が喜びそうな構図っつーか、あ、俊ってゆーのは俺の友達でしてっ」
「…」
「だからあのっ、…何笑ってんだよ」

背中に震動が伝わる。
背後の男が笑っているのだと判って、狼狽えた恥ずかしさより苛立ちが湧いたのだ。もう敬語など使うかと舌打ち混じりに吐き出しても、怒る気配はなかった。

「わっ、ブレザーっ」
「捨てとけ」

グイグイ押されて不貞腐れたまま歩き出せば、スヌーピー達が親指を立てた様な気もしたが確かめる術はない。

「一人で歩けるつーか」
「…」
「セクハラではないのかい」
「…」
「無視かよ」
「…」
「何年生なんですか?」

ひたすらグイグイ押さえて歩を進め、ラウンジゲートを通り越えて自動販売機が並ぶ休憩所に辿り着く。先程皆で課題を広げていたソファだ。

「もしもーし、何月何日生まれの何座っスかー」
「…8月31日」
「乙女座かよ」
「17歳」
「うっわ、敬う気しない」
「…可愛くねぇ」
「つか、北棟なんだけど此処」
「…」
「Sクラスかよ」
「…」
「またシカトかい」

グイグイグイグイ、目の前には自動販売機。温度設定の必要がないので、一年を通して冷温同時販売だ。
年中施設内21度の帝王院学園に、夏服制度も無ければ制服着用義務もない。然しながら有名デザイナーが手懸けた制服は、そこらのブランド顔負けのデザインである為に好んで纏う生徒が多い訳だ。特に進学科は金のSバッジを与えられる為、金が映えるブレザーを纏う。進学科に倣う普通科も、先立って悪目立ちしたがる生徒は居ない。制服を着る時間の方が少ない体育科や工業科は別だが、国際科の人間も基本はブレザー着用だ。但しネクタイやシャツを変えている生徒は多い。

黒いカードを販売機のスキャナに押し当てた袂、黒い袖から伸びた太陽のものより大きな手を何気なく見やる。

「奢ってくれるんなら緑茶、あっ」

冷たい緑茶を押し掛けた遠慮皆無の太陽より早く、カードを掴んだままの手が違うボタンを押した。

「おしるこ?!」
「…」
「あ、何だ。ちゃんと緑茶も買っ…温かいやつ?!」

ガタン、ガタン、二本のジュースが落ちてくる音を聞きながら、白い手が押したボタンに目をひん剥いたのも仕方ないだろう。
4月桜散りゆくこのご時世に、新陳代謝芳しい思春期の雄がホットドリンクを選んでも良いのか。年中アイスドリンクに氷メガ盛り、それこそ正しい高校生ではないだろうか。

いや、湯飲み愛好家の太陽は、冷たい麦茶を湯飲みで飲む変わり者だが。冬は買い置きの緑茶をレンジでチンしたりするが。
急須など使った記憶もない。料理らしい料理など一度もした事がない15歳に、茶を淹れろと言った所で粗茶すら出せないのだ。桜が急須で茶を淹れてくれるのを密かに楽しみにしている山田太陽15歳、お握りを塩で握る事すら最近知った。

「おしるこ…」

呆然としている間に、ジュースを取り出した背後からおしるこを手渡されていた。餡子と餅の写真が和ませる缶を塩っぱい目で眺めながら、グイグイ今度は引っ張られて後退る。ガクン、と後ろに傾く気配に潰れた悲鳴を上げれば、固い何かの上に尻が乗った。
ああ、膝の上に座らせられている気がしてならない。

「何だこの罰ゲーム的状況、俺に羞恥心を覚えさせて楽しいのか」
「ふぅ」
「畜生!満足げな息吐きやがってっ、そんなに玉露は美味いかっ」

叫べど暴れど、腹に巻き付いた右手は離れる気配がない。カポン、と片手でプルタブを開ける音、耳のすぐ近くで零れた溜め息が擽ったが、それ以前に緑茶への未練が苛立ちを増した。
喉が乾きそうなお汁粉より温かくても良いから緑茶が良かった。いや、この際烏龍茶でも我慢する。お汁粉じゃなかったらジュースでも良い。何でお汁粉なんだ。どうせ左席権限でタダなんだから自分で買い直したい。腕を離してくれ。嫌がらせか、嫌がらせなのか。

サウナから出て水風呂に飛び込んだ後、小一時間課題をやっていた所為か体が冷えている。ぶるっと震え、仕方なくプルタブを引いた。

「あまぃ」
「…」
「あまぃ」
「…」
「聞いてる?甘いんだよこんちきしょー!」

今度は呆れた様な息が耳を擽る。ぐいっ、と顎を引かれて無理矢理反転した頭、口元に押し当てられたのは開栓済みの緑色。

息を止めたのはキスされるのかと思ったから、なんて恥ずかしさで死ねる。一瞬脳裏を過った学園一性格が悪いのではないだろうかと常々疑っている、あの陰険眼鏡だ。

「腐れ眼鏡が」
「は?」

同級生の前で御三家の悪口は宜しくない。訝しげな相手に渇いた笑み一つ、押し当てられた缶を奪ってお汁粉を押し付ける。

風紀お馴染みの笛が聞こえたのはその時だ。

「待って下さい猊下!ラウンジゲート内での盗撮…いやっ、堂々撮影はいけませんっ」
「天の君っ、一枚で良いので反省文書いて下さい!局長に怒られてしまいますっ」
「懲罰棟には入らなくて良いのでっ、一行だけでも反省して下さぁい!」
「くぇーっくぇっくぇっ、タイヨーが居ない今こそ我が天下なり!媚びぬ慢らぬ満ち足りぬ!萌えは何処じゃア!平凡受けはいねーがァアアア!!!」

目の前を走り抜けた腐れ眼鏡と風紀委員達に天を仰いだ太陽がメキッと缶を握り潰し、見事なコントロールで缶をオタクにぶつければ風紀が敬礼した。
反省文より太陽の説教の方が余程効果的だ。


それは良いとして、



「お願いしますっ、王呀の君と別れて下さぁい」
「うわぁん」


どうしたものか。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!