帝王院高等学校
何処の副会長も苦労性!
「お誕生会、どうするかね」

縁側で里芋の皮を剥いていた人の声に、洗濯物を取り込んでいた背が振り返る。

「ん?」
「シューベルトの」
「ああ、ケーキよりお煎餅派だしねィ、うちの人。あらん?うちの人って何だか卑猥な響き!」
「しゅんしゅんも帰って来るんだろ?今度の日曜は」

期待に目を輝かせる母親を前に、まだ乾いていない下着を堂々と目立つ位置に干した恥じらい皆無の彼女は、目聡い親から指摘されて渋々他の洗濯物で隠れる所に吊るし直した。

「それがさァ、変わってんのよ。日曜も授業やるんだって」

普段家で干している時は、そんじょそこらの乙女かと言う程に恥じらう息子か、下着泥棒を懸念する旦那がさり気なく隠しているので心配ない。

「進学校だからね。然し勉強ばっかりさせるってのは頂けないよ」
「親父みたいな石頭になったらどないしよ、若年寄りな俊」
「一人暮らしは早いよ、授かり婚なんて目も当てられない」
「私ァ、ヨボヨボになるまで二人のパンツ洗うわよ。何処の肉の骨とも知れない女狐にやるもんかァ」
「馬の骨だろう」
「男子校油断大敵よ!…もしかしたらっ、ハァハァ」

妖しい息遣いには気付かぬ母親がドタバタ近付いてくる慌ただしい足音に振り返れば、凄まじい音を発てたドアから何かが飛び込んで来る。

「ばーちゃん、何か食べるのない?駄菓子とか!カップ麺でも嬉しいです。あっ、ひよこ饅頭みっけ」

ショルダーバッグを放り投げ、ダイニングテーブルの上から饅頭一個頬張り、いそいそ冷蔵庫を覗き込む影。投げられた鞄から漫画本が覗いている。

「お帰りィ、舜ちん」
「腹ペコで死にそうな育ち盛りの俺ただいまー、俊江姉ちゃん来てたの?」
「早いお帰りだね舜、学校は?」
「閉まってた!今日社会見学で現地集合だったんだよなー、忘れてたけど」
「今まで学校に居たのかい」
「行ってすぐ弁当食って寝てたら、用務員のおっちゃんに起こされた。もっと早く教えろっつーの…あー、腹ペコォ」
「ご飯炊くまで待てないだろ?向こうで食べといで」
「やだ。下校時間まで母ちゃんに見付かったらうっせーし」

二世帯住宅とは名ばかり、母屋の屋敷には通いの家政婦と病院関係者が足を運ぶ程度で、長男夫妻は滅多に顔を出さない。院長である長男はともかく、嫁とは折り合いが悪過ぎた。嫁がこちらを毛嫌いしているだけで、子供達との仲は良い。

「あ、ばーちゃん手紙来てたよ」

冷凍庫からアイスを取り出し貪りながら郵便物を放っるなりごろりと転がって、早速テレビなど観ている。

「サボるのはイイけど制服脱いどきなよォ」
「あーい」
「あらん?和歌ちんから手紙が着てるぜ」
「ブーっ」

もう一人の甥っ子を思い浮かべた人が頬を緩め、実の弟である少年が青冷めたのには気付かない。

「見てもいーい?」
「ど、どーじょ。ボクは何も見てません」
「えっと…相変わらず綺麗な字ねィ。拝啓、俺のスイートワンダーにしてスパイシーにも関わらずキュートな舜、元気にしていますか」
「冒頭から意味不!」

耳を塞いだ少年がぷりぷり尻を振りながらクネった。

「月末に一度帰る機会が出来ました。帝王院学園と合同で学園祭を企画している現在、多忙にかまけて満足な手紙も書けない兄を許して下さい」
「昨日も一昨日も手紙来たし毎日電話掛けて来てるし!着信拒否してるのに!怖いよォオオオ」
「舜、お兄ちゃんを悪く言うんでないよ。和歌はお前が可愛くて仕方ないんだろう」
「うちの馬鹿息子の学校じゃない」

首を傾げた人の台詞で少年はしゅばっと復活する。

「そっか、俊兄ちゃんは頭が良くて格好イイから帝王院に通ってんだった」
「舜ちん、和歌ちんこそ格好良いじゃん。西園寺の方が偏差値高いのよォ?然も生徒会長、テラ凄」
「兄貴なんか滅びればイイ。つか学園祭って俺も行ってイイんだよねっ?!」
「んー、授業参観がてら行ってみっかねィ」
「はっ、そうと決まったら俊兄ちゃんに手紙だ!ついでに昨日部活帰り不良に絡まれた話もしよっと、叩き潰したけど」

意気揚々と茶の間へ走っていく孫へ祖母は諦めの息を一つ、

「やめろと言っても聞きゃしない」
「イイじゃない、舜ちんの喧嘩って毎回誰かを庇ってんだし偉い偉い」
「過剰防衛って言葉がある」
「相手が生きてる限り治せっから大丈夫、直江が」

噂の少年は、ミルキーペンを握り締め従兄への手紙を便箋七枚に認めていた。因みに兄からの手紙は10枚あったが、読む気はない様だ。

「全く、3区の警察は何してんだ。俊兄ちゃんがあんな奴らに絡まれたら、俺は北斗神拳を極めてしまうかも!はっ、ミッキーの便箋が足りない。俊兄ちゃんは子年産まれ、由々しい事態ですっ」


騒がしいのは血筋だろうか。












「ブルータス、お前もか」


呆れと嘲笑を織り交ぜた声音に振り返り、シェークスピアかと内心舌打ちしながら、表面上いつも通りだろう自分に拍手したい気分だった。
誰が裏切り者だと言い返す代わりに微笑み、

「おや光炎の君、首筋にキスマークが…」
「あ?」
「見当たりませんけど、ご機嫌如何がですか?」

条件反射で首筋を押さえた日向に笑い掛ければ、痙き攣った茶の目に殺気が滲む。然し腐っても十年来の腐れ縁、意外に思慮深い日向が直情的に動く事はない。
佑壱とのド突き合いはコミュニケーションの一環と言えるだろう。何せ日向は知る人ぞ知る「口下手」なのだから。

「然し愉快。高坂君、一体どうなさったのですか『それ』は」

気付いているのか居ないのか。十中八九気付いていないに違いないが、『あの阿呆』も中々面白い事をするなと半ば関心した。

「こっちの台詞だ馬鹿が。いきなり居なくなったと思えば廊下でストリップ始めやがって」

何とも言えない表情の日向に“見ていたのか”と僅かに眉を痙き攣らせ、わざとらしい咳払い一つ、

「私の裸は彼の巨匠ダヴィンチですら描き切れない幻の秘宝、即ちオーパーツではありますが、欲情しましたね?」
「殴らせろ」
「私が脱ぐのは陛下が『可愛いふーちゃん愛し合おう』と仰った時だけなんです」
「執務室にバスタブ運んで寛いでた馬鹿は何処の誰だ、ああ?」
「ダーリンが嵯峨崎君と浮気するから自棄になったんですよ。ああっ、何と言う悲劇!」

よよよ、と泣き崩れた二葉に周囲の生徒達が騒めいた。中には涙ぐむ輩も見られるが、これの何処がシェークスピアだと言わせて貰おう。完全に喜劇だ。

現在地は懲罰棟。
思い詰めた表情でテニスラケットを握り締めた生徒を偶々見掛け、異様な雰囲気に後を追ってしまった御三家唯一の常識人、高坂日向の不幸は此処から始まる。

『…許せない』

何処かで見た顔だと思えば、西指宿のセフレの一人だ。日向の親衛隊を名乗る生徒達が金のネクタイピンを付けているのは知っているが、西指宿の親衛隊員達も金のネクタイピンを二本付けていると聞いた事がある。因みに二葉の親衛隊は漏れなく風紀委員になりたがるので、風紀バッジが証だ。

『許せない許せない許せない…何であんな奴が…』

面倒臭い状況は一目瞭然。
何やら窓を覗き込む小さい背中にラケットを振り上げた生徒へ、一歩踏み出し掛けた日向が見たのは“狂気の貴公子”。
ABSOLUTELY随一のサディスト…通り越して鬼畜、すら通り越して魔王と名高い相棒である。何故判るかと言えば単純、青銅の仮面に描かれた模様だ。

「意味不明は腐れ陛下だけで十分だブルータス、自重しやがれ」
「私は皇帝暗殺犯ですか。この美しさが罪なのは理解してますが」

上弦の月に絡む月桂冠の文様、左側面に吊されたオニキスとサファイアの飾りは嫌でも忘れない。
赤銅、上弦の月に絡む羽根の文様、右側面にパールとルビーが吊されたものは佑壱。役員なら一目で判る。

似合わない事をしている、と。思った。
何の変哲もない後輩、それも反抗的な態度を取る糞生意気な生徒を、だ。正義のヒーロー宜しく颯爽と危機を救い、且つ喜劇通り越して悲劇過ぎる素早さで脱ぎ捨てた制服を着直し、わざわざ廊下を回り込んで姿を現す。
自分はたった今やって来ました、君は何をしているんですかと言わんばかりに、助けた事など匂わせもしないなどと。

「お前、昨日もあのチビ抱き抱えて走り回ったらしいな」
「さて?恵まれたセクシーボディーの私から見れば、大半の人間が貧相でしてねぇ」

助けられたなど微塵も考えないだろう太陽が逃がした生徒は、敢えなく捕縛された。普通科へ降格した元進学科生の様だ。取調室から泣き崩れる声が聞こえていたが、誰も同情はしない。
被害届がない限り障害未遂は問えずとも、進学科エリアへの立ち入りだけで処罰対象だ。

「面白くねぇ奴だなテメェはよ」
「おや、私以上にジョークが判る男も居ないのでは?」
「確かに存在そのものが冗談だ。ちっ」

一部始終見ていた日向が乗り込んで、今の状況である。恐らく途中から気付いていただろう二葉は表情こそいつも通りだが、内心穏やかではない筈だ。と考えて、少しは態度に出せば可愛いものをと舌打ち一つ。

「報道部がパンク寸前だぞ。一つは広範囲で目撃証言がある。『正装なされた白百合様がご乱心』」
「身に覚えがありませんねぇ。未だかつて私が乱心した事など三万回くらいしか…」
「五時間に一回乱心してんのか、どんなペースだ」
「私の心を掻き乱す憎いダーリン、そんなひなちゃんを愛してやまない哀れな恋奴隷ふーちゃんが私の正体…。ふ、バレてしまっては仕方ありませんね、嫁ぎます」
「死ね鬼畜」
「知らないんですか?鬼嫁が流行ってるんですよ」
「ああ言えば、」
「こう言うなう」
「ツイッターか」

二枚舌かと常々疑っている二葉がいつの間にかミルクティーなど啜っていた。日向の前にはハーブティー、風紀達の「落ち着いて下さい」と言う幻聴が聞こえた気がする。溜め息しか出ない。

「どっちにしろ、お前のネタも風前の灯火だな」

現在報道部を揺るがしている特大スクープと言えば、滅多にお目に掛かれない神帝の素顔と「狐男」のネタに尽きる。
下院総会は委員会に所属する大半の生徒が出席している為、目撃者は不特定多数だ。その場であの「双子じゃなかったらクローンだろ」と言う二人が向き合えば、声を失う衝撃だろう。

二葉すら、会議室に割り込んできた神威を見るまで日向の隣に座っていた「神帝」が本人だと思い込んだのだ。神威自身驚いたに違いないが、惜しむらく表情筋が死滅した男は眉一つ動かさなかった。
転げ落ちそうなくらい身を乗り出した左席三人、特に糞生意気筆頭である隼人の驚いた顔は一見の価値があったが、敢えて言わせて貰うなら、

「…あの格好は何だったんだ。いや、アイツは毎回意味不明な行動を取る。今更か」
「興味がある事柄にはこよなく積極的ですからねぇ」
「他人事か」
「陛下の高尚なお考えが私程度に理解出来る筈がないでしょう?」
「本音は」
「阿呆の考える事なんざ俺には興味ねぇ」

微笑んだまま宣う器用なドS、それを見つめ頬を染める風紀M委員達を余所に腕を組んだ。

「で。いつまで続けるつもりだ、実際」
「さて」
「どうせアレだ、会議の直後か何かに偶然山田太郎を助けたっつーオチだろ」
「わぁ、居そうで中々出会えないお名前ですねぇ」
「で、糞鈍いチビがお前と気付かず呑気に礼でも言ったんだな」
「何を仰いますか高坂君」
「お前以外には礼儀正しいみてぇだしなぁ。愛想笑いにコロッとほだされたか、有難うございます見知らぬ貴族さん?」
「心外です」
「まだ白を切るか」
「大層可愛らしい笑顔で仰いましたよ」

ずるっ、と。
ソファから滑り落ちた日向が、美貌を硬直させる。落ち着け、聞き間違いに違いない。根性ひん曲がった二葉が惚気染みた台詞を吐く訳が、


「うっかり犯してやろうかと思うくらい可愛い顔だった。良く耐えた俺、紳士の鑑」
「………悪いモンでも喰ったか?」
「失敬な、一日三食フレンチトーストですよ。おやつも漏れなくフレンチトースト、イギリスで唯一まともな食べ物でしたね」
「誰が紳士だと?うっかり何つった?」
「スコーンには小型爆弾を練り混まれる恐れがありましたからねぇ、主に貴方が」
「悪い、耳鼻科行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」

ふらりと立ち上がった日向が随分廃れた背中で去って行くのを見送り、何杯目かの茶を啜った男はわざとらしく声を上げる。

「あ。そう言えば高坂君、」
「頼むもう何も喋るな俺様が悪かった詫び入れるから黙れ永遠に」
「はぁ、跪いて靴を舐めて下さっても構わないのですがねぇ」

ゆるり、カップを持たない手で頭を掻き毟る日向の左手を指差した二葉が、これ以上ない満面の笑みを浮かべた。
その麗しい微笑が、こうもまがまがしく見えるのは何故だろう。いっそ一種の特技ではないかとすら思える日向が、

「どうして黄昏の君の指輪を付けてらっしゃるんですか?」

左薬指を見つめ全身に鳥肌を発てた後の「光王子乱心事件」は、明日の朝刊に掲載される事だろう。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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