帝王院高等学校
桜餅をキレさせたら大したモンですよ
『高等部一年全生徒が、今期選定考査対象だ』

全ては此処から始まったのだ、と。いつか自分は笑うのだろうか。


傷付けてやりたくなった。
(可愛がる内に泣き顔が欲しくなった)
(救いを求める顔が見たい)
(人間らしい醜い顔が見たい)

今はまだ、好奇心を刺激してくれる新しいペットを。
(絶望へ続く崖に追い詰めよう)




私が飽きるまで。






「きりーつ」


無駄に格好良い男が、余りに間延びした声で宣った。新入生の初々しさ皆無な一年Sクラス、近頃日直制度が始まったらしい。
夏場で言う冷やし中華始めました、だ。一年Sクラスでは日直始めましたである。

「れーい」

始業式から然程経たない今現在、Sクラス初の席替えを試みた一年Sクラスに成績順制度など無意味に等しい。よって近頃では帝君である外部生の意見をふんだんに盛り込み、全学年何処を探してもこう庶民的なクラスはないだろう、実に一般的な進学科へ変身した。
早い話が五十音順、あいうえおから始まるそれで「か行」は必然的に最前列だと言う話。

「ちゃっくせーき!」
「「「宜しくお願いします」」」
「まいどー、宜しゅう頼んますー」

日直初体験の隼人に倣い、キリッと礼をした一年Sクラス愉快な仲間達は、無駄に格好良くアイーンをキメた担任をボケスルーし着席する。
ガックリ肩を落とした村崎がじっとり湿った目で相方、いやいや、我らがツッコミマスター山田太陽を見やったが、その視線に気付くなり教科書を開いていた彼は笑顔で無視する事を選んだ様だ。

その笑顔で鼻血を吹き出した変態が一人。窓際後ろから二番目の席主は、元は純白だったカーテンを日々真紅に染めている。休み時間になればクリーニングに出される事だろう。

「はぁい、こちらに見えますが皆のメシア東雲村崎先生でぇす」
「ぴゅーぴゅー!」
「先生は今ちょー傷心中でぇす。山田太陽君が先生に突っ込んでくれませんでした。破局の危機を迎えておりまぁす、はいじゃあ12ページを開いてぇ」
「挙手!」

しゅばっと手を挙げたのは前の時間までフォモ本の読書を堂々と続け、気の弱い教師の胃に腫瘍を産んだであろう帝君、つまりオタクだった。因みに毎時間教師を囃し立てるのもコイツだ。歓迎モードで迎える癖に、授業が始まるなり読書モードをひた走るオタクの華麗なる放置プレイは、零人曰く絶妙な飴と鞭らしい。

「どないした、のびちゃん」

近眼気味なのか単にお洒落の一環なのか、近頃一年Sクラスで無駄に流行している縁が太い眼鏡を押し上げた村崎が振り返り、真新しいチョーク片手に頷く。

「新歓祭のニュースが全く伝わって来ないにょ。僕達だって帝王院の一員ではないのでしょうかっ」

ギラギラ何かに燃える黒縁眼鏡。近頃オタクの撒き散らす腐った何かに冒されつつあるクラスメートらは、教祖を見る陶酔の目で頷いた。完全なるバイオハザード、腐男子教だ。神も仏もあったものじゃない。あるのは萌に向かう情熱だけ。
ブラッディマンデー、最早引き籠もるオタクは流行らないのである。意見が言える腐男子になりたい。帝君こそ我らが神仏。だからこそ帝王院学園オーイエ。

育ちが良いお坊ちゃま達は疑う事を知らない様だ。

「当日参加が俺らの仕事や」
「結果だけで満足させないで!過程を知ってこそ楽しめる青春の1ページですにょ!」
「無理やっちゅーねん。学園祭には参加出来るんやから、諦めぇ」
「横暴っ!」
「あのなぁ、のびちゃん」
「ホストパーポーのイケず!エセホシスト!」
「エクソシストみたいに言った!先生はホストではありませんっ、歌ってボケれる高校教師です」
「男友達居ない癖に!」
「何で知ってんの?!」
「イケメンなんか…イケメンなんかっ、めちゃくっちゃ好きやっちゅーねん!」
「俊、自棄になるな」

チクチク針と糸を操っていた背後の神威が、村崎との漫才が楽しくなってきた俊を捕獲し、隼人と要が殺意を込めた視線を注いでくるのを綺麗さっぱり無視して膝抱っこに成功した。
モテる上に家柄と成績まで素晴らしい村崎には奴隷になりたがる男は居ても、友達は皆無に等しい。日本屈指の東雲財閥嫡男と言う肩書きが、外見はともかく中身はアラサーのおっさんである彼を孤独にさせている。
と、訳あり設定やら健気設定やらが大好きな腐った教え子から、孤独に餓えた甘えた攻めの称号を頂きつつある教師はボリボリ頬を掻き、手がチョークの粉塗れである事を失念したのか顔にピンクの粉を引っ付けたまま教卓に座った。本当に教師か。

「仕方ないっちゃあ、仕方ないねんて。連休前にゃ一斉考査があるし、梅雨明けにゃプラス選定考査がある」
「選定考査?」

それまでの長閑な雰囲気が一気に引き締まる気配を認め首を傾げた俊に、欠伸を発てた隼人が口笛一つ、

「一斉考査が全校試験でー、選定考査が進学科だけの強制参加テストなんだよお」
「ふむふむ」
「仕組みの説明が面倒臭いねんけどなぁ、」

一般的に3学期存在する普通科以下のクラスには、1学期2学期に中間考査と期末考査が予定されている。学期末のみ期末考査だけだ。例外的に工業科のコースによっては試験免除もあるが、進学科以外の全てが一年に五回テストを受ける必要がある。

前期後期の二期制度である進学科は、前期後期で計六回試験を受けなければならない。一斉考査である1学期の中間考査、普通科の期末考査よりやや早く実力考査が予定されて、一般的に夏休みである期間には選定考査。これが問題だ。

「選定考査が重要やの。これで後期のクラスが決まるんやから」
「ふぇ?」
「Aクラスの上位10人も受けるんだよ、選定考査は」

授業が始まる気配がない事に息を吐いた太陽が腕を組み、きょとりと首を傾げた俊を見やる。

「Sクラスの30人、うちは31人か。それに加えてAクラス10人が篩に掛けられるってコト」
「タイヨー先生!ちっとも判りませんっ」
「だよねー」
「降格か暫定か」

呟いた要の声で場が静寂に包まれた。

「選定考査の結果如何では、俺ですら後期にこの教室に居るかどうか」
「カナメちゃんが落ちる訳ないじゃんねえ」
「テストでクラス替え?タイヨーと違うクラスになっちゃうにょ?桜餅も違うクラス?」

沈黙するクラスメート達をきょときょと見つめる俊に、欠伸を発てた隼人は勿論、冷めた表情の要すら答えない。
残った者が勝者であり、負けた者は敗者、それこそ帝王院の悪習だ。眉を目一杯顰めた太陽が今にも舌打ちを零しそうな時、囁く声音が漏れた。

「現状、存在してはならない生徒が存在している。全ては選定を嫌った者の謀略だ」
「ふぇ?」
「高野健吾、藤倉裕也」

何人かの生徒が息を呑む音。席替えしてしまったからこそ判らないが、それぞれ今期昇格した元普通科の生徒ばかりだ。

「彼らが退いた事による恩恵を受けた生徒が、存在している」
「カイちゃん」
「いつ元の木阿弥になるかと怯え暮らす生徒が、二名。いや、三名か」

皆の表情が凍る様を一瞥し、俊から鼻を摘まれた男は息を吐いた。存在してはならない生徒の筆頭である神威が存在する限り、後期ではまず間違いなく一人減るだろう。降格する筈がない部外者である神威の高い鼻を、そうと知らぬ俊がぎゅむっとつねった。

「にゃにをしているにょだ」
「カイちゃんのお鼻の高さちょっと分けて貰えないかと」
「ひょめているにょか」
「褒めてるにょ」
「ひょうか」
「そーにょ」

乳繰り合う二匹を綺麗さっぱり無視し、組んでいた腕を離した太陽が教鞭を掴む。

「とにかく、8月まで三回テストがあるんだから。9月の学園祭週間までは油断出来ないよねー」

タンタン机を叩いて重苦しい雰囲気を霧散させ、要と隼人が背を正すのには構わず鼻を鳴らした。

「絶対、アイツの思い通りにはさせない。…絶対」

太陽にあるまじき低い声音にビビった俊が神威から手を離し、

「タイヨーちゃん、そんなに凛々しいお顔をしてっ!ハァハァハァハァ、また僕の知らない所で萌的状況が?!」
「俊、新しいコスが出来た。一万年と二千年前から白髪だったろうロン毛コスだ」
「そんなもん生徒会長にプレゼントして来なさい!今はタイヨーちゃんの身に起きた萌的危機を知りたいにょ!」

渾身のミシン顔負け裁縫技術もすげなくスルーされた生徒会長は、ならば自分で着るかと静かに頷いた。打たれ強い男である。

「何があったのタイヨーちゃんっ、夜中にお腹が空いて牛乳買いに行ったコンビニで不良に絡まれたんでしょ!」
「牛乳のチョイスが悪意を感じるんだけどねー。じゃなくて昨日の総会。思い出しただけでムカつく」
「俊、俺を構い倒せ」

お得意の構え攻撃に切り替えた生徒会長を綺麗さっぱり無視した左席会長は、左席会長の癖に欠席した下院総会の内容を全く知らない。いや、総会があった事すら覚えているのかいないのか謎だ。
持ち前の万能さ故に一時間で数冊の書籍を読んでしまい、一着のコスプレ製作も数十分で終わってしまう神帝陛下は日々退屈していた。だが然し、日々萌えに餓えているオタクが神威を相手にする事は少ない。
対神威にのみツンデレるオタクなどどうでも良いとして、

「あー、ちょっとイラっとしたねえ、アレ」
「ぅん、僕もちょっとイラっとしたぁ」

にっこり。
満面の笑みの桜が振り返り、ビクッと痙き攣った俊の隣で太陽が大きく頷く。何があったのかを説明しようとした太陽は然し、

「本当に、…精米機で磨り潰してやろうかと思ったけどぉ。うふふふふ…平たく伸ばしてぇ、ぉ煎餅にした方が有意義だよねぇ」

普段皆の宥め役である桜が夥しい黒いオーラを撒き散らした事で、沈黙した太陽の額に冷や汗が流れた。
徹夜ゲームに明け暮れ医務室に運ばれた事を笑い話として桜に聞かせた太陽は、笑顔で固まった桜から凄まじく怒られたらしい。以来、ゲームは1日一時間までルール制定。これに焦った太陽が幾度となく桜に土下座して頼んだが、静かにキレたルームメートは聞く耳を持たなかったのだ。
隠れてゲームの電源を入れれば、ドアの隙間からドス黒い笑みを浮かべた桜が覗き込んでくる。イヤフォンをしようが、音量ゼロにしようが、布団に包まって携帯ゲームしても、普段滅多にやらない携帯アプリを開いても。逐一感付く桜に見付かり、今度隠れてゲームしたら『本当に怒るからねぇ』だそうだ。

本当に怒ったらどうなるのか、恐怖の余り知りたいけど知らないままでいたい。
山田太陽のショボい葛藤は続く。

「さっ、桜餅ちゃん?可愛いお顔が大変な事に…!事件は桜餅のお顔で起きてるにょ!」
「俊君!」
「はいっ」
「全員満点目指そうねぇ!」

教室中が凍る音を聞いた。
欠伸を発てた隼人と青冷めた太陽だけが、桜の怒りを知る証人だ。



『学力向上委員会、前へ』

議長の呼び掛けで立ち上がったのは、各自治会長だった。例外的に最高学部の自治会長は教育実習中のため欠席し、副会長がモニタに映し出されたが、下院総会を揺るがした事件はこれから始まったと言えよう。

『議長、発言の許可を』

高等部最高役員である西指宿率いる向上委員会達を余所に、挙手した男へ皆が騒めいた。学園最高役員である中央委員会長が発言すると言うのだから、事態はただ事ではないと容易に知れる。

『帝王院神威君、発言を許可します』

僅かばかり驚いた様子の教頭に、監視役の教師らが顔を見合わせた。議長すら予想外の事態は珍しい。大体が事前の打ち合わせで、中央委員会より教師陣に何らかの報告があるからだ。

『今期高等部進学科に於いて、やや手違いが見受けられる旨を諸君らに報告しよう』

微かな騒めきは、然し片手を挙げた日向によって沈黙を余儀なくされた。

『甚だ遺憾ではあるが、現高等部進学科生徒が一名超過している。理事会に何らかの不備があったのは認めるより他無い事実であり、捨て置く訳にはなるまい』


ふわり、ぬらり。
扇子を優雅に弄んでいた男だけが、ただ一人。
(目を伏せた)
(素知らぬ顔で)

『前期一斉考査の結果如何で、一年生徒全てへ内定通知する。基礎点以下の生徒は学科問わず選定考査受験資格を剥奪し、』


(薄く浮かべた笑みの上)


『内定により暫定した高等部一年全生徒が、今期選定考査対象だ』

「カイちゃん」

こしょり、と。
喉仏を擽る指に瞬いて、菓子クズで汚れた口元を見やる。


「…何だ?」
「来週の日曜日、お出掛けしない?」

それなのに何故か。
自分の方が酷く汚れている様に思えて、眩暈がした。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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