帝王院高等学校
予定ばかり起てると鬼が笑います
カツン、と。
その日宵闇の路地裏に響いた靴音は、聞いていた全ての人間の魂すら震わせた。

闇に溶けるクリムゾンマルーンの長いコート、漆黒のファーが襟元に。素肌の上に羽織っただけの男の鍛えられた腰にはゴールドとシルバーの細いベルトが二本、毛羽立つフェイクファーと同じ黒レザーに包まれた足がカツカツと規則正しい音を響かせ、待ち侘びた全ての人間を跪かせる。
街灯の陳腐な明かりを受けて煌めく銀糸、顔半分を覆い隠すバイオレットのサングラスは然し、その威圧感を然程も覆えては居なかった。

「…お久し振りです。ディアス二代目総長小倉圭次、恐れながら馳せ参じました」
「レジスト総長平田太一、僭越ながらご挨拶申し上げます」
「エルドラド総長グレイブ=フォンナート、此処に」

背後に舎弟を引き連れた男達が次々に膝を着き、倉庫が立ち並ぶ埠頭の一角に廃棄されたコンテナへ腰掛けた男へ頭を下げる。
コンテナの前に並ぶ五人が背後へ合図を送り、何処で待機していたのか、40人余りの人間がぞろぞろ闇から現われた。

「カルマ副総長、嵯峨崎佑壱だ。此処に控えるのはテメーらの想像通り、うちの兵隊全て」

何の気配もなく現われた男達に息を呑む皆へ、一歩進み出た長身が吐き捨てる。ざわりと騒めいた空間は、然し黙れの一言で容易く沈黙した。

「近頃3区内で図に乗ってる餓鬼共が居るらしいが、…説明して貰おうか小倉ぁ」
「っ、ス!」

鋭い眼差しに睨め付けられた少年が一歩進み出る。突如現われた男達にすら驚かされ、その力量の違いを見せ付けられたばかりと言うのに、それを纏め上げる佑壱に睨まれれば背を正すより他ない。
見るも哀れに青冷めた少年が息を吸い込み、言い訳無用の雰囲気のまま下げようとした頭は、


「イチ」

囁かれたその一言で停止した。
不自然に伏せた頭の下、潔く謝罪しようとした少年の額に汗が滲む。背後の屈強な男達が恐怖に痙き攣る気配が嫌でも判る。
何せ、コンテナの前に並ぶ五人ですら背を正した様子が見えたのだ。

「そんな事はどうでもイイ」
「ですが総長、」
「どうでもイイ、と。…俺が言ったんだ」

がくり、と。
腰を抜かした少年に何の非があると言えようか。後退る背後の男達、恐らく少年の下に付いた舎弟達も身震いしている筈だ。
口を閉ざした佑壱、痙き攣ったカルマ達を余所に、コンテナの前の4人と言えば半ば呆れた表情で腕を組んでいる。
どんな神経をしているのか。

「ボスー、打ち合わせ通りの台詞なのにリハより威圧感があるんですけどー?」
「俺様通り越して王様総長っしょ(*/ω\*)」
「副長、顔赤いぜ」
「ユウさん、ニヤケてます。引き締めて下さい、鼻の下」
「悪ぃ、総長の格好良さに痺れちまった」
「「「「うぉーーーっっっ」」」」
「総長ぉ!一生付いていきます!」
「総長ぉ!一生付き纏って行きまス!」
「フォーエバーカルマ!」
「カルマ!」
「カルマに入れて良かったぁ!」

何事か、と。
瞬いた全ての人間達。感涙で噎び泣くカルマがコンテナを囲み、拍手喝采と涙のカルマ大合唱を受けた男がしゅばっとコンテナに乗り上げ、照れた様に頭を掻いている。
割れんばかりの拍手、薄暗い倉庫街を震わせる男泣き、深夜の大合唱に見ていた少年達が何を言えたろう。

「あー、コホン」

一頻り凱旋帰国したサッカー日本代表扱いを受けた男が、クネっとターンして咳払い一つ。
クリムゾンマルーンの深い紅が舞い、格好良い事この上ないのだが、次の台詞が台無し過ぎた。

「皆さんちわにちわ!カルマ腐葉土と言えばこの僕!」
「(´;ω;`)」
「とりまエヌジー」
「ハヤト、欠伸しないで下さい。殴りますよ」
「蹴ってから言うのはNGだぜ、カナメ」
「騒ぐなテメーら!総長の晴舞台だろうがボケ!」

だから何事なんですか、と。
置き去りにされた少年達が理由不明な涙を流している中、サングラスを押し上げた男が恥ずかしくなったのか否か、ちょこりとコンテナに座り直し、もにょもにょと何事か呟いた。

「…所詮腐ってる所しか特徴がない腐男子には無理なんです…知ってます…テスト0点しか取れない地味馬鹿平凡ウジ虫オタクでも知ってます…ぐすっ」

膝を抱えている様に見えるのは気の所為だろう。覗き込んだ隼人の金髪に齧り付いている様に見えるのも見間違えだ。多分。

「ちょΣ( ̄□ ̄;)」
「犬歯刺さってるにょー」
「エマージェンシー!」
「総長っ、空腹指数は?!」
「ペコペコにょ」
「一旦タイム!」
「ハヤトさんが喰われてる!」
「獅楼〜、豚汁持って来てー!」
「ユウさん、サンドイッチを!」
「総長っ、じゃがりこあるっスよ!」
「兄貴っ、隼人は食いモンじゃねぇ!生物ですが食べられない生物っス!テメーら!隼人を助け出せ!」
「総長っ、明太子スナックあるっスよ!」
「良くやったショーゴ!」

バリッとスナック菓子の袋を開けた少年の元に、しゅばっと飛んでいった銀髪。
風呂上がりのオッサンスタイル、コーヒー牛乳宜しく腰に手を当ててザラザラ、スナックをジュースの様に貪った背中がぴたりと動きを止めた。


「…平田、目薬持ってねぇか?」
「申し訳にゃーけど、こっちが借りたいくらいだで」
「シーザー!鶏大王の唐揚げご用意してますっス!」
「グレグレ、好き!」

ご自慢の茶髪を東條清志郎並みに短く刈り落としたエルドラド総長に、サングラスを煌めかせたオタクが抱き付いた。
ほんのり頬を染める茶髪が有名唐揚げ店のロゴが入った袋を貢ぎ、受け取るなり華麗なクネクネダンスを披露したサングラスへ拍手が湧く。



だから何だこれ。
(※主に画面の前の皆さんの心の声)


「えっと…。3区で暴れてた奴は元々1区のチームだったんスけど、ABSOLUTELYのウエストに潰されて居場所がなくなったみたいで…」
「総長の女と副総長の女がウエストに取られたとかで、人数だけは多いんで3区に移動してたみたいです…」
「3区はこれと言ったチームがなかったんで、それが理由じゃないかと…」
「夜間は警察が多いんで中々尻尾掴めなくて、煩わせてすいませんでした。…すぐに対処します」

良くやったディアスの皆々様。唐揚げに貪り付くサングラスとそれを見守るのに必死で全く話を聞いていないカルマ達へ、それでも律儀に報告した勇気を認めよう。
他のチームから惜しみない拍手が送られた。万更でもないディアス一同が照れ臭そうに頭を掻く。

「ゲフ、…はァ。3区なんざどうでもイイっつってんだろーが、テメーら」

鍛えられた腰にはゴールドとシルバーの細いベルトがあった筈だが、今やぷにょっと膨れた腹に辛うじて巻き付いているベルト二本が見える。どうやら腹を凹ましていたらしい。今や妊婦だ。カルマ総長、行方不明の間に何があったのかと皆に戦慄が走る。

「一同、来週の日曜日は暇か。暇じゃなくても暇にしろ」
「ピュー。ボスー、格好よいよー」
「今から貴様らに試練を与える。貢献したカス共に褒美をやろう」
「総長っ、痺れるっス!(//∀//)」
「ふ、俺に惚れたらSに目覚めるぜ☆」

ドMの台詞に、然し見ていた少年達から拍手が起きる。どうやら有り得ない事態に皆の感覚が麻痺したらしい。デジカメを構えた北緯がうんうん頷いていた。
俺様総長計画(シナリオ:佑壱/監督:俊/カメラマン:北緯)による茶番劇は、後日編集されてコミケで配布される事だろう。

「いきなりですが、カルマの新しい総長をご紹介します」

立ち上がった俊が何処からか取り出した大きな筒に、世界が沈黙に包まれた。

「俺様は生BLにハァハァ…いや、ライブ活動が忙しいので、不良なんかやってられません。時代は生徒会攻め」

意味が全く判らないのは罪だろうか。バンド活動をしていたとは初耳だ。

「俺は総長を守る犬になると此処に誓おう!諸君!新しき皇帝SoleDioに祝福を!」

威圧感たっぷりな興奮した声音に誰が否を唱えられよう。SoleDioの大合唱で賑わう倉庫街に、燦然とスポットライトを当てられた巨大なポスター。
明らかな隠し撮り写真に写るのは、寝起きと判る顔で歯磨きをしている少年だった。毛筆で『骨太』と書かれた余りにダサいTシャツ姿の少年の、広いデコに乱れた前髪が張り付いている。


「新しい総長の門出だァ!来週の日曜日は萌えるぜ野郎共ォオオオ!!!」
「「「うぉーーーっっっ!!!」」」
「「「燃えるぜぇえええ!!!」」」



間違い探し、答えは何処だ。















「元気がないな」

笑う声音に息を詰めて、背後を振り返る。青い空を背景に笑う男の眼差しが見えた。

「苛まれているかい、後悔と言う取り返しの利かない失態に」
「ひで、たか」
「大空に八つ当たりして気が済んだか、秀隆。可哀想に、大空はいつも私達の板挟みだ」
「俺はそんなつもりじゃ、」
「返してくれないか、…秀隆」

懇願する声音に目を伏せる。
奪わないでくれ、と。言った自分もきっと、こんな声を出したのだろう。こんな眼で、こんな声で。

「羨ましかったんだ。シエに名前を呼んで貰える秀隆が。俊に父さんと呼んで貰える秀隆が。いつも、いつも」
「…奪わないで、くれ」
「返してくれないか。私の家族を」
「違う!シエが言ったんだ、俊は俺のっ、」
「ひでたか」

手を伸ばした。
微笑む唇を黙らせようと、男の胸ぐらへ。いっそ殺意に近い真っ黒の感情で塗り潰された網膜に、微笑みなど映したくなかったから、


「は、ははは…」

ああ、似合わない、と。
量販店のスーツを着た男の胸の前で力を失った右手。何処までも澄み切った空を見つめながら、微笑む唇が硝子に映り込んだものだと。

今更。
気付いたからと言って、どうしろと言うのか。後悔ばかり、いつもいつも、消えてしまいたくなるからいつも。いつも。

「帝王院、秀皇」
「私の名前を知っているのは。もう、お前と大空だけだ」
「遠野、秀隆」
「シエが言ったんだ。赤い首輪が似合う、黒髪のナイト」
「ひでたか」

親友だったのだ。
秀隆と秀皇、いつももう一人の親友が笑って言った。スリーエイチじゃないか、と。名の通り空の様に笑う親友が、いつも、いつも。

「返してくれないか」
「奪わないで、くれ」

重なる声音、眉間を押さえれば目の前の男も同じ様に眉間を押さえた。

「私の家族を」
「俺の家族を」

喉に手を当てれば、目の前の男も同じ様に喉に手を当てた。

「何故生きている」
「俺の所為で死んだのに」

後悔ばかり。
つまりは後悔だけ。
傷付きたくないから傷付ける術ばかり探して、悲しませたくないから傷付ける対象は酷く限られてしまう。

誰か詰ってくれないか。
誰か馬鹿だと笑ってくれないか。
消えろと(生きろと)、今。


「「何故、逃げたんだ」」

知っていたのだ、始めから。
偽った所で何からも逃げられない事を。
偽った所で現実は何も変わらない事を。

「羨ましかったんだ、ずっと」
「そう、いつも」
「何の枷もなく自由な秀隆が」
「羨ましかったんだ、いつも」
「学園から一歩外に出れば何の肩書きもなくて」
「商店街のコロッケを食べ歩きながら通りすがりの知らない人に挨拶して」
「秀隆は牛肉コロッケが大好きだった」
「真っ直ぐ坂を登って、高台の病院を見ると一気に駆け上がった」

同じ記憶、同じ感情、同じ声、泣きそうに笑う唇を見つめながら目を閉じた。


「逃げても、…何も変わらない」
「遠野課長っ!」

呟いた台詞が開いたドアの音に掻き消される。慌ただしく入ってきた社員達に酷く見覚えがあると思えば、それもその筈、自分の部下ばかりだ。

「見つけましたよ!」
「またこんな所でサボってましたねっ。課長は煙草なんか吸わないでしょ!」
「わぁい、課長みっけ!有給休暇下さ〜い」
「慰安旅行下さ〜い」
「あ、課長。コンペ資料見て下さい」
「課長ー、ライター持ってます?」

ほぼ勢揃いの状況に瞬けば、何やら揃って気遣う様子を見せている。真っ先に飛び込んできた係長と言えば、眼鏡を押し上げたり曇ってもいないのに磨いたり冷静な表情に似合わず慌ただしい。
ふ、と笑えば揃って沈黙した部下達が凝視してくる。

「良し、今度のゴールデンウィークは伊豆でも行くか」
「マジっスか!」
「この糞忙しい時期に?!」
「社長から首絞められますよっ?」
「有刺鉄線巻き付けられちゃいますよ〜」
「給料カットとか!」
「今年のゴールデンウィークは確か、社休が2日あった筈だ」

係長までもが驚愕に目を見開く中、開け放したドアから顔を覗かせた専務に片手を挙げる。喫煙所のドアは閉めなさい、とでも小言を言うつもりだろう彼は嫌味なほど似合う眼鏡を押し上げながら、いつもの愛想笑いを浮かべつつ近付いてきた。

「賑やかだと思えば貴方ですか」
「小林専務、今度の連休は休みが2日ありましたよね?」

ぱちり、と。瞬いた専務に皆の期待に潤んだ視線が突き刺さる。


「ああ…会長からのプレゼントでしたね、遠野課長」


歓喜の悲鳴が挙がった。

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あきゅろす。
無料HPエムペ!