帝王院高等学校
ダッシュで逃げたくもなるよねー
某アニソンが厳かに響き渡る一年帝君部屋、ぷりぷり尻を振りながら真っ裸になった黒縁眼鏡が見える。

「ふんふーん、ふふふん、ふふふん」

お世辞でも上手いとは言えない鼻歌、クルクル回りながら踊る男は素早く手にしたハンガーから服を取り上げ、しゅばっと着替えた。
歌いながら櫛で髪をセットし、キラキラ煌めくウィッグを手慣れた様子で装着、最後に黒縁眼鏡を外しバイオレットのサングラスに変えた所で、いつの間にかバルコニーに出ていた事に気付く。

「ん?」

何ともなく覗き込めば、寮の中庭が見えた。星の光を映したのかはたまた何かを感知したのか、サングラスの左右が短く煌めいた様だ。

「あっ。だ、駄目です先輩っ」
「恥ずかしがり屋だね、君は…」
「んっ、はぁ、あっ。誰か来ちゃう、からぁ」
「見せ付けてやれば良いんだ」

くさむらで絡み合うチワワとイケメン。周囲からは死角だろうが、一年帝君部屋からは丸見えバリアフリーだ。

「あっあっぁん!白百合様に見付かっちゃ…うっ」
「そう、彼の澄ました眼鏡に君の痴態が映っちゃうかも…ね?」
「やぁん」

バルコニーで鼻血を吹き出した男は銀髪サングラスと言う、明らかに一般人ではない出で立ちで鼻を押さえる。両手にはレザーグローブを纏っていたが、黒で助かったのかも知れない。白のシルク手袋なら完全にアウト、一発レッドカードだ。いやレッド手袋か。

「嫌がる受けに言葉攻め。此処は天国、か!」
「ただの男子校です」

二葉の眼鏡はともかく、コイツの曇り切ったサングラスは吹き飛ばんばかりである。冷静な突っ込みと共にコロンを吹き掛けられたが、クネクネ尻を振る男のお洒落度が30Upしただけだ。

「ハァハァハァハァ、もっ、萌えてなんか…いるんだからねっ!」
「総長、時間っスよ」

ツンデレのツン要素は全く期待出来ない男の叫びを余所に、深紅のショールを腰に巻いた長身がワインレッドのサングラスを軽く掲げ、腕時計を一瞥する。
袖がない黒のハイネックに、大きなシルバーバングルが存在感を放つベルトを巻いたレザーパンツ。ふわり、と歩く度に揺れる紅い腰布を横目に、短く息を吐いた。

「あらん?もうそんなお時間?」
「邪魔が入る前に行きましょう。カードと指輪は、」
「机の中」
「間違っても持ち出さないで下さいよ」
「いやん、口煩い男は嫌われるわょ」
「誰の所為だかねぇ」

こほんとわざとらしい咳払い一つ、相変わらず憎たらしいほど潔くイケメンな相棒を見やり、彼は漸く両腕を広げる。

「それではただいまより、シンデレラの魔法を掛けましょう。月の纏う光は太陽の慈悲」

桜吹雪と共に降りてきた4つの人影。ニマニマ笑うオレンジ、眠たげな欠伸を発てるゴールド、腕を組み瞼を閉じるグリーン、擦り寄ってくるブルーへ手を伸ばし、細い月が浮かぶ漆黒を見上げる。

「喪失した夜、満ちた夜、そのどちらでもない今宵に相応しいメスチゾへ名を。…新たな『皇帝』の誕生に相応しい開幕となるよう」

溶ける様に消えた6人を見た者は居ない。



「我が名は狂い欠けた半月、カオスムーン。
  Lupo, seguire SoleDio nuovo.(新しき王に従う、犬だ)」












「ん?」

何やら騒がしいな、と。
朝から薄々感じてはいたが、元来進学科は余りに閉鎖的環境にあり他の学科とは生活時間が違う為に、彼がその違和感の原因に気付いたのは陽が西に傾いた頃だった。

Sクラスのカリキュラムは日々変動する。自習など特例に等しく、休み時間も短い。なので進学科が利用する各教室にはコーヒーメーカーやドリンクサーバーがある訳だが、トイレばかりはどうしようもない。
トイレ休憩には寛容な教師に断り、当たり前の様に付いてくる気配を見せたオタクをしっしと振り払いつつ心配げな桜を目で宥めて向かったトイレ。Sクラスは全学年授業中だが、手を洗ってハンカチを取り出した時に何処からか開いていた廊下の窓の下、騒ぐ声を聞いたのだ。


「カイザーが引退したっつーの、マジかよ?!」

ずるり、と滑り転びそうになったのは仕方ないのではないだろうか。
つい今し方眼鏡を涙で濡らしながら大手を振って、戦地に赴く主人を見送る妻の様に噎び泣いたオタク、いや、つまり遠野俊と言えば、山田太陽の数少ない友達だ。
何をまかり間違ったのかは知らないが、♂と♂を掛け合わせるのが三度の飯…いやいや8度の飯とおやつより好きらしい親友は、高校入学するまで夜の帝王ならぬ夜の皇帝だったと言う。世の中はこれだから判らない。

「失踪報道の次は引退報道かい。…物凄い有名税だねー、会長ってば」

神帝を押し倒したと公言する友人をつい先程、蝿を追い払うかの如く手で追いやった山田太陽は滑り転び掛けた足を踏み止め、桜の早く帰って来てねと言う眼差しを思い浮かべつつ窓の下を覗き込んだ。彼は何も太陽が迷子になってはいけないだとか、トイレ休憩にかこつけてサボった挙げ句落第するかも知れないなどと言う、ビッグなお世話を焼いている訳ではない。
近頃太陽の靴箱や机の中に嫌がらせがあっている事を知っている為、然もそれが回を増す事に酷くなっている事を知っているからこそ心配してくれている訳だが。好奇心は猿をも殺すと言うからに、出来心だ。
噂には全く興味がない太陽も、流石に親友が話題に上れば興味をそそられる。

「マジらしいぜ。朝からその話で持ちきりだってよ!」
「じゃ、紅蓮の君が総長に返り咲きかよ?」
「そこなんだよなぁ。昨日の集会に出たチームはエルドラドとディアス…地区でもデケェ面子だけだっつー話だと」

どうやら工業科らしい、と。作業着達が屯ろする光景を眺めていると、突然背後で鈍い音と微かな悲鳴が響いた。何事かと振り返れば、転がるテニスラケットと腹を押さえて倒れ込む小柄な生徒が見える。

「ぐぅっ」
「は、い?え?何事?」
「…阿呆」

低い声音が罵倒した。
白の革靴、黒いスラックスの長い足を辿り細い腰、軈てブレザーを纏っていない胸元を見上げる。ああ、ネクタイすらしていないと間の抜けた事を考えて、青銅。

「こ、こんにちは、今日も貴族っぽいですよね!」
「…」
「すいません忘れて下さい」

仮面越しにも判る、怒りの雰囲気に惨敗だ。

「ぅ、う」
「えっと…」

辛うじて起き上がった小柄な生徒には見覚えがない。但しネクタイピンが金だと認め、また光王子親衛隊かと肩を落とした。どうやら転がったテニスラケットで襲われる寸前だった様だ。

「ちょ、ちょちょちょ!」

腹を蹴られたのか殴られたのか、よろよろ起き上がった生徒へ無言で足を振り上げる男の手を掴み、痙き攣る親衛隊に早く行けと叫べば、助けた筈の太陽を睨んだ少年が転がる様に走り去っていく。
まがまがしい舌打ちを零した仮面の男にビクッと震えれば、深い深い溜め息が鼓膜を震わせた。

「何かもう、すいません。有難うございました…」

助けられたのは判るが、自分より小さい生徒が目の前で暴行されるのを見逃す訳にはいかない。変な所で非情に成り切れないのは、偽善者振りたいからでも何でもなく、萌え探索と言う名の深夜徘徊をやめない俊が、方々で襲われている生徒を助けていると聞いたからだ。風紀でもあるメガネーズに。
何でも決まって夜、『正義のまりも』が軽やかに強姦魔を倒すらしい。連行された犯人達は『まりもが目を光らせて襲ってくる』『獰猛な唸り声を響かせて!』と声を揃えるそうだが、察するにハァハァしながらデジカメと眼鏡を光らせた愛のないエッチ反対派のオタクが『まりも』に見えただけだろう。伊達にインドア生活で伸ばしただけはある、ボサ髪。

天の君親衛隊を自称してやまない溝江と宰庄司曰く、被害者の中には光王子親衛隊や神帝親衛隊も居たと言うのだから、毎日毎日靴箱に虫の死骸や生ゴミを詰められている俊のお人好しさは底なしだと思う。
画鋲一個から始まった太陽を余所に、始めから生ゴミで始まった俊は嫌がらせを毎回デジカメで撮影してご満悦だ。神経可笑しいのではないかと半ば心配している太陽を余所に、その現場を見る度にキレる要と隼人をどうにかして欲しい。
さっきの休み時間、移動教室から戻って来た俊の机に菊の花の押し花(嫌がらせなのか読書愛好家へのプレゼントなのか判断に悩む)が置かれているのを見た時には、とうとう我慢の限界に達したらしく、無表情の隼人が首の骨をポキッと鳴らし、麗しい微笑を珍しく浮かべた要が罪無き委員長の机を叩き割った。

静かに涙したクラス委員長の机を要のものと取り替えた太陽が、何でも手に入る購買で仕入れた教鞭を振り回し、要と隼人の尻を叩いたのは記憶に新しい。余程痛かったのか正座した二匹にガミガミ説教しつつ、その辺でやめてやれよ…などと涙目の二年帝君を『いい加減教室に帰れ駄犬が!』と追い払い、


「いかん、現実逃避してた…」

頭を振って見れば、今の今まで目前に居た筈の長身が居ない。何処に行ったとキョロキョロ辺りを見回せば、廊下の向こうでピピーっと言う風紀委員お馴染みの笛が聞こえてくる。

「校内での不純交遊は禁止ですっ」
「げっ、目聡ぇ!見逃せよ!」
「それでも会長ですか!駄目です!風紀室まで来て下さいっ」
「だが断る!」

慌ただしい足音と共に駆けてくるのは、余りに会いたくなかった金髪だ。眩暈を覚えクルリと踵を返せば、

「アキ?おーい、アキー、アーキーちゃーーーん。お前のカレシが此処に居るぞ、アキちゃーん」
「すいません人違いです」
「何照れてんの。メールの返事もねぇし、俺もう死にそうよ?」

ぎゅむっと背後から抱き締められてマリアナ海溝より深い溜め息一つ、振り向き様に脇腹へ肘鉄一発、よろめいた所で躊躇わず頭突きをカマし、唯一の自慢である石頭…なるぬ石デコを擦った。

「大体何でアンタが俺のメアド知ってんですか王呀の君。いや理由は見当付いてますけども」
「んなもん、昨日俺がお前の携帯届けてやったからだろ」

確かに、太陽が無くした携帯電話は西指宿伝いに戻ってきた。然し場所が悪過ぎる。何せ昨夜は皆で大浴場に足を運んだのだ。
いつの間にか居なくなっていた俊達を余所に、下半身を隠さず堂々とやってきた自治会長に大浴場が黄色い悲鳴で湧いたのは言うまでもない。ただでさえカルマ幹部である隼人と要、その上佑壱までもが大浴場に詰め掛け大混乱を巻き起こしたばかりだったのだ。

『ハニィ、ダァリンが携帯届けに来・た・よ・チュ☆』

アヒルと戯れていた太陽へ投げキッスを寄越した西指宿の所為で、二人がデキているなどと言う全くの言い掛かり的噂が広がり、登校するなり鉢合わせた二葉には『ウエストはゲテモノ好きだった様ですねぇ』などと皮肉を言われるし、余程ニュースに欠いているのか、報道部が待ち構えている昇降口でうっかり下駄箱を開けてしまい、溢れたゴミの山を撮られるし。散々だ。

「光王子もアンタも金髪なんかいっそ絶滅しろ。金山ごと爆発してしまえ」
「荒れてんなハニィ、欲求不満か?俺が体で慰め、」
「言わせねぇよ!」

もう一発頭突きしてやれ、と山田太陽が世紀末覇者頭突き王になりそうな(いやマジで太陽の頭突きは痛いらしい)時、西指宿の背後で所在なさげに見守っていた風紀委員達が敬礼した。
太陽に敬礼した訳ではなさそうだ。嫌な予感だけは当たる自信がある太陽が酷くゆっくり振り返ろうとして、

「ウエスト、ただでさえ忙しい私を無駄に煩わせないで下さい」
「わー、マスター直々にお仕置きですかぁ嬉しいなー…」

痙き攣る西指宿の美貌を余所に、聞き覚えが有り過ぎる声音を聞いたのだ。
もしも太陽が金属製だったなら、ギギギと言う錆びた音を遺憾なく響かせたのだろうが、左席副会長の肩書きとデコの固さ以外にこれと言って特徴がない平凡な優等生に、痙き攣り過ぎて哀れなほど不細工な表情以外期待出来なかったに違いない。

「げ」
「おや、何度見ても残念なお顔ですねぇ、貴方は」
「…今日は厄日か」

見た目なら何処ぞの貴族だと考えて、ピシッと絞められたネクタイと皺一つ無いブレザーに沈黙する。几帳面な陰険眼鏡など論外だ。

「A型…では、なさそう」
「何か仰いましたか、山田太陽君」
「何でもありません」
「B型です」
「…は?」
「何か?」

太陽がダッシュで逃げたのは、当然だったのかも知れない。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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