帝王院高等学校
嫉妬を顕にする意気込みや良し
顎が外れる、とは正にこの事だと帝王院学園左席委員会生徒副会長時の君、自称『口内炎閣下』は文字通りぽかん、かぽん、と顎を外していた。
同じく目を丸めていた桜が、大粒の飴玉の様な眼差しを真っ直ぐ、明らかに浮いている庶務へ注ぎながら外れた副会長の顎を嵌め直している。

そのまだ隣、余りの事態に普段の愛想笑いをすっかり忘れた文化部長神崎隼人と言えば、いつもならば目尻が下がった狐の様な糸目をこれでもかと見開き、眉間に目一杯皺を寄せていた。
巷のお姉様方がこぞって弟にしたいと口を揃える柔和な表情が、今にも『総長と呼ばせて下さいっ』と舎弟志望のヤンキーを集めそうだ。Before、After。普段どんなに可愛こ振っていても、やはり神崎隼人は不良であるのだと知らしめるには充分過ぎた。


「世の萌を、集めた詩集、いとおかし」

優雅に扇子で口元を隠した長身が、しゃなり、しゃなりと公家の様に会議室の中央を突っ切り、沈黙する皆の視線を一身に集めながら全く狼狽えた様子はない。雅な声音で意味不明過ぎる俳句を読んでいるが、残念ながら突っ込みは期待出来なかった。
ぞろびく長衣、十二単とまでは行かずとも遜色しない艶やかな紅葉色の着物。長い裾が男の足跡を辿り、既に会議開始時間を過ぎているにも関わらず、左席委員会生徒庶務は自らこそ主人公である、と言わんばかりに着席した。

「待たせたな諸君、扇子の手配に些か手間取った」
「カカカ、カイ君んんん?!何やってんのっ?!何読んでんのっ?!」
「ひ、太陽君…」
「獣耳アンソロジーが気になるかヒロアーキ副会長、やはり目が高い」

しゃらん、と。扇子の紐に括り付けられた鈴を転がし、頬に勾玉の様な赤と黒のペイントを施した黒髪の庶務へ左席全ての視線が注がれる。

「俊のお奨めは野獣シリーズだが、妖狐×腐男子と言う新進気鋭カップリングが大変面映ゆい」

唖然とした他役員達も中央委員会やら議長やらの語り掛けで冷静を取り戻し、漸く会議を始めた様だ。トップバッターらしい委員会の長が報告を始めるが、左席4人がそれに耳を傾ける事はない。

「粗大ゴミを片付ける傍ら、取り寄せた書籍を熟読するに当たり益々萌の道へ近付いたと言えよう。今やアンソロジーは読むに限らず執筆するものだと心得る。如何なものか?」
「ごめんカイ君、理解出来そうな気がしない。それとその意味不明な格好の何処に共通点が?」
「嘆かわしい事だヒロアーキ副会長、少しばかり脳を活性化させる必要があるな。所詮21番か」
「ゲフ」
「ぼ、僕も判んなぃよぅ、カイさん」
「つまり今の俺は安部晴明」

全く意味が判らなかった太陽と桜が肩を叩き合い、塩っぱい顔、高野健吾の専売特許を使うなら『┗(´ー`)┛』、お手上げだぜと表情で以心伝心している。

「お前さあ」
「何だ神崎はっくん」
「桜坂やっくんみたいな呼び方やめてくんない」
「笑いが判らん男はモテんぞ」
「顔だけでモテっからよいんだよ」
「ふん、少しばかりイケメンだからと言って勝った気になるなよ不良攻めめ」
「隼人君は将来超有望な俺様攻めになるんですー。野獣シリーズなんかとっくに読んだし。感想文提出したし。死ねしコスプレ野郎」

火花を散らし合う二人の美形は然し、無表情の太陽と酷く奇妙な笑みを浮かべる桜には気付いていない様だ。因みに野獣シリーズこと『腐った野郎と獣のアバンチュール』は元々漫画書籍であり、前ページの小説は感想文の片隅に嵯峨崎佑壱が執筆したものである。

文系の天才故に、原稿用紙の空白が許せなかったらしい。甚く感動したオタクが次の新刊にゲスト小説を書かせよう、と眼鏡を輝かせた事を佑壱は知っている。締切は来週末、30ページの短編が決定したからだ。
それによって益々ホモ嫌いが加速したオカンが、半ばストレス解消の様に調理室へ籠もっても致し方あるまい。八つ当たり宜しく唇を奪われた日向には同情する、が。

「どーゆーこと」
「誠遺憾だが指示語が見当たらん様だ」
「アレとどう言う関係だっつってんだよ」
「俺に惚の字か神崎文化部長、嫉妬を顕にする意気込みや良し。悪いが諦めてくれ」
「あは、殺されてーのかあ。頭沸いてんのー、死ぬがよい」
「この世に似た人間など幾らでも存在する」
「てめーみたいな顔が二つも存在して堪るかー。兄弟だろ、兄弟だよねえ、フェインの弟だろー」
「俺に兄弟と呼べる存在は弟しか居ない。二人ほど」
「全くの赤の他人っつーのか」
「親子でも兄弟でもない場合、何と呼ぶべきだ?」
「他人じゃねーかあ。ばっからし、考えて損した。慰謝料寄越せー」

無言で会議資料であるパンフレットを丸めた太陽と、ウエストポーチから掌サイズのタッパを取り出した桜が見つめ合い、

「カイ君」
「はっくん」
「静かに出来ないのかなー?」
「会議中だって判ってるの?ねぇ、判ってないから煩いんだよねぇ?大人だったら静かに出来るもんねぇ、まだ赤ちゃんだからぎゃあぎゃあ泣いちゃうんだねぇ…」

パコン、と神威のボサ頭を丸めたパンフで叩いた太陽すら背を正してしまう絶対零度の声音に、左席委員会が凍った。
扇子で隼人の顎を持ち上げた神威、その神威の胸ぐらを掴む隼人、二人が無表情で桜を見やり、

「悪い赤ちゃんはお尻ペンペンするよぅ、200回。」
「「すみませんでした」」

艶やかな稲荷寿司を机上に出した桜の満面の笑みに土下座した。悪い子にはおやつもあげません、と言う無言の重圧を聞いたからだ。意外に回数も多い。

「さ、桜…」
「会議って四時まであるんだってぇ。一応飲み物は用意してあるみたいだしぃ、おやつはあるんだけどぉ」
「ママー、隼人くんお稲荷さん大好きー」
「コンソメポテチが見当たらん」

どうやら怒った時の威圧感は平凡過ぎる太陽より、痩せれば爽やかイケメンだろう桜へ軍配が上がったらしい。
黄金色の稲荷寿司に負けた隼人は勿論、しゅばっと黒縁眼鏡を装着した狐は油揚げよりコンソメポテチ。ウェットティッシュで指先を綺麗にした隼人が、会議室脇のドリンクバーで茶を注いできた太陽からカップを受け取り満足げだ。

「そうだ、俊は何処行ったの?トイレで別れてから会ってないんだけど」
「太陽君を探しに行っちゃったよぅ。あ、はっくん、隣にあるのなぁに?」
「横ー?あ、マジ。何かのメニュー表みたい」
「カイ君と一緒だとばかり思ってたけど。会長が会議欠席で大丈夫なのかねー」
「へー、回線で頼めば持って来てくれるんだってぇ。執行部だけの特権みたぃ」
「俊を三時間拘束するのは容易ではなかろう」
「お稲荷さん40個ー、マンゴーと夕張メロンパフェー」

ともあれ、騒がしい左席4人が気弱な議長の代わりに日向から怒鳴られるのは、そう遠い話ではないだろう。












「王」

相変わらず何の気配もなく現れた長身を認め、開け放した窓から飛んでいく白い鳩を見送る。
近頃頻繁に形を変える校舎は、複雑怪奇。寝て起きたら昨日とは微妙に変化している。公にされていないとは言え、リフォーム業者の姿なく様変わりする施設に疑問を持つ生徒は多い筈だが、七歳から暮らしていれば疑問すら習慣の一部になるのだから笑い話だ。

「まだ、見付かりませんか」
「是。先日姿を現したシーザーの行方はようとして知れない。必要ならば、」
「構いません。この国でユエの力は使わない、それが吾の自らに課した戒め」

一匹、白羽散らばる部屋の隅に残った鳩が見えた。いつもの事だと目だけで笑い、白い鳩から産まれたグレーの鳩を抱き上げる。
抵抗しない鳩は大人しく腕に収まったまま、くるくる喉で鳴いていた。

「汝も哀れな。飛べぬ翼に価値はない、…吾の手の内で飼い殺しされる運命」
「王」
「あの男が漸く声を聞かせた。吾の声に耳を貸さず馬鹿な妾に操られるままの父も、冷静無比な親王も、いずれ廃塵と化すでしょう」

可哀想な子供達、と。
呟いて窓を閉める。逃がした鳩が戻って来ると言うなら鍵を放ち、戻らないならそれで構わない。

「可哀想な想いをさせました。青蘭に出会わなければ、洋蘭に着せた恥辱に気付かぬままだったでしょう。愚か吾は」
「…逃げた洋蘭にその様な優しさは不必要だ、王」
「汝も、生み落ちた刹那から吾に縛られた哀れな子供。生み落ちた刹那からユエに縛られた吾と同じく、」
「我が全ては王、祭美月のもの。過分な慈悲も無意味な憐れみも要らぬ」

目線の変わらない男へ手を伸ばし、眼差し以外を覆う黒布を撫でる。
無機質めいた眼差しを見つめ、声音だけで数多の人間を従わせる李上香の頭に巻かれた黒布を外し、現れた金髪に息を吐いた。

「18年前犯した罪。中国が今の世まで滅せず在れた意味を、父達は忘れているのでしょう」
「…」
「汝には不自由ばかり強いています。本来ならば汝は、」
「やめろ、王」

僅かに細められた茶の瞳を見やり、男が自ら外した面布がひらりと舞い落ちる光景を目で追えば。腕の中の鳩がくるくる鳴いた。


「憎むべき神さえ引き摺り下ろせば、汝は自由」
「─────王、」
「李、吾は汝の魔法使いになりますよ」

バサバサと窓の向こうで羽ばたく音がする。コツコツと硝子を叩く觜、ああ、戻って来たのかと掌に口付けを受けながら目を伏せた。
飼い主の元へ戻って来たのか、



「その穢れなき美貌を自由へ導く為に」


飛べぬ灰鳩を案じているのかは、知らない。














皆の視線を一身に浴びた名もなき普通科の普通な生徒は、恐怖に痙き攣った眼差しにぐっと力を込め、震える拳を固めた。


「て、てんのぅ、げぃか、が!Fクラスの人達にかかか囲まれて、て、ててて!」

残念ながら吃り過ぎた。
意味が判らない普通科体育科がきょとりと首を傾げ、整列した工業科達がヤンキー座りしながらなけなしの眉を寄せ、恐怖に痙き攣る生徒を益々怯えさせる。

「天皇猊下、が?」
「Fクラスにぃ?」
「囲まれて手手手?(´`)」

真顔の裕也に続いた獅楼が首を傾げ、ボリボリ頭を掻いた健吾がベルトに空いた手を突っ込んだ。
チャラ三匹が胡坐を掻いたりストレッチを始めたりしている中、何処までも冷静沈着な零人が腕を組み、

「つまり遠野が苛められてたんだな?」
「な」
「えっ」
「は、はぁあああ?!Σ( ̄□ ̄;)」

しゅばっと立ち上がった裕也と獅楼、有り得ない状況に顎が外れたらしい健吾が飛び跳ねる。コクコク涙目で頷く普通科生徒がびしっと指を差し、

「って言うか、僕が見た時は殴られててっ!ぼ、僕っ、下院総会に出ないでそのまま助けを呼びに…!」
「マジかよ、」
「ちょ、何で助けなかったんだよっ!」
「不味いよ不味いよ不味いっしょ(((´`)))」

痙き攣る裕也、怒る獅楼、震える健吾が光の速さで居なくなり、沈黙した体育館でピピーっと笛を吹いたチャラ三匹が手を叩く。

「はーい、カルマ手ぇ上げてー」
「「はーい」」
「へーい、真面目に来てますよ先輩ぃ」
「集会あっからサボるつもりだったのにぃ」
「さっき起きたばっかなのにぃ」

それぞれ学校指定のオフホワイトな作業着を着た生徒達がルーズに立ち上がり、手作りオレンジ作業着を着熟したチャラ三匹の前に進み出る。10人前後しか居ないが、帝王院のカルマは大半が幹部連中だからこんなもんだ。

「実はー、総長が苛められてるみたいでーす」
「寧ろ喧嘩売ったFクラスの方が危険でーす」
「総長を止めに行きたい人手ぇ上げてー」
「「「やんのかコラー」」」

カルマ語で歌う様に宣うチャラ三匹に、同じく返事代わりのカルマ語を返した舎弟達が遠足気分で出ていく。
意味が判らない皆がぽかん、と目を見開く中、面倒臭いとばかりに立ち上がった男が手を叩いた。


「注目!この俺様が監督してやっから、速やかに打ち合わせしやがれ。特に工業科の野郎共、少しでも暴れたら殺すぞ」

ギッと睨む零人に刃向かえる人間はまず居ない。それこそ何処かのオタクと佑壱、獅楼くらいか。
痙き攣りながらコクコク頷く工業科達を余所に、普通科の普通な生徒達と中等部の穢れなき尊敬の眼差しが零人へ突き刺さった。


親衛隊がまた増える。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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