帝王院高等学校
Sクラス役の皆さんは休憩入って下さーい
襲い掛かってくる明らかに人でも動物でもない『影』を前に、俺は肩に掛けていたスクールバッグを振りかぶった。
どさり、と音を発てたそれは埃臭いアスファルトを跳ね、沈黙する。真っ直ぐ何の迷いもなく当たった筈のそれは、相変わらず獰猛な唸りを響かせていた。

「何だよこれ!」

当たった筈なのに。消えも揺るぎもしない影はひたすら俺を狙っている様に見えた。
夕暮れ時の通学路に人影も車のエンジン音も存在しないのは明らかに不審だ。まるでこの場だけ切り取られたかの様に、俺達だけが別世界に迷い込んだかの様に。

「っ」

そうだ、アイツが言ったのはこう言う事だったのかも知れない。俺が一方的にライバルだと思ってるだけの、アイツが。
あの綺麗に整った美貌が、何の感情も滲まない声で言ったのは本当だったのだ。


黄昏時に縁を切ってはならない、と。
あの時は意味が判らなかった。でも今なら判る。悔しくて悔しくて、また、アイツに成績で負けた自分が情けなくて。八つ当たりなんかでお守りを引きちぎったりしたから、罰が当たったんだ。

『がぁ、ぐるる…』

生き物なのか化け物なのか、恐らく後者だろう影が低く唸り、ぶぅんと一度大きく揺れて飛び掛かって来た。

「─────」

もう駄目だ。
近所で一番大きな稲荷で買った学業祈願のお守りを握り締めながら、ただ目を瞑る事しか出来ない俺へ、影が重なった。



「相変わらず潔いな、お前は」

但し、不気味に蠢く『影』ではなく、ピンっと尖った耳と長い髪を映し出す文字通り影が、だ。

「潔く諦めが早い」

揶揄いめいた声音に息を呑む。聞き覚えがあり過ぎるそれは、間違いなくアイツの声。

「お、まえ」
「どうした、狐に摘まれた様な顔だな」

お決まりの扇子、ピンっと尖った耳、夕陽に融ける緋褐色の長い髪、耳と同じ黄金色のフサフサな、尻尾。

「…コスプレ?」
「に、見えるのか?お前じゃあるまいし」
「腐男子で悪かったな!」
「とりあえず先に片付けるぞ、アレを」

にや、と妖しく笑った腕に抱き寄せられながら、いつの間にか夥しい数の『影』に囲まれている事に気付いて悲鳴を呑み込む。

「お、お前一体?!アレは何なんだよ!」
「アレは陰の気。私はただのメスチゾだ」
「ハーフ?」
「母親が銀毛三尾の狐だった」
「きつね?!」
「ああ、いつか人が付けた名があったな」

扇子で口元を隠したアイツの目が、笑った。





「安部清明、と」









空気が読めない奴など、古今東西何処にでも居るものだ。確証と言うには酷く心許なく何だが、周囲の状況を読みなさいと教わる日本人の大半が酒癖が悪い。酒癖が、と言うより、普段蓄積しているフラストレーションを発散するべくその人間が備えていた本性を倍増させるのだろう。陽気なアメリカンは素面でも陽気だからこそ陽気なアメリカンなのだ。
などと言う哲学めいた意見で一致した普通科の普通だからこそ所属を許された極々普通な、早い話がそんなに頭の良くない山田太陽を集めた様な生徒達が、スパイシーアッシュの加賀城獅楼を筆頭に若干痙き攣っていた。


話は毎度の事ながら些か遡らねば語り切れまい。起承転結の結だけ語れば一行で終了してしまう。
およそ空気を読む気配がない、または己の辞書に「must un KY」と言うスペルは無いのだと思われる、本年度普通科主席である高野健吾並びに藤倉裕也は揃ってあどけない寝顔を晒していた。

そう、写真部やら報道部やら日本文化保全会の部員会員達がこぞってカメラのピントを合わせるくらいには、皆の注目を集めていたと言えよう。


此処に日本を代表する(か否かは残念ながら不明)見た目以外怖くないヤンキー加賀城獅楼の姿があった。
右太股には見た目以外完全ヤンキーである健吾のまるで天使の寝顔、その太股には眉間に目一杯皺を寄せた精悍な美貌の裕也がある。

「はぁ、何か俺…疲れたよ…」
「育児疲れか?」

左太股にはワイルドアッシュ、クロスワード雑誌を手にお洒落な眼鏡を掛けた前中央委員会会長の姿がある。
どうやら午後の授業まで時間がある様だ。元来超優秀である彼に、授業の下準備やら担当教師との打ち合わせなど不必要に等しい。

「こっちが因果応報だから…こっちは臨機応変、っつー事は21番は機か」

頭の中で解いているらしい零人の手にボールペンは見当たらない。時折ページをめくる以外暇な左手と言えば、

「ちょっと、脇腹撫でるのやめてくんない?こちょばゆいから」
「の、割には平気そうじゃねぇか。つまらん」
「ふふん、昨日までの俺だと思うなよ。暇潰しでセクハラすんなっ、一生漢字クロスやってろ」
「稀に見る揶揄い甲斐だったのになぁ。ちょっと前まで乳首舐めただけで泣いた癖に」
「うっさい」

典型的苛めっ子体質らしいサドを睨み付け、無関係なクラスメート達を震え上がらせた獅楼が息を吐いた。視線が痛い。
雑用要員である中等部生徒が螺旋階段を使い体育館へ入って来た直後、幼さが残る彼らの視線は真っ直ぐ『眠れる森の天使とその騎士』めいた不良コンビに注がれた。今や獅楼らへ向かう視線の数は測定不能だ。

「う、わーっ。うわーっ、見ろよユーリ、メェ!カルマだ!」
「か、かわちゃん、聞こえちゃうよっ。もし叩かれたらどうするのっ」
「まっつん。幾ら何でも叩くってさ〜、不良って殴るの専門じゃないの?」

こそこそ囁きあう中等部生徒のブレザーはネイビーグレー、深い青味掛かった灰色のブレザーが何故そんなに隅が好きなのかと言うくらい、体育館の片隅に固まっている。
見慣れた、と言うより僅か一月前まで担任だった教師が三年生だろう生徒達の点呼を取りながら、目が合った獅楼に手を振ってきた。見た目はともかく、根がボンボン気質な獅楼は教師から受けが良い。
ひらり、と手を振り返せば飛び上がった生徒達がその教師を囲み、「先生すげぇ!」「不良と仲良しなのっ?」「あれカルマだよ!」「後で仕返しされちゃうよっ」「先生すげぇ!見直したっ」「格好良いよ先生!」と尊敬の眼差しを注いでいる。教師は困った様に微笑むばかりだ。

「…何かごめん、先生」
「中身はどうであれ、一応カルマなんだよなぁ、お前」
「一応って何だよっ、不良舐めんなよ!」
「はいはい、俺も似た様なモンだからな」

佑壱より強いと有名な零人がくわっと欠伸一つ、そう言えば零人はABSOLUTELYの総長だったなと、うっかり忘れていた獅楼が青冷めつつ、


事件は起こった。



「た、大変だー!」

駆け込んで来た生徒が涙目で声を荒げ、皆の目が向いた刹那、だ。
その生徒達が口を開く前に、健吾と裕也が寝入ってからまた巾を利かせ始めた体育科の生徒達が慌てて避難する。


「あー、きちぃ」
「あー?何見てんだテメー」
「退けや。ぶっ飛ばすぞ、ああ?」
「…んだぁ?チンカス共が、見てんじゃねぇぞコルァ!」

だらしない繋ぎの作業着を各々着崩し、ピアスネックレス指輪チェーン上等の明らかに穏やかではない生徒達がドカドカやって来た。
金髪茶髪銀髪剃り込みスキンヘッド、眩暈がする様なレパートリーの彼らが体育館の中央を陣取り、揃ってヤンキー座り上等。獅楼に気付いた何人かは挨拶に来たが、中には敵対意識を持つ不良も多々見られるので友好的ではない視線が突き刺さる。然も獅楼の太股には零人の姿がある訳だ。

「お疲れ様っス、マジェスティ」
「ご苦労様です烈火の君。これつまらないもんですけど」

ABSOLUTELYのメンバー達が獅楼や健吾達を警戒しながら零人に挨拶していくが、クロスワードを眺め足を組む美貌は聞こえていないかの様に身動きしない。
貢ぎ物を差し出したまま正座している工業科生徒達が忌々しげに獅楼を睨み、怯んだ獅楼が零人の髪を引っ張りまくる。

「何だぁ。あー、こっちが千載一遇だから、これは不倶戴天か…」
「見てるよ!睨まれてるよ!どうすんの、無視すんなよっ」
「煩ぇぞタロ」
「し、ろ、う!誰が太郎だ!」
「はいはい、次郎」
「きー!」

ポカポカ零人の胸を叩きまくる獅楼に、作業着の生徒達が臨戦態勢を整え今にも飛び掛かりそうな雰囲気を匂わせたが。
雑誌の隙間から鋭い睨み一つ、それだけで彼らを怯ませた男はポカポカ叩かれながら雑誌から手を離した。目は真っ直ぐ般若の形相の獅楼へ向いている。揶揄う様な目、た。

「ばぁかばぁか、出べそっ」
「それがカルマの台詞かよ」
「そう!カルマ舐めんなよっ、こうしてやるっ」

むに、と頬を引っ張られた零人ががばっと起き上がり、怯む獅楼のシャツを掴んで背中を晒し出させ、ペロンと容赦なく舐める。

「教育実習の先生に逆らったら怖ぇぞ、シロ」

文字通り、舐めた訳だ。カルマを。

「ぎゃー」
「クロスワード飽きたから遊ばせろ。泣くまでやめねぇ」
「んぎゃーっ、ユーさぁん!ケンゴさんっユーヤさんっ、起きてぇ!誰かーっ」
「お前の肩胛骨無駄にエロいよなぁ、良し、噛むか」
「たーすけてー」

怒りを顕にした作業着達が立ち上がり、拳を固めた瞬間。
塩っぱい表情で痙き攣りまくる獅楼や普通科生徒達が益々痙き攣ったのは、


「コマンドA、ただの蹴り」
「コマンドB、ただのパンチ」
「コマンド必殺、ただの傍観者」

体育館二階、バスケットゴールの上からしゅばっと降りてきたオレンジ色の作業着三人が、獅楼を囲む不良達を軽やかに倒したからだ。

「ピピーッ!」

唖然とする皆の前で肩まで伸びた茶髪をゴムで括った一人が笛を吹き、

「はぁい、良い子な工業科の皆さぁん。こうなりたくなかったら可及的速やかに整列して下さぁい、こっちから学年順にー」

倒した生徒の背中を片足で踏み付けた剃り込み入りの金髪がパンパンと手を叩き、

「他のクラスに迷惑掛けたらオレ達がこてっちゃんから怒られんだよ〜、そこの所宜しくしないとブッ殺すぞ〜」

健康サンダルで床をトントン蹴るもう一人がキャピっとポーズを決め、三人のチャラ男が笑っていない目を怯み上がる工業科一同に注いだ。

「…せ、先輩たち」
「あ、獅楼じゃねぇか」
「おぉ、班長寝てんぞ。寝てたら可愛く見える」
「待て、狸寝入りじゃねぇの?班ちょー?おーい、たかのケンゴさーん、」
「高野じゃボケェ!(//∀//)」

渋々整列を始めた工業科生徒達の前でカルマ三重奏が吹き飛び、タトゥー丸出しの健吾が転がる不良達を蹴り払う。
ポカン、と目を見開いた獅楼に意味もなく拳骨を食らわせた健吾が周囲を一瞥、怯える皆に気を良くしたのかぐっと伸びた。

「あー、喧嘩吹っ掛けてくんなら遊んでやるつもりだったのにΨ(`∀´#) 邪魔しやがってアホ三匹め」
「班長の横暴ーアホー」
「呪ってやるー」
「総長に言い付けてやるー」
「いっぺん逝っとく?゜+。(*′∇`)。+゜」
「「「すんませんでした」」」

土下座した三人から目を離し、首をポキンと鳴らした健吾がどかりと胡坐を掻く。獅楼の背中に吸い付く男を眺め片眉を跳ねて、

「うちのペット返してくんない(´`)」
「ちょ、俺ってペットなんスかケンゴさんっ」
「獅楼、黙れ(*´∀`)」
「ごめんなさい」
「死体見る趣味はねぇんだよ、糞餓鬼」

両手で口を塞いだ獅楼から顔を放した零人がニヤリと唇に笑みを滲ませ、ムフンっと可愛らしい笑みを浮かべた健吾が首を傾げる。またポキッと鳴いた。

「ABSOLUTELY如きが舐めてんじゃねぇっつー話(´Д`*) こんな弱虫でも一応うちのだから(∩∇`)
  …舎弟みすみすヤられる訳にゃ行かねーんだよ」

真剣な表情の健吾に獅楼が感動で震え、三匹のチャラ男達は呑気な欠伸を零す。実際ABSOLUTELYを蹴散らしたのはこの三人だ。
さて特攻班リーダー健吾と、前衛班リーダー裕也の直属である三匹はこれから起こり得る『獅楼おちょくりイベント』に、欠伸で滲んだ涙を拭った目を輝かせた。

「ケンゴさんっ、お、俺っ、一生付いていきますっ」
「おー、崇めろ(^-^*)」
「はいっ、一生お参りしますっ」
「良し、健吾様と呼ぶのを許すっしょ(´∀`)++十」
「ありがとーございますっ」
「礼言う所じゃねぇぜ、加賀獅楼」

残念だが白が足りない。いや、城が足りない。加賀城獅楼が正解だが、気付いたのは爆笑中の三匹だけだ。いや、無言でバシバシ床を叩く赤毛兄も気付いた様だが。

「つか、」

ボリボリ首を掻きながら起き上がった裕也が一人の生徒を見やり、息を吐く。先程大変だと駆け込んできた生徒、だが。



「何が大変なのか気になるぜ」
「うん(´∀`*)」

どっちも狸寝入りらしかった。

←いやん(*)(#)ばかん→
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