帝王院高等学校
それでは不良の皆さん、ご機嫌よう
珍しくピンチを迎えた遠野俊の動向を窺ってみよう。
少しは危機的状況に震えているのだろうか?



「うぇ、ふぇ、」

蹲る俊を囲み、蹴り付ける複数の生徒が見える。両手で頭を抱えアスファルトを転がる主人公、傷だらけの様だが、



「ハァハァハァハァハァハァ」


段々苛められる訳あり変装主人公の気分になってきた腐男子主人公は、Mの字にヒビ割れた眼鏡を怪しく煌めかせながら喘いでいた。
悶えクネり、尻を振りまくり、ハァハァ騒がしいが、殴る蹴るの暴行中の不良は気付かない。

心配して損した皆様、誠に申し訳ありません。


「ほらほら、何逃げてんだテメェ!」
「ギャハハ、ちったぁ声出せや!」
「無理無理、金詰まれたってンな奴抱きたかねぇよ」
「間違いねぇ!」
「偲びねぇな!」
「構わんにょ!」

至極楽しげな不良達に、主人公の変態さがバレそうな間際、



「クソ餓鬼共がぁあああああ!!!」

鼓膜をつんざく音量に皆が肩を震わせれば、骨が砕ける様な音と断末魔の悲鳴を聞いた。
恐る恐る顔を上げれば、真っ白な背中に流れる眩ゆいばかりの紅蓮が見える。

「ひっ、」
「お、お前、」
「何ぶちカマしてんだ、テメーら…」

氷河すら蒸発させる業火の声が世界を焼き尽くす幻覚。じんわり熱くなった目元を擦れば、俊の顔に真っ黒なハンカチを被せられる。
視界一杯、真っ黒だ。

「ぐ、紅蓮の君?!」
「テメー、さ、嵯峨崎ぃ!」
「ななな何でコイツが?!」
「たった一人で調子乗ってんじゃ、」
「─────ブッ殺す」

酷く無機質な声を聞いた、気がする。
ひらりと落ちたハンカチ、感覚が麻痺した背中、土だらけの顔、ズレ落ちた眼鏡を必死に押し上げながら、


「ひとりのこらず、しね」


両手で掴んだ男達の頭をアスファルトに叩きつけようとする背中に飛び付いた。
ミシリ、ミシリ、標準を遥かに越えた握力で掴んだ他人の頭が軋む嫌な音。けれど此処で怯めば負けだ。

「イチ」
「なぁに、兄様」
「イチ」
「全員さぁ、目障りでしょ。生きる価値なし。息する権利剥奪。あるのは死ぬ義務だけ」
「イチ」

甘い甘い匂いがする背中。
まるで夢を見ている様な眼差しを見上げ、乱れた前髪を掻き上げてやった。

(怖くて痛くて声も出なくて)
(呼べば駆け付けてくれるヒーローを)
(祈る様に呼ぶばかり)

腰を抜かした不良、殴り倒された不良達を横目に痛い背中に息を詰めて、

(弱虫だから)
(悪者になりたくないから)
(暴力を振るえばそれだけ)
(傷付くから)
(いつも他人任せ)


「寝呆けてるな、また」

昼寝してたのか、と。
囁けばコクリと頷いた赤い髪を撫でる。見上げれば三階の窓が開いていた。甘い匂いは多分、あそこから。

「お菓子作ってたの。あっちの大きな調理室はね、一階にあるから。邪魔する奴ばっかり」
「そうか」
「また、アイツが邪魔したから。また、兄様を奪おうとするから。人間の癖に」

どうやら騒ぎで昼寝を邪魔してしまったらしい。半分起きているが半分寝ている佑壱、下手したら朝の寝起きよりも酷い状況だ。

「起きたら顔を洗って歯を磨いて、めざましテレビをゆっくり見てから出歩けと言っただろう?」
「でも、早く人間なんか消さなきゃ。だって邪魔なんだもん、兄様がまた取られちゃう」
「イチ」

ふんわり笑う佑壱の背後に、茶髪の不良が飛び掛かってくる光景が見えた。
今にも寝そうな佑壱を引き寄せて、左足を振り上げる。


「ネンネしなさい、イチ」


(めそめそ救いを求めている場合か)
(可愛い愛犬を人殺しにするつもりか、弱虫め)
(息が詰まるなら吐き出せ、)
(背中が痛いなら腹に力を入れろ、)


「奴を潰せ!」
「ぶっ殺すぞ嵯峨崎ぃっ」
「退けや、眼鏡野郎!」



「─────嘆き狂え、」


スローモーションに、見える。世界が。
例えば昔から考えて来たのだ。剣を無くした剣士に未来はないだとか、馬がない騎士に未来はないだとか、剣がないなら足を使えば良い訳で、馬がないなら歩けば良い訳で。
そう難しく考える事ではない筈だろう。

臆病で苛められっ子でモテなくてオタクで、そんな生き物に甘い甘いお菓子を作ってくれたり、膝枕をせびってきたり、悪戯して関心を引こうとしたり、真横に居るのにメール相手になってくれたり、BL小説の感想文を提出してくれる不良達が居るなら、もう良いではないか。


この手で護れるものは全て、等しく全て。この手で掴めるものは全て、祈る暇があるならただの一つも残さず全て。



「天を崇め、裁きの容赦を祈るがイイ」






掴み取ってやる。












絆創膏一枚、マカロン二個。
絆創膏二枚、マカロン四個。

絆創膏が増える度に甘い甘いお菓子が消えていく、それはまるでビスケットの数え歌様に。


「総長」
「がふがふ、むしゃむしゃ、」
「うまいっスか?」
「もきゅもきゅ、がつがつ、ごきゅ」
「因みにそっちはカボチャカスタード入りのマカロンっス」
「はふはふ、がつがつ、ぷはんっ」
「冷えたコーラもどうぞ」

屍の上に座り、長閑におやつタイムしている二人が見える。
目の前には青冷めた茶髪の不良が土下座したまま硬直し、辛うじて起き上がった他の不良達も同じ様に正座したまま微動だにしない。

「それ、どうしたんスか?」
「ごっきゅごっきゅごっきゅ」
「あ、ファスナー噛んでるみたいっスね」
「ぷはんっ、ゲフ」
「はい、直ったっスよ。この汚れたブレザーは流石に捨てましょう。新しいの取り寄せれば良いし」
「がるがる、もへもへ、ぷにょん!」
「判りました、リメイクしてジャケットにでもしますよ」

左足で時計台の周囲を囲っている煉瓦の壁を一部蹴り壊した恐怖のオタクを前に、佑壱以外が声も出せないらしい。壁の破壊音で目を覚ました佑壱が俊を見つけるなりひょいひょい壁を攀じ登り、開いた窓の向こうから山盛りのマカロンとクーラーボックスを抱え降りてきた。
以降おやつタイムに突入した俊は、佑壱のハンカチで綺麗にして貰った顔と眼鏡に幸せを目一杯滲ませている。

「で、何でテメーらがうちの総長に直接顔を出してんだ、エルドラド共」
「そ、総長…って?!」
「だ、だってユウさんっ、まさかシーザーが生徒なんて!」
「つか猊下がンなとこに居るなんて思わなくて!」
「総会あってるって聞いてたからっ」
「「「すいませんでしたぁ!」」」

アスファルトに頭突きする勢いで土下座した不良達は、エルドラドと言うチームらしい。
勿論、不良時代の俊とも面識はある訳だが、当時BLには興味がなかった俊の記憶には残っていない。

「ったく、幾ら俺が敷地内では敵の振りしてろっつったからって、総長に喧嘩売る奴があるかボケ」
「すいませんでした!」
「嵯峨崎書記、もうその辺でおやめなさいにょ。彼らも悪気があった訳じゃないと思うなり」
「シーザー!」
「げ、猊下…っ」
「いや、遠野様!」
「甘いっスよ総長。そもそもコイツら馬鹿ばっかするからF落ちしたんス。近付けば他のFクラス共が総長に目を付けっから気を付けろっつったのに、」
「イチ」
「…はいはい、判りました」

チームエルドラド、カルマの傘下を自称する彼らは一昔前、近所の祭で騒いでいた所で裕也に吹き飛ばされ、以来裕也に付き従っている。なので特攻班のチャラ三匹は実質健吾専属だ。

「本当にすみませんでした猊下、今夜の集会は全員頭丸めて詫び入れに行かせて下さい」
「却下」
「ええっ?!」

総長だと思われる茶髪イケメンに眼鏡を冷たく光らせ、すげなく却下した俊は太陽と桜の分のマカロン2つを残しコーラを啜り、くいっと眼鏡を押し上げた。

「イケメンの癖にお洒落坊主気取るつもりですか!EXILEか!悪かったと思うなら、悪役不良らしくご主人公様に絡みなさい」
「ご主人公様?」
「山田太陽きゅんです。ご存じでしょ」
「山田太陽?誰っスかそれ」

茶髪が首を傾げるのと、息を切らした健吾達が現われるのと、俊の眼鏡が吹き飛ぶのはほぼ同時だった。


「た、たたた、タイヨーを知らない、なんて…!」

寧ろ知ってる奴の方が少ない。
驚愕に震えるオタク、眼鏡が吹き飛べばただの極道が硬直する不良らを凝視し、いつの間にか勢揃いしていたカルマ達が正座しているのにも構わず近場の校舎の壁を殴り付けた。


ドゴォン!


「「「─────」」」
「タイヨーを、タイヨーを知らない生徒がまだ居たなんて…!何と言う失態、何と言う失望感!即ち親衛隊長である俺の失態、潔く腹を切らねばなるまい」
「落ち着いて下さい総長」

目が据わった俊を宥め素早く眼鏡を掛けさせた佑壱が裕也を手招き、硬直しまくる不良達を指差して何事か呟いた。
それを聞いた裕也が元々無気力無愛想な表情に珍しく笑みを浮かべ、恐怖に痙き攣るエルドラド一同へ顎をしゃくり、


「ナシ付けるぜ、…付いてきやがれ」
「待て、ユーヤン」

今にも死にそうな表情でよろよろ立ち上がる彼らの背後で、今にも死にそうな表情の侍が裕也の肩を掴んだ。

「総長?」
「著しい失態だ。ユーヤン、タイヨーと言えば何だ」
「山田っスか?山田が何か、」
「そう、タイヨーと言えば山田太陽、空の太陽よりも山田太陽、ワラショクのCMよりも平凡受けだろう」
「まぁ、実際はヒロアキっスけど」

裕也の突っ込みはキレ味に欠けたらしい。さり気なく助けられた形のエルドラドを満面の笑みの健吾が苛めまくり、同情するが止める気がない獅楼も俊を蹴ったと言う不良達を睨み付け、精神的ダメージを与えていた。
俊の命令で動けない佑壱は俊の食べ散らかした後を片付け、後からやってきたチャラ三匹率いる舎弟達に裕也へチクったままの話を聞かせ、哀れエルドラド、カルマ総勢8人から袋叩きだ。

「「「「「きゃー」」」」」

これならまだ佑壱か裕也の一人からフルボッコされた方がマシ過ぎる。

「そう、タイヨーと言えばたまに男前で見た目通り少食で色気よりゲームな憎いアンチキショウ、俺の心を連載開始3話目…いや、校門潜って5分で鷲掴みにした平凡世界代表…アイラブユー、ダーリン」
「落ち着いて下さい総長、肩に指が食い込んでるんスけど」
「時に藤倉ユーヤきゅん」
「ヒロナリですけど」
「膝枕はお好きか」

きらりと眼鏡を煌めかせた俊に、一瞬でキリッと眉を引き締めた裕也がさり気なく俊の腰を抱き寄せた。

「条件は何スか」
「話が早いにょ。賢いワンコは大好きです」
「俺も好きっス」

怪しく裕也の頬を撫でたオタクがクネっと背を向け、背中に裕也を張りつけたまま腕を組む。

「ふ、タイヨーが主人公であるのだとこの帝王院全体に知らしめる必要があるとは思いませんか、左席委員として」
「一丸となる必要があると思うぜ、会長」

俊の膝枕、と言う餌に容易く釣られた裕也がムッツリスケベか否かは置いといて、

「サブジェクト:Mission IN Possible、狙うは吊橋効果にょ」
「あ、危険を切り抜けた男女が惹かれ合うっつーアレっしょ?(*/ω\*) ユーヤの今の彼女もコイツらから助けて付き合い始めたんスよねー(∩∇`)」
「そう言うテメーは一週間で別れたよな。『メールが短い!絵文字も顔文字も使ってくれないなんて!』」
「うっぜ、何で女の無意味なメールに顔文字なんか使う必要があんだっつーの、ブス共(`´)」

案外亭主関白らしい健吾だが、台詞に顔文字使うくらいならメールで使って欲しいものだ。
女より綺麗、抱きたいランキング二位にして柚子姫とタイである健吾と付き合いたがる女性は多いが、実際付き合う数は少ない。引き立て役にしかならないからだ。

ならば一位の二葉はどうなるかと言えば、鬼畜故にドMしか寄って来ないので心配ない。

「それでは清く正しい不良の皆さん、詳しい打ち合わせは今夜しますにょ」
「へ?( ̄□ ̄ )」
「集会に顔出すつもりっスか?」
「勿論にょ。それともなーに?地味平凡ウジ虫涌きまくり腐男子は仲間外れなり?」
「そんな事ないよ総長〜」
「いつだって俺らは総長一番なんだからー」
「車で連れてったげるっスよ!免許取ったんス、オレ〜」
「あ、総長ポッキー食べるっスか?」
「プリッツ食べるっスか?」
「ピンキー食べるっスか?」

しょぼん、と肩を落とし膝を抱えるオタクを狼狽えたカルマ達が囲み宥め続ける中、皆が心を一つにしていた。



「副長」
「ユウさん(´`)」
「仕方ねぇ、諦めろ。」


今夜は荒れるな、と。

←いやん(*)(#)ばかん→
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