帝王院高等学校
モテキング抹殺まで残り何分?
とても懐かしい夢を見ている、気がした。
まるで閑古鳥が嗤う広い映画館で一人、泣けも笑えもしない陳腐な映画を何の感慨もなく観ている様な気分だ。

フィルムがカタカタ軋む音。
平成も末期に8ミリフィルムとはまたレトロな、と息を吐いて、映画好きな母方の祖父が大切にしているルームシアターを思い出した。それこそ昭和の映画館を再現した様な。
神奈川で一人暮らししている祖父の元へは長い事顔を出していない。産まれる前に死んだらしい祖母は体が弱い人で、祖父がまだ若い頃働いていた会社でリストラに遭い、高校生だった母と妻を抱えて半ば路頭に迷っていた時に過労がたたって亡くなったと聞いた。データベースは近所の噂好きなオバサマだ。

顔も知らない祖母に感慨はない。
言えば冷血だと爪弾きされそうな感情かも知れないが、生来自分と言う人間はこう言うタチなのだ。
昨日までの仲間が今日裏切ったとしてもさして狼狽えもせず、昨日までの敵が今日掌を反し友好的に擦り寄ってきたなら「あっそ」で済ませるに違いない。

感情が希薄、と言うより、内に引き入れない、と言うのが正解か。A型の父親とB型の母親から生まれた混血A型は、決して糞真面目な良い子ちゃんではないと自負する。
比較的早い段階から出来の良い片割れと比べられ続け、幼少期は特に捻くれていた。弟は常に皆の話題に上り、同世代の友達はこぞって弟と遊びたがる。根性ひん曲がった母親は娘も欲しかったらしく、一卵性双生男児の片割れにいつも女の子の格好をさせたがった。今になれば過去の話だが、当時は多いに腹が立ったものだ。

俺は男だボケ、と歯噛みしながら、弟ばかり祭り上げる周囲に冷めた目を注ぎつつ、せめて皆の前では「年相応」の「愛らしい幼児」「少しお馬鹿なくらいの」を演じ切っていた自分は、もしかしなくても可愛げがなかっただろう。
父親だけが気付いていた様な気がする。当時暮らしていた新興住宅地の片隅、裏手にホストクラブがある為に破格の金額で買えたらしい家の縁側で、幼稚園に入学したばかりの息子が湯飲み片手に「道楽人生」などと言う、哲学書だかバラエティーだか悩む本を読んでいたら将来を憂いても致し方ないと言えばそれまでか。


『近くに公園があるんだよ』

その一言だ。
両親の前では「年相応」の「愛らしい幼児」「くどいが少しお馬鹿なくらいの」を演じ切っていたと自負する子供は、縁側で湯飲み片手に道楽人生を読み耽る光景に矛盾を感じないまま、満面の笑顔で頷いた。

本を読んでいる時だけは口さがない大人達の弟への賛辞も、事ある毎に引っ付いてくる煩い弟の声も聞かずに済んだのだから、最早麻痺して矛盾が矛盾として理解出来なくなっていたのだろう。
可愛げない子供だった。呆れるくらい。


『ファッキンジャップ、喚くなクソアマ』


いつだったか。
着せ替え人形よりも可愛らしい子供が宣った。第一印象は「誰が女だ喧嘩売ってんのか」である。
確かに家から徒歩1分と言う文字通り目と鼻の先の公園、確かあの時自分は排水溝に填まり込んでいた蝉の死骸を拾おうとしたのだと思う。虫嫌いの母親達井戸端会議ババア共にプレゼントしてやるつもりだった筈だ。
無邪気な笑顔で「ねーねー喜んでくれる?」と、母性本能故に断れない状況を作り上げて。

それを邪魔した子供。
第一印象は「気安く話し掛けやがって」、一言二言話した途端「よーし判った、その喧嘩買ってやる餓鬼が」だ。自分も負けずに餓鬼だった。


『呼び捨て駄目、絶対』

舌足らずな台詞は油断を誘った筈だ。隙を見せたら躊躇いなく突き落としてやる、と。ああ、今更ながら全く可愛げがない。


あれからどうしたのだろう。
覚えていない。



カタカタ


空想世界の映写機は青空ばかり映し出し、幼い頃の目線で公園ばかり映し出す。



カタカタ、パシン。



フィルムが焼き切れる様な音と同時に画面がスパークする、光景。
青白い稲光、誰かの悲鳴、蹲る白、真っ暗で真っ赤な、世界。



『随分艶めかしい景色だ』


誰かが囁いた。

背後に青白い雷鳴、蹲る白を何処までも優しく見つめて、倒れ込む金にも警戒する黒にも構わず真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ近付いてくる。

『初めまして、俺のビショップ。会えて嬉しい』

怯えた赤が後退った。蹲る白が縋る様に手を伸ばす。微動だにしない大人達を無慈悲に蹴り避けて、真っ直ぐ。
微笑みすら浮かべた『それ』が、近付いてくる。


『ただ、出会うのが少し、早いな』

歌う様に踊る様に演じる様に、ゆったり近付いてくる『それ』が手を伸ばしたのだ。
飛び掛かる黒の前で指揮者の様に広げた指を鳴らし、崩れ落ちる黒には目も向けず、ひたすら柔らかな笑みを浮かべたまま、

『君は軈て幕を開ける舞台に必要な「駒」だ。私が書いたシナリオと言う「盤上」に、無くてはならない』

左手が横一線に線を描く。

『私の名はナイト=ファーグランド。これはヒントにして真実だ。ああ、覚えておく必要はない』

右手が縦一直線に視界を裂いた。

『全て忘れるのだから』

それはまるで見えない十字架を描く様に、


『Close your eyes、目覚めの条件は「      」』









魔法使いの背後に、稲光。








「どうやら慢性化しておる様だのぅ、胃に潰瘍痕が哀れな程ある」
「今すぐアウグスブルクにヘリ、いやジェット機の方が早いか良しプライベートジェットを、」
「落ち着かれよ。高々潰瘍で海を渡るつもりか、宰相閣下。我らグレアムはそこまで暇ではない」
「黙れ首刎ねられたいのかプライベートライン・オープン今すぐ俺名義で対空官制部のプライベートジェットを20機、」
「だから落ち着かれよと言うに。確かに潰瘍の痕跡はあるが、この吐血は咽頭の炎症によるものじゃ」

まだ夢を見ているのだろうか。
それにしては随分間近に騒がしい声が聞こえる。一人はのんびり穏やかな声、一人は何をそんなに慌てているか不明だが無駄に低い声優の様な声音だ。
これで美形ではなかったら逆に凄い、と言うくらいには凄まじくエロい声。親友辺りなら鼻血を吹いてクネったかも知れない。いや、デジカメ炸裂光を放っただろうか。

「然も随分色が黒い。昨日今日のものではないのぅ、喉に溜まった膿が出たか」
「プライベートライン・オープン今すぐ染みない喉スプレーと内科医を20人、」
「だから無表情で狼狽えるのはやめて貰えんか。見よ、不審者を見る塩味の眼差しを注いでおるぞ」

余りに声優めいた声音の主が気になり目を開ければ、顎を撫でていた美形がにっこり笑い掛けてきた。塩っぱい表情を晒していた太陽が、あ、人気者系チャラ攻め、と呟き掛けて乾いた喉を痙き攣らせ、腐れた発言はゴホリと不細工な咳に代わった。不幸中の幸いだ。
どうも最近BLゲームのやり過ぎで脳が犯されつつある。俊と神威がいちゃついていても気にならない所か、健吾と裕也が戯れているのを見るだけで思考が怪しい方向に流され掛けるのだ。重症ではないだろうか、これは。

「…」
「えっと、こ、こんにちは?」
「おぉ、ご機嫌麗しゅう」

寝起きの佑壱は確かに魔王だったが、寝起きのフェロモンが凄まじかった。うっかり写メり掛けて呆然としている間に廊下で押し倒されたのは一生の不覚である。
サンドイッチを笑顔で頬張っていた隼人が、何故か佑壱の部屋から出てくるなり佑壱を蹴り飛ばさなければとんでもなく危なかったかも知れない。

「…」
「閣下、如何なされた?落ち着かれよとは言ったが、石膏像になれとは言うとらんぞ」
「あの、…何で脱がされてんですかね、ボク」

微動だにしない黒装束の貴族を横目に、何ともなく向けた視界へ自分の乳首が飛び込んだ。疑問を口にすればビクッと肩を震わせた青銅の仮面、にっこり笑う白衣の男が小脇のカルテを掲げた。

「斯様な疑問は疑問の内に入らぬよ。理解したまえ、諸君は睡眠不足により公衆の面前で爆睡し、此処の師君により可及的速やかにこの医務室へ運び込まれたのだ」
「は、はぁ」

にっこり穏やかな笑みに何となく隼人を思い浮かべれば、間延びした隼人とは全く正反対な台詞の羅列に敗北する。察するに養護教諭らしいが、二十代だろうにその口調は似合わな過ぎる。昨今、還暦でもチョイ悪親父を名乗るオジサマが存在するのだと言うのに。

「つまり寝てた、んですか?俺」
「その通りだ。聴診器で脇腹を擽ろうが主人を見守る何某が未亡人の様な風体で貧乏揺すりしようが、諸君が目覚める気配は皆無だったのぅ」

にっこり笑ってはいるが、「医務室は休憩所じゃねぇんだよクソ餓鬼が」と言う副音声が聞こえた気がしてならない。聴診器を悪戯に使うな、と言えたら突っ込み芸人を極められたのだろうが、

「な、何かすいません」

肩身の狭さに痙き攣りながら起き上がり、室内スピーカーから響き渡った聞き覚えがありまくるアニソンに目を向けて、

『クロノススクエア・オーバードライブ、逃亡中の副会長へ全校放送します』
「は?」

聞き覚えがありまくるアニメ声が可愛らしく響き渡り、同じくスピーカーを見上げていたベッド脇の二人が同時に目線を投げ掛けてきた。いつもなら隼人が改造した携帯が着メロを響かせ、携帯で通信出来るのだが、良く考えれば携帯は親衛隊達に奪われたまま。
逃亡中と言う人聞きの悪さに思わず浮かせ掛けた尻は、

『ピンポンパンポークソテーは美味しいよねえ』

オヤジギャグを宣う聞き覚えがありまくる声音に崩れ落ちた。

「か、神崎…」
『はーい、皆のアイドル隼人君からうちのミニッツメイドにご連絡しまーす。命が惜しければ今すぐ会議室に来なさーい、膝枕の癖にドタキャンとか一ヶ月早いぜー、この童貞めー』

突っ込み所満載だが、全校放送で童貞をバラすのは如何なものだろう。然し山田太陽15歳、恥ずかしさの余りか俯いて小刻みに震えているが、白衣の男が注いでくる哀れげな視線にも、「…膝枕?」と微かに呟いた黒装束の貴族にも構う余裕がない。

「ミニッツメイド、ね」

ゆらり、と起き上がりベッドから降りると、上靴を履いてトントン床を蹴りながら制服の乱れを整え、しゅっとネクタイを結って一歩踏み出した。

「待たれよ、」
「………何か?」

くるり、と振り返った太陽のどす黒い笑みに白衣の男が沈黙し、クスクス肩を震わせる平凡ちびっこに青銅の仮面が心為しか痙き攣った、様な気がしない事もない。

「いや、薬は要らんのかと」
「はいお世話になりました今度寝こける時は人気がない所か部室かトイレの個室にします本当にご迷惑お掛けしました大丈夫です今からちょっと駄犬を躾直しに行くので改めてお礼に伺いますそれではご機嫌よう、冬月先生」

凄まじい。
にっこり笑ったまま硬直した白衣の男が感心した様に眉を跳ね上げ、挙動不審な傍らを見やった。何を狼狽えているのか頻りに左手を上げたり下げたりしているが、エアヨーヨーでもしているのだろうか。


「あのー」

一度出ていった太陽がひょっこり顔を覗かせ、何故か哀れなくらい肩を落としていた二葉を呆れ混じりに見ていた白衣の男が振り返る。

「やはり薬が入り用か?」
「いや、お礼言いそびれてたから…あの、色々有難うございました」

ぺこり、と頭を下げた太陽に高々医務室で寝たくらいで律儀な生徒だ、と腕を組んだ白衣を余所に、平凡顔がふにゃりと笑った。


「宇治金時、ご馳走様でした。美味しかったです!」

言うなり居なくなった頭を見送り、バタバタ駆けていく足音を聞いていると、ガタリ、と言う音がすぐ間近で漏れる。
つい、と目を向ければ転がる仮面、軋むパイプ椅子の悲鳴が短く響いて、組んだ腕で何ともなく顎を掻いた男が益々以て呆れた表情を深めた。

「エアコンの温度下げろ、シリウス」

BGMが擦り変わる。
それまでの眠りを誘う心地好いクラシックがベートーベンに代わると、酷く情熱的な世界を作り上げた。何とも今の状況に相応しい音源だ、と溜め息一つ、転げたまま拾われる気配がない仮面を拾い上げ、微動だにしない男の膝に乗せたのだ。

「恐れながら申し上げるが、今は4月だがのぅ。熱でもあるのではないか?」
「暑いだけだ」

全く以てどっちが患者だったのか見当が付かない。
痛覚神経所か感情を司るあらゆる神経系統が麻痺しているのではないかと常々疑っていた男が、手榴弾を投げ付けられても動じないこの男が、だ。



「珍しい事もあるのぅ、寒がりネイキッド」


何を思春期の少女宜しく紅葉に染まっているのか。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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