帝王院高等学校
ワンコデフレで突っ込み不足だがや
「この辺に落ちてたにょ」
庶民愛好会から跳ねる事30歩。
神威の足では10歩の距離を指差した胴長疑惑が鼻を蠢かせ、何故か犬耳カチューシャと犬っ鼻を付けている。
「ふむ。誠にヒロアーキ副会長の所持品ならば、遺失物として届け出るべきだ」
「落とし物を届けたら1割お駄賃が貰えるにょ。タイヨーの写メを一枚貰っちゃおうかしら!」
某人気RPGの待ち受け画面を見つめながら、オタク犬がハァハァ犬っ鼻を蠢かせまくる。
顎に手を当てた軍人ならぬ中央委員会会長と言えば、通りすがる生徒達をビクッと怯ませている事には全く構わず、近場の電子掲示板を振り返り無駄に格好良い仕草で片手を上げた。
「クロノスライン・オープン、コード:アクエリアスの現在地を」
『検索開始。………51%………78%、』
電子掲示板に黒の羅針盤が映し出され、暫く音声が途切れる。クンクン廊下の匂いを嗅ぎまくっていた軍用オタク犬の眼鏡がキュピピピンと光った。
大体いつも光っている為、通りすがる生徒達をビクッと怯ませただけで特に被害はない。掲示板を見つめていた軍人が何処と無く愉快げに腕を組んだが、その光景を見る前に腐犬(読み:腐ワンコ)は走り出していた。
「くんくん、ふんふん。限りなくイケメンの匂いがするにょ!」
此処数日間の腐男子活動で益々変態を極めた主人公、近頃眼鏡もレベルアップしたらしく、新スキル『イケメンセンサー』が追加されている。左レンズが光れば攻め、右レンズが光れば受けの反応だ。
先程は両方がレインボーに光った為、最上級の美形を探知した訳である。攻めても受けてもたぎる事間違いなしの逸品、見逃す訳にはいくまい。
「くんくん、ふんふん。この匂いはっ!」
エレベーターを待つのも螺旋階段を下りる時間すら惜しく、工業科の生徒だろう作業着を着崩した生徒が廊下の窓辺で雑談している光景に胸をときめかせつつ、
「だわなぁ、ありゃ」
「ギャハハ、マジ受ける!…って、あ?犬っ鼻?」
「どしたねヨーヘー?ん?犬っ鼻?それって天の君じゃにゃーの?」
「ふぇ」
「道に迷ったのか?苛められたのか?」
「ポッキーやるで、こっちこいこっちこい」
「親父臭ぇんだよタイヘー、Fクラスの癖に優等生ナンパしてんじゃねぇ。おいで眼鏡ワンコ、兄ちゃん達こう見えて怖くないぞ?」
「そうそう、怖いのはカルマ三重奏だけだわ。アイツら無意味に殴り掛かってきゃーす」
訛るマッチョガテン系お兄さんからお菓子を貰い、チキン故の人見知りを発揮していたオタクがちょっぴり近づき、その隣のビジュアル系イケメンお兄さんに手招かれてもじもじ照れてみる。
カルマ三重奏と言えば、つい先日太陽を保護しようとして俊に蹴り倒された心優しいチャラ三匹だ。因みに性格は全て健吾寄りだが、それもその筈、前衛部隊特攻隊長の健吾直属である。喧嘩では特攻隊でもないのに先陣を切る隼人に並んで、ゲラゲラ笑いながら暴れ回る為にロクな噂がない。
カルマでは先陣切って獅楼をおちょくる陽気な三人だ。
「あにょ、遠野俊15歳です。宜しくお願いしますっ」
「おりゃあ、平田太一っつーんだわ。この犬耳可愛いなぁ、何処に売っとるの?」
「俺は平田洋二。似てねぇだろーけど一応兄弟、11ヶ月離れた同級生なんだぜ」
「ふぇ、太平洋先輩?」
「お、気付いたか。馬鹿だろうちの親、俺がヨーヘーでこっちがタイヘー呼ばれてんの。レジストっつーチームやってんぜ」
「おりゃあ無断外泊がバレて懲罰棟に放り込まれちみゃーてなぁ、ちぃと暴れたらFクラス落ちしちみゃぁたよぃ。元々工業科の人間だもんで、恐がりゃんと頼むだに」
「あにょ、不良さんは嫌いじゃないです。寧ろハァハァします。オタクに優しい不良さんは大好きです」
「良し良し、俺らのエリアにSクラスが迷い込んで来るなんてな…今までは高野さんとか藤倉さんとか白百合様さんくらいだったのに」
「白百合が来たら逃げろよぃ?ああ見えてABSOLUTELYっつー組織の頭だもんでなぁ、迂闊に近寄れんのだわ」
訛りまくるマッチョお兄さんと隙あれば撫でてくるビジュアル系お兄さんの好意で、記念撮影終了。
見掛けたら話し掛けてちょーでゃい、と言うレジスト総長と副総長に飴玉を貰ってぺこりと頭を下げたオタクの足元に、不良の優しさで感動に潤んだ眼鏡がズレ落ちた。
「眼鏡落ちたで、遠野…ちゃ、ん?」
「どしたタイヘー、」
心優しい二人が屈み込み一気に硬直し、しゅばっと眼鏡を奪ったオタクが窓から素早く飛び降りる。掛け直した眼鏡がまたキュピピピンと光ったからだ。
どうやらセンサーが反応したのはこの二人ではなかったらしい。
風の様に居なくなったオタク犬を呆然と見送った二人と言えば、食べ散らかされたゴミを呆然と拾い、
「ヨーヘーよぃ、ありゃあカイザー瓜二つと違ぎゃーね?」
「間違ぎゃあねぇで、俺ぁ昔あの人に絡んでブッ潰されたでよぉ」
「…何で高校生しとりゃーす?」
「去年の夏にバイク20台贈ったがね、俺ら」
「ほなら見間違えだわね」
「万一本人やったら、兄貴また健吾さんにしばかれてまうで」
「…舎弟共に遠野ちゃんには絡むな言い聞かせとくがや」
浪人疑惑を着せられた俊の知らぬ所で、平和が守られつつある。
「ちわにちわっ」
植え込みからズボッと頭を突き出した黒縁眼鏡がレインボーに光り、今日も黒一色のシャツとスラックスを纏った美貌が緩く振り返った。
「みーちゃん、飴ちゃんお食べになる?」
無表情ながら細められた濃紺の眼差しが、良く来たな、と囁いた様な気がする。ポケットから先程貰ったばかりの飴玉を取り出し、赤と青がマーブル模様を描く紫の飴玉を手渡した。
「カリカリ…今日もテスト0点だったにょ。だからテスト期間になったら皆でお勉強会する事になったなりん」
いつも革靴の彼に、懸賞で当たったブランドものスニーカーを手渡したのは昨日。26cmの俊には大分大きい28cmだった為、身近にサイズが合う人間が見当たらず持て余していたスニーカーは、今日漸く人の足を包んでいる。
「蚊取り線香ちゃん、購買には売ってないみたい。最近朝になるとあっちこっち刺されてるにょ」
シャツを捲し上げてメタボLv1の腹を曝し、北斗七星の様に並んだ斑点を覗き込む。全く痒くないから不思議だ。怪しい病気だろうか。妖しい病気なら既に腐男子菌に犯された末期患者であるからにして、それ以外の病気はご遠慮したい所である。
「昨日お風呂上がりにカイちゃんからメンタム塗って貰ったにょ。そうそう、カイちゃんってばお風呂上がりに豆乳飲んでるなり。お風呂上がりと言えばコーラに決まってるのょ!」
コーヒー牛乳ではないのか、と言う極道の突っ込みは期待出来ない。終始無言の聞き役にベラベラ話しまくり、腰に下げた水筒からコーラを注いで一服、メイン話題である『今日のスープバー』で一方的に盛り上がり、また一服。
「それにしても何で僕のお部屋だけ飲み放題なのかしら。イケメン足長理事長からのご褒美?0点なのに?」
むむむ、と唸っても、コーラ味の飴をとっくに噛み砕いた俊の隣で、上品に飴玉を舐め転がす男の反応はない。初日以降一切喋らない男の名前も学年も、相変わらずシークレットなままだ。
「今度の日曜日、桜餅がお家に帰って来るって言ってたにょ。お昼まで授業があるから、終わったら僕もお出掛けしようかしら?」
Sクラスの休日は皆無に等しい。
授業免除権限を持たない生徒が授業を欠席した場合、所定のレポートを提出しなければ以降の単位が一切取得出来ない為、高熱で倒れようがIDカードを使いパソコン通信で授業を受けるのが一般的である。
太陽の場合は免除権限がある為に単位不足の懸念はない。但し病み上がりの太陽が欠席した全授業のレポートを叩きつけたのは、彼なりのプライドによるものだろう。
本来、無口に近い太陽は教師ともクラスメートとも必要最低限の会話しかして来なかった。授業に出席すれば単位保障されるSクラスで、授業中にゲームしていようが寝ていようが咎められる事はない。
考査の結果が全てであり、必死に授業を聞いていようが寝ていようが、残った者だけが勝者だ。中等部時代から授業中にゲームをしていた太陽が、教師に睨まれクラスメートに毛嫌いされてしまうのも無理ない。
高等部から分校の生徒も入学してくる為、中等部時代とはまるで様変わりした今のクラスメートには余り知られていないだけだ。気の弱いクラス委員長や、太陽の後ろに連なる生徒も普通科より昇級した生徒が大多数であるので、昔の太陽を知るのは桜やメガネーズ程度か。
要や隼人に至っては周りに無興味なので話にならない。
「タイヨーも暇って言ってたから、遊びに行きたいなりん。ゲーセンでプリクラ撮って、カフェでおコーラして〜、」
スラスラプランを並べ立てる俊のデータベースは、腐女子仲間からの入れ知恵だ。カフェでお茶ならぬコーラをしばき、ウィンドウショッピングで店先を冷やかし、最近流行のアニメ映画『崖の下のポチ』を観る。太陽との遊びプランと言うよりは半ばデートプランだが、帰り掛けにゲームショップに立ち寄る予定も加え、空気が読めない主人公が相手を思いやる所も見せた。
但しそれを褒めてくれる佑壱も涙を流して喜んだ(かも知れない)太陽も、残念ながら此処には居ない。
太陽一人居なくなっただけで突っ込み不足だ。佑壱一人居なくなっただけでは不足しないと言うのに。主にワンコが。
因みに寮内にもゲーセンはないがプリクラはある。
興味が湧いたらしい神威がラウンジゲートの片隅にプリクラを設置したが、連日行列大人気。初日の試写会では、文字通りスパ上がりの浴衣姿で二葉が試し撮りし、抽選で配られたプリクラに百万の価値が付いたとか何とか。抽選から漏れた俊が余りに寂れた背中を丸めて膝を抱えた為、低気圧を巻き起こした神威が浴衣姿で撮影したプリクラを無理矢理押し付けた。
が、オタク変装が災いして百円の価値も付かなかったらしい。
「あっ!チャイム鳴っちゃったにょ」
大聖堂の鐘の音にしゅばっと立ち上がり、今日のみーちゃんをパチりと写メってブログにUp。
「明日はポテチ持って来るから待っててねィ!」
バイバイキン、と手を振って真っ直ぐグラウンドへジャンピング土下座態勢。午後からは先日延期になった野外測定がある。着替える時間を差し引かずとも間に合うか否かの瀬戸際だ。
「俊くーん、こっちこっち〜」
「はふん」
グラウンドの片隅でジャージ姿の桜に膝枕をさせる隼人と、その隼人から脱がされ掛けている要を見付け、鮮血が舞った。
「あれぇ?太陽君はどうしたのぉ?」
はんなり微笑みながらオタクの鼻にティッシュを詰めてやる桜に、答えを知る者は居ない。
『エラー、ダークセキュリティ発動。理事会権限により対象を検索出来ません』
WARNINGの赤文字が点滅する掲示板を見やり、緩く背後を振り返った長身は無人のリノリウムへ目を落とし眼鏡を押し上げた。
「セントラルライン・リロード、コード:ルークよりコード:セカンドへ」
『アクセス拒否。コード:セカンドを追跡出来ません』
「余程忙しい様だな」
掲示板の窪みにプラチナリングを押し当て、現れたキーボードを素早く叩く。神威を残して周囲がシャッターで閉ざされ、ガコン、と密閉空間が揺れた。
「キャノン稼働。キングダムライン・オープン、コードS:ルークを認証」
『認証完了。セキュリティ強制解除、全システムはこれより男爵へ委ねられます』
「ネイキッドは何処だ」
ルービックキューブの中に閉じ込められたかの様だった。目の前には掲示板を設けた白い壁、なのに黒いシャッターで世界は閉ざされている。
キュイイイン、とモーターが高速回転する音、エレベーターの様に浮遊と落下を繰り返す空間は無重力状態を生み出し、偽りの黒髪を舞い上がらせた。
『…何の用だ。今は取り込んでる』
「その様だな。愛らしいセカンド、遺失物を届けよう」
まるで余裕がない声音が無重力空間に響き渡り、眼鏡を外した男の眼差しが光の加減で真紅に煌めいた。
『その辺の役員に手渡せば良い。切るぞ、』
「とある副会長の携帯端末だ。そなたが与り知らぬ所でこれがどうなっても良いなら、構わん」
何かに気付いたらしい相手が沈黙する。右手に携えた何の変哲もない携帯電話、シンプルなストラップの先にはパパラチア。桜を散らしたママレード様な甘い緋色の、貴重なスターサファイアが一石。
知る者が見なければ硝子細工と見間違えるだろう、小指の先程の宝石がある。
「パパラチア、陽光を浴びれば六条の光を放つ20世紀中紀の蓮の花」
『…』
「私がそなたへ授けたものに良く似ている」
『…何処で』
「そなたの頭上、離宮五階だ」
沈黙する声に憎悪を認め、人間らしくなったものだと目を細めた。
『陛下、一つお願いがございます』
「ほう」
『少々散らかしてしまいましてねぇ、お掃除をお願いしたいのですが』
モーターが止まる気配。
無重力空間に星の重みが加わり、シャッターが開く。無意識に浮かべた口元の笑みはほんの一瞬、
「良かろう、愛らしいそなたの頼みだ」
然し面白い事には違いなかった。
無残に弾けた鉄の塊、微動だにしない傷だらけの人間が折り重なる地獄絵図。
「廃棄物を6つ、引き受けてやる」
螺旋階段の真下に差し込む陽光が、緋色のサファイアを照らし煌めかせた。
←いやん(*)(#)ばかん→
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