帝王院高等学校
数学の合間にプレイバック始業二日目
「ハーレルヤ、ハーレルヤ、ハレールヤー♪」

最北端、南西にヴァルゴ庭園を望める高台には、歴代中央委員会役員を刻んだ記念碑が幾つも突き刺さっている。芝生に石膏を固めた十字架が、文字通り刺さっているのだ。

その内の一つ、何故か十字架の中央で折れた記念碑の残骸に腰掛けた男が呑気に歌っている。吹き抜ける風に金の髪を踊らせ、朗らかに軽快に。

「歌えや躍れ、ハレルヤ・メサイア、情熱の夜は満月」

咳き込んだ男の手に、赤。
腰掛けた石膏にその手を乗せれば、白は容易く赤へ変化した。

「1、2、3………34、35、…37」

白い十字架に銀のプレート。刻まれた歴代を何度数え直しても、36代だけが見当たらない。つまり、腰掛けた記念碑の残骸こそ、

「36代、帝王院秀皇。テンコー陛下の遺産、ねえ」

風に靡く。
聞いた人間は誰も居ない。
辿り着いた先は楽園か奈落か。



折れた記念碑の根元に、小さな落書きがある。未だ誰も気付いていない。




『会長:秀皇
  社長:大空
  課長:秀隆

  いつか笑いながら暮らせる場所を作ろう。




  追記
  副社長:神威』









始業二日目。
高等部一年次席神崎隼人が胃潰瘍にて帝王院中のチワワ達を震え上がらせた片隅で、山田太陽が風邪で倒れたと言うショボいニュースは全く広がらなかった。

但し心配の余り眼鏡暴風雨を撒き散らした某左側会長が、オカンに追い払われたとかオムライスを作らせたとか言う話は、紅蓮の君親衛隊長と神帝親衛隊を震え上がらせたとか何とか。


「ユーさんのオムライス!総長ズルいっ!」


また、某真ん中会長がポテチをもきゅもきゅ貪る様子が中央執務室で見られる様になった。
光の副会長がポテチ代を経費で落とす事を許さなかったと言う話は、その後伝説として語り継がれていくらしい。





「例題を応用した場合に、f(x)=|x-1|+|x+a|+|x+log(a)|を解く事が出来る。合算代用数fについてだが、始点xはつまり1と-aと-log(a)。三方の距離が和である為に、これにより求められるグラフは、」
「ふにょ〜ん」

長閑な昼下がり。
窓際の後ろから二番目、と言う微妙な席に座る男が口を大きく開け、隣の席で真剣にノートを取っていた少年が痙き攣った。

「ちょいと俊…」
「はふん。イイお天気なりん」

黒板に向かっていた教師がチョークを砕き、満面の笑みで振り返る。

「…天の君、そんなに僕の授業は退屈でしょうか?」
「ふぇ?先生はご立派な腹黒攻めでございます!退屈なんてそんなっ」
「では天の君、このグラフを書き起こした場合xはどうなりますか?」

がたり、と立ち上がったオタクの黒縁花柄眼鏡が曇り、斜め前の席の要が緩く振り向いた。
俊の斜め後ろ、セルフ腕枕で机に突っ伏していた隼人が気怠げに顔を起こし、前の席の桜など最早涙目だ。

「えっと、足し算なのでaきゅんがちょっとずつ増えます。なのでxさんはずっと繋がってて、aきゅんが増えた分だけf(x)ちゃんも増えます。…多分」
「宜し、い。座って下さい」

大学レベルの数式に、教師は勝ち誇り生徒は沈黙していた筈だ。
にも関わらず、曇り曇った眼鏡を押し上げ座り直したオタクは膝を抱え、隣の席を見やった。

「やるじゃん俊、今の院生でも苦しい問題だったよ」
「タイヨーちゃん、お昼ご飯はまァだ?」
「まだ3時間目だって。後2時間」
「ぷにょ」

恐らく隼人と要、俊の後ろの席で読書中の神威ならば解けたのだろう数式を前に、他の生徒は皆茫然自失。悔しげな教師が震えながら新しいチョークを握るのを、赤縁眼鏡を光らせたメガネーズが睨んだ。

「ぐすっ」
「猊下、ユウさんからの差し入れはどうしたんですか?」
「カイちゃんと半分こしましたっ」
「カイさんの少し分けて貰ったらぁ?」
「悪いな俊、神崎に半分奪われた」

さて授業開始から数日が経った訳だが、特に変わった事はない。
胃潰瘍の診断を下された隼人が暫くモデルを休業する事になり、風邪を引いたらしい太陽が漸く回復して来たくらいか。

「胃潰瘍の癖に食べていいの?」
「朝からステーキセット食べてたよぅ。俊君はチキンカツ定食三人前だったねぇ…」
「隼人君はー、自力で治せるのお。サブボスとは違うのー」
「嫌味かい」
「カイちゃん、ポテチお食べになる?」
「ふむ、うす塩か」
「あ、こっちもう読んだから、はい。野獣シリーズは期待を裏切らないにょ」

後は席替え。
中央委員会命令で、何故か全てのSクラスが「自習」になった大雨の日。


『きゃー』
『猊下っ、どうしたんですか?!』
『しゅ、俊君っ?』
『野獣シリーズの新刊もミルククリーム先生の同人誌もあるにょ!!!ハァハァ』

何故か購買の書店コーナーに入荷していたBL書籍を、ブラックカードならぬ左席特権で買い占めた俊が、コミケ帰りのOLも真っ青な荷物を抱えスキップで駆け込んだ教室、太陽の姿が見えない事には全く落ち込まず

『今の内に隠すにょ!タイヨーにバレたら怒られちゃうなりん』

これ幸いに帝君特権を振り回し、教室の後ろに並ぶロッカークローゼットを大改装。
巨大な本棚に仕立てあげ(零人には佑壱の写メを渡し買収、村崎は意気揚々と私物の漫画を持って来た)、席替えのくじ引きも気弱な委員長におねだり。

『委員長しゃま…一生に一度のお願いがあるにょ。此処にこーしてそーしてあーして、どーしてもイイなり?』
『良いですよ、天の君』
『委員長しゃま…一生に一度のお願いがあるにょ。写メ撮ってもイイかしらっ?!』
『フラッシュが眩しいですね、天の君』

何度目かの一生に一度のお願いだったが、心優しい眼鏡委員長は断らなかった。いや、断れなかった。
要と神威に睨まれていたからだ。

で。
俊の後ろが神威、その隣が隼人、その前に太陽、そのまだ前に要、最後に桜となる。
因みに要と太陽、隼人の右側にはメガネーズ三匹満員御礼。

図にしたら
桜要メ
俊太ガ
神隼ネ
である。職権濫用甚だしいが、嬉しそうなオタクを前にクラスメート達は真っ赤に染まるばかりで、文句一つ言わなかったのだから仕方ない。

「算数嫌いなり。読書が一番にょ…あ、溝江きゅん、そっちの俺様攻め漫画貸して欲しいなりん」
「はいっ、もう三回読んだのでどうぞっ」
「天の君っ、こちらの健気受けもオススメです!悲恋ものは涙で眼鏡が曇るのさ」

あの雨の日、何故か寮で寝ていたらしい太陽はそれから丸二日体調不良で、涙目ならぬ涙眼鏡の俊、暇潰しの要、俊に引っ付いた神威の三人から手厚い(?)看病を受ける事となる。実際は桜一人が不眠不休だった訳だが。

さて。
看病の仕方も知らないヤンキー三匹の所為で益々熱が上がった太陽は、自室療養になった隼人を運んできた佑壱によりまともな看病を受け、1日寝込むだけで復活した。
漸く昨日登校し、様変わりした教室を見るなり俊(と自主的に正座した隼人と神威と要)を正座させ説教一時間。これが後に『時の君の調教の乱』として語り継がれていく、帝王院7伝説の一つである。
教卓の前で遠い目をした社会科教師は、以降太陽と目を合わせなくなったらしい。

「ふわー。一時から下院総会があるんだっけー、かったるいねえ」
「カイン総会ってなァに?」
「この間の放課後に委員会顔合わせがあったでしょう?我々は無関係ですが…」
「上院が理事会、下院が中央委員会。つまり中央委員会総会だね。全委員会役員が集まるよー」
「ぁ、はっくん医務室に居たから行ってなかったねぇ」

はっくん、と口にした桜が振り返り、欠伸を発てた隼人がボリボリ首を掻いた。

「図書委員なんかやってられっかー。さっくんが勝手にやってろー」
「駄目だよぅ、僕もあの日は太陽君の事で頭一杯だったからぁ、行ってないんだもん〜」

何せ自習命令が下されていた為に、解散になった俊達は雨が小降りになるのを見計らい真っ直ぐ寮へ帰還。腹減ったと声を揃える俊と神威に桜が手料理を振る舞う事となり、真っ赤な顔で寝ていた太陽を発見した訳だ。
腹減ったと騒ぐ二匹と38度の体温計に、穏やかな性格の桜が一人奮闘したのは記憶に新しい。赤飯の残りで拵えたお握りでは物足りなかったらしい餓えた眼鏡2匹、隼人の様子を見てくると言って出ていった要は役に立たないし、熱が上がり過ぎて咳き込む太陽は喉を痛めたのか血を吐くし。


『何ぎゃあぎゃあ騒いでんだ、テメーら』

助けてお母さん、で形勢逆転。
オムライス、エビフライ、シチューetc…30分もしない内に山程の料理をテーブルに並べた不良は、熱で唸る太陽に座薬をブチ込みオタクの眼鏡を吹き飛ばせ、無理矢理開かせた太陽の喉を狙って喉スプレーをした。

その間、ほんの数分。
嵯峨崎佑壱のオカン疑惑が益々濃くなった出来事である。

「ちぇ、サブボスが熱なんか出すからギガめんどー。喧嘩売るぞー、こらー」
「良し、その喧嘩イチ先輩に譲った」
「本当にぃ、ぁの時の紅蓮の君は凄かったなぁ」

腹が膨れて退屈になった俊達が眠る太陽を至近距離から覗き込み、汗を拭いてやるとほざいては脱がせようと企む為に、佑壱から放り出され………てはバルコニーから忍び込むので太陽の看病は桜が、オタク二匹は佑壱の説教を受けた様だ。
とりあえず二人で遊んでなさい。
佑壱がそんなオカン台詞を言ったか否かは謎だが、それから暫く二匹は大人しかった。

然しその間に購買で買い占めたBL本をクラスメート達に広め、学園中の罪なき生徒達を撮影し、あっちでハァハァこっちでハァハァ、最終的にはラウンジゲート付近でデジカメと眼鏡を光らせたらしく、風紀委員会に捕まりプチ説教を受けたらしい。
左席委員会会長を逮捕する訳には行かないが、大浴場の撮影は禁止だ。この数日で胃を痛めた風紀委員会に、回復した太陽が同情してしまうのも致し方あるまい。

発熱中の記憶が曖昧らしい太陽は、お得意の現実逃避で座薬の過去を忘れている。
ご苦労様です。


「最後に小テストをします。鐘がなったら集めるから、そのつもりで」
「ぷはーんにょーん」

数学教師の台詞に、慣れた生徒達は素直にノートを仕舞い込む。但し煌びやかな文庫本をつるりと落とし、ガタッと立ち上がった腐男子は驚愕の表情だ。

「どーした、のびちゃん」
「ドラゴンボール25巻借りっぱなしの奴は誰だコラァ」

さて、本棚と化したロッカークローゼットの前にパイプ椅子が二脚ある。空気清浄機に縦長い灰皿、教室隅のコーヒーメーカーを独占し漫画喫茶の様に寛ぐ二人が見えた。数学教師は勿論、クラスメート皆が敢えて無視していただけだ。
担任である村崎はまだ、良い。

「ゼロが昨日読んでたから、持って帰ったんと違うか?」
「仕方ねぇ、明日のジョーで我慢すっか。もう300回は読んでるっつーのによぉ」

煙草片手にミナミの帝王なんぞ読み耽る関西人の向かい、コーヒー片手にボクシング漫画を開く赤髪の姿。真っ赤な首輪には『左席』の文字、イメチェンの意味がない佑壱が教卓の前で痙き攣る教師を睨む。
いや、教師ではなく黒板の数式を睨む。

「グラフなんざ書けなくても困りゃしねぇっつーんだよ、ハゲ」
「あかん、ヅラ愛好者の前でその指摘はあかんで嵯峨崎」

今にも噴死しそうな教師に青冷めた委員長がテスト用紙を配り、ゲラゲラ笑う隼人を要が黙らせた。
ガタブル震えているオタクがシャーペンを握り、教室にマグニチュード6の地震を起こす。

「BL問題なら自信があるのにィ…!算数は九九の7の段で挫けますっ」
「いいから座りなよ俊、終わったらフランス語だよー。大好きな烈火の君の授業だよー」
「今日はテーブルマナーだったよねぇ。カフェテラス使うって連絡あったからぁ、フレンチ食べれるよぅ」
「フランスのご飯…?!」

叫んで拳を握り締めた俊へ、クラスメート達の生暖かい目が注がれた。花柄眼鏡から舞い散る花弁が見える。BLと食べ物に関してのみやる気を見せるオタクは、昨日の物理の小テストで見事0点を叩き出しSクラスを沈黙させていた。
本当に満点入学だったのか、謎が深まった日だ。



リーンゴーン


「点数は30分後に送信するので、各自生徒手帳を確認する様に」


30分後、ドロリッチと叫んで溶けたオタクを誰もが目撃した。

←いやん(*)(#)ばかん→
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