帝王院高等学校
隼人と何回か言ったら親馬鹿になります
欲しいものがある。
いつの間にか心に忍び込んだそれを手に入れれば、狂う程の渇きは忽ち満たされる筈だ。

卑怯、だろうか。
浅はかな悪知恵、仕掛けた罠の最終到達点はオアシス、夢見る子供の戯れ言だ。灼熱の砂漠に迷い込んだ哀れな生き物の前に、現れた獲物。


喉が鳴る。
ことり、と。届くようで届かない距離に、ずっと。正攻法はとうに諦めた。回りくどい方法を選ぶより他ない。それが最も遠回りで最も効率が良いと知っているから、なんて。言い訳ばかり繰り返す。
勇気がないから。




欲しいものがある。
あれを手に入れれば、充たされるのだ。



あれを手に入れれば、…願いは叶う筈だ。







(君の名前はなんですか)
  (僕の名前は両親の愛で満ちている)
    (君の名前はなんですか)
      (あと、どれくらい)
        (涙を流せば忘れられるだろう)
(心が)
(記憶は一秒毎に塗り替えられて)
  (明日の君は昨日とはまるで別人)
    (君の心に残る僕に嫉妬する)
      (巻き戻せるなら今すぐに)
        (



気付いて。
気付かないで。
僕はもう、君の傍に居る。



繰り返し考えるのは君の事。
君の前が知りたい。







「あーあ」
「あーあ」
「捕まえちゃった」
「捕まっちゃった」

点滴のチューブが繋がれ、静かに眠る美貌を覗き込む影は酷く愉快げな声を発てる。
クスクス、クスクス、

「オジジの悪い癖」
「オジジ嘘ばっかり」
「大好きなんだね」
「作り物じゃないから」
「変なの」
「壊しちゃったどうするんだろ」
「代わりがないと不便だよね」
「だよねぇ」

空の注射器を片手に、白衣を靡かせた彼らは笑った。
天井のファンが静かに大きく旋回している。窓がない部屋、純白の部屋にある真紅の羽根だ。

「Let us, fly-down to enywhere.」
「さぁ、大地に広がる空を飛ぼう」
「龍の背に乗って」
「地下を犇めく世界に潜った混沌を」
「漆黒の空に舞い上がらせよう」
「Time goes by、過去は戻らない」
「The only black、独りぼっちの黒羊」
「可哀想に」
「可哀想に」
「キングからロードを生み出そう」
「ロードが遺した黒羊」
「軈て羊は世界を掴む」
「星から星を生み出そう」
「シリウスの血を継いだ新たな星を」
「オジジを独りにしない為に」

透明な管の中を駆け巡る赤。
薄く笑う彼らは開いた背後の扉へ振り返り、笑みを浮かべた『飼い主』を見やる。


「何をしておるかな、お前達」
「オジジの最高傑作だから」
「壊しちゃった時の為にスペアが居るでしょ?」
「そうか、」

ふ、と。
一瞬で目の前に詰め寄った美貌が、お喋りな彼らを黙らせた。

「困った子供達じゃ」

転がる注射器を汚物処理タンクへ放り込み、若々しい美貌に笑みを浮かべたまま、ベッドの上の少年へ手を伸ばす。
ふわり、と。触れる間際で、その距離を保つ。吐息が掛かった。

「栄養不足よのぅ、こうも痩せておっては貧血気味じゃろうて」
「ユ、ウさ…」
「あのファーストが血相変えて運んで来たらしいの、星河の君」

何の夢を見ているのか、苦しげに眉を寄せる額を撫でる振り。距離はずっと、1センチ。

「…他人を容易に信じてはならん。例え身内だろうと、『自分自身』だろうと」
「じい、ちゃ…」

例えば生み落ちて長い時間を生きてきた分、消耗された感情が揺らぐ事はないのだと。
人の一生に与えられた喜怒哀楽には制限があり、笑いながら生きてきた人間はいつか笑顔を忘れるのだ、と。

ならば楽しくもないのに笑ってきた生き物の最期は、どうなるのだろう。
ならば何の感情も示さず成長してきた生き物の未来は、光に満ちているのだろうか、と。

「じいちゃん…」
「おぉ、何の夢を見ておるのか。瞼が動いておるわ」
「苦し、の」
「すまんのぅ、久し振りで体が付いていかんかったらしい」

金の髪を撫でた。
昔からずっと、寝ている時にだけ触れられる宝物の髪を、今。



「何があろうと、お前だけは生かしてやる」
「…ん」
「例えお前が儂を恨もうがな、…隼人」







黒い羊が産まれました。
いえ、黒羊から白い羊が産まれました。

黒羊達はそれはそれは白い子羊を可愛がりましたが、軈てその羊が金の羊に似てくると。誰もがすぐに気付いたのです。


白い羊を産んだ女は慌てました。
このままでは、黒羊達は子羊を見放してしまう。愛しい人の為に黒羊と結婚する筈だったのに、式の前に見放されてしまう。


女は考えました。
黒羊の群れで最も厄介なのは、何を考えているか判らない大臣です。王様の隣でいつも澄ましているあの男。



名は山田大空。
あれを人質に取れば、黒羊の王様も子羊を見放す事は出来ない筈です。
あれを汚してしまえば、邪魔になるものなど最早存在しません。王様を唆すあの生き物を、消せば。

最早恐れるものなどなかった筈なのです。



子羊に何度も語り聞かせました。
貴方は世界を統べる存在だと。だから私を幸せにしてちょうだい、貴方は陛下の血を引いているのだから、と。



革命が起きました。
彼女が愛した金の羊が居なくなってしまったのです。残されたのは子羊だけ、黒羊達も姿を消してしまいました。
何故。
何故。
愛しいあの人は何処。
私を幸せにしてくれるあの方は、何処。


『久しいな、サラ』

漸く逢えた愛しい人の言葉に、彼女は凍り付いたのです。冷たい冷たい眼差しに、魂を揺さ振る声音に、



『私のナイトは何処だ』


そこに存在してはならない、“彼”に。心が狂う音を聞いたのです。












苛々する。
毎日毎日毎日毎日毎日、絶えず餓えている気がしていた。食事など必要ない。そんなものでは満たされないのだから。


『待てや餓鬼、何だその面は』

煩い。
耳障りな声ばかり、弱い癖に吠える雑魚ばかり、何でこんな東の果てに来てしまったのだろう。
家族も面倒臭い。
生まれてからただの一度も必要を感じなかった。
煩わしい。
生きるのも死ぬのも面倒過ぎる。
歩くのも面倒だ。
殴り掛かってくるのを避けるのも面倒だ。
弱い癖に吠える雑魚ばかり。
東の果て、小さな島国は虫ばかり。


『Fuck you』

苛々する。
苛々する。
苛々する。
明日もきっと今日と同じ。今日は昨日とまるで同じ。代わり映えしない。何か楽しい事はないのだろうか。


『あ?寝てる奴をいつまで殴るつもりだ、テメェ』

苛々する。
煩い。
消えてしまえば良い。面倒臭い。錆びたナイフで腹を刺された昨日、まだ生きているしぶとい生き物。
(人間はとても弱いから)(刺された所から腐り落ちて、今日)(還れると思っていたのに)(楽園へ)


『…汚ねぇ面しやがって、それでもグレアムの飼い犬か』


苛々する。
一秒毎に死へ近付くなら、今すぐに。飛び越える様に今すぐに(最果てを)視せてくれれば良い。
手首に添えた銀の刃、躊躇わず引き裂いた肉から滴る赤い水。なのに僕は生きている。
次の日には何事も無かったかの様に塞がって、その次の日には最早傷痕さえ曖昧だ。


『人間風情が…』
『んだと?』
『この俺を前に吠えるな、雑魚が!』
『は、』


誰かが言った。
楽しそうに嬉しそうに、お前は最高傑作だ・と。
なのに何故、神様は迎えに来てくれないのだろう。(待っているのに)(ずっと待っているのに)(寂しくても苛々しても)(けれどずっと)(待っていたのに)



『吠えてんのはどっちだ、馬鹿が』


抜ける様に青い空を、見た。
覗き込む金の髪が光を帯びて一層輝きを増し、勝者にしては些か歪んだ表情で見下してくる。


『信じられねぇ、っつー面だな。見た目で舐めてんじゃねぇよ馬鹿が』

踏み付けられた脇腹が痛い。
久し振りに痛みを思い出した気がする。だからと言って、見下してくる生き物への怒りは湧かない。
先程までは見下していた生き物を。今では見上げていると言うのに、何故。

『テメェの八つ当たりに付き合ってやる義務が、俺様にあって堪るか』

脇腹が痛い。
(なのに笑える)
心配してくれた生き物が居た。
(小さくて)(年下で)(いつの間にか勝手に懐いてきた)(三匹の仔犬)
(青と緑と橙)(赤の自分に戯れてくる)(黄色が居たら信号だ、と)(心の中で呟いた台詞)(いつの間にか存在を認めてしまっている自分に吐き気がした、昨日)
(苛められている仔犬達を見た)
(仔犬は揃って自分達を強いと思っている)

(額に頬に唇に、赤)
(人間達に囲まれて)(鳴きもしない仔犬)(なのに眼差しだけで祈っている様に見えた)(助けて)(誰か迎えに来て)


(誰でも良いから)



足元に転がる生き物を蹴り飛ばした。脇腹に刺さる錆びた銀の刃、滴りアスファルトを濡らす赤。
30人に囲まれて涙一つ浮かべなかった仔犬達が泣いている。泣くのは、弱いからだ。
自分達を強いと勘違いしていた癖に。ならば最後まで勘違いしていたら良いのに。

『ユウさん』
『ユウさん』
『ユウさん』

喧しい。煩い。
中国語にドイツ語に日本語、繰り返し繰り返し。ああ、そうか。神様もきっと煩わしかっただろう。鼓膜を震わせる異口異音に眩暈がした事だろう。



『ちぃっとばっかしデケェからって図に乗るなよ、』


完璧な生き物など何処にも存在しない。迎えばかり待ち侘びている犬に明日はない。止まれば老いる、老いて終わりを待つだけの生涯、など。



『─────赤毛野郎。』








糞食らえだ。





「隼人隼人隼人隼人隼人隼人隼人」
「…煩ぇ」
「隼人隼人隼人隼人隼人隼人隼人」
「30回目だが良いか。…煩ぇ」
「隼人が心配じゃねぇのかテメー!もし目を覚まさなかったらたらたら…あ、要達の飯作ってくんの忘れてた。悪い高坂、米だけ炊いてきてちょーだい最低炊飯器3台分」
「プライベートライン・オープン、チーズと赤ワインと精神安定剤を持ってこい。俺様がブチ切れる前にカルシウムと安定剤だ」
「そうか…。血も涙も節操もねぇ奴だとは思ってたが、安定剤が必要なくらい心配してたのか!」
「お前にな」
「このポーカーフェイスめ、このこの」
「殴らせろ」
「ふ、シャイボーイ」

別室に移された隼人を、分娩室の前で待つ新米パパ宜しくウロチョロしながら待っていた佑壱に、半ば無理矢理付き合わされた日向が無言で殴り掛かる。
ニマニマ厭らしい笑みを浮かべた佑壱と言えばひょいひょい避けて、隙あらばチューで黙らせようとか考えている様だ。セクハラか。

「いかん、返り討ちされそうになったな…」

我が掛け替えのない息子がとんでもない目に遭ったのは記憶に新しい。人は学ぶ生き物だ。浮気はいけない、いや、今彼女居ないから別に良いのか?
セフレとかそんな爛れた関係は嫌いなの、だから必ず付き合ってからエッチするのよ。但し一時間で別れた彼女は沢山居るけど。寄りを戻した彼女も居たけど。一番続いて1ヶ月、その彼女はバイクと私のどっちが好き、なんて聞かないで。素直にバイクと言っちゃ駄目らしいわよ。勉強になるね!


「おい、高坂」
「あ?」
「好奇心から聞いても良いか。知らん奴には言わねぇから」
「知り合いには言い触らす訳だな、そりゃ」
「今まで付き合った人数は?最高何日続いた?プリンと私どっちが好き聞かれたら迷うだろ?あ、一回で最高何発?」

詰め寄る佑壱を前に何とも言えない表情で襟足を掻いた副会長が、

「俺ぁ最高6発だけどもな!」

黙れと言った所で黙る筈がない井戸端会議のおばちゃんを、頭突きで黙らせたのは仕方ない話かも知れない。
但し数十分痛みで悶える中央委員会副会長と書記が見られたとか何とか。



「ほとほと何をやっとるか、師君らは」


全くだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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