帝王院高等学校
情緒も躊躇もありゃしません
『ようこそダークキャッスルへ。待ち兼ねたぞ武蔵』
『悪が潰える時が来た。覚悟しろ、小次郎!』
『笑わせるな、この私に適うつもりとは片腹痛い!跪かせてくれるわ!』


敵が現われた!
  戦う
  必殺技
→口説く


『何故目を背ける!』
『世迷い事をほざく余裕がまだあったか』
『っ!そこまで世を恨むか小次郎…っ』
『貴様には判らん道理よ』
『愛しているんだ!』
『!』
『俺はまたっ、お前と共に剣の道を行きたい!共に肩を並べたあの日の様に、小次郎…っ』
『御託はそれだけか。…死ぬが良い!』
『くっ、この技だけは使いたくなかったが…!致し方あるまい!』


必殺技を使うべく身構えた!
  波動五月雨斬り
  五光雷鳴斬
  二天一流奥義森羅万象
→押し倒して掻き抱く


『貴様っ、』
『このまま崩れ落ちる城の中、お前と死ぬのも悪くない。共に逝こう、…愛している』
『…私もだ。貴様が気付くより早く、長い時を経て尚も』


チャラリーと言う物悲しげなBGMが鳴り響く中、抱き合う二人を燃え盛る炎が包んだ。
ノーマルEDの文字に舌打ちした男が手を離し、エンドロールから目を離す。


「あっ、見なくて良かったのぅ?」
「ベストエンディングにしか興味ないから」
「大人しいと思ったらまたゲームですか」

呆れた要の台詞に目を向け、最早殆ど人気がないエントランスを見回した。俊は未だに帰って来ない。
外は激しさを増した雨に支配されて、窓を開ければけぶる様な土の匂いと濡れたコンクリートの匂いに満ちていた。
真っ暗な、空。まだ昼前だと言うにも関わらず。

「ねぇ、太陽君。カリキュラム、俊達の分も一緒に書いちゃったけど…大丈夫かなぁ?」

暴走ポイントが未だ謎な俊はともかく、協調性がまるで無い神威の分まで授業予定を組んだのは数分前。隼人が倒れた騒ぎで解散になった生徒らの中には、興味津々な不良やファン達の姿が在ったが、要の睨みで居なくなった。

「加賀城君も居ないねぇ。ケンちゃん達も帰って来なぃし…」
「ケンゴ達はともかく、あの馬鹿はユウさんの後を付いていったんでしょう」
「普通科は歓楽祭の打ち合わせがあるって言ってたし、教室に帰ったんじゃ?」
「副長命令を破ってまで授業に出る人間が居ると?我々カルマに?」

冷めた目で睨まれた桜がぶんぶん首を振り、転がったペットボトルをちょいちょい手で弄んでいる太陽を見た。光を失ったゲーム機が無造作に転がっている。
人差し指で弾いたペットボトルをちょいちょい引き寄せ、また飽きず人差し指で弾く。まるで戯れる子猫の様だ。

「太陽君?」
「んー」
「えっと、星…神崎君、大丈夫かなぁ?」
「んー」
「うちのぉ母さんが胃潰瘍になった時、あんな風に沢山吐いた事あったんだぁ」
「あ」

ペコン、と。
弾かれたペットボトルが白い革靴に当たる。コロリ、と一度転がって沈黙したペットボトルを拾い上げる、指先。桜貝の様な爪先に、長い指。


「授業放棄か、錦織要、安部河桜、山田太陽」

流れる様な銀、白金と言うよりは白銀、だ。仮面越しに囁く声音を聞いて目を上げれば、意味もなく腹の奥底から黒い何かが這い上がってきた。

「気安く呼ばないで欲しいんですけど、陛下」
「身に合わず勇ましい」
「それ、どうすんの」

敬語を使う気力もない。
苛々する。腹の奥底で生暖かい闇が燻っている。今にも発狂しそうな境で、じわり・じわり。

「遺失物か放置物か」
「神崎のペットボトル、何に使うつもり」
「放置物ならば処分するまで」
「処分方法は」
「どう思う?」

無意識に充電切れのゲームを掴み、いつかの風紀室と同じ様に大きく振りかぶった。
笑えない。あの時は白百合、今度は神帝。明日には死んでるかも知れなかった。

だから、いち早く気付いた要が手を伸ばしたのか。目を見開いた桜が口を開くより早く。
でも、ゲームはもうこの手の中にはない。真っ直ぐプラチナに飛んでいった。残り0.1秒で大惨事だ。



「おや、」


ふわり、と。


「私へのプレゼントですか?」

プラチナの前に伸びた白い何かが、綿毛を捕まえる様な柔らかい動きで機械を掴んだ。全力で投げ付けたものを、いとも簡単に。

「そなたには些か似合わんな」
「何を仰せですか陛下、美しく賢い私はチェスだけに留まらぬ遊び人なんですよ」
「ほう」
「知らなかったんですか?私の体だけが目当てだったのですね、悲しみの余りお腹が空きました。食堂に帰らせて頂きます」
「許せ、雨の中放り出すのは忍びない」
「仕方ありませんね、可愛いふーちゃんにフレンチトーストを寄越しなさい」

ぱちぱち瞬いた桜が口元を押さえ、漫才の掛け合いに似た会話に肩を揺らす。何とも言えない表情の要は気まずげに身動ぎ、また、腹の奥底から黒い何かが這い上がってきた。
何を平和そうにしているのだろう、コイツらは。ずっとずっと真紅の何かから追われている自分の前で、夥しい血を吐いた隼人を見たばかりの今、何をそんなに楽しそうに笑っているんだコイツらは。

少しも隼人を気遣う様子を見せない要も、中央委員会を前に笑うのを耐えている桜も、相変わらずにこやかな愛想笑いを浮かべる二葉も、全部。



だから、全部が。


「ムカつく」

呟いて、世界が沈黙した事に気付いた。もしも此処に他の生徒が居たなら非難轟々、直ちに制裁されただろう。

「そうだ、ゲームしよう。部屋に帰れば幾らでも揃ってるし…あ、まだ荷物片付けてなかったよねー」

忘れてた、などと宣いながら立ち上がり、ふらふら雨の中へ足を向ける。

「太陽く、」
「触んな」

肩に触れた桜の手を条件反射で振り払い、灰色の空を見上げる。
ジャージと共に配られた真新しいスニーカーは白、ジャージも白、空は灰色で、振り返った視界には真っ白な長い髪と黒髪しか映らない。
酷く傷付いた表情の桜が右手で左手を撫でている。何事かと訝しげな要が真っ直ぐ見つめてくる。肩越しに振り返った灰色の仮面は興味を失った様に逸らされ、もう一人は背中を向けたまま振り向きもしない。

「このまま出たら汚れそうだねー」

踵を返し外へ出れば、背後で閉まるゲートの音。見上げると重々しい灰色の空、時折白く光って轟音を響かせる。
叩き付ける雨は間近で見るとより凄まじさを増した気がした。濡れるのは良い。雷も嫌いじゃない、筈だ。但し寮生活の学生に雷鳴響く雨の中を歩く機会はまずない。

多分、情緒不安定。

「何だろ。吐きそ」

雨避けの中に佇んだまま。ゲートを背後に、そこから動けなくなった。益々腹の奥底から生暖かい何かが這い上がってくる。
胃が痛い。神経性胃炎は最早持病だ。なのに、我慢出来ない。吐きそうだ。何故か。嫌だ。吐いたらまた、現れる。真っ赤な何かが。追い掛けてくる。追い掛けてきてしまう。


「気持ち、悪い」

蹲って腹を押さえたまま、目を閉じた。頭の中でチカチカ煌めく何か。空を走る雷光、ああ、二葉に取られたゲームが少し惜しくなった。子供が喜ぶ様な玩具やゲーム機は買ってくれる両親は、ソフトなどは買わない。特に母親は、機械だけでゲームが出来ると考えている節がある。
ハードは諦められる。ただ、中に入ったままのソフト。俊から借りたソフトが惜しい。腹が痛い。腹の中で何かが暴れてる。ああ、妊婦とはこう言う気分なのかも知れない、などと。

考えた時に、雷鳴。
光と同時に真っ直ぐ、すぐ近くの山に突き刺さった落雷と、魂すら揺さ振る様な大気の悲鳴、轟音。チカチカ、頭の中で何かがフラッシュバックした。



『駄目だ、戻れ!』
『だって…ちゃん…買っ………が、あそこ…』
『……から!戻…が………に!』

途切れ途切れの、声。
何処かで見た風景の中で。

『そっち、だめ』
『待て!』
『そっち行っちゃだめなの』
『戻るな、こっちに来い!』
『………ちゃん、ちょっと待っててね』

片方は自分、だと、思う。
ならばもう一人は弟だろうか?いつか見た懐かしい風景、沢山の遊具、黒髪の誰かと手を繋いで。


『チューしたら、一生一緒だって。一緒のおうちでお茶飲んで、お風呂入って、抹茶食べるんだよねー』
『血液が緑になりそうだ』
『麦茶もやぶさかじゃないよねー』
『吝かの意味判ってんのか?』
『あっ、ブランコ空いた!早く早くっ、取られちゃうよー』
『はいはい』
『ブランコしたらアイス屋さんねー』
『たまには苺とか違うの選べよ。買ってやるから』

違う。凄く仲良しだった誰か。
友達と一緒に遊んでいて、殆ど毎日一緒に遊んでいて、


『そいつに触るな、下衆共…!』


いつから?
いつから遊ばなくなったんだろう。あんなに毎日一緒なら幼馴染みだ。なのに覚えていない。名前も、顔も。

痛い。
腹が痛い。
勢いを増した雨がコンクリートを叩きつける。煩い。仕方ない。濡れた土の匂い、勢いを失った雷は光もなく唸るだけ。

「腹、痛い」

ぐらり、と。目の前が回る。
ぺしゃり、と濡れた地面に崩れ落ちたまま、咳き込む口元を押さえた右手を見た。



「何だ、…血でも吐いたかと思った」



掌は何処までも澄んだ、黒。












嵯峨崎佑壱は余りに視力が良過ぎる為、遠視気味にある。いつも眉間に皺を寄せている最大の理由と言えよう。
目付きが悪く見えるのはそれだ。なので遠くを見る時だけは、曰く「間抜け顔」を晒しているらしい。


あ、奪われた。

などと特に何の感慨もなく瞬いて、至近距離過ぎてピントが合わない金色に目を細める。
はっきり言えば先に耳へ齧り付いた自分の責任だ。怒り狂って振り返った男の唇が、双方不合意のセカンドキスを招いたとしても、実際悪いのは自分だろう。つまり一回目も二回目も自業自得。

まぁ、キスの一回や二回くらいで狼狽えるほど純粋でもなければ、「いやん何するのよ!」と右ストレートをカマせば、日向の腕に抱えられている隼人がただでは済まない。
挨拶のキスでも、身内程度しか唇にはしない。大抵頬か掌だ。いや然し、いつまで離さないつもりだこの野郎。

(あ?コイツ、硬直してねぇか?)

こうも近いと表情が判らない。微動だにしない日向は確か吊り上がった切れ長の瞳をしていた様に思うが、こんなに丸かっただろうか。見開かれている気がするが、瞬きはどうした。何分他人の容姿には興味がない佑壱の記憶は曖昧だ。
性格を見る訳ではなく、相手が男の場合「強さ」重視。相手が女なら体さえあれば問題ない。口煩い女など以ての外、束縛したがる夢見女は徹底的にその夢を叩き壊してやったものだ。

理由は単純明快。
厚化粧はする癖に掃除洗濯は適当、料理はレトルトなんて女は星の数。手作り弁当にチルド物を使う時点で抹殺、煮物に本だしなど入れれば瞬殺だ。鶏ガラ、果ては豚骨も使う佑壱に化学調味料は邪道でしかない。
強い雄を嗅ぎ付け束縛したがる女など最悪過ぎる。雄の悲しい事情がなければ近付きたくもない生き物だ。

(睫毛長ぇな、高坂の癖に)

一向に離れない日向をじっと見つめながら、どうするか考えた。このまま離れたら間違いなく逆ギレした日向は佑壱を殴るだろう。隼人の存在を忘れて。
瞬き一つしない金に似た琥珀色の目を認め、僅かに鼻白む。そっくりだと思ったからだ。誰がって、口にするのもおぞましい。これで銀髪だったら逆上したのはこちらの方だろう。

溜め息一つ、ビクッと震えた日向の肩に気付き、やべぇ、と無意識に目前の顔を鷲掴んだ。隼人を落とされたら堪らない。
然し掴んでしまうと唇が再び引っ付いてしまう。すまん高坂、サードまで奪った。などと心の中だけで合掌、同時に悪戯をひらめいて三度目のそれを深いものにしてみる。

「っ」

無理矢理抉じ開けた唇の中へ舌を入れてみた訳だ。いつもの強気は何処に行ったのか、震えた肩と同時に逃げた舌を追い掛けて食らい付く。嫌がらせに躊躇も情緒もあったものではない。

逃げる。追う。逃げ場を与えてやる。また逃げる。追う。

処女を相手にした気分だ、と微かに笑えば、ぐっと体を押し付けてきた日向によろめいて、背中が医務室のドアに押し当てられた。
隼人は無事かと目を落とし、日向の顔を掴んでいた両手で隼人らしき手を掴めば、どうやら日向の二の腕を掴んでしまったらしい。
腐っても御三家光王子だ。恐らく初めてだろうディープキスにも怯まず、病人を抱え続ける心意気や良し、などと偉そうに頷こうとした刹那、


「む」

生まれて初めて、咬まれた。
噛み付くと言うより咬み付かれた訳だ。何事だと冷静に目を閉じれば、どうやら仕返しされているらしい。腹立つ事に学習能力に恵まれた日向の舌は、もう一人の自分を相手にしている様だった。
いや、巧すぎる。逃げたくなってきた。大体何で男とこんな濃厚なキスをせねばならんのか。
したかったからしただけの佑壱に、される予定はない。酔えばキス魔になる佑壱からカルマほぼ全ての人間が唇を奪われているが、佑壱が奪われたのは俊くらいだ。但し唇以外。


長い。
長過ぎる。
唇がタラコになりそうだ。
然も副会長、ホモ慣れし過ぎて膝を股間にグリグリしてやがる。そんなもんされて無反応でいられるなら、女など必要あるまい。

このままでは大変な事に!
息子(隼人)の前で息子が大変な事に!(…)
すまん隼人、母ちゃんは駄目かも知れない。駄目な犬だと罵ってくれ、春はアレがアレな季節だもの仕方ねぇ。大体高坂が巧すぎるのが悪いんだ、俺は悪くない。まだ17歳だもの。お母さんだってただの男の子だもの!

「って、違うだろうがボケェエエエ!!!」
「…黙れ」
「ぐ、ふむっ」

総長、すいません。お父さん以外の男から奪われました。喧嘩なら負けませんが淫乱には負けそうっス。



「これ」

背後の壁がいきなりなくなり、日向諸共崩れ落ちた。腹の上に隼人、そのまた上に額を押さえる日向が見える。鼻を押さえた佑壱とデコチューしたらしい。

「何をしとるかね、男三人で」

にやけ顔の白衣が見えた。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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