帝王院高等学校
業界にワンコと鬼畜とひそひそ話
『型に嵌めたファッションなんてナンセンスだわ。

  良い?クローゼットを開けてみて。何も真新しい服ばかりがアイテムじゃない。
  無地のロングスカート、普段なら地味なアイテムだけど。敢えてそれをワンピースみたいに着熟せば、キャミソールもチューブトップも要らないでしょ?
  アクセサリーは多過ぎると逆に煩いから、シンプルでセクシーな細身のネックレスとブレスレットで良いわ。指輪で誤魔化しちゃう子もいるけど、指に煌めきを与えたいならネイルの方がずっと素敵ね。
  髪も必要以上に扱わないで、明るめのスカートならすっと纏めて、大人しめのスカートならストレートに整えるだけでも良いわ。
  煩過ぎなくて可愛過ぎない、そうね、夜の女性ファッションって所かしら。

  ハリウッドスターを見て御覧なさい。ごてごて飾らなくても、自分自身が輝いてればそれがファッションよ』


モニタに映る美貌にほぅ、と息を吐く周囲を横目に、これが本当にただの『実業家』だろうかと首を傾げた。
航空事業から果てはファッションブランドまで手懸ける一流企業社長にして、ドキュメント番組出演から一気に人気急上昇。今は月に一度は必ずテレビ出演している、所謂『オネェ系タレント』だ。

「うわぁ、自社宣伝もしないし自前の服でコーディネートさせるアドバイスなんて、カッコイー…」
「あぁん、好き好きレイ様!肉食系の顔であの言葉遣い!」
「なのに実業家ってどんだけギャップー!もっと早く生まれたかったー」
「だよねぇ、あれで50歳だってんだから詐欺だわ詐欺」

好き勝手喋りまくる女性スタッフ達に息を吐き、肩身が狭そうな男性スタッフ達にまた、溜め息。
本来ならば今頃、春の特番の撮影に呼ばれたのは彼だけではなかった筈だ。眉間を押さえた彼女は如何にもキャリアウーマン然した美貌を歪め、背後でのほのほ笑う社長を見やる。

「いやぁ、レイ様は素敵だよねっ。僕と同級生だなんて嘘みたいな本当の話なんだよー。いやぁ、神様は残酷だなぁ」
「社長、笑ってる場合ですか。スケジュールが空いてる人材がないからって、ハヤトの代わりに新人送り込んだりして…」

モニタの片隅でカチンコチン、音が聞こえてきそうなほど緊張に固まっている新人タレントを見つめ、彼女の方が胃が痛くなった。本来ならば、ゲスト席の中央を陣取ったのはあの新人ではなく、毎日テレビで見掛ける人気モデルだった筈なのだ。

3日前のロケ先での撮影終了後、深夜を回って今頃思い出したとばかり、


『あー、そーゆえば明日からガッコ始まるんじゃなかったっけー』
『…は?』
『だからー、始業式ー。隼人君ってば高校生ー、あは、おめでとー俺ー』

確かに大人びているがまだ15歳。幾らスケジュール帳が真っ黒だろうが、入学式を欠席させるほど鬼にはなれなかった訳だが。
深夜の沖縄から都内へ間に合わせる為に、ヘリをチャーターしキャンセルした仕事先に頭を下げまくり、代理を探し…まともに寝ていない。マネージャーでありながら担当モデルの生活を管理していなかった自分の責任ではあるが、

「あああぁ、特番に穴を空けるなんて一生の不覚…!だから転校しろって言ってんのに」
「寮学校だもんねぇ、帝王院は。いやぁ、外見だけじゃなくて中身も揃ったモデルなんて申し分ないねー」
「何を呑気な…」
「パリコレクションからまたオファーがあったじゃない。デザイナーに気に入られるなんて、日本人モデルには珍しい事だよ?個人的なコマーシャルモデルの打診まで来てるんだから」

ほくほく笑う小太りで人が好さそうな上司、つまりプロダクション社長は、その日和見性格の所為で継いだ会社に閑古鳥を鳴かせ、言わば倒産寸前だった。
運良く拾ってきた隼人がヒットを出さなかったら、今頃こうも呑気に笑ってはいられなかったたろう。

「それに、君の場合個人的な事情で転校させたいんじゃないか」
「っ」
「若い子を誑かしたら駄目だよ?」

こう言う所はやはり、抜け目ない。
隼人との関係を悟っているだけに、度々こうして釘を刺してくる。勿論、肯定も否定もしない。看板モデルと肉体関係にあるマネージャー、なんて誉められた話ではないからだ。
ましてや、一回り以上離れた未成年相手となれば。益々肩身が狭い。

「遊びの内はねぇ、あの子はともかく、君は立派な社会人だから。僕も口煩い小姑みたいな事は言わないんだけども」
「何の話でしょうか、社長」
「本気になるだけ惨めな想いをするのは君の方だから。特に、あの子相手じゃね」
「…」

痛い所を抉られた、と。眉を潜める。
初めはあの無駄に整った美貌に目が眩んだだけだ。悪戯同然に仕掛けて、子供だと思っていた相手から逆に喰い尽くされたのはこちら。

慣れている、どころの話ではない。
無邪気な態度で男女問わず渡り歩く遊び人は、気紛れに気儘に、誰の言いなりにもならない。何度業界人達の修羅場を見たか。
クールを売りにした俳優と天然を売りにしたアイドルが、一人のモデルを取り合って荒らそうのだ。男と女の言い争いが双方に恋愛関係皆無の痴話喧嘩に発展する、などと。笑えもしない。

後日何処ぞのゴシップに、人気俳優とアイドルの破局報道が載った。馬鹿馬鹿しい。二人には初めから恋愛関係などなかったのに。
全てはそう、神崎隼人と言う男を中心に起きたもの。

望まない破局報道を、然し二人は否定しなかった。隼人に迷惑を掛けたくないから、と言う理由だけで一致し、いつの間にか本当に付き合い出した様だが、二人が未だに隼人を取り合っているのは業界では有名な話だ。
こんな話は幾つでもある。たった15歳の子供を取り合って、大人も子供も醜い争いを止めない。


だから、マネージャーである自分も。
男ばかりの私立寮校ではなく、自分の手元に置きたいから。独り占めしたいから、だ。


「それじゃなくても睨まれてるからね、君。あの子の『お母様』に」
「…はぁ」

月に二度ほど。時折、撮影が圧して不機嫌になる隼人を迎えに来る男が居た。
これがまた業界人ではないのが嘘の様な美貌で、明らかに素行が悪そうな外見の。一言で言うなら『お母さん』だ。


『うちの愚息が世話になってます』

にこやかに挨拶された初対面の時は舞い上がったものだが。相手が隼人の一つ年上で不良の副総長だと聞いたのは、まだ後の話だ。

『本当に、…下の世話までさせるつもりはねぇんだがな、オバサン』

にこやかな握手で握り潰され掛けた右手、女性が逐一振り返る美貌、隼人ですら霞む存在感に睨まれれば、呼吸が止まった。
どうやら副総長の名は伊達ではなく、これはただの勘だが、隼人以上に遊んでいそうな男は一目で隼人との関係に気付いたらしい。

『餓鬼に欲情してんじゃねぇぞ』

隼人に聞こえない囁きが耳に。
腰が抜けた体は暫く言う事を聞かなかった。警告の様に髪も目も赤い、人の形をした全く違う生き物が、まるで悪魔の様に。
誰にも甘えない、誰にも心を開かない、無邪気で無慈悲な隼人をグリグリ撫で回し、顎をしゃくっただけでバイクの後ろに座らせて。

皆が求めて止まない隼人を。
容易く奪っていく、赤。


嵯峨崎佑壱。
モニタに映る美貌に酷く良く似た、嵯峨崎嶺一の息子。


「…まぁ、二人の事に僕が言えた義理じゃないか。だけど僕はあの子も君も実の子供の様に思ってるんだからね」
「有難う、ございます」
「うん。ハリウッド永住が決まったら僕も隼人にくっついていくつもりだし、となれば君も移住しなきゃいけなくなるんだから」
「はい?」
「だから娘は父の老後の世話をしなきゃでしょ?僕、英語得意じゃないから隼人がいなきゃ生活出来ないし。僕の為に、二人には変なしがらみを残したくないもの」

のほのほ笑う上司に眉間を押さえ、結局自分の為か、と長い長い溜め息を零した。
いつの間にか撮影が終わり休憩時間に入ったらしい。隼人以上にスケジュール帳が真っ黒だろう嶺一が、皆に囲まれ退出していく。ひっそり寄り添っていた秘書と目が合い頭を下げれば、野暮ったい眼鏡を僅かに下げた男がニヤリと笑った。

「!」

悪魔、と。
呟き掛けて口を塞ぎ、背中に走った悪寒を振り払う。緊張で半泣きの新人を宥める社長の声を聞きながら、今まで地味な秘書だと思っていた男の表情が頭から離れなかった。


魔王の様だった、と。







「どーしたのコバック、本性丸出しのその笑い。寒気がするからやめて頂戴」
「いや、久々に調教し甲斐がありそうな生き物を見付けましてね」
「恐怖!恐怖の魔王が此処にっ!」
「いやまぁ、社長ほど可愛がり甲斐があるペットも居ませんがね。ほらほら、妬かない妬かない」
「妬いてないわよ鬼畜生!」

笑顔の秘書に引き摺られ、ぽいっとロールスロイスに放り込まれた実業家の悲鳴が、誰にも届かずひっそり、然し大胆に響き渡っていた頃。



「あーあ、ハヤト来なかったね。楽しみにしてたのに、あんな新人なんて」
「ケッコー格好良かったよ?ま、ハヤトにゃ適わないけどね」

テレビ局の社員カードを首から下げた集団が、昼時のカフェに向かいながら思い思い談笑していた。ひそひそ話にしては大胆だ。

「そうそう、ハヤトのパリコレオファー聞いた?去年は無人島旅行に行くからとか何とか言って蹴ったんでしょ?」
「つか、あの年でオファーあるって凄過ぎじゃない?他のモデルなんか毎日ジム行ってるっつーのに」
「こないだねぇ、ロケ弁四つ食べて怒られてたよぅ。あの鬼ババみたいなマネージャーからさぁ」
「ああ、あの欲求不満そうなババア?彼氏居ないんじゃね?」
「言えてる!」

笑い合う彼女らがカフェの一角を陣取り、背後でカーテンの様な布地を何枚も睨み付けている美男子に目を奪われながら、ウェイターの好青年に流し目。
古今東西、女とは目聡い生き物らしい。

「つかさ、うちの弟が工業通ってんだけどねぇ。今年3年」
「おっ、格好良い?彼女持ち?」
「バリバリヤンキー校じゃん。何、やっぱ不良やってたりすんの?」
「あー、何か小さなグループに入ってるみたいだけど。本当はカルマに入りたかったんだって。毎日カルマカルマって本当にうっさい」
「カルマねぇ」
「知ってる、8区拠点の大きなグループでしょ?近所の悪ガキが噂してる」

こそこそ囁き合う彼女らは、背後のテーブルでカーテンの様な布地を睨み付けていた美男子が目を上げた事に気付かぬまま、運ばれてきたコーヒーを片手に益々白熱していく。

「で、そのカルマにハヤトが居るってのよ!」
「はぁ?マジ?」
「あー、何か判るかもー。ハヤトに喧嘩売った奴ら、片っ端から業界辞めてくじゃん?女癖も男癖も悪いのに、未だ刺されてないし」
「やだぁ、アタシのハヤトはヤンキーなんてやんないのー。甘えん坊な弟気質なのっ、あの金髪はお洒落なのよー!」
「でもさぁ、ハヤトの金髪って地毛じゃないの?猫っ毛で細いから痛んでるみたいに見えるけど、手触り良いってスタイリスト達が話してよぅ?」

周囲には目も向けず話し合う彼女らをじっと見つめる目が、布地の下で震えたマナーモードの携帯を掴んだ。

「ハヤトがあの人の隠し子って有名な話じゃん」
「でもあの人って政治家の愛人じゃなかったっけ?」
「こらっ、声がデカイ」
「どっちも明らかに日本人じゃん。どっちかがハーフなんて話、聞いた事もないよ?」
「西指宿議員の奥さんはフランスのハーフだったよねぇ。ほら、ブティックとかホストクラブとかやってる女社長」
「でもハヤトにゃ関係ないじゃん。あれ?じゃ、ハヤトって誰の子?」
「愛人やってるくらいだし、相手不明だったりしてねぇ。最近あんま見掛けなくなったけど、大御所女優だし…」
「アタシあの女嫌い。噂じゃさぁ、ハヤトにちょくちょく会いに来てるらしいよ」
「今更何の用だよって話。だってハヤトの後見って、あそこの社長でしょ?」
「それがさぁ、ハヤトがデビューしてからいきなり大きくなったじゃん?あのプロダクション」
「バックに嵯峨崎が付いたからでしょ?」
「それだけじゃないみたいな事、局長達が話してるの聞いたのよ…」

ひそひそ、と。
人混みの喧騒に紛れた囁き声が、ウィンドウを叩きつける雨に掻き消えた。


「帝王院が付いてるから、って」
「帝王院学園の生徒だからじゃん?」
「でもさ、だったら内緒話にする必要ないんじゃない?帝王院財閥なんて、日本じゃまず知らない奴居ない超大富豪って奴だし」
「あ、この間、会食のアポでその名前受け付けたな。だから局長達が噂してたんだっけ」
「そっか、アンタ秘書課だったね」
「帝王院財閥の人?何て名前だった?いやん、会う機会ないかな!玉の輿に乗るチャンスじゃんっ」
「確か帝王院、えっと、みかどいん、何て名前だっけ…うーん、…ああ、そうだ!」


空が光る。
稲妻が走る。
カフェには楽しげに笑い合う幸せそうな人で溢れ、忙しなく動き回るウェイター達も何処か快活な表情だ。
分厚い雲に遮られた太陽などなくとも、人間は光に満ちているのだ、と。




「帝王院俊、そんな名前だった気がする!」


今はまだ、そう錯覚させるかの様に。

←いやん(*)(#)ばかん→
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