帝王院高等学校
ドイツもコイツも吐きまくりだねー
「親父、野郎吐きましたぜ」

仏間で正座している男に、厳しい面構えの男が声を掛ける。
数珠を手に瞑想している背中。その威圧感だけで、神聖な仏間がまた違う雰囲気を漂わせていた。

「野郎、若の首を狙ったらしいです。どうやら若が寮生だっつー事まで知らなかった様ですね」
「…雇い主は」
「それが知らないの一点張りでして。ま、ヒットマンが雇い主を知らされないのは良くある話ですが…」

ふぅ、と小さく息を吐いた男が仏壇へ向かい緩やかに頭を下げ、立ち上がった。
足元に擦り寄ってくる黄色い猫が、その円らな瞳で男を、飼い主を見上げる。

「奴の身元を濯え。何も出なけりゃ、横浜にでもやれ」
「ふ、あっちは血の気が多い奴ばかりですぁ。骨すら残らないでしょうな」
「いや、…アレクに絞られるよりマシだろ」
「…違いねぇ」

青冷める部下を横目に、冷え渡る美貌で猫を抱き上げた男は息を吐く。


「日向を狙った腐れは必ず絞める。…まぁ、どうせあっち絡みだろうがな」
「ヴィーゼンバーグ、ですか」
「日向にゃ指一本触れさせねぇよ。まず、不可能だろうな」
「確かに」
「二葉に頼ってばかりっつーんじゃ、情けねぇ話だがなぁ」

人が増えてきた屋敷の中は、昨夜の騒ぎで随分物々しい。張り詰めた空気が痛い程だ。
縁側で三匹身を寄せて昼寝している猫達を横目に、書斎へ入り最奥のロッキングチェアへ腰を下ろす。

唯一、一人になれる空間だ。
此処には奥床しい妻は勿論、部下の誰もが入らない。書斎へなど用がない日向も勿論の事だ。


「トト」
「うん?父ちゃんは今からお仕事するから、昼寝しとけ」
「ごはん」

代々受け継いできた武術の書物や、古びた古文書が並ぶ本棚には目も向けず、愛用の老眼鏡を掴み揺り籠から降りた男は肩をポキリと鳴らし、本棚の一つに拳を突っ込んだ。
ガガッと短い音と共に本棚が床へ埋まり込み、本棚の裏に四畳半の隠し部屋。
座卓と座椅子だけの小さな部屋に入り、中にあるボタンを押せば背後の本棚がまたガガッと短い音を発てて競り上がる。


「3日振りだな、俺のマッキー」

座卓の上にちんまり鎮座しているのは、彼愛用のMacだ。特別製のゴールドな林檎マークを見ると、最早興奮が止まらない。

「始めるか…」

大きな体を丸め、高さの合わない座卓へ向かい両手をワキワキ動かした彼はパソコンを起動する。
素早くブログ更新メール返信を済ませ、常連のサイトへ足を運び掲示板へ書き込みも忘れない。
ネット世界ではこう言った交流が必要になってくるのだ。

「おっ、登山家の川さんまたエベレスト行ったのか」

登山家だろうが例え愛犬家だろうが、常連やネ友のサイトは万遍無く巡り、最後に此処最近仲良くなったベストフレンドのサイトへ。


「おぉ、改装したのか!カッケーじゃねぇか」

煌びやかなサイトは複雑な作りで、高坂自身、このサイト管理者には多々世話になって来た。
小難しいホームページ。レンタルブログを借りるしかなかった高坂が、今や自宅サーバーで運営しているのも一重に彼のお陰。

仲間や常連とはまた違う、言わば盟友とも呼べるだろう。

「ほー、ゴールデンウィークもコミケっつーのはあんのか。大変だなぁ」

毎日毎日欠かさずブログ更新している超マメな管理者は、ボーイズラブと言う、全国女子が愛して止まないジャンルを手懸けていた。
ホモには耐性がある(何せバイ)な高坂も、40歳を超えて知った新ジャンルだ。


「んぁ?何、帝王院に入ったのか?じゃ、俺の後輩じゃねぇか!」

喜びに満ちた高坂の指が目に見えない早さで掲示板へ書き込みし、そわそわ落ち着かない巨体が携帯をパカッと開く。

「ひなちゃんに言っといた方が良いな。副会長だからな」

然し愛息子から着信拒否されている父親は全く落ち込まずメールを2つ3つ、超長文だ。返事など期待してはいない。
ほぅ、と息を吐いて盟友の小説コーナーへ進み、最新作である小説を読み始めた。

ああ、いつ読んでも素晴らしい。
ただの恋愛小説ではなく、深い。とんでもなく深いのだ。


「やるじゃねぇか…っ。今回の更新も流石だぜ、しゅんしゅん!!!」

血を吐く様に座卓を殴り付けた極道の目に、キラリと光るものがあったとか何とか。


















「太陽君、俊君の電話繋がらなぃよぅ」
「あー、こっちも無理」

圏外みたい、と肩を落とす桜を横目に二冊の小冊子を床へ下ろし、膝の上でぐぅぐぅ鼾など掻いている隼人の鼻を摘む。

「ふがっ、…むぅ、ぐー」
「山田君、それはいっそ濡れたタオルでも被せない限り起きませんよ」
「永遠の眠りに就きそうだねー、錦織君」

呼び捨てで良いよ、と言った要はこれが俺のスタイルですから、と一蹴し、あの錦織要から敬称付けで呼ばれている山田太陽はやはりただ者ではない。などと不良らの噂になっている様だ。
不躾な視線が普通科クラス方面からビシバシ突き刺さる。なので既に涙目の桜の隣、一向に帰って来る気配がない俊と神威に苛立ちMAXな太陽は鋭く舌打ち一つ。

喫煙から帰って来た村崎と委員長がビクッと肩を震わせた。

「な、何でスネちゃまはあんな機嫌悪いん?」
「さ、さぁ?あと志望表を出していないのは、山田君達とあの二人だけなんですが…」

天皇親衛隊メガネーズの二人も、既に提出を済ませスケッチ中である武蔵野を余所に中央委員会の集団へ眼鏡を光らせていた。
授業組み立てよりも、俊にチューしたアイツが憎くて眼鏡も曇る。

「ああ、いつ見ても美しいのだよ神帝陛下!だけど僕の心は吹き荒れているのさ!この曇り曇った眼鏡の様に!」
「悔しいのさ。僕がもう少しお金持ちでもう少し美形だったら、陛下でも負けなかったのにっ!」
「溝江、宰庄司。煩いからちょっと黙ってくれないかなー」
「ごめんね山田君、その二人はお金持ちのボンボンだからマイペースでね」
「これだから金持ちって…つか、君もお金持ちだったよねー、武蔵野君」
「いやいや、うちなんてただちょっと外資で儲けた上場企業でしかないから」

マイペース、と言えば武蔵野こそそうではないのか、と片眉を跳ね上げ、胡坐を掻いてぼーっとしていた裕也を見た。
その膝の上には隼人と同じくぐぅぐぅ鼾など掻いている健吾、腹丸出しだ。

「ちょいと、君らのクラスはあっちだろ」
「あー、どうせ新歓の打ち合わせだけだしな」

新入生歓迎会、ではなく、新学期歓楽祭の略である行事は毎年4月末だ。進学科や国際科以外は一学期から三学期あるが、特に休みが少ないSクラスは前期後期の概念しかない。然し行事自体には参加する。当日だけ、だが。

「あ、そんなのもあったっけ。準備なんかやってたんだ」
「オレらも初めて知ったぜ。くそ面倒くせー」
「ぁはは、藤倉君らしぃなぁ」
「ユーヤはただの面倒臭がりですよ」

ダンスパーティーやら会食、帝王学をメインとした国際科はともかく、夏休みも二週間程度しかないSクラスは行事の打ち合わせにすら参入しないのが通例だ。
行事に懸かる進行などは全て自治会が執り行うが、力仕事などは全て生徒になる。

「歓楽祭って、分校とか集まるんだっけ?中等部の時は見てるだけだったからなー」
「ちょっとしたぉ手伝いだけだったよねぇ。全部高等部の先輩方がやってたしぃ」
「最も人数が多いのが高等部ですからね、中央委員会を有す限りどうあったって高等部が主になる」
「今年は西園寺創立60周年とかで、合同するらしいぜ」

太陽が不細工な表情で俊や神威の小冊子を握り締める。余りの不細工さに哀れんだ要が目を逸らし、肩を震わせた桜が覗き込んだ。

「どぅしたのぅ?」
「西園寺って、あの西園寺…?」

人数こそ帝王院には適わないが、進学科普通科しか存在しない西園寺学園は帝王院より僅かだけ偏差値が高い有名校だ。
大学まではないが、小学校からのエスカレーター式で全寮の男子校。

「…俺の弟が通ってるんだよねー、そこ」
「ぇ?西園寺なのっ?頭良ぃんだねぇ!」

Sクラスの桜が言うのもアレだが、Sクラス偏差値とほぼ変わらない西園寺学園は謎に包まれている。
5年ほど前から一貫して同じ生徒が生徒会長を務めており、それまであった他校交流がほぼ皆無になったからだ。

帝王院と西園寺は財閥が同等クラスの超金持ちである為、全く関わりがなかった訳ではない。
ただ、関わらないでも問題がなかっただけだ。


「じゃ、弟君に会えるかも知れなぃねぇ」
「会いたくない…」
「仲が悪いんですか?まぁ、気持ちは判らなくもありませんが」

嫌いではないが好きでもない義兄を持つ要が肩を竦め、パチッと目を開いた隼人がニヤニヤ笑った。

「サブボスのオトートねえ。どーせ不っ細工な感じでしょー」
「聞いて驚け馬鹿犬、どうやらあっちは双子の癖に父親似の美形らしいよ」
「なに、サブボスのパパはイケメン疑惑?」
「あー、…確かに」

頷いた裕也を皆が見つめ、太陽が首を傾げた。俊に連絡を取る為に取り出していた携帯を掴み首を傾げ、ほぼ毎月嫌味の様に送られてくる父親からのメールを開く。

「あった。これがうちの親父」
「あは、パパの写メ持ってるなんてファザコン、」
「どうかしましたかハヤト」
「僕にも見せてぇ」

皆が太陽の携帯を覗き込み、一気に沈黙する。無言で携帯と太陽を見比べ、気不味げに口を抑えた。

「おい、何かなその可哀想な奴を見る目は?俺はそんなに可哀想な顔かい?」
「いや、あの、気を落さないでねえ、サブボス。サブボスにはサブボスのよさがあると思うよ。うん」
「遺伝子の無慈悲さを今、俺は確かに見ました」
「太陽君…」

落ち込むべきか怒るべきか、隼人に頭を撫でられながら息を吐いた。あの馬鹿親父にすら見た目で負けているなら、母親が誉めまくる弟の見た目はアレか。中央委員会に匹敵するのか。
悲し過ぎる。

「ま、人間顔じゃないからね。気にしないけどね。どうせ夕陽には会わないし」
「やすあき?太陽君の弟さんのぉ名前?」
「そ。夕陽って書いて、やすあき」
「サブボスの名前って何だっけ」
「太陽と書いてヒロアキですよ、多分」
「錦織君正解。そして神崎、副会長の名前くらい覚えとけこの野郎」

佑壱に比べればチャラいだけの隼人も、美人な要も大して怖くない。寧ろ無愛想で口数が少ない裕也の方が、未だ謎だ。
開けたばかりの麦茶に口を付けず、暫し黙っていたと思えばキャップを閉めて、隼人に押し付け立ち上がる。寝ていた健吾が床で頭を打った。

「いったー!Σ( ̄□ ̄;) 打った打った、がっつり打ち付けたァ!」

いじられキャラ…。
呟いた太陽の前で後頭部を押さえる健吾が悶え転げる。全く怖くない不良だが、そこらの総長ですらビビると言うのだから謎だ。

「それ、一気飲みしたら良い事あるぜ。多分」
「麦茶ー?やだー、麦茶好きくないしー」
「一気飲みしたらカナメがベロチューの一回や二回するぜ」
「その喧嘩喜んで買いましょう、ユーヤ」

笑顔で拳をボキボキ鳴らす要に肩を竦め、殴り掛かってくる健吾を軽くあしらいながら明らかに別方向へ歩いていく背中。
サボるつもりらしい。まぁ、いつもの事だが。

「相変わらずマイペースだよねー、藤倉君」
「よし、一気に飲み干しました」
「何ですかハヤト、その期待に満ちた目は」

満面の笑みでジリジリ要へ近付く隼人に桜が頬を赤らめ、息を吐いた太陽が隼人のジャージを掴む。ずべっとすっ転んだ隼人に吹き出し、その背中をガシガシ踏み付ける要が腕を組んだ。

「助かりました山田副会長、誰かに絡まれたら一度くらい助けてあげます」
「うん、神崎にも似た様なコト言われた気がする」
「うー」

唸る隼人がヨロヨロ起き上がり、空のペットボトルを掴んで不思議そうに首を傾げた。

「何だろ、これ」
「まだ生きてましたか、しぶとい奴め」

もう一度蹴り付けようと足を振り上げた要を桜が宥め、



「すっごい、懐かしい味がし、た」

かふり、と。
渇いた咳を放った唇から、弾けたのは赤い赤い、液体。

「…あは」
「きゃ、」
「ハ、ヤト?」
「神崎?!」

鉄臭い、匂い。
意味不明だ。何が起こっているのだろう。恐らく本人にすら判っていない筈だった。
今、混乱した誰もが唯一判るのは、



「じい、ちゃ…」


とても嫌な匂いだと言う事だけだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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