帝王院高等学校
ローリング土下座でゴ〜ロゴ〜ロ
「…楽しそうだね、随分」

随分、好きになっていた事に気付いたのは少し後。一度で良いから抱いて下さい、なんて。男から頭を下げられた彼はどう思ったのだろう。

何一つ表情を変える事なく。
左手に随分ズタボロの他人を鷲掴んだまま、緩く首を傾げた彼はただただいつもの柔らかい笑みを滲ませ携帯を開いたのだ。


血塗れの左手には目もくれず。
右手首で存在を放つイエローメタリックのブレスレットに口付け、無駄のない筋肉を纏わせた両腕をだらしなく広げて、



『じゃあ、お手伝いしてくれるかなー。…ね、先輩』

ただただ、いつもの柔らかい笑みを滲ませたまま。きっと、何も映っていない眼差しで。

『やられたらやり返せ、ってのが俺のモットーなの。だから、ね?抱いてあげるから、俺のお願い。聞いてくれる?』

ああ、頷く以外の選択肢などあっただろうか。
愛しているのだ、と。気付いたのは、貴方から与えられた絶望に良く似た【お願い】を叶えた直後。

貴方に愛して貰った体を他の男に差し出して、絶望に良く似た幸せの中で誓ったのだ。

貴方の為なら何でも出来る。
貴方のお願いなら何でも叶えてあげる。


愛しているから。
ただ一度、愛して貰った体があるから。


「隊長、またアイツが光王子様に馴れ馴れしく!」
「柚隊長っ、もう我慢出来ませんっ。何故我々が耐えなきゃいけないんですか!」
「どうかご判断を!」


昨日。
久し振りに触れた愛しい人。全て忘れてしまったかの様に、愛しい人はただただ笑っていた。

彼は仲間に囲まれて。とても幸せそうに。

別の男の腕に抱き付く自分をどう思ったのだろう。愛している【人】は、だから貴方だけなのに。


「隊長?」
「聞いてらっしゃいますか、姫様!」
「そう、だね。…アイツらは、本当に目障りだよ」


目障りでならないのだ。
いきなり現れて奪っていった生き物。
何の取り柄もない癖に。少しばかり頭が良いだけで、容易く全てを手に入れてしまった外部生も。当然の様に彼の隣に立つ、初代外部生も。


愛していたのだ。いつの間にか。
産まれて初めて肉欲を感じさせない眼差しで微笑んだ彼を。恐怖の境から救い出してくれた彼を。

だから、使えるものなら何でも使って貴方の傍に行きたかったのに。
だから、愛しているのは貴方だけ。

貴方へ辿り着く為に、【人】を愛した振りをした。
貴方へ辿り着く為に、愛した振りをした【人】のお願いを聞いている。


「アイツさえ居なくなれば、…また隼人から求めて貰える」
「何か仰いましたか、姫様?」
「制裁を与えましょう!次はしくじらない様に、決して光王子閣下にばれない方法で!」
「判ったから、落ち着いて」

神崎隼人、今一番愛している【人間】。
貴方へ通じる全てを使って、いつか貴方の全てになる為に。


「新歓祭まで待つよ。分校、姉妹校が一同に介す時こそ狙い目だと思わない?」

あの光に満ちた笑みをもう一度、見る為に。ただそれだけの為に生きているのだ。
愛しい神は銀月の下に現れる。闇に溶け光よりも神々しく、


「遠野俊と山田太陽。…目障りな二人共、消えてしまえば良い」


人を跪かせる【神】に。
もう一度だけ、もう一度だけ。






分厚い雲の上に、光が走った。












「これは笛ラムネですにょ。お口に挟んでピューと吹けば、ワンコ攻めが狼になるかも!」
「ピー」

サラサラな金髪を掻き上げラムネを唇で挟んだイケメンが、甲高い音を発てる。
オタクがシャッター音を放つ。眼鏡フラッシュもばっちりだ。

「上手!初体験とは思えない音色でございます!」
「ピー」
「そっちはきな粉棒ちゃんですっ。沢山食べると鼻から血が止まらなくなります、僕限定で!まるで犯されたばかりの強気受けを見た時の様に!」
「もきゅもきゅ」
「美味し〜にょ?」

こくり、と頷いて駄菓子を貪る無表情過ぎる美形をあらゆる角度から眺め、眼鏡を押し上げた。
どうやら無口キャラの様だ。シャイボーイなのだろう。そのシャイさ、痛いくらい判る。

人見知りと15年付き合ってきた遠野俊15歳(独身)は考えた。もしかしたら彼も友達が居ないのかも知れない。

そして非行の道に。飛べない豚はただの豚だ。それは飛行の話。萌えない腐男子はただのリア充、羨ましい話だ。

「リア充は腐男子の敵っ!」

…話を戻そう。
非行の道に走った少年は盗んだバイクで走り出し、毎日喧嘩に明け暮れ、たまに授業をサボり、あっちやらこっちやらで大暴れ。
そしていつしか非行の虚しさに気付き、軈て引き籠もりに。


引き籠もったらもう腐るしかない。
(※かなり歪んだ見解です)


「だけど不良だった彼はアキバ系を認め切れなくて素直になれないお年頃!
  ハァハァ、気になる隣の家の綺麗なお兄さんと目が合っても素直にお喋り出来ず枕を濡らす夜!綺麗なお兄さんはラブですか?イエス、ボーイズラブっ!!!
  盗んだ下着で走り出したら捕まっちゃうにょ!オタクが盗んでもイイのは天井裏から覗き見した情事の記録だけなり!ハァハァ」

今にも泣きそうな眼鏡が同情で曇り、うんめー棒を全く美味しそうには見えない無表情で貪る美形をしゅばっと抱き締めた。
が、嫌がる素振りは見えない。

「萌のない引き籠もりは生産性がないにょ!暴力じゃ何も産まれないよ〜に!」

追記しておくが、ホモにも生産性がない上に、ほざいた眼鏡はカルマの現総長である。

「と言う訳で、ゴールデンウィークの新刊のネタにしても宜しいでしょうかっ」

きょとんと首を傾げた美形がこくりと頷いた。
その可愛さに鼻血をツートントンツートン・ツートンツーツーツー(モールス信号で萌を現す)と垂らした主人公が、恐る恐る手を伸ばしサラサラな金髪を撫でようと企み届かず断念、喉仏を撫で撫で。
軽いセクハラ場面だ。
ぱちぱち瞬いた蒼い眼差しが幾らか解れ、気持ち良さげに目を細める。


猫の様だ。
猫大好きホモスキー。


震え…と言うより悶えが止まらない。


「はふん、この毛並み…ピナパパアイドル、ピヨリーヌたんに似てるにょ。あっ、ピナパパ日記はその筋の愛好家に絶大な人気を誇るブログなんですっ」

その筋はその筋でも、にゃんこ愛好家筋だ。決して裏社会にも腐社会にも通じない。

「ピヨリーヌたんは歌って踊れて喋れて冒険に出れる、にゃんこ愛好家達のアイドルなんですっ!いつかピヨリーヌたんと握手したいとか考えててすいませんでしたァ!」

ローリング土下座(ゴロゴロ転がってクネって土下座する荒技)で地面に頭と眼鏡を擦り付け、不思議げに覗き込んできた美貌に今度は右のブラックホール(※顔の中心部)から血を滴らす。
因みにさっきは左から滴れた。


「遠野俊」
「はいっ、元気です!…ふぇ?」

ぽつり、と。
呟かれた台詞で小鳥の囀りが掻き消えた気がする。が、そんな事は全く気にならない(何故ならば自らが騒音源である)オタクは、何故名前を知っているのかと眼鏡をズレさせた。
しゅばっと押し上げたのは良いが、ほぼ全生徒が知っているのではないかと思われる。自称地味平凡ウジ虫オタクは騒音源だからだ。

大切な事ではないが皆気付いていると思うので二回言いました。
主人公は騒音源です。
遂に三回目。


「遠野俊」


もう一度、呟かれた名前に負けてはならないと眼鏡が光る。
向こうはこんな地味平凡ウジ虫の名前を知っていると言うのに、こんなイケメンを自分が知らないとなれば大問題だろう。
腐男子にあるまじき失態だ。
こんな事がばれたら自サイトのブログが炎上するのではなかろうか。炎上するのは焼き芋と生ゴミだけで十分だ。


「えっと、えっと、え〜っと、…みーちゃん!」

幼い頃、野良猫は皆『ミィちゃん』だと思っていたオタクが両腕を突き上げ宣った。
ぱちぱち瞬いた美貌がふわり、と微笑むのを目の当たりにして眼鏡が木っ端微塵に吹き飛ぶ。

ついでに主人公(の、なけなしの理性)も吹き飛んだ。


「何だ?」

然しそんな程度では微動だにしない美形が首を傾げ、甘い甘いとんでもなく甘い声音で益々覗き込んでくる。
瀕死ながら黒縁瓶底眼鏡を取り出し、見た目だけならがり勉に変身した俊が素早く立ち上がり、デジカメを力の限り駆使した。


「ハァハァハァハァハァハァ」

フラッシュと変態は昼間には必要ないと思われる。

「みーちゃんみーちゃんみーちゃん、因みに婚約者とか部屋で帰りを待ってる健気受け的なハニー又は狙ってる平凡受けは居ますかァ?!」

こてん、と首を傾げたみーちゃんに鼻血がダバダー、輸血代わりにうんめー棒を齧り、薬草代わりの雑草を鼻に詰める。
眩暈がしてきた。グルグル瓶底眼鏡の所為だろうか。


「萌え過ぎて鼻血と眼鏡爆破が止まりません。スペアは幾つあっても足らないにょ!」

鼻血は寧ろどうでも良い様だ。無人島でも生きていけなきゃ立派なオタクとは言えない。いや、インドアの時点で野生生活は不必要ではないだろうか。

「ハァハァ、みーちゃん独り身ならイイ子いるよ」

キャバクラの客引きの様な台詞を宣った主人公。鼻血よりもスペア眼鏡が気になるドM、刺されても死にそうにない。
悦ぶだけだ。

「まずは平凡副会長とか強気平凡とかたまに甘えた平凡ご主人公っ!彼を見たら眼鏡が割れる!スリーサイズは169cm55kg座高90cm!」
「ほう」
「1月30日生まれ水瓶座のA型ですっ」

デジカメのメモリーから太陽の隠し撮りを引っ張り出し、暗記しているプロフをサラサラ暗唱。ストーカーも真っ青な記憶力だ。

「山田太陽」
「やっぱりタイヨーは人気者だったにょ!ねね、こっちはご存じ?只今絶賛売り出し中の、」
「神崎隼人、高野健吾、藤倉裕也、祭青蘭」

カルマ勢揃いのショットを眺め、まるで念仏を唱えるかの様にスラスラ口にする横顔を見上げる。

「じえ、せーらん?」
「エンジェル」

白い手袋に覆われた長い指がディスプレイを示し、

「エンジェル=ブラック=クライスト」
「ふぇ?嵯峨崎先輩は天使と言うより堕天使、」
「エデン=グレアム」
「???」

首を傾げたのと同時にボタンに添えていた親指に力が入り、違うショットに擦り代わる。

「ベルハーツ=ヴィーゼンバーグ、ネイキッド=ヴォルフ=ディアブロ」
「ふぇ?ふぇ?」
「ダーク=グレアム」

日向と二葉のツーショット。指は麗しい微笑を浮かべる美貌を指差し、漆黒と混沌と呟いた。

「グレアム?会長とカブってる気がするよ〜なしないよ〜な…。カイちゃんに聞いたら判るかしら…」
「カイ、か」

覗き込んできた美貌が目を細める。無意識に背を正してしまいながら、

「ブラックK灰皇院、絶賛売り出し中の俺様攻め(仮)ですっ」
「該当しない」
「ぇ?」

目を逸らした美貌が呟くのを聞いていた。

「私の記憶にその名は存在しない」
「一年S組ダサ村先生!…こほん、つい本音が漏れました。に、存在してますにょ。カイちゃんはイギリスから来てて、」
「今季昇校生は30名。昇校生は一部の例外もなく後期より入学する規定だ」
「でも、」
「この唇にのみ赦しを与えているのならば、」

何故、饒舌に話し始めた唇ばかり見つめてしまったのだろう。



「…些か興味深い事象だ」


ぽたり、と。
今にも泣き出しそうだった空が、涙を零した。
忽ちサァサァと大地を濡らし始め、分厚い雲の上で音のない雷を瞬かせる。



「─────遠野俊。」



口元に伸びてきた指先から、唇をなぞる指先から。目を逸らす事も逃げる事も出来ずに、





「この私にすら赦さぬものを、…そなただけが」



その酷く愉快げな眼差しに気付かずに。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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