帝王院高等学校
導かれし駒の通過点
心臓が痛い。
全身が総毛立ち、制御不能な感情がぐるりぐるり渦を巻いて耳障りな音を発てていた。

まるで獣の様だと思う。
そして納得するのだ。ああ、そうか自分はただの猛禽類だったのかと。
そうか、人は肉を食らう世界最大の雑食獣だったのだと、今更ながら。


「え?」
「は?」
「なっ」
「きゃっ」
「嘘だろ…」

凄まじい速度で流れていく風景、他人が奏でるノイズに耳を貸す余裕など皆無だった。
右胸が痛い。右側は空っぽだと思っていたのに、何故。

「神帝…?」
「まさか、」
「だ、だって、今の…」



ああ、桜が満開だ。
もう春になっていたのか。まだ、夏の終わりだと思っていたのに。
まだ、空は灰色だと。思っていたのに。







「神帝が走ってる訳ないだろ?!」




















ひらひらと桃色の花弁が落ちてきた。

「あーん」

ジュースを片手にベンチの上で正座しているオタクが、風流な光景を一瞬で台無しにする。

「…甘くない」

ピンクな花弁はきっと甘いのだろうと一口食した俊は、要に『怪しい人に付いていくな』『拾い食いはするな』と執拗に言い聞かせられていた為、拾わず落ちてきた桜を食べたのだろう、が。
どちらにしても高校生がする事ではない。

「カルピスとコーラを交互に飲んだら美味しいにょ!画期的なアイデアみっけ!」

タイヨーに教えてあげよう、と満足げなオタクは、カルコークを知らないらしい。留守番用に買い与えられたジュースは五本、最早半分は空き缶だ。

「何か、貴族になったみたいザマス」

中世北欧に紛れ込んだのではないかと錯覚させる様な建築物の、中庭。
円を描く様に幾つもの塔が集まり、各階渡り廊下で繋げられた校舎の中央は、空が酷く遠く見えた。
植樹されたタイサンボク、ソメイヨシノ、楓に檜など様々な木々が渡り廊下の隙間から吹き込む風に靡いている光景は幻想的だ。
然しパパラッチしたくても、こちらを何度も振り返りながらパンを買いに行った要を撮りまくった所為で、哀れ携帯のバッテリーはご臨終している。

「くそぅカナタめ、僕を惑わす魔性の鬼畜攻めなり…」

然し佑壱ほどではないにしても口煩い所が玉に瑕だ。幾ら何でも高校生相手に『怪しい人に付いていくな』はないだろう。
そもそも喧嘩負け無しの元不良に言う言葉ではな、



「ねぇ、ちょっと」
「ふぇ?」

要に買い与えて貰った4本目のジュースを片手に、縁側で日向ぼっこする老人の如く猫背になっていた俊へ話し掛けてきた人間が居た。
此処に昔の俊を知る不良がいたなら、『自殺希望』だと呟いただろう。

「…チワワ」
「ちょっと君、聞いてんの?」
「うわぁ、近くで見たら本当に不細工!キモ過ぎだから」

睨み付けてくる小柄な二人の少年に、オタクは鼻血を吹き出した。


「チワワァアアア!
  チワワが僕に話し掛けてきたよお母さァアアアん!!!!!」
「きゃっ」
「なっ、何コイツ?!」

ベンチの上でガッツポーズを掲げる俊に、二人のチワワが口にした悪口など届いていない。

「君さぁっ、ボク達を舐めてんの?!」
「大体君、何で錦織様と一緒に居るの?その前は紫の宮様とも親しげに話してたでしょ!」
「え、え?」
「君みたいなキモオタクが帝王院を汚すのやめてくれない?!」
「錦織様には星河の君が居るんだから!君みたいな気持ち悪い奴は近付かないでよね!」
「せ、星河の君…?えっと、イチが確か愚連隊…じゃなくて、紅蓮の君だったよ〜な」
「神崎様に決まってるでしょ!って言うか今君、紅蓮の君って言った?!」
「もう本当に頭に来た!紅蓮の君は次期会長候補の帝君なんだから!」

少年の一人が手を振り上げた。
避けるのは簡単だが、当たった所で痛くはないだろうと微動だにしなければ、


「っ?!」
「!!!」

何故か少年二人の青冷める顔が見えた。振り上げた手は宙に浮いたまま、俊ではなく別の何処かを凝視し俄かに震えている。

「ねね、どうしたにょ?パチンしてい〜よ。あ、ついでにこの腐れオタクご主人様がァ!って言って下さいっ!ツンデレメイドみたいにっ!ハァハァ」
「っ」
「神、」

二人が何かを呟き、漸く背後に何かがあるらしいと気付いた俊が振り返ろうと腰を浮かした瞬間。



「一年Aクラス、鹿屋宏樹並びに林田栄で相違ないか」

その声音は酷く静かに落とされた。


「はふん」


振り向いた瞬間、全身が爆発したかと思った。
全センサーが凄まじい警告音を鳴らしまくっている気がする。


「きゃー!!!!!」

空腹が吹き飛ぶ様な超絶美人。
眼鏡が瞬間移動する様な超絶イケメン。



うっかり妊娠するかと思った。



お年玉を叩いて購入したデジカメを置いてきてしまった事が悔やまれる。


「はっ!もしかしてチワワのご主人様ですかァ?!
  すいませんすいませんついうっかりチワワでアレコレ妄想してしまいましたァアアア!!!!!」
「一年Sクラス、遠野俊」
「何で知ってるにょ、お兄さ、」

ベンチからジャンピング土下座した俊の上から、恐らく超絶美形のものだと思われる声が落ちた。

「ようこそ、我が帝王院学園へ。理事会一同、入学を心から歓迎しよう。『天の君』」

首を上げれば益々蒼白した少年達が見える。訳が判らない。
ソラノキミ、それが何を示すものなのか。入学数時間で理解出来たら天才になれる。

「Sクラス…」
「帝君、なんて…」

二人が何かを呟く。
開けたばかりの四本目のジュースと、まだ手を付けていない五本目のジュース。
それらを手に取り二人にあげようと立ち上がった俊は、然し二度と彼らに話し掛ける事は出来なかった。



「退け、…今なら不問に伏そう」

酷く愉快そうな男の顔が網膜を支配した。何処からどう見ても無表情にしか見えない異常に整った顔が、何故か笑っている様に思える。

少年が足早に去っていく足音。
桜が舞い踊る。
陽光を帯びて白金に輝く髪を靡かせた長身が、近付いてくる、気配。



「あにょ…」
「何をしていたんだ」
「パン、錦鯉くんが、買うにょ」
「腹が減っているのか」
「えっと、あにょ、はい」
「おいで」

長い指が並ぶ手が差し出される。
だからと言って握手を求められている訳ではないだろう。


「えっと、錦鯉くんが知らない人には付いていくなって言ったから、駄目です」
「知らない人、か。…そうだな」
「えっと、イケメンさんは誰ですか?もしかして錦鯉くんのお知り合い?もしかしたら錦鯉くんの彼氏だったりして?!」
「錦織要は、良く知っている。ただの後輩ではないのは確かだ」
「じゃあ、イチのお友達ですか?もしかしたらイチと先輩の三角関係?!タイヨーに一目惚れしちゃったんですねェエ!!!」
「そうだな、嵯峨崎佑壱の事も良く知っている」
「はっ!抱かれたいランキング5位くらいに入ってそ〜なイチと先輩ならどっちが受けでも大丈夫ですっ!好物です!」
「先輩じゃない」
「ふぇ」

可笑しいな、と。首を傾げた。
俊には飛行能力など無いし、勿論両足を投げ出したまま宙に浮く事も出来ない。





けれど、桜が酷く近くに見えた。


「お姫様だっこ…」
「神威」
「お姫様だっこ………ふぇ?」

初めて会った美形にお姫様抱きされてしまった現実から軽く目を逸らしていたオタクは、呟かれた台詞で我に返る。


「神威、だ」
「貝?えっと、僕はしじみよりあさりのほ〜が好きです。あさりのほ〜が、ちょっぴり大きいから好きです」
「俺の、名前」
「カイ先輩?」
「先輩じゃない」
「ふぇ?えっと、じゃあ、カイちゃん。カイちゃんも僕と同じクラス?」
「フロアが違うが、同じ」
「えっと、遠野俊ですっ!因みにタイヨーは山田太陽だけどタイヨーなんですっ!」

抱き上げられた瞬間に両手から落ちていたジュースが遠ざかる。
要に言われた台詞など何処にも残っていない。怪しい人でもなければ名前を聞いた今、知らない人でもないからだ。

「知ってるにょ?会長は神帝ってゆ〜んだって。副会長が光源治?二葉先生が、えっと、白薔薇!」
「それは初耳だ」
「タイヨーは俺様な生徒会長とラブラブなんです。だけど皆から好かれてしまうんです」
「ほう。……………それは、面映ゆい」
「ハァハァ、カイちゃんなら俺様会長にも負けないくらい俺様攻めイケる気がするー!あると思いますっ!」

賑やかな声は徐々に遠ざかり、


「カイちゃんは美形だから、後で写メ下さい!ハァハァ」
「誉めているのか…?」
「勿論ですともっ!」






残るのは、降りしきる桜だけ。

←いやん(*)
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