帝王院高等学校
何を善悪と呼ぶか答えなさい!
「おや?」

滅多に鳴らない携帯が音を発て、まさかの初期設定音に怯む周囲には一切構わず彼は優雅に携帯を開いた。

「局長、携帯電話をお持ちでしたか…」
「ええ、一応。外出中に使う程度ですが」
「マスター」

ストラップは眼鏡を掛けたドラえもんがチラリとか何とか。

「もしもし、こちらふーちゃんですが?」
『開き直る』
「は?」

聞き覚えがありすぎた。受話器の向こうの相手を思い浮かべ、何故携帯に連絡してきたのだろうとか、脈絡皆無過ぎていっそ清々しい台詞は何だとか疑問は尽きない。

『持ち得る全てを駆使し、事を有利に進めるのは善か否か』
「使えるものは使うべきだと思いますが、話が見えませんねぇ。もうちょっと判り易くプリーズ」
『セカンド、私は誰だ』

が、足元に転がってきた不良、恐らく日向と佑壱の喧嘩に巻き込まれた哀れな生徒を蹴り転がし、今正に罪無きヤンキーにトドメを刺したとは思えない微笑を一つ、

「ルーク=フェイン陛下、我々はファミ割してましたっけ?」
『障害はより巨大であるべきだ。そう、俺に出来ぬ事柄は無い』
「何か悪いものでも食べましたね?拾い喰いはいけませんよ、物が痛む季節になって来ましたからねぇ。早く帰って来なさい」

満面の笑みで辺りを見回した二葉が俊達の姿を見付け、一気に沈黙する。

『愛らしいが無知なセカンド。腐るは何も糧のみではあるまい』

ギラギラ光った眼鏡集団が、あの生意気No.1の太陽を囲んでいるではないか。

『だが薬を用意しておけ』
「お加減が悪いのですか?」
『腹が痛い』

然も、恐らく隼人と健吾だと思われるオールバック眼鏡がポケットに手を突っ込んだまま、緊迫した雰囲気の要が庇う黒縁眼鏡に詰め寄っていた。

「やはり拾い食いしましたね?」

切られた通話に構うよりも、


何だ、あの茶番は。



「やいやい、お宅の今月分の支払い1週間遅れてんだよー。どうなってんのコラー」
「「星河の君っ、お素敵ですー!」」
「あぁん?舐めてっと容赦しねェぞ、コルァ!( ̄□ ̄;)」
「「舐めさせろ高野ぁ!!!」」
「ヒィイイイ、すいませんすいませんっ、必ずお支払いしますからもう少し待って下さいっ」
「「遠野様ぁ!メガネーズは応援してますよー!」」
「体の弱い父さんに手荒な事はしないで下さい!お金は俺が必ず用意しますから…!ね、兄さん!」
「「錦織様ぁっ、お綺麗ですぅっ」」
「あはは、…何だこの喜劇ー」

エントランスホールに屯ろする見物客を呼び付け、聞けば左席委員会による見世物らしい。
風紀委員の部下らが、注意するべきか否かで頭を悩ませている。見ればいつの間にか喧嘩を止めたらしい佑壱と日向が、ヤンキー座りで騒ぎを眺めていた。

「白百合閣下、キャストは猊下が病弱な父親、星河の君と高野健吾がチンピラ、蘭姫が聡明な次男、時の君が何の取り柄もない長男だそうです」
「おや?愉快を越えてテリブルこの上ありませんねぇ」

中等部時代、二年連続で抱かれたいランキング1位に君臨した要の呼び名を聞いて薄く笑いながら、配役ですら『何の取り柄もない』と言わしめる太陽に口元を押さえた。
面白過ぎる。

「そこの君、チップを投げてきて頂けますか」

革の財布から小銭を一つ取り出し、近場の部下を手招いた。

「500円、ですか?」
「唯一持っている日本銀行硬貨です。後はドルとユーロくらいしかないので、ね」

即興らしい茶番もクライマックスに向かい、聡明で美貌の次男が遊廓に売られそうになった時、観客からブーイングが飛んだ。
チンピラ役の二人がたじろぎ、黒縁眼鏡を涙で濡らす父親が躊躇いなく長男を売り払う。

曰く、


「何の取り柄もないタイヨーちゃんっ、このままニート街道を貫けば余生は安普請な四畳半のボロアパートで孤独死しかないにょ!」
「はい?」
「父さんっ、では兄さんを?!そんなっ」
「錦織君、君のが誕生日早いよねー?キャスト可笑しくないかなー?」

往生際悪く宣う太陽に観客から野次が飛び、遂に膝を抱えて沈黙した長男、ニート。
時代背景が読めない寸劇だ。


そしてチンピラ二匹に担がれていった長男が、観客と化していた日向と佑壱の前にぽいっと捨てられた。

「はい、これが新しい子だよー」
「元締め、ビシバシ鍛えてやって下さいb(・∇・●)」

チンピラに踏み付けられた太陽が今にも発狂しそうな時、観客だった筈の佑壱が鬼の様な笑みを浮かべたのだ。

「ニート山田、遊廓『伽屡眞』へようこそ。…売られてきたからには覚悟は出来てんだろーなぁ?」
「イチ先輩…?」
「元締めと呼べ!良し、初物は高く売れんぜぇ?精々客を喜ばせんだな」

悪い笑みを浮かべた佑壱、いや、元締めに吊し上げられた太陽が日向に向かって投げられ、凄まじい表情の日向に飛び込む。一瞬で号泣寸前に陥った太陽を掴みつつ、キッと佑壱を睨んだ日向と言えば、

「こうして彼は遊廓『伽屡眞』へと奉公に上がったのです。そして初めてのお客様の元へ…」

父親からナレーションに早変わりした黒縁眼鏡の登場で沈黙、

「初めて通されたお客様の名は高坂伯爵、イケメンでお金持ちで足が長いお方でした…」

思わず吹き出し掛けたのは佑壱だけではなく二葉も、だ。実際は公爵である筈の日向を伯爵に格下げした俊に、腹を抱えて転げ回りたい。
何の前触れもなく役を振られ、キレるべきかノリに乗るべきか図りかねた日向が、秘書役に早変わりした要に肩を叩かれた。

「伯爵、その見苦しい子供を見受けなさるおつもりですか?」
「あ?」
「貴方には高坂の家を守る責務と、後継者を残す義務があります。何卒、お戯れはお戯れのままに…」

眉を寄せている日向は、太陽を半ば抱き締めている事に最早全く気付いていなかった。
じっ、と皆の視線を受けて、痙き攣りながら息を吐き、


「秘書如きが俺様に命令してんじゃねぇ」

遂に二葉が笑い転げた。
乗った。あの何様俺様を地で行く日向が、茶番に乗った。これを笑わずして何を笑えと言うのか。
痙き攣り笑いで凶悪に睨んできた日向へ投げキッス一つ、

「こうして真実の愛に目覚めた伯爵は、愛する人を手に入れる為にアレやコレやの東奔西走」
「然し、伯爵の計画を妨げる者が居たのです(´`)」
「彼の名は、─────叶公爵。」

ブ、と吹き出したのは佑壱と日向だ。
ぽかん、と沈黙する二葉へ皆が振り返り、ナレーション役に撤している隼人がビシッと指を突き刺して、


「何故ならば長男は叶公爵に一目惚れしていたのですー、二年前溺れている所を助けられてから!」
「はぁあああ?!ちょ、何ゆっちゃってんの神崎くーん?!」
「叶公爵も実は一目惚れだったのでございますっ!然し二人は貴族と裸族!」
「どっちが裸族?!ちょ、どっちが裸族やね〜ん!」
「許されない身分差が二人を決して結ばれない運命へと突き落とし、最悪の形で再会に向かったのです」
「錦織くーん?!君だけはまともだよねー?!」
「長男は伯爵の寵愛を受けた娼婦として、公爵は伯爵から命を狙われた立場で(Тωヽ)」
「アドリブで以心伝心すんなー!だから頭がいい奴らは嫌いだーっ」
「そして遂に恐れていた事態が訪れたのですぅ、なぁんて」
「桜までーっ」

ワクワクしながら見ていた桜が笑顔で呟き、素肌にジャージを羽織っただけの佑壱が立ち上がる。


「叶公爵と高坂伯爵、勝者はどっちだコラァ!」
「アンタ楽しんでんじゃないか〜い!」
「無駄だぜ」

いつの間に居たのか、眉間を押さえた裕也が涙目の太陽の背を叩き、凄まじい眼光で立ち上がった日向が獰猛な笑みを滲ませる。
きつく見据える先には、眼鏡を押さえた黒髪の美丈夫。


「二葉ぁ、下んねぇ茶番に付き合ってやんのも良いんじゃねぇかぁ」
「おやおや、この私に勝てるおつもりですか高坂伯爵?」



ノリノリやないか〜い。



「御託は良い。…来な」
「うふふ、─────偉そうに。」

ダン、と一歩踏み出した二葉が風に舞う柳の葉の如く日向に殴り掛かり、風紀委員の悲鳴が響く。
が、然し軽やかに避けた日向の宙を切る回し蹴りが細い背中に当たり、皆が目を覆う。
喧嘩慣れした健吾や要にも、今のは致命的な攻撃に思えたのだ。

「しょぼ過ぎますよ、高坂伯爵」
「…ちっ、すばしっこい野郎が」

凄まじい応酬に不良達は勿論、育ちの良い生徒らも雄の本能を刺激されたのか、ABSOLUTELYコールを交じらせた喝采を巻き起こす。
息つく間もない攻防を唖然と眺めていた太陽の隣に屈み込んだ首謀者と言えば、

「勝った方に『食堂でタイヨー副会長とランチ権』をプレゼントするにょ」
「はいぃ?!」
「あ、はいはい、チップはこちらへー」

隼人のジャージに、観客が投げ入れる小銭を集める俊をまず殴り、すぐ真横に立っていた佑壱の拳骨を受けた。超痛い。

「上司を殴るな馬鹿」
「馬会長があくどい商売やってるから!左席はいつから演劇部になったんだ!然も不良の喧嘩が売り物なんてー」

日向と二葉。どちらが勝っても胃の痛いランチになりそうではないか。
涙目で二葉と日向を指差した太陽に、ひょいと極細の眉を跳ねて、長い足を持て余しながら屈み込む。そのまま俊を覗き込み、


「どっちが見込みあると思うっスか?」
「…貴公子先生だな」
「くっく、流石っスね。やっぱアンタ最高だ」

小さく囁いた俊がデジカメをフル稼働、隣で佑壱がくつくつ肩を揺らす。


「俺と叶じゃ最終的に必ず俺が勝ちます」
「死に掛けた場合、か」
「力じゃ俺が勝ちます。但し技術は圧倒的に不利」

囁く様に呟いた佑壱が冷めた目で日向を見つめたまま、

「アイツはただの人間だ」
「俺もただの人間だ」
「違う、そうじゃなくて…」
「お前もただの人間だろう?」

見開かれた赤い眼差しが歪み、頬が痙き攣る。いっそ泣き出しそうな表情が辛うじて笑みを滲ませた。

「俺の体内には人間の血なんか流れてねぇ。知ってんでしょ、…腹切っても俺は生きてる」
「回復力が高いからなァ、盲腸もすぐ治るし」
「誰も、俺を人間だなんて思ってないんですよ。ずっと昔から、人間でもなければ神でもない出来損ないとしてしか、…親すら」

吐き捨てれば捨てただけ惨めになる。吐き捨てれば捨てただけ恨みたくなる。だから、尚更惨めだ。

「首を刎ねられれば、死ねるかも知れません。現存する毒はまず効かない」
「小説の中みたいな話だ」
「成長抑制剤、って、知ってますか。毎日飲まないと、一年後の俺は老人だ」

冷めた目で騒ぎの中央を見やり、世間話でもするかの様な囁きで。

「髪の伸びが異常に早いんです。切り傷がその日の内に治る事に気付いて、全身調べられた」
「ふぇ」
「四歳、でしたかね。同世代の誰よりも成長が早いから、身長も小学生くらいあって」
「うん」
「化け物を見る目に、すぐ気付いた」
「桃ちゃん味の飴ちゃん、ちょーだい」

差し出した飴はすぐに口の中。幸せそうな眼鏡を横目に、煙草を探しジャージを這った手を握り締める。

「鬼やら悪魔、やら。悪口はすぐ覚えれるもんなんです」
「飴ちゃん、美味しかったにょ」
「噛むなっつってんでしょ、毎回」
「右と左、どっちが痛かったにょ?」

覗き込んでくるレンズに瞬いて、サングラスとは違い内側の眼差しが良く見えるな、と。的外れな事を考えた。

「左、…多分。」
「心臓の痛みは心の痛み。お化けに心の痛みは判らないのではないかと思います」
「痛みがあるだけ、マシって事っスか」
「どーしたにょ?」
「痛覚麻痺した奴は、どうなんスかね。目玉抉られて、笑ってた奴は」

昔。
本物の悪魔を見た事がある。遠い国から日本に渡ろうとした朝、血塗れで笑った悪魔を。
全てを諦めた表情で笑った、悪魔を。

「目に見えない傷は、体じゃなくて魂に電気を流すんです。だから、痛むのは脳じゃなくて心」
「難しいっスね」
「悪魔を悪って言ってる内は、感情があるんじゃないかしら」
「?」
「本当の悪は、無関心。傷つけない代わりに守りもしない、…平等こそ」

立ち上がった俊が眼鏡を押し上げた。


「悪だろう?」

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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