帝王院高等学校
みずたまチワワにハァハァします
「北緯さん、班長に連絡しました。やっぱりあれは班長の仕業じゃないみたいっす」
「判った。戻ろう、測定に間に合わない」

親衛隊でもないがカルマでもない、言わば北緯だけの舎弟連中が足早に去っていった。
物陰から眺めた校庭には中央委員会役員ばかり、今や薄まって来た赤文字の落書きを横目に背を向ける。

「ハヤトの悪戯かと思ったのに…」

身体測定に向かう途中、渡り廊下から見た光景で佑壱から命じられた。あれには心当たりがない、とばかりに表情を曇らせる副総長に、メールで帝王院中のカルマに問い合わせれば、誰もが知らないと言う。
基本的に総長のメール以外は見ない隼人から漸く最後の連絡があり、残るのは俊一人。だが然し、昨夜のあの騒ぎの最中に巨大な落書きを一人で作る事など出来るだろうか。

「あ、北緯〜!さっき振り系ー」
「北斗」

誰も居なくなっているグラウンドを突っ切り、中央キャノンのエントランスホールに入れば、直ぐ様双子の兄に出くわした。

「こんな所で何かあったの?」
「うーん、っつーか、」

と言うか、ほぼ全ての生徒が騒がしい何かを囲んで座り込んでいるではないか。風紀、の腕章を腕に付けた北斗が頬の絆創膏を剥ぎ取りながら、床を爪先で叩く。

「左席が発表会開いて、局長と光王子が喧嘩してる系ー」
「…は?」

全く意味が判らない。室外測定に向かう途中で校庭に出た北緯には、同じく何でこんな事になったのか今一判っていない北斗の説明が説明として為されていないのだ。

「あにょ」
「何かいきなり時代劇始めちゃってさー、注意のタイミング見てたら局長まで参加しちゃって」
「だからって何で双頭が喧嘩してんの?」
「あにょ」
「うーん、確か遊廓に売られた長男を巡って戦う、だっけ?良く判んない系」
「止めなくて大丈夫?ABSOLUTELYって、内部抗争に寛容だったっけ」
「ふぇ」
「二大幹部止められる訳ない系〜。マジェスティにバレなきゃ、大丈夫だろ」
「ふーん、…ぉわ!」

何となく隣を視た北緯が飛び上がり、気付いていたが無視していた北斗が胡散臭い笑みを浮かべた。
ちらり、と双子の弟の隣へ目を向け、腕を開く。

「これはこれは天の君?」
「あにょ、遠野俊15歳です」
「どーも、川南北斗16歳です」
「ちょ、」

眼鏡っ子が差し出す手をにこやかに握り返す兄を横目に、どちらの味方かと言われれば答え辛い立場の北緯だけが狼狽えた。
何せにこやかに握手し合う二人の真横に、副総長の眼光。

「川南、軽々しく触ってんじゃねぇ。殺すぞ」
「あれー?紅蓮の君、君はいつからカイザー以外に尻尾振る様になった系?」
「あにょ!」
「なーに、天の君」

何処か興奮で眼鏡を光らせたオタクがジリジリ近付いてくるのを眺め、佑壱と睨み合ったまま薄く笑う。北緯だけが今にも倒れそうな勢いだ。
何せ北斗は風紀委員会にして白百合親衛隊長、つまり左席の敵。にしてABSOLUTELY幹部なのだから、正体が知れたら大惨事だ。

ただでさえ今の北斗は機嫌が悪い。
頬に貼られたガーゼは隼人の仕業、それだけではなく風紀委員長の負傷で朝方から走り回り寝ていない。兄弟にしてルームメートの北緯が一晩中帰って来ない兄に首を傾げたのも一晩中だから、明らかだ。

「川南先輩はっ、報道部長さんですよねっ?ハァハァ」

然し妖しい息遣いで叫ぶオタクに、北斗の肩がずるりと落ちた。今にも舌打ちしそうな佑壱が口元を押さえたまま苛々とジャージのポケットを握り締め、ボクサーパンツが覗く。
刺す様な視線に背後を見やれば、頬を染めたチワワ達がこそこそ囁きあっていた。聞かなくても大体話の内容が判る。

「そう、だけど」
「やっぱり!水色の髪の毛がタダ者ではないなと睨んでいたのでございます!ハァハァ」
「俺の赤色の髪の毛はアゲ盛りにも対応してますけど」
「副長…」
「親衛隊日報毎日読んでます!あっ、でもまだ二回目ですが!定期購読するつもりですにょ!」
「あ、ああ、そう、えっと、有難う?」
「あと!昨日の入学式のお写真!二葉先生のブロマイドがお素敵で、朝から眼鏡を割りました!あの流し目、迸るお色気、隠し切れない鬼畜オーラ!あそこまでのストーリーを撮影出来るなんてっ、いっそ神!」
「は、え、いや、神って言われても…」
「副会長の隠し撮りにも眼鏡が吹き飛ぶかと!流石抱かれたいランキング王者っ!撮る方も命懸けな雰囲気が伝わって涙が止まりませんでした!」
「会長、実は俺も抱かれたい何とかにランクインしてるそうっス。隠し撮りした奴らは残らず殴り倒しましたが、どうっスか」
「師匠と呼ばせて貰ってもイイですかァ!!!」

ぎゅっ、と両手を握り締められた北斗の前で、片膝付いた俊が黒縁眼鏡から虹色の光を撒き散らす。
逐一呟いている佑壱には眼鏡も向けない徹底振り、釣った魚には餌をやらない亭主関白宣言か。

「…俺より弱い奴は師とは認めねぇ」
「黙ってなさい嵯峨崎書記、おやつ減らしますわよ」
「作るのは俺だ。おやつ減らしますよ会長」
「横暴!」
「ふん、何とでも」
「イイもん、桜餅に作って貰うからイイもん」

高校生が「イイもん」と可愛い事を抜かすな。だが然し総長至上主義の二匹がしれっと悶え、二葉対日向戦を見守っていた要、健吾、隼人も盗み聞きで身悶えていた。馬鹿しか居ないのか。

「俺と川南のどっちが大切なんスか!」
「嵯峨崎、ちょっと落ち着、」
「ちょ、副長、」
「水玉チワワに勝てると思ってるんですか?片腹痛いにょ!」

光の速さでポニーテールにした佑壱が惜敗し、可愛らしいポニーテールのまま遂にブチ切れたのか、無表情で踵を返し二葉対日向戦に参戦した。
涙目に見えたのは気の所為だろうか、そんなまさか。

「高坂ぁあああ!ブッ殺す!」
「いきなり割り込んでんじゃねぇ、野良犬が!」
「アハハハハ、子犬一匹増えた所で私に適うつもりですか子猫ちゃん?」

主に佑壱と日向の興奮が高まる。目と目で見つめ合い、日頃の恨みを忘れて一致団結。


「二葉ぁ」
「叶ぉ」
「「殴り潰す」」


冷えきった川南双子を余所に。


「みずたま先輩、つかぬことをお伺い致しますが…」
「は?…みずたまって、僕の事?」
「はい、柚子姫様に押しも押されもしない水玉姫とは先輩の事だと思っております」

オタクフラッシュに塩っぱい顔を晒した北斗が、ヤンキーとは思えない間抜け振りを見せる。実は抱きたいランキング上位である彼は、自らの権力で握り潰しているのだ。
その昔、仲良くもないが悪くもない佑壱と噂になり、自称親衛隊達に陰険な嫌がらせを受けた北斗は、特に光王子親衛隊の過激な嫌がらせに、風紀委員会としても頭を悩ませている。

「君、昨日嫌がらせされたみたいだったけど…何かあったら、風紀に言いなよ」
「柚姫様なら謝って貰ったので大丈夫ですっ」
「アイツが謝った?まさか」
「あ、副会長伝いでしたにょ。柚姫様は副会長のセフレチワワなので、焼きもちも仕方ありません」
「物分かりが良い系っつか、男子校に慣れてんね。應翼は共学だろ?」

怪訝げな北斗に表情が変わらないながら焦る北緯が俊の肩を掴み、ぐいっと自分側に引く。
たたらを踏んでよろめいた俊から手を離し、

「お前、勝手に俺を左席に指名しやがって。うちの副長と知り合いだか何だか知らないけど、図々しく北斗に近付くな」
「北緯、後輩に暴力はやめとけって」
「…俺はこんな奴認めない」

言いながら、自分の方が傷ついた様に眉を潜めた北緯が背を向け、佑壱達を止めようと群れを成す教師達の輪に入っていった。

「あらら、何キレてんだか」
「ふぇ」
「ごめんね、いつもはあんなんじゃない系なんだけど」

悪怯れない北斗が然し不思議げに首を傾げ、眼鏡を押し上げたオタクがゆるゆる立ち上がる。
ちらり、と目を向けた隼人達を横目に、

「調子乗って話し掛けてすみませんでしたなり。あにょ、嵯峨崎先輩には昔助けて貰った事があって…ぐす」
「嵯峨崎に?いつ?」
「えっと、僕の家は8区にあるんです」

食い付いてきた、と。
楽しげな隼人と健吾が、背を向けたまま盗み聞きしているのが判った。何かあればすぐに動くつもりだろう。

「学校帰りに不良さんに絡まれてた時、カルマさんが助けて下さって…」
「ああ、そう言う偽善行為大好き系な変わり者ばっかだから」
「えっと、それからちょっと顔見知りになったと言いますか。昨日お会いして、びっくりしたにょ」
「何だ〜、そう言う関係だったんだ。じゃ、カルマの殆どと顔見知りなんだ?」
「はいっ、たまに見掛ける程度ですが!」

疑問が解けた、とばかりに手を叩いた北斗が頷いて、教師らではどうしようもない佑壱達に目を向ける。
そわそわ落ち着きがない俊に手を伸ばして、にっこり微笑み、

「じゃあさ、君自体はカルマとは一切無関係って事で大丈夫系かな?」
「こんな地味平凡野郎ですもの」
「そうだね、だったらあんまりカルマには関わらない方が良い系だよ。左席には天狐が居るから」

これは忠告、と薄く笑った北斗が手を振りながら去っていく。

「…狐?」
「ボース、首尾は上々?」
「何もされなかった?(´`) …北緯め、後で絞める┌|∵|┘」

駆け寄ってきた隼人と健吾を横目に、短い息を吐いた俊が心配げな太陽に手を振り、

「一筋縄では行きそうにないにょ。…何か、変なの」
「何がー?あ、お腹空いたんならユウさんの制服からパクったアーモンドチョコがあるよお」
「クラスの奴に貰った、たけのこの里もうまいっしょ(=・ω・)」

差し出されるお菓子に手を伸ばした俊の眼鏡が、ピシリとヒビ割れた。隼人と健吾、二人のイケメンの背後に、要。

眼鏡。


「錦鯉きゅん、…それなァに?」
「ああ、中止になった測定の代わりにカリキュラム選定を先にすると決定したそうです。はい、プリントをどうぞ」

Sクラス分のプリントを配る眼鏡委員長がぎょっと振り返り、俊と目が合うなり頬を染めたが、そんな事はどうでも良い。
要が持ってきたプリントを受け取りながら、整列する普通科生徒らへ足を向けた健吾を横目に隣の隼人を掴む。何だ、あれは。

「どーしたのお?」
「メガネーズ」

恐る恐るオタクが指差す先、ジャージ姿の赤縁眼鏡二人が佑壱と日向をグルグル巻きにしていた。

「あれ、4番と5番?」
「溝江と宰庄司ですね」

目を離した間に何があったのか、?マークを飛ばす隼人と要を余所に、青冷めた桜が転がる勢いで駆けてきた。

「大変だよぉ、太陽君がぁ…!」
「桜餅っ、タイヨーに何があったにょ?!」
「溝江君と宰庄司君が太陽君を人質にして、紅蓮の君と光王子をグルグル巻きにぃ!」
「あー、そーゆえば4番5番君の名前が風紀名簿に増えてたかもー」
「ああ、昨日彼らが風紀委員に決定したのを思い出しました。興味が無いので忘れてましたが、ハヤト。図書委員、おめでとうございます」
「ぁ、僕も図書委員ですぅ」

沈黙した隼人に、ビビった桜が恐る恐る片手を上げる。ピキリ、と隼人の背後で凍る空気を余所に、世界が沈黙した。
背中を走る威圧感に皆が振り返れば、図書委員長である東條を筆頭に川南北斗や西指宿が片膝を付き、教師の指示を受けていた普通科生徒達までが正座している。立っているのは健吾のみ、獅楼は青冷めた表情で腰を抜かしていた。


「…一同、静まれ」


風紀委員達が整列する中央、メガネーズに捕まった太陽が弾かれた様に顔を上げて、恭しく頭を下げる二葉を見る。
不機嫌そのままの佑壱と、痙き攣る日向が同時にそっぽ向いた。

長い銀髪、ジャージ姿の生徒に紛れた白亜のジャケット。
ブルジョアな制服が誰よりも似合う長身が歩を進め、茫然としている溝江の手から太陽を引き離した。

「神帝…」
「戯れで行事妨害とは何事だ、時の君」
「…ちょっとしたアミューズメントの提供ですよ、陛下。離して下さい」

パシン、とその腕を離した太陽に騒めきが起こり、駆け寄ってくる俊を嘲笑う様に弾かれた腕で太陽の頬を撫でた。


「気高いものよ。自らの策に溺れ、…理を知るが良かろう」
「何、」



唇に、吐息。

←いやん(*)(#)ばかん→
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