帝王院高等学校
さァ、皆さんご一緒にフライハイ!
「次の方」
「はいっ!ふにょん、はふんっ」

クネっと腰を振った黒縁眼鏡が、恐らく光王子親衛隊だと思われるチワワに足を踏まれ、うっかり喘いだ。

「ハァハァ、右足に電流が走…っ、チワワに踏まれましたよお母さーん!」
「俊、順番だ」
「あ、はい。頑張って飛びますァ」

踏んだチワワの方がダメージを受けた様な表情だが、ぬぅっと進み出た長身眼鏡に怯んだらしい。
垂直飛び測定ラインに立ち、既に測定を終えた太陽達が見ているのを横目に、ぐっと屈んで地味にジャンプ。



腐ライハイ。


「「「「!」」」」


タッチパネル式の機械に俊の指が触れた箇所が点滅し、結果はすぐに表示される。
ぽかん、と間抜けな表情を晒す一同を余所に呆れたらしい隼人と健吾が口を覆い、裕也が眉間を押さえた様だ。

「むにょ!」

着地に失敗したオタクがマットを転がり、尻を打ったらしい。空かさず神威に抱き起こされ、オタクは腰が命と大胆発言だ。

「きゅ、98cm、です。つ、次の方…」
「98cmってイイ方なのかしら?カイちゃん、次どーぞ」
「ああ」

ずれた黒縁を押し上げ、スススと退いた俊を皆が遠巻きに眺めているが、目玉をおっ広げた太陽の顎が今にも落ちそうで惨めである。

「し、俊、バレーかバスケやってる?」
「ふぇ?部活は庶民愛好会しかやった事ないにょ」
「垂直飛び98って、バスケ選手レベルじゃないの?俺80cmだったし…桜は75だったよ〜な…」
「俺、95cmで拍手貰ったんだけどぉ(´`) …悔しいっしょ、」

割り込み上等で神威の前に進み出た隼人がチラリと俊を見やり、軽く屈んで飛び上がる。
黄色い悲鳴と雄叫びが上がり、ダンっと軽快な音が響いた。


「あーあ、負けちゃった」

95cm、どちらにしても高校生が弾き出せる数値ではない。
顎が外れそうな健吾と太陽を余所にオタクフラッシュと拍手が響き、心ないチワワが「猊下はズルをした」と囁き合う。殴り掛かりそうな太陽を健吾が制した時、何の音も発てず軽やかに舞った長身が世界を沈黙に陥れたのだ。



「ひ、」

パネルに表示された三桁の数値を皆が茫然自失で見上げ、ペタリ、と健吾が腰を抜かす。腕を捕まれていた太陽も尻餅を付きながら呆然と、

「ひゃ、108cm、です」
「そうか」

優雅に優雅に眼鏡を押し上げる男を見たのだろう。誰もが。
陶酔する様に、皆が。

「あんよが長いと有利なりん。煩悩センチメートル!」
「褒めているのか」
「羨ましいにょ。ちょっと分けてちょーだい、足の長さ」

ただ一人を除いて。
神威の足に縋り付き頬擦りしているオタクに皆が沈黙しつつ、痙き攣った風紀委員の先導で測定を終えた生徒らが退室していく。

「褒めている様だな」
「羨まし〜にょ。僕もこれくらいあんよが長かったらっ!モテるオタクだったかも知れないにょ!」
「俊」

足に張り付くオタクを抱き上げ、垂直飛びの真横にある握力測定員から奪った二年三年用の握力計2つを俊に渡し、

「同時に握れ」
「ふぇ?」
「どちらも61kg、か」
「ふぇ」
「良し、行くぞ」

続いて自身もひょいっと握り、ぽいっと測定員に投げつけ無表情で去っていく神威を太陽達が追い掛けた。
呆然と受け止めた測定員が青冷めていく光景を見る事はない。ただ、漸くジャージに着替えた彼だけがそれを聞いたのだ。


「左右共に、測定不能…?!」

無残に破壊された握力計を震える手で握り締めた生徒の声に、



「…アイツ、………んな筈が」


緑の目を眇めた彼の呟きが、小さく。












「待って、…んの!セクハラ庶務!」
「ふにょ」

神威のジャージを掴んだ太陽が、ぺちょっと落ちた俊に目を見開いた。

「あちゃー、やっちゃった(οдО;)」
「ボス、大丈夫ー?」
「ふぇ、ふぇん」

鼻から落ちたらしいオタクが膝を抱え、追い付いた隼人と健吾が慌てて屈み込む。

「ご、ごめん俊!悪気はないんだ、ほんとごめんっ」
「悪意を感じるぞヒロアーキ。やはり会長の座を狙う不届き者か」
「黙ってろ腐れ庶務、そんな大役誰が狙うか!こちとら生粋の庶民だい!」

スポットライトお断りっ、と男らしく情けない叫び声を上げ、ビシッと指を差した太陽のジャージがズレ落ちた。
Mサイズでは下はともかく上着が大きかったらしい。ハワイアンなタンクトップが丸見え、薄々気付いていた健吾が呟くには、

「タイヨウ君、…センス無いっしょ(∩∇`)」
「あー、うん、フォローのしよーがないねえ」
「ちょ、酷!」

隼人にまで同情的な眼差しで見られ、寮生活が長い為に一日の大半は制服で過ごしてきた太陽が頬を染めた。
オタクの眼鏡が輝く。


「ちゅーまーく」
「は?」
「此処、付いてるにょ」

妖しく光りまくる黒縁眼鏡でスススっと詰め寄ってきた俊が太陽の肩を掴み、身長差を利用して覗き込む。至近距離から覗き込まれた太陽は涙目だ。射殺す様な黒い双眸がレンズ越しにも判る。

「誰に吸い付かれたのかしらねェ…」
「しゅしゅしゅ、」
「ん?怒らないから白状なさい。昨日まではこんなのなかったでしょ、ねね、太陽ちゃん?」

こんな時だけ本名を呼ぶ俊の眼鏡が吹雪を巻き起こし、健吾が凍り付き隼人の金髪に雪が積もった。無言で廊下の窓を開けた神威が、吹き込む強風に襲われる。
いつの間にか外は真っ暗だ。分厚い雲の固まりが山全体を覆い始めている。

「太陽ちゃん?」
「あ、あの、だから、」
「どーしてあんな格好だったのかなァ、ずたボロの?ほらほら、言ってごらん。僕から襲われたかったなら夜にお願いしたい所でございますけども、違うでしょー?太陽ちゃん?なァんであんな泣きそうなお顔で逃げてきたのかしらァ?」

眼鏡が怪しく光る。

「に、逃げてなんか、」
「うんうん、つまり原因は朝ではないと?」

逃げた、の台詞に些かムッとすれば、眼鏡を押し上げた俊の唇が吊り上がる。
ああ、墓穴を掘ったらしい。

「じゃ、昨夜。それも9時以降、朝ではない時間帯までの間」
「俊、何が言いたいのかなー」

「!」
「いカラスは、見た事はないにょ」

突然話を変えた俊がクネっと背を向け、パチりと指を慣らす。空かさずコーラの缶を持ってきた神威に、何処からコーラを持って来たのか気になる健吾が首を傾げた様だ。
何事かに気付いた隼人がジャージのポケットに手を突っ込んだまま、


「!」
「…光明媚だよねえ、桜吹雪ー」

今にも雨が降りそうな外を生暖かい目で見つめ、ぽつり。一々肩を跳ねさせる太陽に、元々Sクラスだった健吾も気付いたらしい。

かのう
「!」
「したらさー、痛いっしょ(*´∇`)」
「そうだねえ、化膿したら痛いねえ」
「絆創膏がじゅくじゅくになっちゃうなりん」

ニマニマ笑う三人に羞恥から涙目の太陽がぶるぶる震え、


「叶の趣味を少々疑うな」
「庶務ーっ!!!」

オブラートには包まない神威に殴り掛かって、返り討ち。
がしっと掴まれ肩に担がれて、パチパチ瞬きしても遅い。

「第一回サセキ委員会広報活動を始めます」
「ラジャーボース」

くいっと眼鏡を押し上げた俊が腐った笑い声を響かせ、満面の笑みでリングを掲げた隼人がイエローフレームの眼鏡を装備、いつ用意したのかは謎だ。

「ただいまより、奇跡の平凡ウケ山田太陽副会長を総愛されにし隊を発足しまーす」
「はい?(´∀`)」
「ふむ、成程。斬新且つ革命的だ」
「は、は?!」

神威に担がれたまま、ろくな抵抗も出来ない太陽だけが蚊帳の外。隼人から耳打ちされた健吾が持ち歩いているらしいiPodのイヤホンを耳に差し、隼人から手渡された指輪を中指に付けた。

「やはり僕の眼鏡に狂いはありませんでした。ふーちゃん攻め、略してフタイヨー、まさかの二大生徒会絡みのカプが生まれようとしています!」
「ターゲット1、フタイヨー了解。いっそのことW会長計画を提案する」

妖しく眼鏡を曇らせる俊が素早く「否!」と叫び、神威の眼鏡が違う意味で曇った様だ。
黄縁眼鏡をお洒落なカチューシャ代わりにした隼人が素早くIDカードを弄り、浮かび上がった中央委員会名簿に目を通す。

「不健全な帝王院のBL徹底化計画、ターゲット:叶二葉。中央委員会生徒会計、IQ210。ボース、敵はかなり頭がよいみたいでっす」
「人類補完計画廃止ってか(*/ω\*)」

スキップ混じりにリズムを取りながら何かを聞いている健吾を余所に、エレベーターを中継し外に出た一向は先行していた二年三年の群れを前に停止する。

「ターゲット捕捉」

四人肩を並べ、風紀委員を指導している美貌の男を見つめた。涙目の太陽は神威に担がれたまま、二葉達には尻しか見えていないだろう。

「然し最終的に俺様攻め、いや、会長攻めが見たいにょ!」
「諦めろ俊、会長は生徒会室にしか居ない」
「ターゲット2、ルーク=フェイン。中央委員会生徒会長、帝王院財閥次期会長で男爵…ボース、そんな奴がうちのサブボスに発情するとは思えませーん」
「いや、タイヨウ君もあれで中々男前なトコあっからな(・ω・)」
「蓼喰う虫も好き好きフォーリンボーイズラブ!」

中々に失礼な俊へ、会長×平凡反対派である神威が往生際悪く宣うには、

「俊、いっそのこと副会長同士で定着させるのはどうだ」
「だが断る」

すげなく却下されたそうだ。

「突如現れた会長が!一人の男子生徒の前で跪いたりして!いつもは偉そうなのに、そんな時だけ紳士!

『か、いちょ…』
『お前の全てが俺の心を捕らえて離さない。これは罪か?』
『離し、て、下さいっ』
『俺の魂を掴み離そうとしないお前が、憎い』
『知らない、そんなの知らないっ!貴方には親衛隊が居て!会長で、何からも恵まれてて!』
『お前が手に入らないなら、全てが無意味だ。無意味な肩書き、無意味な命、無意味な世界に生きる俺に、価値などない』
『っ?!』
『どうしたら、お前の心を奪える?俺の魂を掴み離そうとしないお前を、離さず済むか。


  ─────教えてくれ』


  ベッドの上でー?!


ビクッと皆が振り向いた。桜の呆然とした表情の隣で、要がパチパチ瞬いていた。佑壱は日向の胸ぐらを掴んだまま見えない尻尾を振り回している。が、勢い良く振り返り過ぎて滑り転んだらしい。日向諸共、だ。

「きゃー!」

黄色い悲鳴にオタクの悲鳴が混じる。
覆い被さる様な態勢になった日向が、凄まじい怒りの形相で佑壱に頭突きした。と同時に日向の股間を容赦なく蹴り上げた佑壱が、日向の上に馬乗り。
益々悲鳴に拍車が掛かる。

「嵯峨崎先輩ーっ!すーてーきー!」

ピナイチピナ、と魔法の呪文の様に呟く腐男子の欲求は底知れない。

「くんくん、ふんふん、嵯峨崎先輩はワンコ俺様攻め、副会長は俺様溺愛攻めの匂いがします」
「きっもい、ユウさんが相手なんてきっもい」
「神帝とタイヨウ君のが無いっしょ(m'□'m) ゲロ吐く」
「昨日の入学式を忘れたんですかっ?!俺だけを見ろって!会長がっ、名指しでっ!ハァハァ」
「確かに言ってたなぁ(´艸`) でも何でタイヨウ君?みたいな(;´∩`)」
「気の迷いじゃないの?神帝の癖にうちのサブボスみたいな薄いキャラ覚えてんだねえ」
「気紛れだ」

きっぱり吐き捨てた神威に俊達の目(と眼鏡)が刺さり、


「カイちゃん、やる気ないならあっちいってちょーだい」

かなりダメージを食らった様だ。ぽいっと太陽を投げ捨て、フラフラ歩いていく神威には誰も目を向けていない。

「ゲフ」
「太陽君〜っ!」

転げ落ちた太陽は砂場に顔から突っ込み、駆けてきた桜に助け出されている。

「遅かったですね。ユーヤは?」
「まだ中。何か降りそー(´`)」
「山の天気はコロコロ変わるからねえ。ま、6月には体育科祭もあるし、」

駆けてきた要が健吾らに混ざり、隼人が肩を竦めた所で教師達がメガホンを掲げた。


「一同、撤去!中に入れー」

←いやん(*)(#)ばかん→
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