帝王院高等学校
ダークドラゴンを召喚します!
古今東西、腹黒とは何処にでも存在するものだ。
世の常とでも言おうか。


「所で会長、大体の活動内容は判ったんスけどー(m'□'m) 質問良いっスかァ(*´∇`)」

iPodを取り外した男が襟足を掻きながら首を捻る。控え目に挙げられた右手で言い寄ってきた不良を殴り倒し、突き刺さる冷めた目を向けた。

「はい高野きゅん、どーぞ」
「委員会活動費の獲得って結局何すりゃ良いんスかね(・ω・)」

その見た目からは想像も出来ない酷薄さが雄の心を揺さ振るのだろうか。親衛隊を潰した過去を持つ彼は、仲間以外には気を許さない。
だからこそ何故彼が無条件に外部生を受け入れるのか、噂が噂を呼ぶ。

「中央委員会は敵なので、お小遣いちょーだいは無理そ〜なり。アルバイトするにょ」
「ハヤト素っ裸にして国際科に放り込みゃ、お兄様方が小遣いくれるっしょ」
「犯されてーのかあ」
「芸でも披露すれば良いのでしょうが…。俺はピアノくらいしか取り柄がありませんし」
「はいはい、俺は新体操の演技とか得意(*´∇`)」
「ヤった人数とか軽く三桁越えてる隼人君は存在全てに価値があると思うよー」
「ゲイ…演技…価値…」
「ハヤト、貴様の存在全てが目障りでなりません」
「うひゃ、カナメってば本当の事言っちゃ駄目っしょ(*´∇`)」
「カナメちゃん、今夜処女奪うからねえ。猿は死ねばよい」
「うきょ…体に電気が走ったにょ!オタク閃きました!くぇーっくぇっくぇ!」


黒光りする眼鏡が、笑った。










「ヤッホー、先輩」



受話器の向こうの慌ただしさに小さく笑いながら、スライスした胡瓜をマヨネーズに浸す。

「うん?まぁまぁ、ぼちぼちやってるよー。まだまだ若輩者ですから」
「食べもんで遊ぶな!」
「っと、…行ってらっしゃいー」

弄びながら食べる気配を見せない自分に、焦れたのか単に見苦しかったのか、エアコンのリモコンを投げ付けて出掛けた妻は日課の井戸端会議だろう。

「ああ、相変わらず怒られてます。お互い苦労するね」

苦笑混じりに吐き捨てれば、さもあらんとばかりに笑う気配が鼓膜を撫でた。然し同情の色合いは皆無だ。
寧ろ、逆。

『嫁の尻に敷かれてナンボ、アンタはまだ良いわよ』
「ん?」
『アタシみたいにギャップがない』
「ご冗談を」

笑う気配が耳を震わせる。

「貴方がABSOLUTELYの基礎を作ったんですよー。お陰でうちの会長が不良の種を蒔いてしまった」
『親衛隊なんか知らないわよ。こちとらノーマル男子なんだもの』
「御姉様言葉使うノーマルが居たんですねー、嵯峨崎先輩」
『可愛くない。誰のお陰で隠れられてると思ってんの』
「敬愛なるマスターのお陰でございます」

減らず口叩くな小僧、と呆れ混じりの声音に肩を竦めて、瑞々しい胡瓜を口に放った。
ああ、大好きだ胡瓜。

家族にも言っていないけれど。


「はぁ、奥さんにまた怒られちゃいました。慰めて下さいよー」
『アンタみたいな奴を典型的な嘘吐きって言うのよ、糞餓鬼』
「長所ですら弱味に成りかねない。何が足枷なるか判らないでしょ?」
『だからって、一から十まで嘘で塗り固める必要はないわ。家出少年、いや、狼少年?』

頭が良い相手は楽だ。
どっちが嘘吐きだ、と呟き掛けて唇のマヨネーズを指で拭い、ソファに転げる。


「うちの馬鹿な両親が周りをちゃんと見ていたら、あんな目に遇わなかったのにねー」

同じ経済界に在るからこそ、電話の向こうの相手は知っている。
表向きは美談として語られる自分の過去は、実際「ただの我儘」だ。


生まれた時から裕福だった両親は、随分のんびりした性格だった。会社の権利の大半を親戚連中に掌握されて、社長とは名ばかりの父親はお飾りに過ぎない存在。
一時期会社が経営難に陥った事に気付かず、呑気に海外旅行になど行こうとした。当時副社長だった親戚の一人が、その旅行に乗じて目障りな社長を事故死させようと企んでいる事に。気付いたのは息子だけだ。

すぐに言った。但し呑気に旅行先のパンフレットを眺める両親は、「何の夢を見たの」と笑って請け合わなかったのだ。

「リストラは仕方なかったんです。株主総会で取締役のリコールを俺が提案したのは、とにかく二人を日本に留めたかったから」
『帝王院は知ってるの?』
「俺は嘘吐きだから、まさか義理の父親をこの手でリストラしたなんて、口が裂けても」
『難儀な性格ねぇ…』

筆頭株主だった自分が、父親を前に叩きつけた不信任案。流石に狼狽していた父親も、議会が進むに連れ浮き彫りになる経営状況に気を引き締め、大幅な改革を始めた。
手始めに親戚一同を解雇し、優秀なコンサルタントと共に経費削減に踏み出しただけ。

「例え身内でも、仕事は仕事。使えない駒は要らない」
『シビアね、ワラショクの癖に』
「うちの会長を怒らせたら、雇われ社長の自分なんか明日から路頭に迷いかねませんしねー」

付き合っていた彼女の父親がリストラ対象だと知っても、彼への罪悪感はない。無能だから弾かれるのだ。会社に無能は必要ない。
但し、通っていた高校を辞めて働きに出ようとした今の妻に、貧乏を知らない良心が痛んだのは事実だったかも知れない。だから、泣き縋る両親に背を向けて家を捨てたのだ。

「痛むんです、たまに。なけなしの良心が、こう、チクチク」
『奥さんに対して?義父に対して?それとも、ご両親?』
「いや、陛下に対して?こんな嘘吐き野郎を養ってくれた、まぁ、二人目の父親みたいな存在ですし」
『同級生の父親ねぇ』
「羨ましかったんです。幸せそうな顔で笑うから」

子供が出来た。などと。
初めて見る幸福な笑みを見て、嫉妬半分の羨望からだったのかも知れない。
結婚など考えてもなかった癖に、避妊を放棄した。18歳、まだ高校生だった頃だ。

百発百中と言えば聞こえが悪い。妊娠告知と共に双子だと知らされ、笑えもしなかった。
バイト三昧だった今の妻が涙を浮かべて喜ばなかったら、入籍しよう事もなかっただろう。

「父親には相応しくないんですよね、基本的に俺は」
『子供が可愛くないって?…本気で抜かしてんなら引き摺り回すぞコラァ』
「それが、産まれてみれば可愛いかった訳です。ちっさい手を伸ばして、ふにゃふにゃ笑って、トドメに『パパ、大好きー』なんて…」

笑う気配が鼓膜を撫でた。

『アタシも大好きよ』
「すいません、俺には妻と二人の息子が…お気持ちだけで」
『誰がテメェなんか好きになるか!』
「先輩先輩、地が出てます」
『…こほん。で、うまくやれてんの?』

漸く本題だ、と。
無意味に長い前置きを放って、薄く笑う。

「どうでしょうか。出来の悪い我が子には荷が重い」
『目立たせては駄目よ。うちの長男はともかく、次男はグレアム側だから』
「貴方が息子の行動を制限してくれないから、大分困った事になってますよ」
『何が?』
「漸く、俺のリングが息子の手に渡りました。主役を投入してからじゃ、遅過ぎるくらいですけどね」

息を呑む僅かな音に目を閉じて、無意識に頭を掻く。誰も居ない広い家、実家よりは随分小さいが、それでも。家族が居ない家は寂しい。

「辿り着く必要がある。俺の一人目の息子の元に、出来の悪い我が子が」
『もし貴方を覚えていたとしたら、味方するんじゃないの?』
「ああ、覚えていたとしたら最悪、殺されるかも知れませんね」

いつか一緒に空を視よう、と約束した事がある。小さな小指を絡めて、昔。





「この俺がキングを殺したのだから」
















荘厳な日本家屋、敷地一帯を白壁で囲む巨大な屋敷の表門には木彫りの看板があり、立派な門には龍の文様が刻まれていた。
香ばしい茶の匂い、白檀の薫り。それだけでその屋敷が一般的ではない事を告げている。

家名は、叶。


「お帰りなさいませ、会長」

茶道の家元として名高い叶家の所有する事業一切を任された男、叶三兄弟の次男であり目が眩む程の美男が横柄に頷く。
玄関先で三つ指付いた門下生達には見向きもせず、ガスガス音がしそうな乱雑な歩みで廊下を足早に進んだ。その割りには足音がしない。

見ただけで高価だと判る西陣織りの羽織が擦れる音だけがカサリ・カサリ、気品漂う衣擦れを響かせる。
ほぅ、と息を吐く門下生達が深々頭を下げ、ロの字に建てられた母屋を突っ切った彼は広い庭先を睨んだ。

「兄さんは龍の宮か」
「え?」

古き善き京都に遥か奈良時代から居を構えるこの屋敷は、4つの棟を渡り橋で繋いでいる。それぞれの屋敷の中央には広大な庭。
野点が出来る様にと畳張りの東屋や様々な木々が植えられ、品種改良により冬以外は花を付ける桜や桃、梅の木に抱かれる様な形でもう一つ、小さな離れがあった。

名を、龍の宮。
離れは他に明の宮、宵の宮と呼ばれる二つも存在するが、どちらも敷地の東西最端だ。

「宮様とご一緒ではなかったのですか?」
「何だと」

怪訝げに首を捻る使用人に、地球が滅びても気にしない、と噂される彼が般若と化した。

「…兄さんとは朝、向こうで別れた。先に帰ると俺には言ったが、」
「では宮様はまだ関東に?」

開いた手を握り締め、ボキッと不吉な骨ロック。見た目は麗しい叶家次男にして日本経済界の貴公子と誉れ高い叶文仁が、見た目に良く似合う微笑を零した。
不吉、だ。

「この俺の目を盗んで、夜遊びか…」
「会長、あの、まだ昼前です」
「ヘリを呼び戻せ」

くるりと踵を返した男が羽織を脱ぎ捨て、着ていた着物まで点々と脱ぎ捨てながら吐き捨てる。
目に毒な光景に数人が倒れ、鼻血の海を築いていた。

「ですがお仕事は…!」
「暫く東京支社に移る。スーツを出せ」
「今日は株主総会が!はいっ、アルマーニで宜しいですかっ」
「株主総会如き」

然し、極度のブラコンである文仁の辞書には冬臣の文字しか刻まれていない。

「あぁ、マイフェアリー冬ちゃん。観光したかったなら可愛くおねだりしてくれれば良かったのに…」
「明の宮様っ、下着を!下着を履いて下さ、ぶふっ!」
「ああっ、今頃何処の馬の骨とも知らない小娘やババァ共にあんな事やそんな事を…!冬ちゃん、独占欲が唸っているよ!」
「「男の嫉妬は醜いんだ、文仁」」

仕事中でも社長室にデカデカ掲げられた長男の写真を眺めながら、特注で作らせた冬ちゃん人形を小脇にしている。二葉の入学式に行きたいと騒いだ長男を、うっかり甘やかしたのが敗因かと真面目に悔しがる男は、気配なく現れた影に目を向けた。

「馬鹿娘共、何だンの奇天烈な格好は」

気付いていたが無視していた、と言うのが正解か。
年の割には幼い双子の娘達が揃ってクスクス笑いながら、偽りの金髪を掻き上げた。顔立ちこそ愛らしいが、性格は破綻している。誰に似たのか。

自分に似たのか。


「ラン、ご挨拶したの」
「リンもシスター・テレジアにご挨拶したの」
「文仁には高尚なご挨拶なんか出来ないもの」
「伯父様も文仁なんか相手にしたくないのね」

クスクス、クスクス。
耳に付く嘲笑を前に、父親である彼は眉を動かす事もない。
無価値である全てが「無意味」なのだ。つまり子供から呼び捨てられようと、目の前で見知らぬ人が死のうと。どうでも良い。

それより、


「嵯峨崎には守矢叔父が身を寄せていた筈だ」
「「え?」」
「見付かれば首刎ねられてるぞ。小娘が図に乗るなとな」
「「っ」」
「遊ぶ暇があるなら花嫁修業の一つや二つやってろ。ただでさえ馬鹿だから、お前ら」

沈黙した少女に鼻を鳴らし、ジャケットを羽織って今来たばかりの玄関から外へ出た。縋る様に裸足のまま駆け出した少女らが、目を吊り上げる。

「文仁!リンはヴァーゴを愛しているわ!本気よ!ベルハーツなんか認めないっ」
「ランは必ずルークの元に行くわ!いつか文仁、貴方を跪かせるから!」
「煩ぇな、ガタガタ…」

ロールスロイスに乗り込みながら片眉を跳ねた男の、麗しい黒髪が靡く。

「これ以上恥の上塗りなんざ出来るか」

底冷えする美貌で、


「お前らは二葉以下のカスだ」

←いやん(*)(#)ばかん→
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